1歳12ヶ月 9 ――― メルシアと個人面談
お兄ちゃんとヴィクーニャちゃんが魔法を使えるようになって、約一ヶ月ほどが経ちました。
二人はどうやら生粋の感覚派であったらしく、一度魔法を発動させて感覚を掴むや否や、天才肌のメルシアくんや努力の鬼であるリスタレットちゃんをも凌ぐスピードで成長していました。あと半年もすれば、四人は肩を並べるかもしれませんね。
これは私が当初、この学園を立ち上げる際に設定した、『全員がほぼ危険なく、一定以上の水準で魔法を習得する』という目標を達成することができたと言っても良いでしょう。
色々と紆余曲折はありましたが、どうにかこれでみんなを“魔術師”にしてあげられたことになります。
私は誇らしい気持ちで胸がいっぱいになるのを感じながら、教卓の上に座って生徒の皆さんを見渡しました。
「みなさん、きょうまでほんとうに、よくがんばりました!」
こう言うと、まるで卒業式のようですが……まだまだみんなの魔法は未熟ですので、これからも勉強が必要です。なので差し詰め、学年の終業式とでも言ったところでしょうか。
残念ながら私はこれから魔族領へと出かけなければならないため、ここで一区切りをつけて教室を閉じはしますが……しかし私のやらなければならないことが一段落したら、またみんなの面倒を見てあげたいと思っています。
そのことを伝えた時、生徒のみんなは目に見えて安心と喜びを顔に出していました。もうみんな本当に可愛い!
「みなさんはほんとうに さいのうにあふれていて、おしえがいがありました。まだまだわかいみなさんはこれから、このヴェリシオン帝国のみらいをになっていく“希望の新芽”として、じぶんのちからをただしく、みがいていってくださいね!」
なんでもかんでも“才能”なんていう陳腐な表現で片付けてしまうのは、彼らの努力を軽んじているみたいで気が引けるのですが……それにしたって、どんなちっぽけな魔法であっても発動さえすれば尊敬されるこの世界で、こうもあっさりと有用な魔法を習得してみせた彼らは、才能に満ち溢れていると言っても過言ではないでしょう。
本来であれば、未成年の子供が魔法を習得するなんてありえないことです。それならば、これから何十年も自らの力を磨いていくことのできる彼らは、この帝国の未来を担える器に違いありません。
……と、そういった意味を込めて自信満々に言い切った私の言葉は、しかし生徒たちにはなぜか不評だったみたいです。
みんなの表情に浮かんでいたのは、呆れや失意、困惑や戸惑いといった、いわゆる負の感情でした。
「才能……」
「まだまだ若いって……」
「帝国の未来を担う……」
「希望の新芽……」
なんだか妙にげんなりしている四人の心情を代弁するかのように、今まで黙って話を聞いていたボズラーさんが、お腹の底から絞り出したような声でポツリと呟きました。
「いや……お前が言うな……」
え? 未来ある若者に知識を託して隠居しようとしている私だからこその言葉でしょう? むしろ打ってつけじゃないですか!
なぜか頭を抱えてしまったボズラーさんに、私は小首を傾げます。
やれやれ、ボズラーさんってたまに天然ですよね。ふふっ、おもしろーい。
それから私は、彼ら一人一人と面談をすることにしました。
今日まで半年余りを共に過ごしてきたみんなと、これを期に腹を割ってしっかりと語り合いたかったのです。
私は他のみんなに教室で待っていてもらうようにしてから、一人ずつ隣の休憩室に呼び出すことにしました。
まず初めに呼んだのは、メルシアくんです。
私はあらかじめ、休憩室のベッドと向かい合うようにしてソファを移動させていました。私がベッドにちょこんと腰掛けていたので、当然ながらメルシアくんもその対面となるソファに座るだろうと踏んでいたのですが……
「えへへ。こうやって二人っきりになるのは、ひさしぶりだね、先生っ!」
そう言ってふにゃっとした笑みを浮かべたメルシアくんは、当然とばかりに私のすぐ隣に腰を下ろしました。……あれれ、おかしいなぁ。そこのソファが見えてないのかなぁ?
「……メルシアくんは、いちばん魔法をつかいこなせていたね」
「お兄ちゃんには、まだぜんぜん及ばないけどね」
「そんなことないよ。ボズラーさんってば、メルシアくんにおいこされないかって、しんぱいしてたんだよ?」
この数ヶ月、メルシアくんは元々特化していた風魔法をさらに洗練させ、やがては同じ風魔法の使い手であるボズラーさんの立場を危ぶませかねないほどに、その実力を加速度的に高めていました。
でもボズラーさんは攻撃的な風の使い方が多いのに比べて、メルシアくんはより繊細で補助的な操作に秀でていることから、両者の住み分けはきちんとできているように思えます。
その辺は性格の違いなのか、あるいは生徒たちには戦わないでほしいという先生の願いを、気にしてくれた結果なのでしょうか。
私は腰掛けていたベッドの上に立ち上がると、隣に座っているメルシアくんを少しだけ見下ろす形になります。身体の成長がかなり遅いとは言っても、私だってもう身長は七十五センチくらいあるのです。
そして私の行動を不思議そうに見つめているメルシアくんへと歩み寄ると、私はそのまま彼の頭を胸に収めるようにして抱きしめました。
「よくがんばったね、メルシアくん」
「せんせぇ……?」
蚊の鳴くような、か細い声を漏らすメルシアくん。
それから彼は恐る恐るといった様子で私の背中へと手を回すと、すんっ、と小さく鼻をすすりました。……もしかして、ちょっと泣いてる?
「先生、お願いがあるの……」
「なぁに?」
ちょっと震え声になったメルシアくんに、私は努めて優しい声色で促します。
すると彼は、ちょっぴり涙が浮かんだ瞳を上目遣いにさせて、
「メルシアって、よんで? “くん”じゃなくって、これからは、呼び捨てにして……?」
そんないじらしいメルシアくんのお願いに、私は激しく心を揺さぶられました。
お、お願いって言うくらいだから、なにかこう、もっと即物的な、現金な要求を想定していたのです……! それでもみんなが魔術師になれたご褒美として、なんでも叶えてあげる所存だったのですが……
「メルシア」
そう言って私が、彼のふわふわの金髪を優しく撫でてあげると……そこで急に、胸の中のメルシアくんがポロポロと大粒の涙を零し始めたのです。
「えっ、あっ!? なに!? どうしたの!? イヤだった!?」
「う、ううん、ちがうよ! 嫌じゃない……すごく、うれしいの……」
ごしごしと目元を擦って涙を拭ったメルシアくんは、とても照れくさそうにはにかみました。
それから再び私の胸に顔をこすり付けるようにしながら、メルシアくんは満足げに深く息を吐きます。
その様子はまるで、母親に甘える幼い子供のようにも見えて……そしてそんなことを考えた私は同時に、彼がずっと幼い頃に母親を失っているのだということを思い出しました。
そこで私は、うちのお母さんの声色や話し方を思い出しながら、私の中にあるなけなしの母性を絞り出して口を開きます。
「メルシアはいい子だね。でもね、もっとわたしにあまえていいんだよ?」
メルシアくんに対する愛情を精いっぱい込めてそう囁くと、彼はぴくりと肩を震わせて、それから私の背中に回した手へとさらに力を込めます。
「先生……すぐ、帰って来るよね?」
「すぐかはわからないけど、かならずかえってくるよ」
「いなくなったりしないよね?」
「……うん。これからさきも、ずっと、わたしはいなくならないよ。どこかにいったとしても……かならずかえってくるから」
不安そうなメルシアくんを安心させられるように、私はゆっくりと彼を諭すような声色で語り掛けました。
一度は、兄であるボズラーさん以外のすべてを失ってしまったメルシアくん。そんな彼に、もう二度と同じ思いはさせたくありません。
魔族領にしばらく旅立つことで寂しい思いをさせてしまうのは心苦しいですが、これは帝国のため……ひいてはメルシアくんやボズラーさんたちのような未来ある若者たちが、これからを平和に暮らしていけるようにするためなのです。
ですから私にできることは、できるだけ早く、そして無事に帝都へ帰ってきて、「ただいま」と笑顔を見せてあげることでしょう。
私はそれからメルシアくんに、魔法の修行はしてもいいけど、ボズラーさん監督の元、絶対に怪我だけはしないよう気を付けることを言い含めて、面談を終了しました。
私だってメルシアくんの笑顔をしばらく見られなくなるのは寂しいですが、しばらく見ないうちに彼がどんな風に成長するか、それを楽しみに魔族領を旅することとしましょう。
//いろいろなことが重なって、しばらく更新できませんでしたごめんなさいっm(__)m




