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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳12ヶ月 8 ―――聖鎖グレイプニル



 その後、大変ご満悦なレジィを伴った私は、お散歩に出かけました。

 お散歩とは言ったものの、もちろん獣人族最速であるレジィがおとなしく徒歩に甘んじるはずもなく、私たちは新幹線のような速度で平原を駆けまわっていました。


 レジィは帝都への居住を認可されるにあたって、私の傍か逆鱗邸を離れないという契約を交わしています。

 そのため、普段は私がお散歩に付き合ってあげない限りは屋敷で大人しくしていなければなりません。それはこれまで森や山を駆けまわって気ままに狩りを楽しんでいたレジィにとっては、かなりの苦痛であるに違いありません。


 そういう事情もあって、いつもならせいぜい一時間ほどで切り上げるお散歩ですが、今日はレジィが満足するまで好きなだけ付き合ってあげることにしました。

 私たちは平原を走り抜け、やがて帝都の近くに生い茂っている森に突入。一瞬で樹上へと登って行ったレジィは、豊かな森の中を縦横無尽に駆け巡ります。

 私ははしゃぎ過ぎてスピードを上げまくるレジィを見失わないように追いかけながら、本当に楽しそうに笑うレジィを見て、胸がいっぱいになる心地でした。


 ふふっ、もう、仕方ないなぁ……と苦笑した私は、五〇メートルという距離をひとっ跳びで瞬時にゼロにしてみせたレジィに追いつきます。


「レジィ、またはやくなったんじゃない?」

「へへ。ちげーよご主人。“安全に出せる速度”が上がっただけだっての」


 にこにこと嬉しそうにそう言ったレジィは、超高速で背後へと流れていく木々の合間を器用に縫いながら駆けていきます。

 要するに、これくらいの速度なら以前だって出せていたけど、あんまり速く走り過ぎると事故るので抑えていた……ということなのでしょうか。

 その許容速度上限が上がったというのは、日頃のお散歩の賜物か、はたまた彼の成長によるものか。


 そういえば、以前は開眼(シャンテラ)を発動した最高速度なんて数分しか保っていなかったように思います。それが最近では、休憩なしで十五分以上は走っていられてました。

 どうやら獣人族の天才であるレジィは、その才能の伸びしろも十分みたいです。

 唯一レジィと引き分けたこともあるアイルゥちゃんですら、レジィが本気で殺すつもりで戦えば瞬殺らしいですからね……まぁ、仲間との模擬戦闘で爪は使えないので、レジィも引き分けに甘んじているようですが。


 やがて不意に木々が途切れ、私たちは拓けた場所に出ました。どうやらここは湖の近くらしく、レジィは空気抵抗で器用に速度を殺しながら着地すると、残った勢いも何歩かでゼロにしました。

 普通に新幹線から飛び降りたくらいの衝撃のはずなのですが、やはり常識外れの身体能力のようです。普通の人間なら、挽肉になっていてもおかしくはないでしょう。


 ふぅ、と小さく息をついたレジィは、荒くなった息を整えながら、額に浮かんだ汗を手で拭いました。

 そんな彼の背中にふわりとくっついた私に、レジィは少しギョッとしたような反応を見せます。


「ご、ご主人! 今ちょっと汗臭いからっ……」

「そう? べつににおわないけどな~」


 うっすらと汗ばんで陽の光を反射するレジィの首筋に私が顔を寄せると、レジィは運動して血色がよくなった顔をさらに真っ赤に染めました。

 でもよくよく意識して嗅いでみると、いつものレジィからする甘い匂いに、ほんのりすっぱい匂いが混じっているような気がします。

 しかし私の長い髪が首筋に当たってくすぐったかったのか、レジィは変な声を出しながら逃げるように私から距離を取りました。


 真っ赤な顔で涙目になりながら「うぅ~っ!」と唸るレジィが、耳と尻尾をピンと立てて怒りを主張します。


「ご主人は、無防備すぎだっての! 身体を大きくしてお風呂に突撃してきたり、ベッドに突撃してきたり……! そのうち酷い目に遭うぞっ!」

「そういう人には、そんなことしないってば。ほんとにしんじてるすきなひとにしか、こういうことはしないよ?」


 そう、それこそ大好きな家族相手にしかそういうことはしません。ネルヴィアさんとか、レジィとか、ケイリスくんとか。

 それに私は一応男子なので、ルローラちゃんとかには自重してますしね。ネルヴィアさんは乳児時代からの付き合いなのでノーカンです。


 あっけらかんとした私の答えに、レジィはまだ不服そうに唸っていましたが……しかしやがて諦めたように溜息をつくと、肩を落としました。

 レジィは一体どうしたんでしょうか。ケイリスくんの心配性がうつっちゃったのかな?


 まぁ、そんなことはさておき。


「さて、レジィ……おたんじょうびなので、もちろん“プレゼント”があります」


 私はにやりと笑うと、羽織っていた帝国軍外套の下に忍ばせていたものを取り出しました。


 目を丸くさせたレジィに私が掲げたのは、レジィの瞳と同じ赤銅色をした“鎖”でした。

 細かく繊細な意匠が施された、一つ一つが芸術品としても成立するであろう小さなパーツ。それらがたくさん連結されて形を成した三本の鎖が、中央部にある白金色のリングとそれぞれ接続されて、三方向に伸びています。


「聖鎖『グレイプニル』だよ」


 “微塵(ボーラ)”という武器にも似たそれは、三つに分かれた鎖の先端に接続されたリングでズボンを吊るすことで、おしゃれなサスペンダーとしても使用することができます。

 こちらも例によって、鉱山都市レグペリュムの鍛冶師に造ってもらったものです。


 そしてもちろん、ただ美しいだけのものではありません。


 私はグレイプニルの中心、三本の鎖が集まって連結されている白金色のリングに指を通すと、そのままくるくると回転させます。そしてそれを、ぽいっとレジィに向かって放り投げました。

 ふしぎそうな顔をしたレジィが、しかしプレゼントだというソレを受け取るために手を伸ばしたところで……

 グレイプニルが、空中で三つに増えました。


「えっ」


 それでも持ち前の動体視力によって三つともキャッチしたレジィでしたが、しかしその直後、レジィの腕に巻きついたグレイプニルは、“ガチッ!!”という音を立てながら、鎖の先端に付属したリング同士が強固にくっついてしまいました。


「えっ、えっ?」


 さらに、レジィの腕に絡みついたままのグレイプニルは、三つに増えたそれぞれがさらに三つに分裂して、計九つになります。

 当然ながら、増えたグレイプニルもガチッ、ガチッと近くのグレイプニル同士で連結していって、あっという間にレジィの両腕が鎖で雁字搦めになってしまいました。


「ちょっ、ご主人!? なんだこれ!?」


 焦りの表情を浮かべたレジィが両腕の拘束を解こうと踏ん張ろうとしましたが、しかしその最中にもグレイプニルは増殖を続け、次は二十七本になってしまいました。

 レジィの腕に収まりきらなかったグレイプニルがこぼれて、彼の足元に落下します。そうなると、今度はレジィの両足に鎖が絡みつき、「うぎゃっ!」という悲鳴と共にレジィは地面に転倒してしまいます。


 そして最後に、グレイプニルがさらに増えて八十一本になった頃には……全身が鎖でぎちぎちと締め上げられたレジィが転がっていました。


「レジィはとってもすばやいから、たとえドラゴンがあいてでもまけたりはしないとおもう。でも、こうげきのほうほうがツメだけだから、それがつうじないあいてにはかてないよね?」


 かつて私たちが戦った黒竜にしても、その強固な鱗に阻まれて、まったく攻撃が通ってはいませんでした。

 しかしだからといって、安易に攻撃のための能力を付加した武器を与えるのも憚られました。なにせ獣人族は好戦的ですから、私から武器を貰ったら嬉々として暴れちゃいそうですから。

 だからこその、“拘束具”なのです。

 ネズミ算的に増え続けるこの魔法の鎖は、超強力な磁力で互いに連結し合って対象を拘束します。一度絡みつけば、どれだけ相手が巨大だろうが素早かろうが関係なく、いつか鎖で雁字搦めにして身動きを取れなくさせてしまうのです。


 開発した魔導具が想定通りの動作をしたことに満足していた私は、そこであらためてレジィのことを見下ろします。

 レジィは全身に細い鎖がギチギチと食い込み、まったく身動きが取れずにいるみたいでした。

 そしてそんな彼の頬は紅潮して、瞳は何かを期待するように、切望するかのように(とろ)けて潤んでいました。


「……すごい……プレゼントだ」


 プレゼントした魔導具の性能を体感したレジィは、聞いたことがないような色っぽい声で呟きました。

 完全にスイッチの入った、情欲(ケモノ)の表情をしています。


「いや、あの……レジィ? プレゼントは、その鎖だよ?」

「うん……でも、自分で縛っても意味ないんだぞ? ご主人がやってくれるから意味があるわけで……」

「いやいやいや! ちがう! “縛った”のがプレゼントなんじゃなくって、“鎖”がプレゼントなんだってば!! じぶんじゃなくて敵につかうんだよっ!!」


 私は声を大にしてレジィの勘違い……というか期待を否定するのですが、恋人でも見つめるかのようなうっとりとした目をしたレジィには、何を言っても通じませんでした。


 それから疲れ切った私がレジィを連れてお屋敷に帰ると、レジィの全身に残った緊縛痕を目敏く発見したネルヴィアさんとケイリスくんに、小一時間ほど問い詰められることとなったのですが……

 問い詰められたレジィが頬を赤らめてずっと口を閉ざしていたせいで、誤解を解くのにかなりの労力を要したのでした。



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