1歳12ヶ月 5 ―――ルミーチェとの対決(中編)
「一つは、先ほどの『身内の恥』に関する解釈です。これは、考えなしに娘を追放するような愚を犯した父上に対するものであって、妹を貶めるような意図で言ったつもりではありませんでした」
「……はぇ?」
ルミーチェさんの言葉を聞いて素っ頓狂な声をあげてしまった私は、直後に“かぁぁ……!”と顔面に血液が集中するのを感じました。
「あっ、えと……! ご……ごめんなさい……」
顔を真っ赤に染めて思わず俯いた私を見て、なぜかルミーチェさんは少しだけ嬉しそうでした。
それから気を取り直したように神妙な表情となった彼は、やや前のめりになるようにして続く言葉を紡ぎます。
「それから、私は妹のことを嫌ってなどいませんよ」
「え?」
「セフィリア卿も妹も、どうしてそのようなことを思ったのでしょうか? 私は妹を睨んでいたつもりなどありませんし……」
は? いやいやいや! さっきも思いっきり睨んでたじゃないですか!!
あ、もしかして……
「……なるほど、にらんでいたあいては、わたしだってことですか」
「はい? いえ、ですから私は誰のことも睨んでなどおりませんが」
「にらんでましたよ!! むしろにらんでないときがありませんでしたよ!!」
私が声を大にして抗議をするも、ルミーチェさんは本気でわけがわからないといった風に首を捻っています。
これは演技なのでしょうか? それとも本気でそんなことを宣っているのでしょうか?
真偽を推し量るべく鋭い視線を向けている私に対し、ルミーチェさんは胸の前で力強く拳を握って、これまでで一番大きな声で信じられないことを口にしました。
「というより、私ほど妹を……ネリーを愛している者など、絶対にいないと自負しているくらいです!!」
「……は?」
本日二度目となる「は?」を口にした私は、数秒ほどじっくりと考えてから、
「は?」
本日三度目となる「は?」を発しました。
いやいや、意味わかりません。ルミーチェさんがネルヴィアさんを愛している? あれだけ露骨に睨んでいたのに?
ルミーチェさんは私の反応が気に喰わなかったのか、不服そうに眉をしかめています。
しかし彼は首にかけていたらしいロケットペンダントを素早く懐から取り出すと、その中に収められているのであろう誰かの絵姿を見て、だらしなく表情を緩ませながら頬を上気させました。
そして瞳の奥に妖しい光が“ギランッ!!”と灯った直後……
「昔から誰よりも近くであの子を見てきた私がよりによってネリーを嫌いになるだなんてありえませんよ笑ってしまいますねあの子の内に眠る才能がいずれ私をも凌ぐであろうことは以前から感じていましたが誰よりも優しくてもはや天使としか言い表しようのない性格のこともありあの子が騎士になることは当時から反対していたのですけれども私がいない間に父が暴走してそのようなことになっていたとは一生の不覚ですもっと強く父に言い含めていればよかったといくら悔やんでも悔やみきれませんそのせいであの子の心に傷を負わせてしまうなど許しがたいことですやはりあの子は私がずっと傍で大切に大切に面倒を見続けているべきだったのですそうに違いありません」
…………うわっ。
ぐつぐつと湧き立つ汚泥のように澱みきった瞳で、ルミーチェさんはかなり危険な笑みを浮かべながら、とんでもない長文を一度も噛むことなく一息で言いきりました。
そして今の発言によって、彼が一体何を睨んでいたのかがハッキリと判明したようです。
……要は、愛する妹といちゃいちゃしている私が気に喰わない、と。
「もうだいたい、じじょうはわかりました……では、しつれいします」
「お待ちなさいセフィリア卿! まだ話は終わっていませんよ!」
「いやもう、こんなきけんじんぶつのいるところに、たいせつなネルヴィアさんをおいてはおけません。わたしたちのおうちにかえります」
「ネリーの家はここですよ!」
「ほんにんにきいたら、きっとちがうこたえがかえってくるとおもいますけど」
私の言葉に、ぐぬぬと顔をしかめるルミーチェさん。この人、こんなに表情豊かだったんですね。でも無表情だった頃の方が好きでしたよ、威厳があって。
私は脳内にある人物査定表を参照して、目の前のシスコン騎士の人物評定に「ヤンデレシスコン」と書き込みながら……お店で出された料理に混じったハエでも見るかのような目つきで、ルミーチェさんに言葉をかけます。
「だいたい、そんなにすきならどうしてネルヴィアさんとおはなししてあげないんですか?」
「そんなの決まっているでしょう。あの子があまりに天使で女神で愛らしすぎて、理性を保っていられる自信がないからです!」
「……」
私は目の前のシスコン騎士の人物評定を「犯罪者予備軍」に改めながら、彼に対する心の壁をチタン合金で補強しました。
……さて、そろそろ帰るか。変態が伝染る。
私はソファからふわりと浮き上がると、ルミーチェさんに目もくれず部屋を後にしようとします。
けれどそんな私の背中へ、急に真剣なトーンで声がかけられました。




