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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳11ヶ月 1 ―――初めての魔法



 その日はいつも通り、何の変哲もない一日になるだろうと……私はまったく疑っていませんでした。

 週に何度か行われる、魔法の授業。この日もメルシアくんとリスタレットちゃんは屋外で実技の練習をしていて、お兄ちゃんとヴィクーニャちゃんは教室で座学のお勉強をしたり、時折魔法を発動しようと試みていました。


 外の二人はボズラーさんに任せているので、私は教室の二人に付きっきりです。

 『重量』を操ると決めたヴィクーニャちゃんは、重力に関する知識をまとめたノートと睨めっこしながら、自分の机の上に置かれた天秤に手をかざしています。

 そして『速度』を操ると決めたお兄ちゃんは、ぶつぶつと知識を反芻しながら、机の上を転がしているガラス玉に手をかざしていました。


 すでに私の持てる知識はほとんど二人に伝授してありますので、私にできることと言えば、二人の頑張りを教卓の上から眺めながら応援してあげることくらいです。

 私は「ひまだなー」なんて思いながら、かと言って頑張っている二人を放置して他のことをしているなんてこともできず……何度も魔法名を唱えては不発に終わり表情をしかめている二人のことを、ぽけーっと眺めていました。


 この練習はもう一ヶ月くらい続けているもので、しかし未だに魔法は発動する気配を見せません。ですから今日も、そこまで期待はせずにじっくり時間をかけてやっていこうじゃないかと暢気に構えていたのです。


 けれども、その考えがいい意味で裏切られたのは、本当に突然のことでした。


「『ストップフロー』!」


 机の上で転がしたガラス玉に手をかざしたお兄ちゃんが、魔法名を唱えた……その時。

 コロコロとゆっくり転がっていたガラス玉がいきなり、不自然にピタリと静止したのです。


「……えっ?」


 そんな光景を目撃した私は、思わず素っ頓狂な声を発しました。

 お兄ちゃんもその現象をすぐには理解できなかったようで、目を真ん丸にして固まっています。

 唯一、自分の練習に集中していたヴィクーニャちゃんだけは、私の発した声に振り返って、硬直する私たちを不思議そうな顔で見つめていました。


 やがて実感と興奮がじわじわと溢れ出してきた私は、まだ驚いて硬直しているお兄ちゃんの目の前まで飛んで行くと、


「い、いまの……もういっかいやってみて!?」

「う、うん……!」


 上擦った声で返事をしたお兄ちゃんは、再びガラス玉をそっと転がします。コロコロと音を立てて転がっているガラス玉へ手のひらを向けながら、お兄ちゃんはとても真剣な表情で「『ストップフロー』」と呟きました。


 するとやっぱり、転がっていたガラス玉はピタリと止まったのです……!

 この『ストップフロー』は、手のひらからごく短い距離にある小さな空間に働きかける魔法で、物体の運動速度にゼロを乗算して、ピタリと静止させるだけの単純な魔法でした。つまり、転がっているガラス玉が静止したというのは魔法の効果が正しく作動したということに他なりません!


 今度はその現象をきちんと目撃したヴィクーニャちゃんも、驚愕に目を瞠っていました。


 そして魔法を発動した当人であるお兄ちゃんは、みるみるうちに顔を真っ赤に染めて……

 それから同じく感動して言葉を失っていた私の身体を突然抱き寄せたお兄ちゃんが、普段の落ち着きをかなぐり捨てた大声で叫びました。


「や、やった! やったぁ!! 今、セフィも見たよな!? 魔法、できてたよな!?」

「うん! うんっ!! たしかにはつどうしてたよ、魔法! おにーちゃん、魔術師様だよ!!」


 私の返事を聞いて、「魔術師様……!」と興奮混じりに呟いたお兄ちゃんは、感極まったように涙を浮かべると……私をさらに強く抱きしめて、それでも湧き上がる喜びを表現しきれなかったのか、頬ずりまでしてきます。

 普段のお兄ちゃんからは考えられないレベルのスキンシップに私が面食らっていると、そこへ教室での騒ぎを聞きつけたらしいボズラーさんたちが、窓から室内を覗き込んできました。


「おい、どうしたんだ? 何かあったのか?」

「ボズラー先生! 今、オレ、魔法できたんだ!」

「ほ、本当か!? やったじゃないか、ログナ!」


 窓枠を飛び越えて教室に入ってきたボズラーさんに、お兄ちゃんはすかさず駆け寄って彼に抱き付きました。

 ……いつのまにやらボズラーさんがお兄ちゃんのことを呼び捨てにしてることも、今は見逃してあげましょう。……チッ。


 その後、外から教室に戻ってきたメルシアくんやリスタレットちゃんとも、喜びを分かち合ったお兄ちゃん。よっぽど嬉しかったのか、いつもなら考えられないような大はしゃぎをしています。

 しかし魔法を発動するために脳内で呪文を構築しまくっていた弊害で、脳はかなり疲労していたようです。そのうち興奮が落ち着いてくると、お兄ちゃんは頭がくらくらするのか、その場に座り込んでしまいました。


 こういった時のために、教室の隣の部屋は休憩室としてベッドが用意されています。

 ボズラーさんに抱き上げられたお兄ちゃんは休憩室へ運ばれると、そのままベッドへ横たえられました。

 お兄ちゃんの体調が心配で、私は枕元からお兄ちゃんの顔を覗き込みます。するとお兄ちゃんは少し不安そうな表情で、


「……今寝ちゃったら、コツを忘れちゃわないかな……? 起きたらまた使えなくなってたりしないかな……?」

「ふふっ、だいちょうぶだよ。いっかいはつどうできたんだから、またつかえるよ」

「そっか……そうだな」


 ちょっぴり安心したように薄く微笑んだお兄ちゃんは、それからびっくりするくらいの早さで眠りに落ちました。やはり、相当消耗していたようです。

 そのうち慣れてくると消費魔力も少なくなってくるのでしょうが、しばらくは脳の体力づくりも必要かもしれませんね。


 ともあれお兄ちゃんも、初めて自分だけの力で魔法を使うことができました。たとえ簡単な魔法であっても、一度でも魔法を発動できたという事実はかなり心の支えになるはずです。

 今まではパソコンで言うところの、電源さえ入らなかった状態でしたからね。これからは電池残量を増やしていったり、いろんなアプリケーションをインストールしていったりすることになるでしょうが、今日はその第一歩を踏み出せたことになります。


 よぉし、今日はお兄ちゃんの初魔法を祝してパーティですっ! お父さんやお母さんもかなり喜ぶでしょうね!


 寝息を立てるお兄ちゃんの頬を一撫でした私は、いっしょについてきていた生徒の皆さんを振り返りました。

 メルシアくんは魔法発動までの時間を少しずつ縮めているようですし、リスタレットちゃんもあれから怪我をするようなこともなく、着実に腕を上げています。

 お兄ちゃんもついに魔法を使えるようになりましたし、きっともうすぐヴィクーニャちゃんも魔法を使えるようになることでしょう。

 いやぁ、うちの教室はみんな優秀で、とっても順調と言えますね!


 私はそんなことを考えながら、機嫌よくその日の授業を終えたのです。




 そして―――ヴィクーニャちゃんが教室に姿を見せなくなったのは、この翌日からのことでした。




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