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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳10ヶ月 6 ―――大切な人



 お風呂上がりでホカホカしているアイルゥちゃんを伴った私は、まっすぐにレジィの部屋へと向かいました。

 さすがにあのビキニみたいな下着姿で屋敷内をうろつかせるのは躊躇われたため、今のアイルゥちゃんには私の変装用衣装の中から大きめのシャツを引っ張り出して着させています。


 レジィの部屋の前に辿り着くと、なにやら室内で騒いでいるような声が漏れ聞こえていました。なのでアイルゥちゃんの前を浮遊しながら先導していた私は、ノックもそこそこに返事を待たず、そのまま扉を開きます。


 すると室内のベッドの上では、レジィのズボンに纏わりついて今にもずり下ろそうとしているパッフルと、レジィの首にしがみついて顔をぺろぺろ舐めているチコレットの姿がありました。

 そんな危ない目をした二人と揉みくちゃになっていたレジィは、私と目が合った瞬間、顔色が真っ青になります。

 私は気まずさに視線を逸らして、苦笑を浮かべながら、


「……あー、レジィ? そういうのはちょっと、できれば日をあらためてもらえると……」

「ち、ちがう! これはちがうんだご主人っ!!」


 なんだか不倫現場を目撃された旦那みたいなセリフを発したレジィは、顔を舐めてくるチコレットの顔を手で押しやって、纏わりつくパッフルの顔を足で蹴り飛ばしました。

 それから目にも止まらぬ速度で私の目の前までやってきた彼は、ひどく慌てた様子で事の顛末を捲くし立てます。要約すると、最初は獣人同士でよくあるじゃれ合いだったのが、徐々にエスカレートして二人がかりでベッドに組み伏せられて、終いには襲われかけたということのようです。


 まぁぶっちゃけそれは見ればわかるんですが、でもレジィがあんまりにも慌てるものだからちょっと面白くなって、私は「ふーん、そう。べつにキョーミないけど」といった態度でツンとそっぽを向きました。

 そしたらレジィが涙目になっちゃったので、すぐに撤回しましたけどね。


「うそうそ、わかってるよ。ごめんね、からかっちゃった」


 私が謝りながら笑みを浮かべると、レジィは心底ホッとしたような表情になってから、今度は彼の方がプイッとそっぽを向いちゃいました。尻尾がゆっくり左右に振られているので、本気で怒ってはいないようでしたが。


 と、私とレジィがそんなやり取りをしている横で、気が付くとアイルゥちゃんが獣人娘の二人の首を掴んでぶら下げていました。……自分の身長以上もある超巨大戦斧を、片手で振り回すことのできる握力で、です。

 パッフルとチコレットの顔色が紫色になっていたので、もうちょっと私たちが止めるのが遅れていたら危なかったかもしれません。


 同じ悲劇を繰り返さないため、今度は私が獣人娘二人に抱かれて、レジィとアイルゥちゃんはベッドで隣り合うように座ってもらいました。

 これによってアイルゥちゃんもご機嫌になってくれたようですし、一件落着……と思いきや、なぜかレジィが不服そうな目つきでパッフルたちを睨んでいます。お、お願いだから混ぜっ返さないでね……?


 私はまた新たな惨劇が起こる前にと、急いで話を切り出すことにしました。


「もしアイルゥちゃんがもうちょっとまっててくれるなら、みんなで魔族領にいって、族長さんの仇をさがそう?」


 私の言葉に、真っ先に反応したのはレジィでした。


「ご主人、ほんとに良いのか? ご主人はあんまり魔族領には行きたくないんじゃなかったか?」

「ん~、ずっとおうちでのんびりしていられるなら、それがいちばんだけどね。でも、どっちみち魔族領には用事があるから」

「用事?」


 首を傾げるレジィに頷いた私は、その用事の内容を彼らに説明しました。


 まず、戦争が終わったのはいいですが、それに対して多くの魔族たちはどう思っているのかを確認しておきたいというのが一つです。基本的に魔族は好戦的な種族のようですので、戦争の終結に不満を持っている層は一定数いるはずです。

 戦争推進派だった魔族の幹部はエクセレシィが叩きのめしてくれたという話ですが、またそういう連中が戦争を始めるために動き出していないか、その辺りの動きに目を光らせておかなければいけません。


 それから、戦争終結に伴い姿を消したという魔族もいます。例の『黒い肌の男』の暗躍によって行方を眩ませたと思しき彼らの足取りを追わなければ、安心してこの平和を享受することもできません。ヤツらは、確実に次の戦争の火種になるでしょうからね。

 これについては、すでに陛下たちにも進言しています。陛下はそれに際して、「貴様だけに任せるつもりはない。こちらからも適切な戦力を派遣する」と約束してくださいました。


 あとは私が魔族領にお触れを出した『十戒』が守られているかどうかとか、その辺りも調査して魔族領の治安維持もしなくちゃいけませんし……守られていないようなら、守らなくちゃどうなるのかを教え込んで、“(しつけ)”をしてあげないといけません。


 そういったわけで、どっちみち魔族領ではいろいろやるべきことが山積みなので、それと並行して族長さんの仇も一緒に探しちゃおうというわけなのです。

 ……というかぶっちゃけ、前述した『お仕事』は帝国がやればいいと思うのです。できれば私はそれらを“ついで”として手伝い、族長さんの仇探しに専念したいなぁ~なんて考えています。


「というわけなんだけど……でもいまはわたし、せんせいとして教室をもってるから、あの子たちがもうちょっとちゃんとした魔法をつかえるようになってから、うごきだそうとおもってたんだ」


 私がそう言うと、私を膝の上に乗っけていたチコレットが、短い尻尾をぱたぱたと振りながら甘えた声を発しました。


「ご主人さまは、チコたちのことをとっても大事にしてくれるから、大好きですっ……!」


 チコレットの言葉にパッフルもすかさず同調して、彼女は瞳の中にハートを浮かべながら私に頬ずりをし始めます。

 そんな二人を眺めていたレジィはおもむろに貧乏ゆすりをしながら、ちょっと苛立ちの混じった咳払いをしました。


「あー、アイルゥ。そういうことだけど、もう少し待っててくれるか?」

「うむ。我らとてアテがあるわけでもないのだ。セフィリア殿の助けを借りることができるなら、これほど力強いことはない。それに……」


 アイルゥちゃんは、水を吸って黒くなった頬を照れくさそうに掻きながら、


「……『族長代理』とは言っても、私はレジィよりも弱い。ただレジィが次期族長になることを辞退したから、私が穴埋めとして皆を纏めることになった。……私はレジィの“代わり”でしかなかった……それは理解しているのだ」


 そう言って自嘲気味に苦笑したアイルゥちゃんは、視線を落としていた膝の上で拳をきゅっと握りしめました。


「そのレジィを倒して獣人族に認められたセフィリア殿は、事実上の『族長』だ。……貴殿の決定に私が口を挟む道理はない」


 寂しげな目でまっすぐに見つめてくる彼女に、私はちょっと居心地が悪くなって目を逸らしてしまいます。

 仕方がないことだったとはいえ、私がレジィや獣人たちを倒したことで、アイルゥちゃんの居場所を奪ってしまったのでしょうか……?


 私が思わず俯いていると、そこでおもむろにアイルゥちゃんへと手を伸ばしたレジィが、彼女のおでこにデコピンをしました。


「いだっ!? ……え、えっ!?」


 突然のことに目を白黒させるアイルゥちゃんに構わず、レジィは腕を組みながら真剣な表情で口を開きました。


「前のオレ様は、強さがすべてだと思ってた。だから里の仲間の言うことには従わなかったし、オレ様を倒したご主人にも従おうと思った。……でも、今は違う」

「え?」

「たとえご主人が明日から、二度と魔法を使えなくなったとしても……オレ様はご主人についていく。命令だって聞くし、命を懸けてでも守る。強さなんかは関係なくて、ただ大切な人だからそう思うんだ」


 アイルゥちゃんの瞳をまっすぐに見つめて紡がれるレジィの言葉に、私は横で聞いているだけだというのに思わずドキッとしちゃいます。


 レジィが魔族特有の“強者への妄信的な憧れ”を捨て去ったというのは、イースベルク共和国でドラゴンと戦った時の言葉で知ってはいました。

 けれど、ここまで明確に“強さ”という要素を眼中にないと言ってのけるほどだとは、思いもしませんでした。

 それに……レジィから懐かれていることは感じていましたが、こんなにハッキリと『大切な人』だなんて言われたのは初めてで……私は熱くなった顔を見られないように、そっと俯きます。


「他のヤツらがどう考えてるかは知らねぇけど……少なくともオレ様は、ただ強いだけで族長になるべきだとは思わないぞ。それにオレ様はご主人に従いはするけど、だからってご主人を獣人族の族長だと思ったことは一度もないしな」

「え……そう、なのか?」

「今の族長はお前だろ、アイルゥ。誰に何を遠慮してんのか知らねぇけど、お前は自分を“族長代理”だなんて言って、一度も族長を名乗ったことはねぇけどさ」


 そう言うとレジィは、目を真ん丸に見開いて呆けているアイルゥちゃんの頭を無造作にくしゃくしゃとかき混ぜました。

 乱暴に頭を撫でられたアイルゥちゃんはくすぐったそうに目を細めると、それから撫でられた頭に触れて、「レジくん……」と嬉しそうにはにかみます。


 レジィのおかげで、ちょっと良い感じの雰囲気になった二人。

 そんな二人をジーッと見つめていたパッフルが露骨な溜息をついて、うんざりした目で「また始まっちゃいました……」と呟きました。この様子からして、二人のこういうやり取りは昔からよくあることなのかもしれません。

 レジィは結構、恥ずかしげもなくああいうことを言えちゃう子ですからね。いわゆる天然たらしってやつでしょうか。困った子です。


 でもアイルゥちゃんがレジィを大好きなのはよくわかっていますから、私は彼女の恋路を邪魔しないよう静かにしていました。

 するとそこで、私を膝に座らせて後ろから抱きしめていたチコレットが、私の胸についているストラップに興味を示して手を触れました。


「ご主人さま、これって……」

「あっ、だめ!」


 私は急にストラップに触れられたことにびっくりして、チコレットの手を弾くようにしてストラップを握りしめました。

 私の反応に驚いたチコレットやパッフルの視線に、ちょっと気まずい思いをしつつも……しかしこれはネルヴィアさんから貰った首飾りやケイリスくんから貰った髪飾りと同様に、レジィが初めて私にプレゼントしてくれた、大切な宝物なのです。たとえ身内であっても、気安く触ってほしくないものでした。


 私がアクセサリを守るようにして両手で握りしめているのを見て、パッフルは神妙に目を細めます。


「もしかして~、誰かからのプレゼントですかぁ?」


 パッフルの問いかけに、私はギクリと肩を震わせました。な、なんでそんなピンポイントでわかるの……!? 女の勘!? いや、動物の勘!?

 パッフルとチコレットの鋭い視線に射抜かれた私は、誤魔化すことはできそうもないと観念しました。


「えっと……うん。『大切な人』からのプレゼントだよ」


 私は先ほどのレジィの言葉を借りて、すぐそばにいる二人にだけ聞こえるような囁き声で答えます。

 その答えを聞いたパッフルとチコレットはちょっと不満げに頬を膨らませて、「誰ですかそれはー!」と噛みついてきました。


 するとその時、パタパタというリズミカルな音が室内から聞こえることに私たちは気が付きます。

 全員の視線はその音源……つまり、とっても激しく振られているレジィの尻尾に集中しました。

 レジィは表情筋をぴくぴくと震わせながら無表情を装おうとしているようでしたが、全然我慢しきれずにニヤけてしまっています。


 も、もしかして今の私の声、聞こえちゃってた……?



 それからアイルゥちゃんたち獣人娘を帰らせるまでの間、私はずっと彼女たちに不満げな表情を向けられてしまいました。特にアイルゥちゃんなんかは去り際に、「ぜ、ぜったいに負けぬからなーっ!!」という捨て台詞を残していったほどです。


 こんなつもりではなかったのですが……しかしレジィが終始ニコニコとご機嫌だったので、「まぁいっか」と思ってしまう私なのでした。



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