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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳10ヶ月 3 ―――決闘



 おそらくその瞬間の私は、ひどく間抜けな顔をしていたんじゃないかと思います。

 いつの間にか開いていた口をゆっくりと閉じて、それから「け、けっとう……?」と掠れた声でオウム返しをするのがやっとでした。


「おまっ……な、なに言ってんだ!?」


 放心する私の代わりに声を荒げたのは、レジィでした。その言葉はこの場にいる全員の代弁と言えるでしょう。

 まん丸に見開かれたレジィの猫目に見つめられたアイルゥちゃんは、けれども決意の滲んだ表情をたじろがせることもなく毅然とした態度でした。


「……レジィには黙っていてもらおう。これは我々の問題だ!」

「いや、オレ様思いっきり当事者だし……つーか決闘って、お前が勝てるわけねーだろ!」

「勝てる勝てないの問題ではない! ここで私は、獣人族の“族長代理”として戦わねばならぬのだ!!」


 アイルゥちゃんはそう言いながら、右手に嵌めた超巨大な重手甲を乱暴に外して投げ捨てました。落下したそれが派手な金属音を響かせながら深々と地面に突き刺さったことから、その常識外れな重量が窺えます。

 続いてアイルゥちゃんは背負っていた超巨大戦斧を手にすると、それも軽々と地面へ突き立てました。

 それから次々と外されていく黒い甲冑の部品は、ズシン、ドカンと派手な音を立てながら山積みにされていって、とうとうアイルゥちゃんの格好は局部を辛うじて覆う黒いボロ布のみとなりました。……体格は小学生そのものな上、肉付きもルローラちゃん大歓喜なものだったので、そんな際どい格好でもエロさとかはありませんが。


 私はすぐそばにあるレジィの顔を振り返って、小声で彼に訊ねました。


「せっかくきてた鎧を、ぜんぶぬいじゃったけど……」

「……いや、あの鎧は筋トレ用の“重り”だから、脱いだ方が強いんだ。あいつの皮膚は鎧みてーに硬いし、斧より素手で殴った方が強い」


 えっ、筋トレ用の重りってなに? そんな重り(ウェイト)入りのリストバンドみたいな感覚で、あんな重装甲冑を常用してるの? なにそれ怖い。

 アイルゥちゃんの手足はスラリと長い……とは言い難く、むしろどっちかと言うと手足も短く幼児体型でした。しかしそれでも、よく見れば二の腕とか太ももは結構太くてガッチリしているように見えます。

 もしも彼女が人間のように薄くて柔らかい皮膚を持っていたら、その下に隠れているであろうバッキバキな筋肉が見て取れたかもしれません。


 真っ青な腕をぐるぐる回して準備運動をするアイルゥちゃんの目を見れば、彼女の望む“決闘”とやらが不可避であることは容易に想像できます。

 まぁ、彼女は私が戦っているところを直接見たことはないはずですから、実力が未知数である私に―――しかも人族の幼児に―――従うというのはプライドが許さないのでしょうね。

 ……それから、私だけがレジィをずっと独占してしまっている現状にも不満を募らせているようですし。


 私はレジィに「はなれてて」と伝えてから、フワリと宙を舞ってアイルゥちゃんの前方五メートルほどの地点に着地します。

 ただでさえ小柄なアイルゥちゃんの半分くらいしかない背丈の私に、しかし彼女は油断なく身構えて腰を落としました。まぁ、私の噂はほかの獣人たちから嫌ってほど聞いているでしょうしね。


「ええっと、それじゃあ……いつでもいいよ?」


 決闘といっても審判がいるわけでもありませんし、開始の合図にふさわしいものも見当たりません。なので私は適当に、アイルゥちゃんのタイミングで始めてくれるように伝えました。

 すると彼女は目を伏せながら大きくひと呼吸して、それから星空のような瞳を静かに見開きます。


「―――ゆくぞ」

「うん」


 直後、私たちの間にあった五メートルという距離は一瞬で縮まり、“ゴウッ!!”という物騒な音を伴いながらアイルゥちゃんの右拳が私に迫りました。

 『人族の三倍の速度で動ける』と名高い獣人特有の速度は、しかしそれとわかって心構えをしていれば大した問題ではありません。


 私は『左手の親指』と『左手の人差し指』を接触させることをトリガーとして発動した『砂鉄時計(トリックウォッチ)』によって、自身の速度を加速。私の体感速度ではスローモーションとなったアイルゥちゃんの殺戮パンチを、危なげなくヒョイと躱しました。


 べつにこんな攻撃くらい躱さなくても、結界魔法で遮断することはできます。そうでなくても彼女の運動速度をゼロにして拘束してしまえば、それで試合終了です。

 けれども戦闘の過程を重んじる獣人族は、そんな負け方をしても納得はできないでしょう。それに、あまりにも何もできずに負けると、「あれが成功していれば負けてなかった」とか「あの技を出していれば勝負はわからなかった」とか考える余地が生まれてしまいます。

 なのでこういった戦いでは実力の差を示すために、適切な手加減をする必要があると判断したのです。


 次々と繰り出されるアイルゥちゃんの拳を紙一重で躱し続ける私は、不意にアイルゥちゃんのお腹に人差し指を向けて、ポツリと呟きました。


「―――『風の槍(クリアランス)』」


 ドウッ!! という轟音と、すべてを薙ぎ払うような暴風がアイルゥちゃんを襲いました。

 私の指先から放たれた圧縮空気の奔流が腹部に激突すると、たまらず彼女は後方へと弾かれます。

 しかし……


「……!」


 普通の人間であれば数十メートルは吹き飛んで、失神するような威力の衝撃だったはずです。獣人の身体が頑丈であることを視野に入れて、結構強めの威力設定をしたのですから。

 だというのに、その直撃を受けたはずのアイルゥちゃんは、足の裏で地面を削りながら五メートルほど後方へ弾かれただけで、まったくダメージが通っているようには見えませんでした。


 驚きのあまり固まってしまった私に、アイルゥちゃんは間髪入れず再び突貫してきます。

 私は気を取り直して、今度は威力を先ほどの三倍くらいに設定した風の槍(クリアランス)を放つべく、すぐ彼女に指を向けました。


 そして私が魔法名を唱えて暴風を生み出した瞬間、暴風の直撃に合わせて振り抜かれたアイルゥちゃんの拳が、圧縮されて叩きつけられた空気に直撃―――そのまま空気の奔流を力ずくで左右へと吹き散らしてしまったのです。


「えっ!?」


 嘘でしょ……!?

 驚愕に目を瞠る私に、アイルゥちゃんは暴風を相殺した右の拳が後方へと弾かれるのと同時に、返す刀で左拳を私に向かって振り下ろしました。


 ……仕方ないな。


 私は素早く首飾りに手を伸ばし、羽根を模した装飾のいくつかをカチリと傾けることで魔法を発動します。


 直撃すれば人間の脆い肉体なんて爆発四散しちゃいそうな威力の拳……けれども私はそれを、小さな手のひらで“ぱしんっ!”と受け止めました。


「!?」


 今度はアイルゥちゃんが目を見開く番でした。


 『浮き足立ち(ムーンウォーク)』でアイルゥちゃんの体重を減らし、『拒絶(リジェクション)』で私が触れている物質の速度を停止。

 『戦術的着痩せ(ビューティアーマー)』で私の体重を増やし、『堅硬優良児(ソリッドアーマー)』で肉体の硬度を上昇、『緩衝致体(カルムソーン)』で私の肉体にかかる衝撃をすべて無効化。


 その力に『数値』が存在する限り、私に支配できないものはありません。


「……『重い』とか『速い』とか『硬い』とか、そういう力はわたしにつうじないよ」


 そう言いながら私が首飾りをカチリといじった直後、アイルゥちゃんのお腹の辺りで衝撃波が発生し、彼女を後方へと大きく吹き飛ばしました。


 私が魔法で発生させた衝撃波は、アイルゥちゃんの肉体表面ではなく空間そのものに直接発生します。なので彼女の皮膚が硬いとか分厚いとか、筋肉の密度が高いとか、そんなことなんて一切関係なく……衝撃は彼女の“体内”にも直接叩きこまれるのです。


 先ほどの風の槍(クリアランス)と違って、たった今私が生み出した衝撃波はアイルゥちゃんにちゃんと通用したようです。彼女はお腹を押さえてうずくまり、すぐには立ち上がれずにいるようでした。……放っておけば、いずれまた突っ込んでくるでしょうけどね。


 しかしもう戦いは十分だと判断した私は、再び首飾りに触れて新たな魔法を発動させました。

 直後、見えない圧力によって押し潰されたアイルゥちゃんが、再び地面に叩きつけられます。小動物や虫とかならともかく、三倍もの重力の中でまともに動ける生物はいないでしょう。


 ふぅ……ちょっとあっさりでしたが、これにて試合終了ですね。



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