1歳9ヶ月 9 ―――魔法少女セフィリア
「ルローラちゃんっ!!」
ドバンッ!! と激しく扉を開く音に、その部屋の主であるルローラちゃんは、ベッドに寝転がっていた身体を慌てて起こしました。
そうして、中高生ほどの外見となっている私と、隣に寄り添うネルヴィアさん……それから私たちのあとに続いて、顔を真っ赤にしたケイリスくんとレジィが、部屋の中へと遠慮なく足を踏み入れます。
現在は晩御飯も食べ終えて、それなりに夜も更けた良い時間です。すでに眠ろうとしていたらしいルローラちゃんは灯された部屋の明かりに目を細めながらも、私たちの並々ならぬ剣呑な雰囲気に表情を険しくさせました。
「……さっき遠くから、ゆーしゃ様とレジィの悲鳴が聞こえてきたけど……それと関係してるの?」
「そ、そうなんだよ! さっきレジィの入浴してる浴室に、私が大人バージョンの姿で突撃しようとしたんだけど……」
「え、ちょっと待って。まず前提からしてよくわかんない」
なぜかルローラちゃんが私の説明に難色を示していますが、そこは今重要じゃないのでスルーします。
「そしたら、私の身体がこんなことになっちゃったんだよっ!!」
そう言いながら私は、自身の身体に巻き付けていた厚手のバスタオルの、上半身の部分をはだけさせます。
するとその弾みで、私の胸部から“ぽよよんっ!”と豊かな双丘が躍り出ました。同時に視界の端で、レジィとケイリスくんが顔を逸らすのが見えました。
「なんかいつの間にかこんなことになってて……どうしよう!?」
「……」
「三日前に変身したときはこんなことなかったから、原因はつい最近だと思うんだけど……!」
「…………」
「……あれ、ルローラちゃん? どうしたの、急にベッドから出てきて、準備体操なんか始めちゃって……」
無言でストレッチのような動きをし始めたルローラちゃんは、なんだか急に物騒な雰囲気を醸し始めました。
それから右目の魔眼を覆う眼帯に手をかけつつ、かつてないほどに真剣な表情で言い放ちます。
「それはつまり……アタシへの宣戦布告だね?」
「……は?」
「さぁ、望み通り『戦争』を始めようじゃないッ……!!」
「はぁ!?」
そんな世迷言を言い出したルローラちゃんの血走った左目は、私の胸部でぷるんぷるんと踊っているモノに釘付けです。その視線によって私は、彼女がいったい何と戦っているのかをようやく理解しました。
「い、いやいやいや! そうじゃなくって! よくわかんないけど、今日いきなりこうなってて……!」
「この裏切り者っ!! 貧者同盟の面汚しめ! なにさその胸部戦闘力は!? あの両親から生まれて何をどうやったらそうなるんだよぉ~っ!?」
なにやらよくわからないことを叫び出したルロ―ラちゃんは、子供のように泣きじゃくりながら飛びかかってきて、私の胸を揉みしだき始めます。
「ひゃあ!? ちょ、ちょっ!? くすぐったいよっ!」
「このっ、このぉ! ほろびろ! ここだけほろびてしまえ!!」
直後、ネルヴィアさんによって羽交い絞めにされながら引きずられていくルローラちゃんは、ぐすぐすと泣き続けていました。三十路くらいの外見も相まって、なんだか痛々しい光景です。
それからしばらくネルヴィアさんに慰められていたルローラちゃんは、十分くらいかけてようやく正気を取り戻しました。……まだ私の胸部を、親の仇でも見るかのような目で睨んでいますけど。
そしてルローラちゃんに、ここ最近で魔導師様……主にルルーさんと関わらなかったかと訊ねられました。私が肯定すると、彼女はさらにその詳細を問いただしてきます。
ルローラちゃんはそれだけで何か確信を得たらしく、自信をもって断言しました。
「その“傷を消した”時に、ゆーしゃ様の身体に細工をされた可能性が高いね。だけどゆーしゃ様の外見だと性別が変わってもわからないから、脱衣所で大人に変身した時になって、ようやく発覚したんでしょ」
「……そういえば、あれから一回もトイレには行ってないかも」
そうですね、なんだかパニックになって年齢操作の首輪のせいで女の子になっちゃったように錯覚してしまいましたが……よく考えたら性別を操作できるような人なんてルルーさんしか心当たりがありません。
そして彼女と交わした会話を思い出すに、ルルーさんが私の性別を変えた要因は……
「……ちょっとこれから、ボズラーさんのおうちに行ってくるね」
「えっ!?」
すると私の言葉に、ネルヴィアさんがかなり過敏な反応を示しました。
「で、では私もお供します!」
「……え? ど、どうして?」
「ボズラーさんが、今のセフィ様を見て変な気を起こさないように監視するためですっ!」
変な気って……いやいや、私の本来の性別を知ってるボズラーさんが、そんな気を起こすことはないでしょう。
私はネルヴィアさんの杞憂を一笑に付すような心持ちでしたが、しかしそれを聞いたレジィやケイリスくんも、
「……そうだな、それがいいかもな」
「……念には念をということもありますしね」
さっきから私と目を合わせようとしない二人の言葉に、ネルヴィアさんはますます勢い付いて乗り気になってしまいました。
けれどもそこでルローラちゃんがポツリと、
「この大陸に、ゆーしゃ様を力ずくでどうこうできる生命体がいるとは思えないけど」
「…………」
この呟きは、三人を納得させて黙らせるのに十分な説得力を持っていたみたいです。
でも私は納得いきません! なんですかその魔王的な扱いは! 私はか弱い幼児なんですけど!
こうして私は、「くれぐれも油断しないように」とネルヴィアさんに強く言い含められながら、ボズラーさんのお宅へと向かったのでした。
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気が付いたら200話を突破してました!
今後ともよろしくお願いします!
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