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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳9ヶ月 4 ―――お兄ちゃんとおねえちゃん(後編)



「……まちがってなんか、ないよ」


 私の漏らした呟きに、ボズラーさんはハッとしたように肩を震わせてから、恐る恐る顔を上げました。


 ……ボズラーさん自身もきっと気づいていることだとは思いますが、村人全員で戦ってもみんな死んじゃったのなら、当時戦う力のなかったボズラーさん一人が加勢したところで、返り討ちに遭って死んじゃっていたと思います。

 そうしたら、一人遺されたメルシアくんだって無事に生き残れたものかわかりません。


 私はボズラーさんの膝にそっと手を置いて、静かな声色で続けます。


「あれ、見てよ。メルシアくんの顔」


 そう言って私が指差した先では、友達と楽しそうにお喋りしながら、笑い合っているメルシアくんがいました。

 その表情はとても楽しげで、一点の曇りもなくって、世界に何ら恥じることなく胸を張って生きているかのようです。

 メルシアくんの姿を見たボズラーさんは眩しそうに目を細めて、先ほどまで顔を覆っていた手を、静かに下ろしました。

 そんな彼に、私は努めて優しい声色で語り掛けます。……その言葉が彼の心に届くことを祈りながら。


「“もしも”なんて、意味ないよ。きっと誰しも後悔しながら、それでも後戻りなんてできなくって、前に進んでいるんだから。また同じ間違いをしないように。次こそは上手くやれるように」

「……」

「あのメルシアくんの笑顔を守ったのは、間違いなくボズラーさんなんだよ? もしかしたら、もっと上手い方法もあったかもしれない。最善ではなかったのかもしれない。だけどそれでもメルシアくんの笑顔を守れたその結果も、そのための方法も……“間違い”なんかじゃ、絶対ないよっ!」

「……っ」


 私の言葉を聞きながらメルシアくんを見つめるボズラーさんの頬を、涙が一筋伝っていました。


 道を歩いていて石に躓いた時、人はどうするでしょうか。

 その石で他の誰かが転ばないようにどけてあげるかもしれませんし、あるいは苛立ち紛れに蹴飛ばすかもしれません。

 だけど躓いた石をずっと気にして、そこを通り過ぎたあともずっと後ろばっかり振り返っていたら、また別の石に躓いて転んでしまうでしょう。

 もう二度と躓いたりしないように、今度はきちんと足元に気を付けながら、前を向いて歩いて行く……それがきっと、正しい後悔の仕方なのだと思います。


「それにね。メルシアくんがあんなに優しい、まっすぐな子に育ってるっていうのは、すごいことだと思うんだ。そんな辛いことがあって、お兄ちゃんと二人っきりで育ってきたら、もっと捻くれた子供になっていてもおかしくないよ」

「……それは、あいつが優しい子だから……」

「うん、それもあると思う。だけどきっと、ボズラーさんがたくさんの愛情を注ぎながら、傍でずっと支えてきてあげたから……あんなに優しい子になってくれたんだと、私は思うな」


 私がそう言って微笑むと、ボズラーさんはメルシアくんに注いでいた視線をゆっくりと私に向けました。

 どこか呆けたような表情のボズラーさんに、私はポケットから取り出したハンカチを差し出します。


「今は過去のことじゃなくって、メルシアくんのあの笑顔をこれからも守っていくための、未来のことを考えよう?」


 きっとそれが、ボズラーさんやメルシアくんのお母様の……そして亡くなった村の人たちの願いでもあるんじゃないかって思うから。

 そしてボズラーさん自身のことは、メルシアくんやルルーさん、それから私も……みんなで支えていきましょう。


 私の手からハンカチを受け取ったボズラーさんが、私からプイっと顔を逸らして、


「……ったく、背中が痒くなるような綺麗ごとばっかり言いやがって」


 そう呟きながら、ボズラーさんは涙をごしごしと拭いました。


 えー!? なにさその言いぐさ! せっかく慰めようとしてあげてたのに!!

 私がジトーっとした視線で無言の抗議を行うと、しかしボズラーさんは突然、おかしそうに笑いだしました。

 かと思えば、それから急に真剣な表情で私のことを見つめて、


「だけどお前は、それでいいんだと思う。お前はずっとそのままで……綺麗なままでいてくれよ」

「え……」


 ボズラーさんの膝に置いていた私の手に、ボズラーさんの手がそっと重ねられます。

 吸い込まれそうな青い瞳で見つめられた私は、しばし呼吸をすることも忘れてしまいました。


 どれくらいそうして見つめ合っていたのか……私たちが我に帰ったタイミングはほとんど同時でした。


 ……すぐ近くで、私たちをジッと見つめるメルシアくんの視線に気が付いたのです。


「うおっ!?」

「わひゃい!?」


 二人して慌ててベンチから立ち上がり飛びすさったのを見て、メルシアくんはニコニコと笑みを浮かべていました。

 どうやらこちらの話に夢中になり過ぎて、メルシアくんたちのお話が終わったことに気が付かなかったようです。


 私はバクバクと暴れている胸を撫で下ろしながら、再び私の手を握ってはにかむメルシアくんに微笑みかけました。あー、びっくりした……。

 すると同じく冷や汗をかいていたボズラーさんの手も握ったメルシアくんが、


「さっきポルスくんとセシルちゃんと話してたら、『あのきれいなお姉さんはだれ?』って訊かれちゃった」


 なんてことを、無邪気な表情で言い出しました。

 ……うん、もう女の子扱いにいちいちツッコミは入れないよ。

 私はメルシアくんの言葉に対して、苦笑するだけに留めます。大人ですもの。


 それから公園沿いに整備された遊歩道を歩き始めた時、メルシアくんはちょっぴり甘えるような上目遣いで私を見つめてきました。


「……先生がぼくのおねえちゃんだったらいいのになぁ」

「え? あ、あはは……そっかぁ、お姉ちゃんかぁ」

「お母さんじゃなくて、お姉ちゃんなのか?」


 そこでボズラーさんが不思議そうな顔をして、私たちの話に口を挟んできました。でもそこは「お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんなのか?」が正しいツッコミです。やり直して。

 ボズラーさんの問いに、メルシアくんはちょっと興奮気味に大きく頷くと、


「うんっ! ポルスくんとセシルちゃんとお話ししててね、お母さんよりおねえちゃんのほうがいいな~って思ったの! だから先生、だめ……?」


 さっきのボズラーさんとのお話が頭に残っていた私には、メルシアくんのおねだりを断るという選択肢はありませんでした。そもそも、元よりメルシアくんに甘えられたら大抵のことは叶えてあげたくなっちゃうのですから。

 ……よその家庭の子って、無責任に甘やかしちゃいますよね。


 もちろん『お兄ちゃんじゃないのかよ』なんて無粋なツッコミも飲み込みます。きっとメルシアくんは母性に飢えているのでしょう。私の外見が役に立つのなら、喜んでお姉ちゃんに徹してあげようではありませんか。

 なので私は、特に深く考えることもなく答えを返しました。


「ふふっ、いいよ。よぉし、私がメルシアくんのお姉ちゃんになってあげよう!」

「ほんとっ!? やったぁ!」


 本当に嬉しそうにはしゃぐメルシアくんを見ていると、私もなんだか嬉しくなってきちゃいます。

 こういう打算とか裏のないやり取りは、心が温まりますね。


「先生、ぼくの“おねえちゃん”になってくれるって! よかったね、お兄ちゃん!」


 ……ん? なんでボズラーさんが『よかったね』なの?


 私の心に浮上したささやかな疑問は、けれどもメルシアくんの笑顔を見ているとどうでも良くなってしまって、再び思考の奥底へと沈み込んでいってしまったのでした。



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