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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳9ヶ月 1 ―――聖剣レーヴァテイン



 戦争の終結が言い渡されてから数日後、帝都魔術学園は再び活動を始めました。

 お兄ちゃんは変わらず私の家から通うことになっていますし、他の生徒たちも誰一人欠けることなく教室に再集合してくれています。

 変わったところがあるとすれば、それは時々魔導師様たちが授業風景を見学していったり、手伝ってくださるようになったことくらいですね。


 そんな平和を噛みしめながら日々の授業をこなしていた私は、“その日”の朝もいつも通りに教室で授業を行い、これといって特別なこともなく帰宅しました。


「あっ、おねーちゃん!」


 すると逆鱗邸の外門の手前で、ちょうど今帰って来たらしいネルヴィアさんとばったり出くわしました。

 彼女は先ほどまでルナヴェントの実家に行ってきていたらしく、なにやら小包みのようなものを手に提げています


「おかえり、おねーちゃん」

「ただいま戻りました、セフィ様!」

「その包みは、なぁに?」

「えうっ、こ、これはその……な、なんでも、ないですっ!」


 顔を真っ赤にしながら慌てて包みを背後に隠すネルヴィアさんに、私は無言で小首を傾げました。

 それから「まぁいっか。はやくおうちにはいろ?」と私が促すと、ネルヴィアさんもホッとしたように「はいっ!」と元気な返事を返します。

 ……けれどもその表情は、どこか寂しげでもありましたが。


 その後は特に変わったこともなく、いつも通り晩御飯もみんなで食べて、それから各々自由に自分の時間を過ごします。


 そして夜も更け始めた頃、私は諸々の準備を整えた後でネルヴィアさんのお部屋を訪れていました。


「おねーちゃん、ちょっといい?」

「……セフィ様?」


 私の突然の訪問に、ネルヴィアさんは少し驚いていました。

 それから彼女はベッドの上に広げていた……あれは、マントでしょうか? それをかなり慌てた様子で布団の下に押し込んでから、引き攣った笑みでこちらを振り返ります。


「な、なんの御用でしょうか、セフィ様……?」

「……用がなくちゃ、おねーちゃんのおへやにきちゃだめ……?」


 少し興が乗った私は、クルセア司教直伝の上目遣いでネルヴィアさんを見つめます。すると彼女は背後に“きゅーん!!”というピンク色の文字を躍らせながら、私に駆け寄ってきました。ちょろかわ。


「そんなことありません! さぁ、こちらへどうぞ!!」


 興奮気味なネルヴィアさんは私を優しい手つきで抱きかかえると、そのまま自室のベッドに向かって歩き出します。

 私はそれを「あ、でもね。いちおう、用はあるんだよ?」と言って制しました。

 小首をかしげるネルヴィアさんに、私はにっこりと微笑みながら、


「ケイリスくんとおかしをつくったの。おねーちゃんもいっしょにたべよう?」


 私の言葉に、ネルヴィアさんは「はい、喜んで!」と笑顔で応じてくれました。

 まぁ、たしかに喜んではいるみたいです……同時に少し落胆の色も見受けられますが。


 ネルヴィアさんに抱かれながら部屋を出て、リビングへ向かう途中……私はニコニコと微笑んでいるネルヴィアさんの首元に頭を預けながら、ポツリと呟きました。


「おねーちゃん、きょうはあんまりげんきないね?」


 するとネルヴィアさんは、かなり露骨に“ギクリ”とした表情を浮かべて、びくっと肩を震わせます。


「……そ、そんなこと、ないですよ……?」

「おねーちゃんはウソをつくとき、ちょっと声がたかくなるよね」

「えっ!?」


 上擦った声をあげて驚きを表現するネルヴィアさんは、思いっきり目を泳がせながらあわあわと動転してしまいました。

 ……ネルヴィアさんは良い子過ぎてまったく嘘のつけないタイプの人間ですからね。嘘のサインはかなり豊富です。


「おねーちゃん。なにか、なやみごととか、おねがいがあるんなら、わたしに言って?」

「いえっ、そんな……で、できません……」

「どうして?」

「だって……それは、私のわがままで……」

「……そう」


 私はそこで会話をいったん打ち切ると、すぐそこに迫ったリビングの扉を見やりました。

 それからネルヴィアさんのことを振り返って、


「じゃあ、これはわたしのわがままだからね」


 脈絡のない私の言葉に、不思議そうな表情を浮かべるネルヴィアさん。

 それでも彼女は何の疑問も抱かずにリビングへと続く扉に手をかけて、それからゆっくりと開きました。




「お誕生日おめでとうっ!!!」




 その瞬間、現在この屋敷に住んでいる全員が、声を揃えて一斉に祝福の言葉を発しました。


 その祝福を向けられたネルヴィアさんは、ポカンと口を開いたまま完全に停止してしまいます。

 そんな彼女に駆け寄ってきたお母さんとルローラちゃんが、ネルヴィアさんの手を取り、背中を押して、彼女を部屋の中央へと誘導しました。

 ネルヴィアさんが座らされたテーブルには、とても大きくて美味しそうなケーキがどどんと鎮座しています。


「これね、わたしとケイリスくんと、あとおかーさんでつくったんだよ?」


 いまだにネルヴィアさんの胸に抱かれたままの私がそう言うものの、彼女は完全にパニックに陥っているようで、「えっ、えっ……!?」と目を回していました。

 ネルヴィアさんが混乱から回復するまで私たちがニコニコと温かく見守っていると、やがてようやく状況が呑み込めてきたらしい彼女は頬を上気させながら、


「な、なんで……私の、誕生日を……?」

「ソーディルさんにきいたの。でもふつうに祝おうとしたんじゃ、おねーちゃん、えんりょしちゃうでしょ? だから、サプライズパーティにしたの!」


 ネルヴィアさんの誕生日について訊くためにルナヴェント邸を訪れたのは、数ヶ月ほど前でした。たしか、イースベルク共和国の旅から帰ってきてすぐのことだったように思います。

 ケイリスくんの一件で“お誕生日”というワードが頭に残っていた私は、ついでなので他の子たちのお誕生日も調べておこうと思ったのです。


 その結果、ネルヴィアさんの誕生日は、かつてネルヴィアさんがアルヒー村へ左遷されてきた日の、二週間ほど前だったことが判明しました。おそらく誕生日を迎えて、騎士修道会の最終試験を受けられる年齢に達してからすぐに受験したのでしょう。


「もう。どうしておたんじょうびだってことを、言ってくれなかったの?」

「だ、だって……そんな、私なんかのために、こんな……」

「“なんか”じゃないよ! 家族のおたんじょうびをお祝いするなんて、あたりまえでしょ!」


 実際、ネルヴィアさんは今日の日中、ルナヴェントの実家でささやかなお誕生日パーティを行ったようですしね。きっとあの小包みが、お誕生日プレゼントだったのでしょう。


「おねーちゃんはさっき、なやみごととかは“わがまま”だから言えないみたいなことを言ってたけど……ちがうよ。わたしはね、その“わがまま”を言ってほしいんだよ」

「え……」

「このパーティは、わたしがおねーちゃんをお祝いしたいっていうわがままだしね」

「……っ!!」


 口元を押さえて涙を滲ませるネルヴィアさんに、彼女を見守る周りのみんなは温かい笑みを浮かべていました。


 それから私の前世スタイルのお祝いとして、ケーキに蝋燭を立てて吹き消すなどのイベントを経てから、ケーキを切り分けてみんなに配り……

 ああそうだ、忘れるところでした。


「おねーちゃんにわたしから、プレゼントがあります」


 そう言って、私はケイリスくんに「もってきてくれる?」とお願いします。

 すでにこの時点でネルヴィアさんは興奮度MAXといった様子だったのですが、ケイリスくんが持ってきてくれたソレを見た瞬間、彼女はとうとう泣き出してしまいました。


 ケイリスくんの手から私が受け取り、ネルヴィアさんに差し出したもの……それは、“剣”でした。

 この剣が鞘に納められた状態では、一見すると宝飾の施された金色の“杖”のようにも見えるかもしれません。


「ねっ、ぬいてみて?」

「は、はいっ!!」


 私の手から恐る恐る剣を受け取ったネルヴィアさんは、震える手でそっと剣を引き抜きました。


「……っ!!」


 その刀身は、非常に純度の高い“硝子(ガラス)”でできていました。

 ぼんやりと青白く発光する硝子の刀身にも、鞘と同様でかなり繊細な意匠が施されています。扱いやすいよう、長さは刃渡り四〇センチほどの短剣サイズに抑えられています。


 じつはこれ、鉱山都市レグペリュムの鍛冶師にお願いして作ってもらったものです。本来なら彼らに仕事を依頼するなんてことは絶対にできないのですが、ちょっとしたコネと交換条件を使って実現しました。 ……まぁそのおかげで、今まで私が密かに蓄えてきたお小遣い……その何割かが消し飛びましたがね。


 え? 硝子である必要性はあるのかって? もちろんありますよ! だって、綺麗じゃないですか!!

 鞘と合わせて、純粋な芸術品としても帝国博物館の目玉を張れるほどの超一級品です!


 もちろん硝子なので本来は脆いのですが、そこは私の魔法で強化済みです。魔法自体を無効化でもされない限り、鋼鉄をも遥かに凌ぐ規格外の強度を誇ります。ドラゴンが踏んでも壊れません!

 ちゃんと剣として攻撃にも防御にも使用できますし、それによって錆びたり刃こぼれすることも決してありません。

 ……けれどもその事実は、ネルヴィアさんに伝えませんけれどね。

 脆い硝子の剣だと信じていた方が、彼女のためになることもあると思いますから。


 そして当然ながら、この剣は……帝国でも五指に入る魔術師であろう逆鱗(シャータン)のセフィリアによって生み出された剣です。それがただ“斬る”ためだけの剣であるはずがありません。そんな怠慢が許されるわけがありません。


「聖剣『レーヴァテイン』だよ」

「れーば、ていん……」


 前世における伝説の剣の名前をお借りしました。この世界の住人にとっては聞き馴染みのない音でしょうが、私の耳にはどこかしっくりくる響きです。

 ……元ネタは聖剣っていうよりガチの魔剣ですが、あくまでこっち剣は聖剣です。だって勇者が造ったんですから!

 たとえ私が、広告塔(プロパガンダ)としてのお飾り勇者だとしても、まことしやかに魔王説を囁かれるような存在だとしても、聖剣には変わりないはず……あれ、ほんとに聖剣か?


 私が笑顔の裏側で冷や汗を流しながら自問自答している間に、ネルヴィアさんはぐしぐしと目元を擦りながら、わが子でも抱くかのような手つきで聖剣を抱きしめていました。聖剣をね。聖剣。


「……本当に、ありがとうございます。また、命よりも大切な物ができちゃいましたね。えへへ」

「う、うん……命のつぎに、だいじにしてね?」


 ネルヴィアさんが口にすると、「命よりも大切」が危険な響きを帯びてしまうように思えて心配です。

 ……ですが彼女も、私の気持ちはわかってくれているはずです。なので、そう滅多なことはしないと信じています。


 温かい笑顔のみんなに囲まれて、本当に幸せそうなネルヴィアさん。そんな彼女の胸に抱きついた私は、ちょっぴり悪戯っぽい笑みを浮かべます。


「これからもよろしくね、ネリー」


 ハッとしたように目を見開いたネルヴィアさんが、微笑む私の顔をまじまじと見つめて……


「はいっ!!」


 それから彼女は、いつもの晴れ渡る青空のような笑顔を浮かべて、私を抱き返してくれました。



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[一言] > 元ネタは聖剣っていうよりガチの魔剣ですが、あくまでこっち剣は聖剣です。 「こっち剣」となってますが、「こっちの剣」ではないですか?
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