1歳8ヶ月 5 ―――似たもの夫婦と似たもの親子
それから私たちは逆鱗邸の中へ移動すると、あらかじめ用意してあった長椅子に彼らを座らせて軽食を振る舞いました。
単に軽食と言っても、あのケイリスくんの手によって作られた料理です。長らく戦争に従事してまともな味付けの食事なんて久々であろう彼らは、感涙にむせびながら競うように皿を空にしていました。
「こ、こんなうめぇもん、生まれて初めて食った……!」
「それを言うなら、こんなやわらけぇ椅子に座ったのだって初めてだっての!」
「この屋敷全部、セフィリアちゃんのモンなのかい!?」
屋敷に入ってから目にするもの全てに興奮を示す彼らを見ていると、現在の私がいかに恵まれた立ち位置にいるのかを思い知らされました。
そうですよね、私だって一年前までは枯草と薄布を布団代わりにして寝ていたんです。それがあっという間にお屋敷を与えられてふかふかのベッドで寝て、完璧な執事の絶品料理にありつけているんですから、随分と出世したものです。……本当は魔術師の末席として地味に生きてければそれでよかったのですが。
そして小腹を満たした彼らがネルヴィアさんたちに物珍しげな視線を向けていたので、自己紹介をしてもらうことにしました。
「わ、わたっ、私は! セフィ様……セフィリア様にお仕えしている、その、騎士で……! ネルヴィア・ルナヴェントと、も、申しましゅ!!」
顔を真っ赤にして必死に自己紹介をしてくれたネルヴィアさんを、おじさんたちは温かい目で見守っていました。自分の娘くらいの女の子ですから、可愛くて仕方がないのでしょう。愛嬌たっぷりですしね。
しかし騎士の名門『ルナヴェント』の名前には驚かれていました。前線ではネルヴィアさんのお兄さんたちが手柄を挙げていたようです。
続いて、私はレジィに自己紹介を促しました。彼は頬を掻きながら、控えめな声で従います。
「……オレ様は、レジィ。ご主人に……あの、ご主人って、つまりセフィリアのことだけど。ご主人に可愛がってもらってる。それから……」
レジィは遠慮がちに帽子を外して、それからいつも腰に巻いている上着を取り去ると、
「オレ様は……獣人族、だ」
さすがにそれは予想外だったのか、のんびりムードだったおじさんたちの顔色が変わりました。レジィが当たり前みたいに私たちの中に溶け込んでいるため、さすがに露骨な戦闘態勢を見せる人はいませんでしたが……それでも表情には警戒の色が見て取れます。
そこからは私が引き継いで、レジィが我が家に居候するまでの流れをかいつまんで説明しました。現在アルヒー村に獣人族が住んでいるということを説明した際には彼らも不安そうでしたが、こればっかりは実際に顔を合わせるなりして、危険がないことを少しずつ理解してもらうしかないでしょう。仲良くしてくれるといいんですけど……
そしてケイリスくんも、いつも通りクールな態度で自己紹介をしました。
「ケイリスです。セフィリア様にお仕えしております。よろしくどうぞ」
いかにもケイリスくんらしいあっさりとした挨拶でしたが、さきほど一瞬で胃袋を掴まれたおっさんたちは「よろしくな、ケイリスくん!!」とかなり熱のこもった挨拶をして媚びていました。
ちょっと! なに私のケイリスくんに取り入ろうとしてるんですか!!
そして最後に、ルローラちゃんはお客様みたいな立場ですけれど、一応紹介しておくことにしました。
私はちょっと離れたところでテーブルに突っ伏している彼女を手で示しながら、
「あそこでねてる女の人は、ルローラさん。エルフ族です」
「ん? あー、よろしくね~」
ついいつものノリでルローラ“ちゃん”と言いそうになってしまいましたが、よくよく考えたら今の彼女は思いっきり大人の姿です。彼女の特性を知らないおじさんたちには違和感を与えてしまうかと思い、とっさに呼び方を変えました。
彼女がエルフ族であるということに一同はかなり驚いていたようでしたが、先ほど獣人族を紹介されたばかりなので、ある程度は衝撃も緩和されたようです。まぁ、エルフ族は魔族と違って、明確に人族と対立はしていませんしね。
一通り紹介を終えたので、あとは彼らにこのお屋敷で休んでもらいましょう。……そう思って、ネルヴィアさんと一緒にルナヴェント邸へ向かう準備をしていると、そこへお父さんが近づいてきました。私を抱いているネルヴィアさんが、緊張ですっかり固まってしまいます。
お父さんは感情を読ませない不思議な笑みを浮かべながら、口を開きました。
「帝国騎士に執事、おまけに獣人族とエルフ族……か。マーシアのお腹にいたキミに『強い子に育ってくれ』とは言ったが、これは少し想定外が過ぎるな」
「え……」
や、やっぱり怖い!? 不気味すぎる!? いろいろやり過ぎた!?
私は強いショックを受けながらも、とっさに謝罪の言葉を口にしていました。
「あ、あの、えっと……ご、ごめん、なさい……」
「どうして謝るんだい?」
「……え?」
お父さんは柔らかく微笑むと、
「どんな力を持っていようと、関係はないさ。僕たちの子供として生まれて来てくれてありがとう、セフィ」
お父さんはそう言うと、私の白金色の髪をそっと撫でます。その手つきは優しくて、私はこの人の子供なんだ、愛されているんだと心から思えるようなもので……
手甲付きの手袋に覆われた手は大きくて、その手に撫でられているととても心が落ち着きました。
それからお父さんは、ニコニコ微笑んでいるお母さんに「マーシア、キミの部屋はどこだい」と訊ね、案内するお母さんの後を追ってリビングを後にしました。
お父さんが去って行った扉を私はジッと見つめてから、私はネルヴィアさんを恐る恐る見上げました。
「あの、おねーちゃん……」
「はい! 私のことはお気になさらないでください」
何も言わずとも私の望みを察してくれたネルヴィアさんは、私をそっと床に降ろしてくれました。私は彼女にお礼を言うと、お父さんとお母さんを追いかけます。
リビングから廊下に出て、お母さんのお部屋へと向かう途中……後ろからの気配を感じて振り返ると、お兄ちゃんが小走りで私の後を追いかけて来ていました。
「おにーちゃんも、おとーさんのとこに?」
「あー、いや……まぁ……」
てっきりお兄ちゃんも私と同様、もっとお父さんとお話ししたいと考えたのかと思いましたが……お兄ちゃんの返事は何やら歯切れが悪いものでした。
やがてお母さんの寝室が視線の先に見えると、そこでお兄ちゃんはちょっと言い辛そうにしながら私の肩に手を置きました。
「……たぶん、びっくりすると思うけど……引くなよ?」
「?」
小首を傾げる私に構わず、お兄ちゃんはお母さんの部屋の扉をそっと開きました。
そして、その向こうで繰り広げられていた光景とは……
「久しぶりだね寂しかったよマーシア~~~っ!!」
ベッドに押し倒されたお母さんの胸に顔をうずめたお父さんが、甘えたような声色で叫んでいました。
「……え?」
ポカンと呆気にとられる私を置き去りにして、状況はさらに進行していきます。
「遅くなってごめんよ~! 戦場は怖いし痛いし寂しいし、ホントはずっと帰りたかったんだよ!? でもなぜか僕なんかが隊長に任命されちゃって、みんなの命を預かることになっちゃって~!!」
「うんうん、よくがんばったねラギナス。とっても辛かったよね。いっぱい怖い思いもしたよね。でも、もう大丈夫よ、私がいるわ。ずっと一緒だからね」
「マーシア~~~!! 愛してるよ~~~!!」
「私のほうが、もっと愛してるわラギナス」
お母さんのちっちゃな胸に縋りつくお父さんと、そんなお父さんの頭を幸せそうに抱きしめるお母さん。
二人ともさっきまでは、数年ぶりの再会なのに意外と淡白だな~って感じの態度だったのに、一転してハートを飛ばしまくりながらいちゃいちゃしています。
扉の隙間からこっそり中を覗いていた私は、とっさにお兄ちゃんへ顔を向けました。するとお兄ちゃんは諦めたように溜息をつきながら、
「……とーちゃんは、武器をもってないとああなっちゃうんだ」
「武器……?」
あらためて室内へ目を向けると、なるほど確かにお父さんがさっきまで担いでいた大剣や、腰に差していたらしい短剣が床に投げ捨てられています。
「とーちゃんはこわがりで戦いがきらいらしいんだけど、武器をもってるときだけは別人みたいになるんだ。とーちゃんがいうには、『僕がかんがえた最強の僕』に変身してるらしい」
えっと……それってつまり、自己暗示?
戦いが嫌いだけど、どうしても戦わないといけなくなった時には、自分がイメージする理想の自分になりきることで頑張って戦っている……ってこと? なにそれ健気すぎる。
ちなみにお兄ちゃんが言うには、実際『最強の僕』になってる時のお父さんは、普段と比べて信じられないくらい強くなるそうです。……自己暗示でリミッターが外れちゃってるのでしょうか?
私たちが扉の隙間からこそこそ中を覗いていると、そこでお父さんを幸せそうに抱きしめていたお母さんが、私たちの存在に気が付いたようです。
「あら、二人とも」
「!」
お母さんの言葉でこちらに気が付いたお父さんが、うるうるした瞳でこちらを振り返りました。そして、
「ログナ~~! セフィ~~!!」
お父さんはこちらへ駆け寄ってくると、私たち二人をぎゅーっと抱きしめて頬ずりしてきました。
「遅くなってごめんよ~!! 寂しかったよな!? 辛かったよな!? これからはずっと一緒だからな、もう離さないからな~~~!!」
「ちょ、ちょっととーちゃん、くるしい! セフィもびっくりしてるから!」
私たちに頬ずり攻撃をしていたお父さんは、お兄ちゃんの言葉で我に帰ったようでした。
呆気に取られていた私と目を合わせたお父さんは、不安そうな、申し訳なさそうな表情で瞳を潤ませました。
「ご、ごめんなセフィ、こんな頼りない父親で……」
すっかりシュンとしてしまったお父さんを見て、なにか私の中で、普段はネルヴィアさんやレジィに向けているような気持ちが湧き上がるのを感じました。
私は静かに微笑みながらお父さんの頬に触れて、
「ううん、わたしはさっきのおとーさんもすきだけど、いまのおとーさんのほうがすきだよ?」
私が自分の素直な気持ちを伝えると、お父さんは「セフィ~~~!!」と叫びながら頬ずり攻撃を再開したのでした。
頬ずり攻撃は摩擦熱が熱いですけど、とっても愛されていることを感じられるので嫌いじゃありません。というか、むしろ好き。セフィ大満足。
……でもね、お父さん。さっきから後ろでほっぺを膨らませて不満げな顔をしてるお母さんにも構ってあげた方がいいと思うな。




