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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳8ヶ月 4 ―――セフィのお父さん



 ―――戦線の整理がようやく完了して、長らく戦争に殉じていた戦士たちが帰還する。


 そのニュースは瞬く間に帝都中を駆け巡り、戦争の功労者である彼らを出迎えるべく、帝都民のほとんどが総動員されました。

 ……ちなみに私がエクセレシィとの戦いから帰ってきた時は、上空を亜音速で飛行してきたのでそういうお出迎えはありませんでした。当たり前だ。


 戦士たちのパレードは、帝都入り口の関所からベオラント城までの大通りを一直線に進みます。

 そんな彼らをひと目見ようと集まった群衆たちに紛れて、私も家族のみんなと一緒にこの場へ駆け付けていました。


 三人の魔導師様たちを先頭に、汚れていたり負傷していたりするたくさんの兵士たちが行進します。中には腕が欠損していたり、全身包帯まみれの痛々しい姿だったりしている人もいましたが……けれども彼らはみんな一様に晴れやかな笑みを浮かべて、群衆たちの声援に応えているのでした。

 戦士たちのパレードがベオラント城の方面へと遠ざかって行くと、彼らを出迎えた帝都民たちは戦争の終結をようやく実感できたように喜んで、盛り上がっていました。


 ……けれどもきっと、あのパレードの中に加わることができなかった人だっていたはずです。

 私が身勝手な理由で帝都防衛に専念しなければ、命を落とさなかった人だって……


 ネルヴィアさんに抱かれ、暗い思考に陥りそうになった私の手を……不意にルローラちゃんがそっと握りました。


「ゆーしゃ様の“おかげで”だよ。誰もゆーしゃ様の“せいで”なんて思ってる人はいない」


 他人の心に敏感なルローラちゃんには、私の考えはバレバレだったようです。周りのみんながキョトンとしている中、私はルローラちゃんにお礼を言って、前向きな思考に切り替えました。


 私たちの周りにいる帝都民の皆さんは、仮にも貴族である私に気を遣ってか少し距離を開けてくれています。なので押し潰されたり窮屈だったりはしなかったのですが、お母さんもお兄ちゃんも背が低いので兵士さんたちの顔は全然見えないみたいでした。

 ですがヴェルハザード陛下の計らいで、私のお父さんが無事に帝都へ向かったということは確認済みです。なのであのパレードの中にお父さんはいたのでしょう。


 お父さん、かぁ。なんとなく人柄はお母さんやお兄ちゃんから聞いていますが、実際に会うのは初めてです。どんな人なんでしょうか。

 ……あれっ!? そういえばお父さんは私について、どこまで知っているのでしょうか!?

 私が一歳児にして流暢に言葉を操ることは? あらゆる属性の大魔法を無詠唱で扱うことは? 各地で暴れて物騒な二つ名をたくさん頂戴していることは? 魔族最強の怪物を降参させて終戦の一端を担ったことは?

 普通に考えたら……というか考えるまでもなく、理路整然と喋る一歳児って不気味ですよね!? お父さんに気持ち悪がられたらどうしよう!


 その後、帰還した戦士たちがベオラント城で皇帝陛下にありがたいお言葉を頂戴している間に、私たちは逆鱗邸へと戻って来ていました。

 お父さんを含めたアルヒー村出身の兵士さんたちをここで出迎えて、少し休んでもらってから帝都を発とうという流れになっているのです。

 でも現在のアルヒー村は獣人族と共存している異様な状態なので、その前にレジィに自己紹介でもしてもらって事情を説明したほうがいいでしょうか。


 あ、そうでした。帝都に戻ってきたのはうちの村の人たちだけじゃなくって……


「ネルヴィアおねーちゃん、そろそろ実家(ルナヴェント)にもどったほうがいいんじゃない? おにいさんがかえってきてるかも」


 私がそう言うと、しかしネルヴィアさんは断固として首を横に振りました。


「いえっ、せっかくセフィ様のお父様にお会いできるんです! この機会を逃す理由はありません!」


 ふんすふんすと鼻息荒く意気込んでいるネルヴィアさんは、かなり気合が入っている様子でした。 でもそこは、長らく会っていない実の兄を優先してあげましょうよ……


 えっと、ケイリスくんは……


「ね、ケイリスくん。このあとルグラスさんに会いにいきたい?」

「いえ、それはいつでもできますし結構です」


 いつものようにあっさりとした返答。まぁそれはそっか、共和国から帰ってからも頻繁に文通してますもんね。

 ケイリスくんはそれから小さな声で「それに、ボクも……」とゴニョゴニョ言っていましたが、何を言っているかまでは聞き取れませんでした。


 あと、残るはルローラちゃんですね。彼女はこの慣れない人族の土地で三ヶ月も待たせることになってしまいましたが、ようやく妹と念願の再会を果たすことができそうです。

 ……ところでルルーさんは戦争が終わったってエルフの集落に帰るとは思えませんけれど、どこに住むんでしょうか? ベオラント城で陛下のお世話? それとも公爵閣下なので、統治領があるのでしょうか?


 この後の私の予定は、まずお父さんたちアルヒー村出身者を逆鱗邸で迎えてご挨拶、それからすぐにネルヴィアさんとルナヴェント邸へ向かいお兄さんにご挨拶、そしてルローラちゃんを連れてベオラント城へ向かいルルーさんと引き合わせてから、お父さんたちをアルヒー村へと送り届けます。


 本当はベオラント城でヴェルハザード陛下から兵士たちへのありがたいお話の後に、勇者である私からも一言お願いされていたのですが、それは慎んで辞退させていただきました。私の力をまだ直接見たわけでもない兵士さんたちは、私に対して恐怖や不気味さしか覚えないでしょうし。

 ……代わりにクルセア司教からお願いされて、勇者教の信奉者たちに教会でご挨拶しなければならなくなりましたが。

 なのでお父さんたちをアルヒー村まで魔法で配達した後、私だけは即座に引き返して勇者のお仕事です。


 兵士さんたちの帰還に伴ってヴィクーニャちゃんが自分の統治領へ里帰りしているため、しばらく魔法学校はお休みです。なので勇者のお仕事が終わったら、私もしばらくアルヒー村へ滞在しようかなぁ。魔導罠の整備とかしなくちゃですし。


 なんてことを考えているうちに、ベオラント城へ集まった兵士さん達は解散の運びとなったようです。ぞろぞろと城下町の方へ流れてくる彼らは、自宅や病院へ向かったり、あるいは故郷へ帰るべく帝都を後にしているようでした。

 私たちは逆鱗邸の正門前に集まると、ここでお父さんたちが来るのを待ちます。田舎の貧乏村出身であるお父さんたちが帝都で迷わないか心配でしたが、帝都民の誰かに道を訊ねれば容易に辿り着くことができるでしょう。……なんせ、この帝都に住んでいて逆鱗邸の場所を知らない人はあまりいませんから。


 そしてどうやら道を訊ねるまでもなかったようで、ベオラント城の衛兵さんに道案内されてきたらしい十数名の集団が、曲がり角から姿を現しました。

 私は高鳴る心臓を抑えて、私を抱いているお母さんに問いかけます。


「ね、ねぇおかーさん! どれがおとーさんなの!?」

「うーん、そうねぇ。一番カッコイイ人かしら」


 それ主観入ってないでしょうね!? 事実上のノーヒントじゃないですか!


 アテにならないお母さんの言葉はさて置いて、私はこちらへ歩いてくる一行に再び視線を向けました。

 彼らの輪郭が明瞭になるくらい近づいて来ると、私はそこで彼らの中に一人だけ異様な人物が混じっていることに気が付きました。

 概ねみんな背が高くて筋骨隆々なむさ苦しい集団の中において、とりわけ背が低くて線の細い体格。しかしそれでいて、圧倒的な存在感と威圧感を放っているのでした。歩いている位置も集団の先頭で、いかにもリーダーっぽいカンジ。


「おおっ、ありゃマーシアちゃんじゃねぇか!?」


 集団の中の一人が野太い声を上げると、でっかいオッサンたちがドタドタとこちらに駆け寄ってきました。

 彼らは私やお母さん、それとお兄ちゃんを囲うと、心から嬉しそうな顔で口々に思い思いのことを言い出します。


「マーシアちゃん、相変わらず変わんねぇなぁ! ちゃんとメシ食ってるかい?」

「ばーか、マーシアちゃんは永遠の十四歳なんだよ! お前のかみさんと一緒にすんな!」

「テメェどういう意味だ!?」

「おいおいログナくん、しばらく見んうちにおっきくなったなぁ!!」

「顔つきも男らしくなっちまってマァ! 昔はピーピー泣いてたってのによ!」

「この子がセフィリアちゃんかい? 男の子って聞いてたんだが、俺の記憶違いか」

「勇者様だってのはホントなのかい!?」


 みんながみんな好き勝手に喋り出す上に、全員体格がゴツくて顔が近いからちょっと怖い……!

 私がにわかに恐怖を感じて、お母さんにしがみついた……その時。


「やめないか。僕の妻が困っているだろう」


 物静かで中性的な……けれども自然とその場を制するような、威厳に満ちた声でした。

 背の高い筋肉たちをかき分けてきたのは、青年というよりも“少年”という表現が似合いそうな、見た目高校生くらいの男の子でした。

 ボリュームのある逆立つ銀髪に、色気を感じさせる鋭い目つき、そして深い海色の瞳。羽織った紺色のマントをなびかせて、背中には体格不相応の大剣を背負っています。

 端正な顔立ちに微笑を浮かべ、超然とした物腰の少年は優雅に口を開きました。


「ただいま。今帰ったよ、マーシア」

「おかえりなさい、あなた」


 続けて銀髪の少年は、お母さんの足元で嬉しそうな笑みを浮かべているお兄ちゃんの前に膝をついて、目線を合わせながら笑いかけます。


「ただいま、ログナ。よく母さんとセフィを守ってくれたね」

「いや、オレは……」

「お前を家に残したから、僕は戦場で気兼ねなく戦うことができた。流石は僕の自慢の息子だ」


 穏やかな声色で紡がれたその言葉を聞いた瞬間、お兄ちゃんは感極まったように涙ぐんでしまいました。

 そして最後に、再び立ち上がった少年は私をまっすぐに見つめてきます。


「初めまして……になるのかな。僕の名はラギナス、キミの父親だ」

「……っ!」


 や、やっぱりこの人が私の父親!? でもいくらなんでも若すぎない!? 見た目高校生くらいに見えるんですけど……いや、でもお母さんに比べたら……うん……

 すごく思ってたのとは違いましたけど、でも他の筋肉たちがお母さんの旦那だと言われたら、そのむせ返るような犯罪臭に卒倒していたかもしれません。そういう意味では、お母さんより頭半分ほど高いくらいの背丈しかないこの少年がお父さんで良かったかも。


 私はこのラギナスという少年……もといお父さんに、どんな言葉を返すべきか悩んでいたのですが……

 けれども言い訳がましくごちゃごちゃ言うのはやめて、端的な言葉にすべての気持ちを込めることにしました。

 だから私はとびっきりの笑顔を浮かべて、元気いっぱいな声を発します!


「おとーさん、おかえりなさい!」


 するとお父さんは少しだけ細めた目を丸くさせて、けれどもすぐに穏やかな笑みを返してくれました。


「ただいま、セフィ」



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