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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳8ヶ月 3 ―――昨日まで知らなかった気持ち



 それは日差しが眩しく、柔らかな風が頬を撫でる昼下がりのこと。

 今日はちょっとクルセア司教に訊きたいことがあったため、私の方から教会へと出向きました。


 本当にどこから聞きつけたのか、クルセア司教は謎の情報網によって私が年齢を操作できることを知ったらしく……私の知りたい情報と引き換えに、いろんな年代に変身させられて着せ替え人形にされてしまいました。

 ボーイッシュにされたりガーリィにされたり、ワイルドにゴスロリに水着といろいろ経たものの、最終的に高校生バージョンの清楚なワンピースに落ち着きました。悲しいかな外見が外見なのでそこまで抵抗はないものの、やっぱり実際の性別とのギャップにそわそわしちゃいます。

 まぁ、本気で抵抗すればどうとでもできたんですけど……あんなでも一応は恩人なので、無碍(むげ)にもできません。それにあの人、敵に回すと怖いですし。


 と、そういった事情で女装姿のまま教会から放り出された私は、この姿のまま魔法なんて使うわけにもいかず、せめてあまり人目に付かないルートを通って逆鱗邸を目指していました。

 昼間でも薄暗い路地裏を通って、大通りから一本外れた道を歩いていると……普段は人気のない小さな広場の前を通った時、聞き覚えのある声が耳に届きました。


「……セフィ?」


 私は驚いて振り返ると、そこで広場のベンチにちょこんと腰掛けるお兄ちゃんを発見します。


 お、おおおお兄ちゃーん!?

 なんでこんな人気のない寂れた広場にいるの!? しまったこんな姿を見られたうわぁぁぁあああっ!!

 ち、違うんだよお兄ちゃん! これには深い訳が……!!


 内心で私が絶望しながら、必死にこの場を取り繕う言い訳を考えていると……


「あっ……ごめん、なさい。なんでもないです」


 途端に頬を赤らめたお兄ちゃんは、気まずそうに目を伏せて俯いてしまいました。

 ……あれ? もしかして、バレてない?

 いや、それはそうだよね。だってお兄ちゃん、私が年齢を変えられること知らないもんね? あーよかったぁー!


 私が思いっきりホッとしながら安堵の息を吐いていると、しかしそこでお兄ちゃんは、ふと気が付いたように顔を上げて、私の顔を改めてまじまじと見つめ始めました。


「その、目……」


 目? 目がどうかした……あっ! そうだった、私は自分が変身した状態を鏡で見たことがなかったから知らなかったけど、私ってオッドアイだったんだ!

 いくら年齢があまりに違うとはいえ、髪の色とオッドアイが一致してたらさすがに怪しいよね!? 私なら年齢くらい自力で変えてもおかしくないし!


 これはすごくまずい……! で、でもここで逃げたら、あとでお兄ちゃんは逆鱗邸の人たちとかボズラーさんに真相を聞いて回るかも……

 一応みんなに口止めはしてあるけど、ネルヴィアさんとかレジィはちょっと鎌をかけられたらすぐに自爆しちゃいそう。


 こ、こうなったら……!


 私は広場へとおもむろに足を踏み出すと、そのまま迷いのない足取りでお兄ちゃんの座るベンチへと歩み寄りました。

 そして目を丸くさせているお兄ちゃんの目の前まで来た私は、膝に手を置いた前かがみの姿勢でお兄ちゃんに顔を寄せます。


「私になにか用かしら、ボク?」


 そう言って、とびっきりの営業スマイルで微笑みました。

 これぞ篭絡四十八手『海賊的な誘惑』。


 さすがに六歳のお兄ちゃんには効果が薄いかと思ったのですが、しかしお兄ちゃんは意外にもほんのり顔を赤らめて、露骨に狼狽えていました。

 それにお兄ちゃん今、私の胸元を一瞬見たでしょ? 残念ながらお兄ちゃんの期待するものは持ち合わせていないけど……ちっちゃくでも男の子なんだなぁ。おませさんめ。


 そのまま私はお兄ちゃんのすぐ隣に座ると、あざとく小首を傾げながら追撃します。


「私たち、どこかで会ったことがあるかしら?」

「えっ、あ、いや……」

「もしかして、誰かと見間違えちゃった? お母さんとかかしら?」

「えっと、弟……」

「……弟?」

「あ、ちがっ……! まちがえた、いも……姉ちゃんだった!」


 私のイジワルに慌てふためいたお兄ちゃんが、手をブンブンと振りながら弁解します。

 とはいえ現段階でも、お兄ちゃんの中で私はセフィリアかどうかグレーゾーンでしょう。まだ赤の他人と断じるには根拠不十分です。こんなところで、お気に入りのオッドアイが足を引っ張るとは……


「そっかぁ。じゃあさっき言ってた“セフィ”っていうのは、お姉ちゃんのお名前なのね?」

「う、うん……」


 露骨に目を泳がせる、嘘のつけないお兄ちゃん。


「そう。……ところでボク、こんな人気のないところでどうしたの? もしかして、迷子? お母さんとかお姉ちゃんは一緒じゃないの?」

「一人だよ。それに迷子じゃないし。オレの(うち)はあっち」

「あら、そうなの? じゃあ、こんなところに一人でどうしたの?」


 私が重ねて問うと、お兄ちゃんは少し浮かない顔で俯いてしまいました。


 ……お兄ちゃんの趣味が、人気のない広場で黄昏(たそがれ)ることだなんて話、聞いたことがありません。

 最近のお兄ちゃんはいつもいつもボズラーさんについて回っていたので、てっきり今日もボズラーさんのおうちにでも遊びに行ったのかと思っていたのですが……本当にこんなところで何をしていたのでしょうか?

 そういえばお兄ちゃん、最近あんまり元気が無かったような? 


「なにか、悩みごとかしら?」


 私の問いに、お兄ちゃんはギクリとした表情を浮かべました。ほんとにわかりやすいなぁ……


「私でよければ、相談に乗りましょうか?」

「え?」

「こんなところで、一人っきりで悩んでるくらいだもの。きっとお父さんやお母さん、それにセフィお姉ちゃんには言い辛いことなんでしょう? だったら、お互いに名前も知らない私なら、後腐れがないと思わない?」

「……」

「お役に立てるかはわからないけれど、もしかしたら何かの参考になるかもしれないわよ」


 そう言って笑いかける私に、お兄ちゃんはそわそわと目を泳がせながら、しばらく逡巡していました。

 しかし、やがてお兄ちゃんは俯いて自分の膝を見つめながら、ポツリポツリと漏らし始めます。


「……セフィは、すごいんだ。昔からなんでもできて……頭も良いし、すごく強いし」

「そうなの?」

「オレ、セフィを守るって父ちゃんと約束したんだ。でもセフィはオレよりずっと強いから、オレの力なんてぜんぜん必要じゃなくって……」


 お兄ちゃんの声はどんどん弱弱しく、か細くなっていきます。


「オレも強くなるためにがんばってるけど、力もないし、頭も悪いし……すごい先生に教わってるのに、ぜんぜんダメで……」

「それは、仕方ないんじゃないかしら? 志はとても立派だけれど、あなたくらいの子供にできることには限界があるわ」

「でも、セフィはっ……!! セフィは生まれた時から強かったんだよ!!」


 今にも泣きだしそうな表情のお兄ちゃんが、身を乗り出して私の腕をギュッと掴んできました。

 私に縋りついてくるお兄ちゃんの潤んだ瞳に、私の胸は激しく痛みます。


 ……私の存在が、お兄ちゃんを追いつめているの?


 私の内心など知らないお兄ちゃんは、噴出する感情を抑えきれない様子で、悲痛な叫びを絞り出します。


「それにおんなじ先生に教わってる生徒は、魔法が使えるようになったんだ! できてないのはオレともう一人だけだけど、きっとその一人だって、もうすぐ魔法を使えるようになる! オレだけがダメなんだ……!!」

「そんな、ダメだなんてことは……」

「盗賊におそわれたときも、セフィに守られた! オレ、ぜんぜんダメなんだよぉ……!!」


 お兄ちゃんはとうとう堪えきれずに大粒の涙をこぼすと、最後に掠れた声を絞り出しました。




「オレ……とーちゃんに合わせる顔がない……」




 その言葉を聞いた瞬間、私はほとんど反射的にお兄ちゃんを抱き寄せていました。


「……お、ねえちゃん?」


 お兄ちゃんのちっちゃな頭を胸に抱きながら、私は声を荒げます。


「ダメなんてことないよ! ダメなんて誰が言ったの!? お姉ちゃんとか先生が、お前はダメだって言ったの!?」

「い、言ってない、けど……」

「じゃあどうしてそんなこと言うの!?」


 私の剣幕に気圧されたお兄ちゃんが、言葉を失いながらもズズっと鼻をすすりました。

 私は胸の痛みに耐えながら、続く言葉をお兄ちゃんにぶつけます。


「小さな子供が弱いなんて当たり前でしょ! そんなんで失望する父親がどこにいるの!? 他の生徒が魔法を使えるようになってから、もう三年以上とかが経ってるの!? これから一生その子たちに追いつけないって決まったの!?」

「……う、ううん」

「だったら、勝手に決めつけないで! ダメでもないのに自分をダメなんて言わないで! わかった!?」


 私の胸の中で、お兄ちゃんが「……うん」と呟いて、私の背中に腕を回しました。

 そうして胸の中からくぐもった泣き声が聞こえ始めると、私はお兄ちゃんの震える背中を優しく撫でてあげます。

 そのまま私たちは抱き合っていましたが、しばらくそうしていると、目元を晴らしたお兄ちゃんが私の胸からそっと顔を離して、


「はなみず ついちゃった……ごめんなさい」


 そう言って、お兄ちゃんはほっぺを赤らめました。

 私は「ううん、気にしないでいいのよ」と言って、取りだしたハンカチでお兄ちゃんの涙とか鼻水で濡れた顔を拭ってあげます。

 一通りお兄ちゃんの顔を綺麗にしてあげると、そのハンカチはお兄ちゃんにあげちゃいました。どうせこの服もハンカチも、私のじゃなくてクルセア司教のコスプレグッズだし。


 それから私はお兄ちゃんのちっちゃな肩に手を置いて、深い青色の瞳をまっすぐに見つめました。


「自分ではあまり自覚がないかもしれないけれど、あなたは毎日成長しているのよ? 昨日のあなたが知らなかったことを知って、昨日のあなたにはできなかったことができるようになっているの。たとえそれがちっぽけに思えるようなことでも、毎日積み重ねれば、一年後にはたくさんの宝物になっているわ」

「……!」

「それにね、あなたと誰かを比べる必要なんてないのよ。あなたの代わりになれる人なんていないし、いずれあなたにしかできないことがあることに気が付くわ」

「……オレにしか、できないこと……」

「あなたには、なにか夢はある?」


 私の問いに、お兄ちゃんはハッとしたように目を見開いて、大きく頷きました。


「オ、オレ、“魔法騎士”になるんだ! それで、家族をまもる!!」

「まぁ! とってもステキな夢ね! 毎日少しずつ『しらない』と『できない』を減らしていって、そのちっちゃな身体に宝物を集めていけば……必ず夢は叶うの。私も応援しているわ」

「あ、ありがと……」

「あなたに守ってもらえる家族は、幸せ者ね」


 そう言って微笑んだ私の言葉に、お兄ちゃんは顔を赤く染めて俯いてしまいます。

 けれどもお兄ちゃんは意を決したように、私がベンチについていた手をぎゅっと握りました。そして私のことを上目遣いで見上げたお兄ちゃんはおずおずと、


「……おねえちゃんのことも……まもってあげる」


 うびゃあ!? その不意打ちはずるい!!

 私は“キュンキューン!!”と高鳴る胸を抑えつけながら、何食わぬ顔で「うふふ、ありがとう」と微笑みました。……こ、小悪魔ボーイめ……


 それから少しの間 言葉を交わすと、私はボロを出さないうちにさっさと退散してしまおうと思い、ベンチから立ち上がりました。


「それじゃあボク、がんばってね。応援しているわ」


 そう言って軽く手を振り、そそくさとベンチから遠ざかろうと歩き出した私の背中に、お兄ちゃんの「まって!!」という声が浴びせかけられました。

 ギクリと立ち止まった私が、恐る恐るお兄ちゃんを振り返ると……


「な、名前! オレは、ログナ。……お、おねえちゃんの名前は?」


 この質問が来たということは、私の正体は勘づかれていないということでしょうか……?

 ええっと、名前か……どうしようかな。そういえば全然考えてませんでした。

 まぁバレっこないし、私の昔の名前でいっか。


「チハヤ。……オイキ・チハヤよ。また会いましょうね、ログナくん」


 私の言葉にとても嬉しそうな表情を浮かべたお兄ちゃんは、「うん、またね!」と普段はあまり見せないような無邪気な笑みを浮かべました。

 そして私は意識して振り返らずに、逆鱗邸とは反対方向へと足を向けます。


 ……これでお兄ちゃんも、少しは元気になってくれたら嬉しいんですけど。




 その日の夜、私はいつものようにお兄ちゃんに魔法の個人レッスンを行ってあげたのですが、いつもは三〇分ほどで尽きてしまうお兄ちゃんの集中力が、この夜は約二時間も持続しました。しかもいつもより飲み込みが早かったようにも思えます。

 そのことが、お兄ちゃんの枕元へ大切そうに飾ってある、綺麗に洗濯された女性物のハンカチによる効果なのかはわかりませんが……


 私が「それ、だれのハンカチ?」と訊ねてみると、ほんのり頬を染めたお兄ちゃんは慈しむようにハンカチをそっと撫でて、


「……オレが昨日まで知らなかった人」


 そう言って、お兄ちゃんは嬉しそうにはにかみました。



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