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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳8ヶ月 2 ―――戦争の終結(仮)



 陽もすっかり傾いて、空が橙色に染まる夕暮れ時。

 私はボズラーさんに抱かれながら、彼の胸に頭を預けてボーっとしていました。

 彼に言わせると私の歩く速度は遅すぎるらしく、なんだかんだで私と歩くときは抱きかかえてくれるのです。まぁ、代わりに周囲の空間ごと重量減算を行っているので、ボズラーさんも私を抱いていない時よりむしろ体が軽くなっていると思いますが。

 ぶっきらぼうなボズラーさんの手つきは、けれどもとても優しくて、それにあまり私を揺らさないように気を遣って歩いてくれています。

 だからでしょうか、ついうっかり……


「ふわ~ぁ」


 私はおっきな欠伸(あくび)をしてしまうと、ハッとしながら慌てて口元を両手で覆いました。

 間近にあったボズラーさんの顔を恐る恐る見上げると、彼は少し意外そうに目を見開いています。


「お前が欠伸とは珍しいな。そんなに疲れてるのか?」

「あー、うん……さいきん、いろいろあったから」


 私の言葉に、ボズラーさんは苦笑交じりに「いろいろ、ね……」と呟きました。

 なんですか、その何か言いたげな顔は。教師業の合間にやってるんだからいいじゃないですか。


 私が「なぁに? なにかもんくでもある?」と不満げな顔をすると、ボズラーさんはますます苦笑して、


「いえいえ、人魔戦争を事実上の終結に導いた英雄、『魔王』セフィリア閣下に文句などあろうはずもありません」


 そう言ってお道化た敬礼をするボズラーさんに、私はほっぺを膨らませて「ふんっ」とそっぽを向きます。

 私が先日新たに賜った称号は、『魔王』じゃなくて『魔女』だってば! それにまだ閣下じゃないし!


 それから私たちは、どんどん人通りの少なくなる路地を歩きながら逆鱗邸へと向かいます。

 途中、私の屋敷の前で祈りを捧げてきた帰りなのであろう元・久遠(カルキザール)派の修道士さんたちが、感涙にむせびながら私に跪いてくるという見慣れた光景に出くわしましたが……


 夜になると相変わらず不気味な外観である私の屋敷に着くと、私たちは逆鱗邸の玄関をくぐりました。


「ただいまー!」


 私がそう言うと、すでに玄関前で待機していたみんなが出迎えてくれます。あれれ、いつもはレジィだけなのに。

 ネルヴィアさんやレジィ、ケイリスくんと、それから私のお母さんとお兄ちゃん、そしてメルシアくんとヴィクーニャちゃんとリスタレットちゃん。……わっ、ルローラちゃんもいる!


「おかえりなさい!」


 みんなが私たち二人を温かく出迎えてくれる中、ネルヴィアさんがとてもいい笑顔で近づいてくると、ボズラーさんの手から私を奪い取りました。

 そして彼女は、ボズラーさんにニッコリ。


「いらっしゃいませっ……!」

「……お、お邪魔します」


 謎の黒いオーラを発するネルヴィアさんの笑みに、ボズラーさんは引きつった笑みを浮かべて無言で目を逸らすと、そそくさとメルシアくんの元へ避難します。

 私はネルヴィアさんの顔を見上げながら、


「おそくなっちゃってごめんね? きょうしつのおかたづけに、じかんがかかっちゃって」

「いいえっ、いつもお疲れ様です! さぁセフィ様、準備は整っていますよ!」


 そう言われてリビングへ移動した私は、そこでテーブル一面に並んでいた豪勢な料理に、思わず「わぁ!」と声を上げました。

 いつも素敵な料理を振る舞ってくれるケイリスくんですが、今日はいつにも増して腕によりをかけてくれたようです。


「おいしそうだね、ケイリスくん!」

「今日はお嬢様のお母様にも手伝ってもらったんです」

「うふふ、今日はセフィの特別なお祝いだから、わがまま言って手出しさせてもらっちゃった」


 そう言って微笑むケイリスくんとお母さんへの感謝の気持ちが浮かんでくると共に、中学生くらいの外見であるケイリスくんの隣に並ぶお母さんが、どう見ても彼と同年代にしか見えない悲しいリアル……。相変わらず人妻の外見じゃないです。お母さんこそ魔女だよ……


 ちなみに今日、みんなでこうして集まって何のお祝いをしようかと言うと、その祝福の対象は三つあります。

 一つは、人魔戦争の事実上の終結。


 その知らせが報じられたのは、私とエクセレシィが彼岸帯において激突した決戦―――なぜか通称『終末戦争』などと物騒な名で呼ばれているらしいですが―――が終わった一週間後くらいのことでした。


「といっても、わたしはぜんぜんなにもやってないんだけどね。ほとんどエクスリアとネメシィがやってくれてるわけだし」


 そう、実際に戦争終結のためにあれこれ動いてくれてたのは、最近私と親交を深めているあの二人であって、私は特に大それたことはしていません。

 エクスリアは私との約束をしっかり守ってくれたようで、どんな手を使ったのかは不明ですが、とにかく誰の命も奪うことなく戦争推進派とされる魔族のほとんどを叩き潰してくれたみたいなのです。


 しかしそんな私の呟きに、豪華な食卓を囲っていた全員が一斉に顔を上げて、信じられないものでも見るかのような表情になりました。


「……セフィ様、ええっと、そんなに疲れてらっしゃるんですか? もうお休みしますか……?」

「ご主人があの『死神』を倒したから戦争が終わったんだろ? しかも倒すだけじゃなくて、味方に引き込んじまうし……」

「お嬢様は人族領と魔族領を『罫線区切り(ブラックライン)』とかいう魔法で区切ったそうじゃないですか。大陸を真っ二つにするなんて、手作業でやったら何百年かかるかわかりませんよ」

「それにゆーしゃ様が考案した『十戒』とか、魔族領は侵略しないっていうお触れのおかげで、一部の魔族から崇拝されてるんでしょ? あはは、相変わらずだよねぇ」

「魔族側からは、完全にお前が人族の王か何かだと思われてるもんな。……人族側からは、お前が魔族の王か何かだと思われてるみたいだけど」


 ……いや、まぁ、たしかにいろいろやったけどさ。

 でも『罫線区切り(ブラックライン)』で大陸を真っ二つにするのも三〇分くらいで終わっちゃったし、そんなにすごい偉業みたいに言われてもピンと来ないんですよね。なんかこう、十秒くらいで書いた落書きを大袈裟に絶賛されてるような気分です。


 ちなみにルローラちゃんが言った『十戒』というのは、強者が絶対である彼らの世界に私が持ち込んだ法律のようなものです。

 エクセレシィを破り、実質多くの魔族の生殺与奪を握ったといっても過言ではない私が、魔族たちに「今までと変わらない暮らし」と「身の安全」を保証する代わりに十個の禁止事項を言い渡しました。


「セフィリアの下す決定に逆らうことを禁ずる」

「他者・他種族の殺害および迷惑行動を禁ずる」

「他者・他種族の領地を侵犯することを禁ずる」

「他者・他種族の所有物の損壊・強奪を禁ずる」

「他者・他種族への戦いの強要・扇動を禁ずる」

「他者・他種族を欺瞞して害することを禁ずる」

「破壊活動等を目的とする組織の結成を禁ずる」

「申告および認可を伴わない戦闘行動を禁ずる」

「違反者と知りつつその者を匿うことを禁ずる」

「上記の戒律への違反を黙殺することを禁ずる」


 この禁止事項に違反した者の元には、もれなく私かその使者が“ご挨拶”に向かうこととなっています。

 ……私は働きたくないので、またエクスリアかネメシィにお願いして代わりに行ってもらうか、あるいは専門の警察組織でも発足してもらいたいものですが。


 まぁ法律のようなものとは言っても、これはあくまで私を強者として頂点に置いて、その上で言うことを聞かせるという形なので、根本的なところでは強者絶対主義のまま何も変わってはいないのですけれど……

 しかし少なくとも、これで力や立場の弱い魔族たちを守ることはできるようになるでしょう。

 いきなり全部を変えることなどできっこありません。なので少しずつ、弱者にも優しい世の中にしていきたいものです。


 ……と、こんなことを教師業の傍らでやっていたものだから、最近はすっかり寝不足になってしまっているわけです。

 楽ちんでリターンも大きく、しかも楽しい教師業とは違って、本当はこんなお仕事なんてノーセンキューなのですが……しかし私が多少寝不足になるくらいで戦争を終わらせられるのなら、さすがにそれは少しくらい働くことも吝かではありません。……と言っても、ほとんどエクスリアとネメシィに丸投げしちゃってるんですけどね。


 なんだか私の一言で食卓がざわざわしちゃったので、私は場の雰囲気をリセットする意味も込めて、メルシアくんとリスタレットちゃんの二人に向き直りました。


「わたしとしては、きょうのパーティはふたりの初魔法をお祝いするのがメインなんだけどね」


 私に水を向けられたメルシアくんはぴくっと飛び跳ねて、ほっぺを赤く染めました。リスタレットちゃんも照れくさそうにはにかんで、「えへへ」と笑います。

 珍しくだらしない表情を浮かべるボズラーさんに見守られながら、メルシアくんはちょっぴり俯きがちになって、


「い、いえ、そんな……ちょっと風を起こせただけですからっ……!」


 元々メルシアくんはボズラーさんに風魔法を教わっていて、すごく調子のいい日だったら頬を撫でるそよ風くらいは起こせるようでした。

 しかし先日、私がエクセレシィとの戦いから帰ってきて三日目くらいに、とうとう教室中に巻き起こるレベルの、まともな風魔法を発動することに成功したのです!


「あのときのボズラーさんのはしゃぎっぷりは、すごかったよね~」

「……うるせぇな。お前だってログナくんが同じことできるようになったら、そうなるだろ」


 うん。それはまぁ当然ですけどね?


 そして一方、リスタレットちゃんはと言うと、メルシアくんとは違い風の操作は上手くいかないようでした。しかし代わりに彼女が明らかな適性を見せたのは……“血液”の支配でした。

 なぜかはよくわかりませんが、『それぞれ自分が最も適性のある支配対象を考えましょう』という授業を行った際に、彼女はほとんど迷わず“血液”を選択し、そして見事に増算魔法を成功させたのです。

 ……まぁ、なんでよりによって血液? とか、血液の支配に長けた少女ってどうなの? とか、いろいろ思わないでもないですけど。


 とにかくそういったわけで、戦争終結と時期を同じくした このおめでたいニュースを、一緒に祝おうという運びとなったのです。


 ……それから最後にもう一つ。

 お母さんが瞳を輝かせながらテーブルに身を乗り出して、感極まったように叫びました。


「まだ正式な叙爵(じょしゃく)じゃないけど、ついにセフィが公爵様になるんだものね!! こないだ『魔女』の称号を教会から正式に頂いたばかりだけど、セフィが魔導師様になって『セフィリア閣下』になるっていう夢が叶うなんて……本当に夢みたい!!」


 そう、魔導師様に任命される条件は、『魔術師を育てる』こと。ならばこうして幼い子供たちに、しかもたった一、二ヶ月という短い期間で魔法を教えることができたとなれば、十分すぎる功績なのです。


 この世界の常識では、魔法を扱うには類稀なる才能と知能、そして圧倒的な知識量と魔力量が必要とされていました。風魔法に特化したボズラーさんでさえ、あの若さで魔法を操れる時点で超天才なのです。

 乳児の頃から大魔法を連発できた私はさすがにイレギュラーすぎるにしても、メルシアくんとリスタレットちゃんは普通の子供です。そんな幼い彼らが魔法を使えるようになったという事実は、私が思っていたよりずっととんでもない事だったようです。

 実際、ヴェルハザード陛下も「流石に数年はかかると思っていたのだが……」と驚いていましたし、帝国の偉い学者さんたちが「こ、この目で見ないことには信じられない!」と学校に押し寄せてきたりもしましたし。


 というわけで私は、魔導師となって公爵位を叙爵する条件を満たしたようでした。……まぁ、魔導師となるのは延期させてもらいましたけどね。

 というのも、まだ全然私の満足いく結果に達していないためです。


 お兄ちゃんとヴィクーニャちゃんはまだ魔法を使えていませんし、メルシアくんとリスタレットちゃんにしても、現段階で使えるようになった魔法なんて大したものではありません。

 そもそも私の方針で、うちの生徒たちには魔術師になっても「戦わせない」という前提があります。

 しかも今はほとんど戦争が終結したも同然な状況であり、ますます彼らが戦う機会はないでしょう。


 ……だというのに、空気や血液をちょっと増やせたからなんだというのでしょうか?


 そもそもこの世界における『難易度の低い魔法』は、有用性が著しく低いか、あるいは殺傷能力が高いかのどちらかです。戦闘以外の用途で魔法を用いるのであれば、相応に熟練しなくてはなりません。

 そういう意味では、まだ全然彼らをまともな魔術師にはできていませんし、私自身で満足のいく結果を出せていないのです。それなのに出世をするというのは、なんだか後ろめたいというか、釈然としないというか……

 贅沢な話ですが、どうせ公爵になるのなら、生徒全員が魔術師一本で食べていくことができるくらいに育て上げてからにしたいのです。


 と、そんなこんなで今回のパーティは、諸々のおめでたい出来事を一気に祝う会なのです。

 これであとはルルーさんやうちのお父さん、ネルヴィアさんのお兄さんとかが戦地から帰ってきてくれれば言う事なしです。

 ……戦線整理の諸雑務のせいで、先月中に帰ってこられるはずだったルルーさんの帰還が今月に延期になっちゃいましたからね……今度こそ、ルローラちゃんとの対面を果たさねば!


「それじゃあみんな、ジュースは持ったかしら?」


 サラサラな金髪を耳にかけながら、お母さんがコップを掲げて音頭を取りました。



「セフィの勝利を祝して……かんぱーい!!」

「かんぱーい!!」



 ……それから数時間。すっかり浮かれた私たちは、夜通し騒ぎ通すくらいの勢いで盛り上がっていました。今日はみんな逆鱗邸でお泊りの予定なので、多少ハメを外しても大丈夫です。明日の学校も午後からですしね。

 子供たちが嬉しそうにはしゃぐ様子を見て微笑んでいるお母さんやボズラーさん、それにネルヴィアさんやケイリスくん。

 子供たちに耳や尻尾をべたべた触られてちょっと不機嫌そうなレジィも、やれやれと目を細めて大人しくしていました。

 皇位継承権第一位の大公女殿下であるヴィクーニャちゃんは、お友達の家にお泊りなんてしたことがないそうです。そのため、いつものちょっと余裕ぶった笑みの隙間から、テンションの上がりようが隠しきれていませんでした。


 そしてそんな彼らの様子を一歩退いたところで眺めていた私は、ふとそこで私に近づいてくる少女に気が付きました。セミロングの明るい茶髪に、琥珀色の瞳とトロンとした目元が愛らしいリスタレットちゃんです。

 彼女はなんだかおずおずと遠慮がちに、けれども満面の笑みで、なにかを期待するかのように……まるで私に耳打ちするみたいに顔を寄せて、話しかけてきました。


「……セフィリア先生。私、お役に立ててますか?」


 うん……?

 私は突然かけられた言葉の意図がわからず、固まってしまいました。

 ……役に立つ? またリスタレットちゃんの、いつもの口下手かな……?

 私が黙ってリスタレットちゃんの瞳をジッと見つめていると、彼女はますます真剣な目で訴えてきました。


「私がもっとちゃんとした魔術師にならないと、先生は魔導師様にならないんですよね? じゃあ私、もっともっとがんばります!」


 ああ……そういうことですか。もしかして私が魔導師になるのを延期したことが、リスタレットちゃんの中で引っかかっちゃってるのでしょうか。

 う~ん、べつにメルシアくんとリスタレットちゃんの実力を軽んじてるわけじゃないんですけど……でもたしかにこれじゃあ、二人がまだ全然まともな魔法を使えてないと私が考えてるみたいかな? いえ、実際その通りなんですけど、でもそれは全然ニュアンスが違うといいますか……二人の努力も才能も、類稀なものだということはよくわかっています。


 私はその誤解を解くために、リスタレットちゃんが胸の前で握りしめていた手を、そっと両手で包み込みました。

 それから握りこまれた彼女の拳を優しく解いて、彼女の手のひらに目を落とします。そこには無数の細かい切り傷と、皮膚が固まってできたデコボコがたくさん見られました。

 彼女の魔法は人間の血液が対象です。ですから、魔法を使うために彼女は自分の指や手のひらから血液を絞り出しているのです。……何度やめなさいって言っても、彼女はこれをやめてくれません。

 それに、このペンだこ……一体、毎日どれほどの文字を書けば、この短期間でここまで酷いたこ(・・)ができるのでしょうか。

 彼女が学校以外でも必死に努力をしていることは、この手を見れば一目瞭然です。


「……リスタレットちゃんが、まいにちいっぱいがんばってること、先生しってるよ。だからリスタレットちゃんは、いまのままでだいちょうぶなの」

「じゃあ、じゃあ! 私、先生のお役に立ててますか!?」


 ……お役に立つっていうのがどういうことか、ちょっと良くわかりませんけど……。

 でも彼女にとってはそれがとても重要なことみたいなので、私は曖昧な笑みを浮かべながら、


「うん。とってもおやくにたってるよ。いつもありがとね、リスタレットちゃん」


 そう言って私が彼女の頭を撫でると、リスタレットちゃんは嬉しそうに表情を(とろ)けさせて、涙ぐんでしまいました。

 え、えっ、ちょっと大げさじゃない!?


 それから彼女は「ちょっと、お手洗いに……」と言って、リビングから出て行ってしまいました。

 う~ん、もう二ヶ月ちょっとの付き合いになりますけど、まだあの子のことはよく知らないところがたくさんあります。

 授業態度もかなり良いし、何かと私のお手伝いをしてくれようとするし、とっても良い子だというのはわかっていますが。


「ククク……ところで、噂に聞く“枕投げ”なる宴はいつ開催されるのかしら? ねぇ? ねぇねぇ?」


 なんだか興奮のあまり変なテンションになってるヴィクーニャちゃんが、そばにいるお兄ちゃんやメルシアくんの服をちょいちょいと引っ張っています。

 ……本当は一人一部屋ずつ寝室は用意してるんですけど、初めてのお泊りに興奮してるヴィクーニャちゃんのために、子供たちの寝室は一箇所にまとめちゃうのもいいかもしれませんね。この世界にもカードゲームというのは存在しているので、寝るまでみんなでお布団を寄せ合って遊ぶのも素敵かも!

 私がそんな提案をすると、ヴィクーニャちゃんは瞳をキラキラと輝かせて「許可するわ!」と身を乗り出しました。……うん、まぁこの中で一番地位が上なのはヴィクーニャちゃんだもんね。


 でも一応リスタレットちゃんにも確認をしておかないと……と私が考えたところで、そういえば彼女がまだトイレから戻って来ていないことに気が付きました。

 ……あれ、そういえばリスタレットちゃんってこの屋敷にあがるのは初めてだけど、ちゃんとトイレの場所はわかるのかな?

 私はフワリと椅子から飛び降りると、そのままちょこちょこ歩いてリビングから静かに出て行きました。


 室内と違って薄暗い廊下に出た私は、ひとまずトイレのある方角へと歩きだしました。

 うぅ、自分のお屋敷だから多少はマシですけど、やっぱり夜の薄暗くて古びた洋館っていうのは不気味です。お化けとか出そう。

 そういえばこの屋敷に住み始めた最初の頃は、ネルヴィアさんが夜になるととても怖がってしまって、毎晩添い寝をして寝かしつけてあげましたっけ。


 私が微笑ましいエピソードを想起しながら廊下を歩いていると、そこで何やら廊下の角から人の声みたいなものが聞こえてきました。なんというか、声を押し殺したような、すすり泣くかのような……

 まさか本当にお化け……!? と、私がちょっとへっぴり腰になりながら、そぉ~っと曲がり角から顔半分だけを出してみると、そこには……




 ただでさえ薄暗い夜の廊下において、もっとも闇が深い一角。


 彼女(・・)はそんな場所で壁に背中をつけて、身体を丸めていました。


 俯きがちな顔を、ちいさな両手と、明るい茶髪が覆い隠しています。


 最初は泣いているのかと思いましたが、それは違っていました。


 ボロボロの手と、短い髪の隙間から見えたその表情は……



「……くっ……ひひヒヒヒっ……!!」



 耳まで裂けよとばかりに引き裂かれた口と、底無しの愉悦に歪んだ目元。


 狂気を煮詰めたような表情を浮かべたその少女は、今日まで教室で接してきた彼女とは似ても似つかなくって……



「……!? ……っ!?」


 私は声を発することもできずに、青ざめながらゆっくりと後ずさり、黙ってリビングへ引き返すことしかできませんでした。


 あ、あれは……いったい……?



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