1歳8ヶ月 1 ―――セフィはかまってちゃん
「あああああーっ!?」
なんの変哲もない平和な朝。
青空を背景に小鳥が飛び回り、雲の切れ間から麗らかな日差しが差し込む素敵な一日の始まり。
いつものようにふかふかのベッドで目を覚まして、顔を洗おうと洗面所に向かった私は……そこで廊下にまで響く叫び声を上げました。
「セフィ様!?」
私の部屋の扉が勢いよく開かれて、その向こうから顔面蒼白なネルヴィアさんが飛び込んできます。
普段であれば穏やかに朝の挨拶でも交わしてから、彼女に抱かれて一緒にリビングへと向かうところですが……しかし今日に限っては、その幸せな恒例行事よりも優先すべきことがありました。
なぜなら……なぜならっ!!
「みてみておねーちゃん! オッドアイ! オッドアイだよ!?」
私が喜色満面で振り返って自分の瞳を指さしながら叫ぶと、それを聞いたネルヴィアさんは「は、はぁ……」と間の抜けた返事をよこしました。
え……? そ、それだけ?
オッドアイだよ? すごくない? 誰もが一度は憧れるでしょ?
だって綺麗じゃない! しかも一粒で二度おいしい、みたいな! それになんか選ばれし者感が素敵だと思わない? アルビノとか多重人格とかサヴァン症候群とかもステキだと思うけど、さすがにそこまで行くと特別過ぎて大変なことも多そうだしね~。その点オッドアイならお手軽に特別で、しかも綺麗なんて素敵でしょ?
私はあんまり鏡を見ないし、自分の顔なんてそんなまじまじと眺めたことは無いけれど……それでもつい最近までは絶対にオッドアイなんかではありませんでした! これはきっと、つい最近現れたものなのでしょう。
エクセレシィのオッドアイは綺麗だったな~、なんて思いながら鏡を眺めていたら、たまたま気が付いたのです。
この感動を誰かと分かち合いたくなった私は、必死にネルヴィアさんへと事の重大さを伝えようとしました。
「おねーちゃん? オッドアイだよ? ほらみて、両方むらさきいろかとおもったら、みぎがわのひとみに、青がまじってるの! ほら! ほら!!」
しかし私が必死に訴えても、ネルヴィアさんは困惑したような表情を浮かべながら室内を見回していました。
そして、
「あの……そ、それだけですか……?」
……“それだけ”!?
私がピシリと固まってしまうと、ネルヴィアさんは「あの、敵襲があったとか、そういったことかと……」とか言いながらあわあわとしていました。
……うん、そっか。心配してくれたんだね。ありがとね。くだらないことで叫んでごめんね。
私は切なさを押し殺しながらネルヴィアさんにお礼を言うと、しかしどうしても我慢しきれずに部屋を飛び出して、別の誰かを探しました。この感動を誰かに伝えて、共感してほしいのです!
すると廊下を曲がったところで、ちょうどレジィとばったり出くわしました。
レジィは私を見かけた瞬間に獣耳をぴょこんと立てて、尻尾をブンブンと振り始めます。
私も心の獣耳と尻尾をブンブンさせながらレジィの胸に飛びつくと、びっくりして顔を赤らめるレジィに良く見えるように顔を近づけて、私の両目を示しました。
「みてレジィ! オッドアイ! オッドアイだよ!? 目のいろがちがうの! わかる!?」
「お、おう……そうだな」
「…………」
「え? ご主人?」
私は死んだ目をしながらレジィの腕から降りると、困惑する彼をおいて廊下を歩き始めます。
後ろで、私を追いかけて来たネルヴィアさんとレジィがひそひそと何かを言い合っていましたが、それに構ってあげるだけの気力は湧いてきませんでした……
それから私がリビングへ向かうと、そこにはお兄ちゃんと、なぜかボズラーさんが二人で並んで楽しげに会話を弾ませていました。
……うん、この二人はなんか違うな。「あっそう」とか一言で済ませそう。
それから私は二人への挨拶もそこそこに、席に着いた私へ朝食を運んできてくれたケイリスくんにジッと熱い視線を注ぎます。ほら見て、いつもと何か違くない? わかるでしょっ? 気づくでしょっ?
けれどもケイリスくんは「……お嬢様?」なんてきょとんとした表情を浮かべて、三つ編みを撫で始めました。
もういっそ自分から言っちゃうか……? いや、ケイリスくんこそ絶対違うな。「はぁ」とか適当な返事をして、さっさとどっか行っちゃいそう。そんなことされたら私泣いちゃう。
「……はぁ~」
私が澱みきった瞳で深々と溜息をついていると、そこへお母さんがリビングに現れました。
お母さんはにっこりと微笑みながらみんなへ挨拶をすると、そのまま私の対面に座ります。それから紫色の綺麗な瞳で私を一瞥すると、そこですぐに「あっ!?」と叫び声をあげました。
「セフィ! あなた、その瞳! 右目に綺麗なブルーが滲んでるわよ!?」
お母さんは驚き半分、喜び半分といった笑みを浮かべると、興奮気味に頬を紅潮させながら、テーブルを回り込んできて私に顔を寄せました。
「まぁ素敵! 生まれた時から左右でほんの少しだけ色が違っていたけど、こんなにハッキリと濃くなるなんて! パパとおんなじ深いブルーだわ!」
「え、あ、そうなの……?」
「そうよ、もうそっくり! とっても綺麗ね、宝石みたい! ううん、こんな綺麗に色が混じりあってるなんて、宝石でも見たことないわ!!」
そう言ってうっとりとしながら私の髪を優しく撫でるお母さんに、私は「おかあさぁぁあああん!!」と叫びながら、彼女の胸に飛び込みました。
やっぱりお母さんは私の味方だよ! もう最高だよ! 私が欲しかった言葉を全部くれるんだもん!!
そうでしょ、綺麗でしょ!? ただのオッドアイじゃなくって、片目だけ色が滲むように混じりあった稀有なオッドアイだもん!! すごいでしょ!?
間違っても“そんなこと”じゃないよね!? “そうだな”で済まして良いことじゃないよね!? 気づきもしないなんて論外だよね!?
ほらみんな聞いた!? これが正解! 正解だよーっ!!
私は沈みきっていたテンションをV字回復で急上昇させて、お母さんのお膝の上でとびっきりの笑顔を浮かべました。これはもう、過去最高レベルのご満悦かもしれません。
お母さんが騒いだせいか、ボズラーさんやお兄ちゃんも私の瞳を覗き込んできて「わっ、ホントだ」とか「へー、きれいだな。メルシアほどじゃないが」とか言いだしますが、私はご機嫌なので何も言わずにニコニコしています。
それからネルヴィアさんが「ご、ごめんなさいセフィ様! セフィ様のお気持ちも考えず……!」と申し訳なさそうに謝ってきたり、レジィが「そ、そのっ、獣人族は瞳の色が結構変わったりするから、えっと、オレ……!」と泣きそうな顔で弁解してきたりしましたが、私は笑顔で「いいよいいよ」と制します。私こそ大人気なかったね、ごめんね?
あれ、ケイリスくん? なんでちょっと悔しそうに唇を尖らせてるの? もしかして気が付いてた? だったら何か言ってよー!
私はその後もお母さんにべったべたに甘えまくって、幸せ指数を急上昇させました。
その様子を、ネルヴィアさんとレジィが露骨にうるうるとした瞳で見つめてきましたが……それでも今日の私はお母さんに甘えたい気分なのです。大人気ないかな? でも仕方ないよね、私ってば幼児だもんね~。
そうして私がお母さんに甘えていると、やがてリビングの扉が開き、その向こうから珍しく自分で起きてきたルローラちゃんが現れました。彼女はあんまり歳を取り過ぎないようにちょくちょく調整しているので、だいたい三十路手前くらいの年齢をずっとキープしています。
そんな彼女が気だるげにズルズル歩いてきてテーブルに着くと、私は上機嫌が高じて、勢いのままにルローラちゃんへ自慢をしちゃいました。
「ねぇ、みてみてルローラちゃん! わたしの目!」
「んー? あれ、色変わってない? また新しい魔法?」
「ちがうよ、しぜんにかわってたの! ねっ、オッドアイだよ! すごいでしょ!?」
私がキラキラと瞳を輝かせてそう言うと、ルローラちゃんはなんとも言えない表情を浮かべました。
そして彼女は苦笑交じりに長い前髪をかき上げると、
「それ……よりによってアタシに言う?」
そう言って、ルローラちゃんは右目を覆う眼帯を、トントンと指で叩きました。
あぁ……そういえばそうでしたね……あなた、オッドアイの第一人者でしたね……しかもすごい綺麗な……
再び急降下した私のテンションがW字回復を果たすには、三時間を要しました。




