1歳7ヶ月 11―――ハジメテノ……
エクセレシィが何をしてくるかはわかりませんが、とにかく私はすぐに結界を張り直して防御態勢を整えることにしました。
私は首飾りの羽根を一度に五枚ほど傾け、多重結界を起動します。
さっきのエクスリアとの戦いを鑑みるに、どうやら魔法無効化が発動して数値変化を元に戻した瞬間、戻した数値をまたすぐに変えられてしまわないように“固定”するか、あるいはエクスリアが認識している魔法を強制的に“非発動状態”に戻しているようでした。じゃないと私が“一定空間内をずっと消滅させ続ける魔法”を発動したら復活と消滅を永遠に繰り返しちゃいますからね。
そして他人の魔法に直接干渉して非発動状態に戻すというのはちょっと想像がつかないので、単純に数値を固定しているという線が現実的だと私は考えています。
これは逆に言えば、彼の能力は問答無用であらゆる魔法を無効化できるものではないということです。ならば一つの結界が無効化されたら別の結界で補い、それが突破されるまでに新たな種類の結界を張り続けることで対処します。
私が多重結界を展開した直後、こちらへ向かって駆けてきたエクセレシィは魔法無効化を発動しながら結界に飛び込もうとしました。しかし、まず一層目の“速度停止結界”に顔面から激突して弾かれると、飛びずさるようにして私から距離を取ります。
彼女は……彼女? 彼? ……外見は少女なので彼女でいっか。彼女は強く打ち付けた鼻をさすりながら苦笑しました。
「いたた……ほら、だから言ったじゃないエクスリア。セフィリアちゃんに同じ手は通用しないって」
エクセレシィは―――いえ、おそらく今喋ったのは彼女の人格の一つであるネメシィでしょうが―――どうやら私が結界魔法の方式を変えることも見越していたようです。
私の肉体や、私が健康に生きるために必要な要素はconst修飾子で保護していますから、自分で張った結界の効果によって傷つくことはありません。しかし私の許可していない物質……具体的にはエクセレシィの肉体などは、容赦なくシャットアウトしてくれます。
基本的に力押しな戦い方が目立っていたエクスリアと違い、どうやらネメシィの人格がサポートに回ることで理性的に戦況を鑑みることができるようになったようです。
二つの人格同士は声を用いずに意思の疎通が行えるみたいですから、それだけでも一気に厄介な相手となりました。
……しかもそれに加えて、さっきのラスボス級能力がさらに増えている可能性もあるのですから始末に負えません。もしかするとネメシィも能力を四つ持っているのかもしれませんし。
私はなりふり構っていられなくなり、エクセレシィが厄介な能力を使ってくる前に始末してしまうことにしました。
先ほどの戦いで判明したエクスリアの弱点は……熱!
「『熱狂空間』」
私が小さく呟くと、すぐにエクセレシィがガクンと膝をつきました。
さらに周囲の景色がメラメラと揺らぎ、エクセレシィの身につけていた衣服が発火します。
今回は彼女のとんでもない機動力を踏まえ、彼女の周囲に速度除算、重力乗算を行って逃げられないようにしつつ、その上で気温を六〇〇度に設定したのです。
エクセレシィは魔法無効化によって、即座に私の魔法をキャンセルします。しかし真っ白だった彼女の肌は、痛々しく広範に焼けただれていました。
なのですが……さらに翼の色が変化すると、今度は彼女の肌が凄まじい勢いで真っ白に戻ってしまったのです。
「……えっ!?」
私が思わず驚きの声をあげると、その反応が嬉しかったのかエクセレシィは端正な顔立ちを楽しそうに破顔させました。
「同じ手が通用しないってのは、こっちも同じってことだな」
まさか……回復!? 再生!?
これで能力は五つめ……わかってはいたけど、やっぱり合体して能力が増えてるんだ……!
しかも魔法無効化が死後でも発動していたことを思うと、たとえ超高熱で消し炭にしてもすぐに再生しちゃいそうだし……
超速再生による単なる不死だったら、空間ごと凍結させてコンクリート詰めにでもしてやればいいんですけど……魔法無効化があるから魔法による封印はできませんし、物理現象支配があるから物理的な幽閉もできません。
え、これどうやって勝てばいいんですか……?
なにをしたらいいのかわからなくなってしまった私が固まっていると、エクセレシィが不敵な笑みを浮かべながら私に人差し指を向けました。同時に、翼の色も変化します。
「『熱狂空間』」
その瞬間、今度は私を中心とした景色が高温によって歪み始め、過重力によって周囲の地面が悲鳴をあげ始めました。
ええっ!? これって私が今使った魔法!?
もしかして相手が使った魔法をコピーする能力……? ルローラちゃんみたいなことまでできるの!?
私は外部からの数値支配を無効化しているのでダメージこそ受けませんでしたが、さすがに今 目の前で起こった現象に戦慄します。
「うーん、さすがに自分の魔法でダメージは受けないよね。魔族には自分の開眼も意外と効いたりもするんだけど」
魔法だけじゃなくて開眼までコピーできるんですか……
でも私はあらかじめ戦闘前に、私が思いついた攻撃方法に対してはすべて防御の準備を整えてきました。なので私の攻撃魔法で私が傷つくことは、ほとんどありえません。この魔法コピー能力はあまり気にしなくてもいいでしょう。
とにかく私はエクセレシィにダメージを与える方法を探るべく、様子見の攻撃を繰り返してみることにしました。最悪、魔力切れに追い込めれば勝ちですしね。
「『風の槍』」
普通の人間や魔族だったら、吹き飛ぶとか以前に風と衝突した時点で失神しかねない威力の暴風。その攻撃をどのように対処するのかを注意深く観察しようとしていたのですが……
なんとエクセレシィは攻撃を受ける直前に、一瞬で空気に溶けるようにして消えてしまいました。
い、いなくなった……? 瞬間移動?
私は驚いて周囲を見渡してみますが、それらしい人影はありません。影も形もなく、それどころか音さえありません。
私の認識を欺いてる? 光を屈折させて隠れてる?
なんにせよこの場にいるのはマズイと思った私は、すぐに「簡易暗転」と唱えて周囲を真っ暗にした上で、空高くに飛翔しました。全部真っ暗にしちゃえば、エクセレシィの方からも私の居場所はわからないはずです。
すると数秒後、簡易暗転が強制的に解除されて周囲に光が戻ると、さっきまで私が立っていた場所にエクセレシィがいて、周囲をキョロキョロと見まわしていました。それを見て、私は背筋に悪寒が走ります。
彼女は先ほど、私の風魔法を受ける直前で透明になりました。しかし良く考えてみたら、私の認識から外れたり光を屈折させても風は防げません。となるとあの魔法は、光だけでなく風なども透過できるのでは?
そしてさっきまで私が立っていた場所にエクセレシィが移動しているところを見るに、本来であれば私の結界でさえも透過できたのでは? そう考えると辻褄が合います。
あらゆる現象を透過する能力、と認識しておきましょう。
やがてエクセレシィは真上を見上げて、私が空へ逃げたことに気が付いたみたいです。彼女は四枚の翼を勢い良く羽ばたかせると、とんでもない速度で私に向かって突貫してきます。
私は自身の時間を加速することでその異常な速度に対応しつつ、空中移動魔法で逃げに徹することにしました。
しかし翼が増えたせいか、エクセレシィの速度はエクスリア一人の時よりもずっと速くなっているようです。亜音速どころか、ソニックブームじみた衝撃波を撒き散らしながら、あっという間に私のすぐ後ろまで迫ってきました。
そして彼女は突然、左手から炎を発します。それは左手が火炎を帯びたというよりも、まるで炎を纏った剣を握っているように見えました
私は一瞬、その炎はエクスリアの物理現象支配によるものかと思いましたが……しかし彼女も今更、私にただの炎が通用するとは思ってはいないはずです。ついさっき、熱を使った魔法を無効化したばかりなのですから。
しかも炎をわざわざ剣の形にする意味とは? 炎をぶつけたいのなら、手っ取り早く撃ち出せばいいはずではありませんか。
……なにか嫌な予感がする。
私はエクセレシィの謎の炎剣に注意を払いながら、いつでも自身の速度をさらに加速できるように準備を行います。
そして尋常じゃない速度で私に追いついたエクセレシィが、私の目前で炎剣を勢いよく振るいました。その瞬間、私は一気に自身の時間を加速して、スローモーションで迫ってくる炎剣をじっくりと観察します。
「……ッ!?」
私の周囲二メートルにおける空間の温度はconst修飾子によって、外部からの影響を受けないはず……だというのに、炎剣はそんなことお構いなしに激しく燃え上がりながら私に迫ってきました。炎剣の温度がかなり高いせいか、剣が近づくと私の皮膚もチリチリとした熱を感じます。
私の防御が通用しない……!?
私はその場から全速力で逃げ出して、エクセレシィから距離を取りました。まだ心臓がバクバクと激しく脈打っています。
私の皮膚が熱を感じたということは、あの剣で斬られたら私の身体は燃え上がって……
―――死ぬ?
私は脳裏によぎったその可能性に、半ばパニックに陥ってしまいました。
そして、その一瞬の隙が命取りだったのです。
数十メートル先で飛んでいたエクセレシィのすぐ右横に、なにやら黒い板のようなものが出現しました。さらにエクセレシィがその黒い板に右腕を突っ込むのと同時に、私はすぐ背後から微かに風を感じたのです。
とっさに後ろを振り返った私は、そこで直径一メートルほどの黒い板と、そこから生える真っ白な腕を目撃しました。
「ひっ……!」
突然のことに驚いた私はあわてて距離を取ろうと仰け反りましたが、けれどもそれより早く伸びてきた腕が私の胸ぐらを掴み、黒い板の方へと強引に引っ張ってきました。
な、なんで結界が発動しないの!? いつの間に無効化された!?
「わぁああああっ!?」
私は咄嗟に硬度指定子で身体を硬くして、黒い板に激突する衝撃に備えたのですが……
しかし私が恐れていたような衝突は起こらず、代わりに私が目にしたのは、黒い板をくぐったその先で得意げに笑うエクセレシィの顔でした。
……まさか、別々の空間同士を繋げたの!?
けれども私には驚いて思考停止している時間はありませんでした。エクセレシィには現在、私に対する有効打があるのです!
エクセレシィは黒い板から私を引きずり出すと、右手で私の服をしっかりと掴んで逃げられないようにしたまま、左手に燃え盛る炎剣を出現させました。
私はパニックに陥っている頭を必死でフル回転させて、とにかくエクセレシィに致命傷を与えれば、彼女は再生のために炎剣を引っ込めざるを得ないと判断しました。
なので私は先ほどと同じように唾液を射出するため、口を開けて舌をつきだそうとして……
その瞬間、エクセレシィは私の身体を引き寄せると、私の唇に自分の唇を重ねてきました。
「んむぐっ!?」
しかも彼女は自分の舌をねじ込んできて、私の舌を抑えつけてくるのです。
こ、これじゃあ唾液ビームは使えないし、呪文も唱えられない……!!
エクセレシィが左手の炎剣を私に振り下ろすのと、私が右手の親指と薬指を接触させるのは、ほぼ同時でした。
『衝撃的伝達』!!
私の目前まで迫っていた炎剣は、私がエクセレシィの胸部を衝撃波で吹き飛ばしたことで消失しました。
が、エクセレシィの胸部に空いた大きな穴はほんの一瞬で再生してしまい、再び彼女の左手には業炎が灯ります。
や、やばい……! 再生速度が早すぎて、大した隙を作れない!
しかしそれでも身体に風穴が空いた衝撃で、エクセレシィは私の唇を解放してくれました。
とにかく致命傷を与え続けて、もっと大きな隙を作るしかありません!
「『雷吼』!」
先ほどエクスリアに放った電撃よりも遥かに強烈な電流を、私の服に流しました。当然ながら私の胸ぐらを掴んでいたエクセレシィは感電してしまいます。
エクセレシィの真っ白な腕は真っ赤に焼けて、場所によっては黒ずんでいる箇所もありました。それでも私はまたすぐに再生するのだろうと思って身構えていたのですが……
「……あれ?」
さっきは胸部から向こうの景色が見えそうな傷が一秒もかからずに再生したというのに、今度の火傷は数秒経っても治る気配がありません。いえ、明らかに異常な速度で治ってはいるのですが、以前に六〇〇度の熱空間で彼女に負わせた火傷よりも、遥かに再生速度が遅いのです。
その奇妙な現象に違和感を覚えた私が固まっていると、まだ私の胸ぐらを掴んだままだったエクセレシィが突然動き出して、そのまま私を引っ張るように超音速で急降下し、私を地面に叩きつけました。
「げうっ……!?」
相対的に速度を減速したり、肉体の硬度を高めたり、肉体に生じる衝撃をゼロにしているとはいえ、高速で振り回されたらダメージは皆無とはいきません。一部の内臓や血管、それに血液などは硬化対象から除外しているので、遠心力によって負荷がかかってしまうのです。
さらにエクセレシィは地面に数メートルもめり込んだ私の足を掴むと、とんでもない勢いで振り回して私をブン投げました。
ちっちゃな身体が何度もバウンドしながら数百メートルも吹っ飛ばされて、先ほど私とエクスリアが投げ合っていた巨石に激突することでようやく止まりました。
「あ……ぅ……」
巨大な岩壁に身体をめり込ませた私はずるずるとずり落ちていって、最後にはぐしゃりと地面に落下してしまいます。
頭がクラクラする……吐き気も……
下手にいじるのが怖くて脳味噌は硬化対象から除外してたから、さっき振り回された遠心力で脳震とうを起こしてしまったのかも……
攻撃魔法はことごとく効かなくて、防御魔法も突破されてボロボロになって……あとおまけにファーストキスまで奪われて……もう最悪……
私がかなり最低な気分に陥っていると、ボロボロで横たわる私のすぐ傍に足音が響きました。
「もう、ギブアップか?」
倒れたまま動かない私に、少し残念そうな声色が降りかかってきます。この口調はエクスリアかな。
さっきとは立場が真逆ですね……ネメシィは私を殺さないって言ってたけど、エクスリアはどう思ってるのかな。仮に私が降参したら、このまま見逃してくれるのかな。
……ああ、ダメだ、体調が悪くて弱気になっちゃってる。
私は絶対に負けるわけにはいかないのに。
私が吐き気を我慢しながら黙って横たわっていると、微かな発光の後、私を見下ろしている気配が二つに増えました。
「やりすぎだよエクスリア! セフィリアちゃんはまだこんなにちっちゃいんだよ!?」
「バカ、ちっちゃくても俺だけだったら負けたんだぞ? んなこと気にしてられるかよ!」
「それになんでっ……キ、キ、キスなんてするの!? 女の子の唇を奪うなんて最低だよ!」
「あのまま口を封じなきゃ、脳天貫かれてまた殺されてただろうが!」
私をほったらかしにしたまま口喧嘩を始める二人を見上げながら、私は眩暈が収まるのを待っていました。
その後もしばらく言い合っていた二人でしたが、やがてようやく体調が戻ってきた私がゆっくりと体を起こすと、二人はピタリと喧嘩をやめて私へと向き直ります。
「セフィリア、もう降参するか? だったらもう、お前の怪我を治してやるけど」
「乱暴してごめんね、セフィリアちゃん。でもボクたちも手加減できる余裕がなくって……」
私を心配そうに見下ろしていた二人でしたが、しかしそこでエクスリアが少しだけ不服そうな表情で口を開きました。
「だけどセフィリア。お前、まだ何か隠してないか? なぁ、ネメシィもそう思わなかったか?」
「え? そ、そう? ボクはべつに……。どうしてそう思ったの?」
「いや、別に根拠はないんだけどさ。でもなんか引っかかったんだよな」
無言でエクスリアを見上げる私に、彼はしゃがみこんで私と目線を合わせると、無邪気な表情で言い放ちました。
「もしまだ力を隠してるなら本気を出してくれ、頼むよ。俺たちは一度でいいから負けてみたいんだ」
それを聞いた私は、地面にへたり込んだまま、俯きながら苦笑します。
「……いいよ、わかった」
そんな私の呟きに、エクスリアは嬉しそうな顔を、ネメシィはとても驚いたような表情になった。
……生まれついての強者で、負けたこともなく、絶望したこともなく、守るべきものもない二人にはわからないだろうね。
―――私の価値は、勝利にしかない。
何一つ取り柄のない私が、前世で唯一身につけたプログラミングの技術。それが何の因果かこの世界で役に立って、今日までいろいろなものを守ってこられた。
魔法があったから盗賊から家族を守れた。
貴族になってお母さんの自慢の息子になれた。
ネルヴィアさんの名誉を回復できた。
レジィたち獣人族を救って繋がりを手にできた。
ケイリスくんの過去に決着をつけられた。
ルローラちゃんたちエルフ族の問題を解消できた。
教師として帝都での居場所を手に入れることができた。
盗賊に勝って、御前試合で勝って、獣人族に勝って、リルルに勝って、エルフ族に勝って、ドラゴンに勝って、プラザトスの闇に勝って、魔族の軍勢にも勝った。
私の価値はこれしかない。魔法が、強さが、勝利が私の唯一の価値。
だから絶対に負けられない。これからも勝ち続けないといけない。
もうあんな惨めな思いはたくさんなんだから。
死にたくない。見捨てられたくない。
“負けてみたい”だって? 笑わせるよね。
「わたしは……“負けられない”んだ……!!」
そう言って必死の形相で二人を睨み付ける私に、エクスリアとネメシィは恐ろしいものでも見たかのような顔になって、一歩後ずさった。
ざわざわと私の白金の髪が持ち上がって、何もしてないのに私の周囲の地面に亀裂が走る。
ここからは正真正銘の全力だ。ここからが本当の勝負だ。生まれて初めての本気だ。
可哀想だから本当は使いたくなかったんだけど……あなたたちが強いから悪いんだよ。
あわてて再度合体したエクセレシィに、だから私は静かに告げた。
「おねがいだから、死なないでね」




