0歳9ヵ月 5
ネルヴィアさんがうちに寄宿を始めてから、今日で三日が経ちました。
彼女は早朝と夕方、それから夜と夜中の計四回も村の周囲を見回りに行ってくれています。
そして空いている時間にも、積極的に畑仕事を手伝ったり、薪割りをしてくれたりと大活躍です。
その熱心さと勤勉さ、それから彼女自身の人当たりの良さも相まって、早くも村のみんなからの信頼を勝ち取り、“ネルちゃん”などと呼ばれつつ親しまれていました。
夜……時計が無いので確たることはわかりませんが、おそらくは九時頃でしょうか。
ガチャガチャと重厚な金属音を夜の村に響かせながら、ネルヴィアさんが見回りを終えて戻ってきました。
「た、ただいま……戻りました」
玄関扉を開けるなり、ぺこぺこと頭を下げるネルヴィアさん。まだ少し、うちには馴染んでくれていないようです。
私とお母さん、それからお兄ちゃんは、帰ってきた彼女に「おかえり」と返します。
するとネルヴィアさんは、くつろいでいる私の方を見て目を丸くしました。
「セ、セフィ様……それは、何をしているんですか?」
「おふろだよ?」
私は現在、使わなくなった桶にお湯を張って、全身ゆったりと浸かっていました。
そう大きな桶ではありませんが、乳児が浸かるくらいなら余裕です。
思わず「はふ~」なんて声が漏れてしまうくらい気持ち良くって、一日の疲れも飛んで行ってしまいます。
これからは毎日入ろうかなぁ。
あ、ちなみに私が「セフィ様」と呼ばれている理由はよくわかりません。
最初は「セフィリアお姉様」だったのですが、さすがにそれはやめてくださいと言ったら、「セフィ様」で妥協してくれました。
……まだ村長とは会っていないはずですよね?
それはともかく。
お風呂と聞いたネルヴィアさんは「なるほど……」と一瞬納得しかけますが、ちょっと家の中を見渡してから、お母さんへと向き直りました。
「あ、あの。お湯はどちらで沸かしているんでしょうか……?」
その質問を受けたお母さんは、なんとも言えない表情で私の方を見ました。
ええっと……そうですね、その質問をされるのはちょっと困りますよね。
私は「おねーちゃん」とネルヴィアさんに呼びかけてから、
「それはね、まだないしょなの」
「え? ……な、内緒……ですか?」
「そうなの。ごめんね?」
「あ、いえ、大丈夫です! 内緒なら仕方ありません!」
なんて素直な子なんでしょうか。良い子すぎやしませんか。
あからさまな秘密を作るのはちょっと心苦しい気もしますが、しかし本当のことを言って混乱させてしまうのも可哀想です。
「セフィ様、お背中流しましょうか?」
「いいの? えへへ、ありがと、おねーちゃん!」
ネルヴィアさんも私に対してだけは、少し緊張を和らげて接することができるようになってきました。
布巾で私の背中を優しく撫でながらニコニコしている様子からは、この村に来たばかりの陰鬱な雰囲気など感じられません。
きっとこれが、本来の彼女の表情なのでしょう。
今まで辛い思いをしてきたのでしょうから、この村でくらいは楽しく過ごしてほしいと思います。
私がそんな事を考えていると、ガチャガチャと甲冑の音をたてながら私の背中を流してくれているネルヴィアさんに、お母さんが訊ねました。
「ネルちゃん、やっぱり鎧は脱がないの?」
「え、あ、はい! い、いつ盗賊が来るかわかりませんから……!」
真面目なのは良いことですけど、ちょっとは肩の力を抜いても良いんじゃないでしょうか。
う~ん……盗賊なんて、いないと思うんですけどね……