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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳7ヶ月 8 ―――孤独の強者



 私はお言葉に甘えて、即座に戦闘の準備に取り掛かりました。

 まずは攻撃ではなく防御を固めることから始めます。相手の必殺技は視認による物質消滅……何を置いても真っ先にそれを封じるポーズを見せておく必要がありました。


「『簡易暗転(モニターオフ)』」


 私がポツリと呟いたのと同時に、周囲のあらゆる光が消失して、山頂が闇に閉ざされました。ただし私の周囲だけは一定の光量が保たれているので、転ぶ心配はありません。

 それと同時に、私はネルヴィアさんに貰った首飾りの装飾……その四十八枚の羽根のうち、二枚の角度をカチリと変えることで魔法を発動します。

 私の立てた音を外部に漏らさないようにする『王様の耳は(ミュートボックス)』。

 そして私の周囲の速度を減速する『砂鉄時計(トリックウォッチ)』。


 光と音を消した上で、私は景色が暗転する前のエクスリアの立ち位置を元に、彼の背後へと回り込みます。


「はぁ、なんだそりゃ」


 すると、その直後……私が魔法を解除していないというのに周囲の闇が払われ、さらに私が減速したはずの時間までもが元に戻っていました。

 そして同時に私は気が付きます。エクスリアはその場から一歩も動いてはいませんでしたが、しかし彼の背中から生えた二枚の翼の色が、両翼とも真っ白に染まっていることに。


 エクスリアはおそらく私が背後を取っていることに気が付いたうえで、振り返りもせずに深々と溜息をつきました。


「……もしかしてアレか? 俺が見たものを消すって能力だと聞いて、だから俺の視界を封じて死角に逃げ込んだのか?」


 一気に低い声となったエクスリアの髪がざわりと持ち上がり、それに呼応するように白かった翼も再び漆黒に染まりました。


「だとしたらお前。そりゃ『防ぐ手立てがありません』って白状してるようなもんじゃねぇか。―――んなもん、期待外れってレベルじゃねぇぞ!!」


 直後、私が新たに『(イデア)砂鉄時計(トリックウォッチ)』を発動して自身の速度を加速するのと同時に、エクスリアは素早くこちらを振り返りました。

 私がエクスリアの死角側に走り出した瞬間、直前まで私が背にしていた岩が“ガゴンッ!!”という音と共に消滅します。

 消滅の音は私の後をすさまじい速度で追いかけ、私が走り抜けたところに存在していたあらゆる物質を跡形もなく消し飛ばしました。

 私が即死の視線を避けるために彼の周囲を一周するころには、山頂がきれいな平らになってしまいました。


 ……逃げてるだけじゃ、すぐに掴まりそう。

 そう判断した私は、エクスリアの死角をキープしたまま呪文を紡ぎます。


「『強いる誠意(クラビティ)』」


 すると即座に山頂全域の重力が百倍になり、ただでさえ平らに(なら)されていた山頂がさらに押し潰されて、完全な真っ平らとなりました。

 しかしそれに巻き込まれたエクスリアは、一瞬だけ体勢を崩したもののすぐに立て直しました。見れば、周囲を押し潰そうとしていた超重力は消失して、ところどころから煙が立ち上っています。

 そしてやはり、翼の色が真っ白に染まっていました。


 ……視線で攻撃するときは翼が黒くなって、こっちの魔法を打ち消すときは翼が白くなってる……?

 やっぱり噂通り、魔族の特殊能力である開眼(シャンテラ)を複数持っているようです。しかし翼の色が魔法の発動に関係しているとすれば、同時に複数の開眼(シャンテラ)は発動できないはずです。事実、彼が今私の魔法に対応した瞬間、消滅の視線は中断されました。


 どんな魔法でも即座に無効化できるなんて大したものですが、それでも私が恐れていたようなレベルの能力ではありませんでしたね。無効化までにわずかなタイムラグがありますし、魔法が効果を発揮する前に無効化できているわけでもありません。

 この程度ならどうとでもなりそうです。要は無効化する暇も与えず、マイナス二五〇度で瞬時に完全凍結させて意識を奪ってしまえば良いのです。


 ごめんね。後で融かしてあげるから、ちょっと我慢して?

 再び翼を黒く染めたエクスリアに私は内心で謝りつつ、呪文を口にしました。


冷徹箱入り娘クールビューティガール


 周囲の大気を激しく吸い込みながら、エクスリアの周囲三メートルほどに、真っ白な立方体が出現しました。

 パキパキと小気味良い音を鳴らしながら白煙を吐きだす白い箱の中では、銀髪の少年がピクリとも動かずに固まっています。


 ふぅ……なんだ、案外簡単に勝てたね。あとはネメシィとかいう子に連れて帰ってもらえば……


 ―――と、私が一瞬気を緩めた刹那。


 完全に空間ごと凍結されて意識がないはずのエクスリア。そんな彼の黒い翼が、瞬時に白く染まりました。

 その直後、凍結していた空気の箱が蒸発して、その中から銀髪の少年が口角を釣り上げながら現れます。


 ……私が凍結させたのは空気じゃなくて空間だから、脳みそまで凍結してたはずなのに……! まさか完全に意識を失っても自動で魔法を無効化できるの!?

 いや、それより魔法を食らった“後”で、魔法の影響を受けた部位の回復までこなせるなんて……!!


「―――残念だったな。俺にこの程度の魔法は効かねぇ」


 そして完全に気を緩めていた私は虚を突かれ、すでにこちらを振り返ったエクスリアの紅玉の瞳に捉えられてしまっていて……


「あばよ、人間」


 私が何か対策を講じるよりも速く、エクスリアの翼が黒く染まりました。


 直後、“ガゴンッ!!”という音と共に―――




 私の周囲の“地面だけ”が消滅しました。




「―――えっ」


 口をポカンと開けて固まってしまったエクスリアをよそに、私はバクバクと暴れる心臓を抑え込みながら、心の中でガッツポーズを決めます。


 ……よ、よかったぁぁぁ~~~!!

 いや、ほぼ確信してましたよ? 度重なる実験も行って、敵の消滅即死呪文を無効化できるって確信できてましたよ!?

 でもでも、それでも怖いものは怖いじゃないですか! 弾丸の火薬を湿気らせたから大丈夫だよって言われて弾丸入りピストルを渡されたって、それを脳天に向けて引き金を引ける人間なんて稀じゃないですか!

 ほんとに無効化できててよかったぁ……二日もかけて探し出した“const修飾子(アンチマジック)”が無駄にならなくてよかったです。バッチリ外部からの数値操作を弾いてくれました!


 そしてこっそり一安心した私は、ポカンと口を開けて硬直したエクスリアに、今度は私の方からお見舞いします。


「『無色無形の鍵アーカーシャアッシャー』」


 “ガゴンッ!!”という音と共に、エクスリアを含めた周囲一帯が跡形もなく消滅しました。

 私はまた標高が二メートルほど低くなった山の上に着地しつつ、エクスリアが消滅した場所へじっと目を凝らします。


 すると一秒も経たずに、何もなかった虚空から突然、白い翼を生やした少年が出現しました。


「……驚いたぜ、いやマジで。期待外れとか残念とか言って悪かったよ。俺の“邪視”が全く効かなかった生物は、お前が初めてだ」


 私こそびっくりです。まさかとは思いましたが、彼が空間ごと完全に消滅させられても復活可能だなんて。

 彼が私と戦いたいと思ったきっかけは、プラザトス防衛戦での私の活躍を聞きつけたからでしょう。私が大々的に強力な魔法を使ったのはあそこが初めてですから。

 そしてもしそうなら、私が空を切り裂きながら現れたという話も聞いていたはず。同じく消滅魔法の使い手であるエクスリアなら、私も同じ魔法を使えることに思い至っても不思議はありません。

 その上で彼が私に先手を譲ったということは、私の最初の攻撃が今の消滅魔法だったとしても防ぐ自信があったということ。だからこそ私が、彼の視界から逃げるという日和(ひよ)った戦術を取ったとき、彼はガッカリしたのでしょう。


「そして嬉しいぜ。お前も相手を一瞬で消し飛ばす魔法が使えるんだな! この怯えられるだけで、戦いをつまらなくさせる強すぎる力を! 本気を出せなくなる呪いのような能力を!!」


 エクスリアは言葉通り、本当に嬉しそうに頬を上気させて声高々に叫びました。

 なるほど、さすがに問答無用で相手を即死させるだけの力は、魔族の間でも恐れられるのですね。

 そういえば強者絶対主義の獣人族も、私が彼らを必要以上に傷つけるつもりがないことを表明するまでは、子犬のように怯えていました。


「それは、あなたにも問題があるんじゃないの?」

「あ?」

「わたしの部下には獣人族がいるけど、わたしはその子たちにけっこうなつかれてるよ?」

「……なんでだ? 獣人族なんて、特に雑魚中の雑魚じゃねぇか」

「わたしがかれらを傷つけたりしないってわかってるからだよ。わたしはあの子たちのみかただし、なにかあればぜんりょくでまもるからね」


 私の言葉に、エクスリアは目をぱちくりとさせて固まってしまいます。


「なんで弱い奴なんかを守らないといけないんだ? それがどうして怯えられないことに繋がるんだ?」

「あのネメシィって子に、きいたことはないの?」

「あいつもよくわからないらしい。けど最近、やけに“殺すな”って言ってくるけどな」

「そう。じゃあ、きっと口でせつめいしてもわからないよ。あなたが最強であるかぎり、ずっとわからないんじゃないかな」

「……なんだよそれ。じゃあ、どうしろっていうんだよ……」


 忌々しげに目を細めるエクスリアを見ていると、私はなんだか彼に昔のレジィの面影を見たような気がしました。

 当時はやんちゃだったレジィや獣人族も、叩きのめしてからきちんと話し合えば、少しずつ弱者の気持ちを理解してくれました。魔族である彼らも今では、私の村の人たちと仲良くなるまでに人族と馴染んでいます。

 魔族だからといって、根本的に感性が違うわけではないのです。決して分かりあえないなんてこともないのです。中にはあの黒竜のような存在もいるでしょうが、目の前でああやって悩んでいる彼があの邪悪なドラゴンと同じ感性だとはとても思えません。


 何より、本当に彼は私と戦いたかったのでしょうか?

 自分と似たような存在がいることを聞きつけた彼が、戦場の敵陣を飛び回ってまで私を探していたのは……


 私は少しだけ穏やかな気持ちになると、エクスリアに向かって微笑みました。




「だからわたしがあなたをたおして、弱者のきもちをおしえてあげるよ」




 私がそう言うと、それを受けたエクスリアはしばし目を丸くさせて……


「ああ。ぜひとも頼むぜ」


 嬉しそうに、愉しそうに。

 黒い翼を広げた彼は、引き裂くように笑いました。



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