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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳6ヶ月 2



 帝都魔術学園……というより、現状においては帝都魔法塾って感じですけど。

 とにかく私を先生として据えられた教室には、今日も今日とて四人の生徒さんが集まっていました。


 まずはアクティビティ図を通じて論理的工程(ロジカルフロー)の組み立て方についてみっちりと教え込んだ私は、続いてかなり念入りに“魔法の危険性”について彼らに説いていました。


 というのも、私が帝都でルルーさんに『領域離隔』という技法を教わるまで、私は手のひらから魔法を撃ち出す形式をとっていました。

 すると当然、何も考えずに攻撃魔法を使えば、真っ先に爆発するのは自分の手ということになるわけです。

 私はその問題を“方位指定子”によって解消しましたが、果たして魔法初心者の彼らがこの指定子を万全に扱うことができるでしょうか?


 もしもうっかり呪文の構築中に、方位指定子をすっ飛ばして発動してしまったら……


 そんな悪夢的なことにならないように、私は生徒たちに強く魔法の脅威というものを言い含めることにしたのです。


 魔法を教える教室なんて言いながらも、まだ作図の練習と魔法の恐ろしさについての説教しかされていない生徒たちは、もしかしたらうんざりしているかもしれません。しかしこれは本当に大事なことなので我慢して聞いてもらいます。

 言うなれば、これから本格的な魔法の練習に入ってしまったら、彼らの手のひらの上には常に“爆薬”が乗っけられているような状態になるのです。そのことを彼らがきちんと理解して認識してくれるまでは、絶対に次のステップに進ませるわけにはいきませんでした。


 そうして十分な日数と時間を使って、彼らが魔法の危険性について正しく認識したことを確認してから……



「それでは、きょうから魔法の練習をはじめていきたいとおもいます」



 ようやく私は、彼らに“魔法”を授けることを決意しました。


 それに対する生徒たちの反応は、お兄ちゃんとメルシアくんは緊張した面持ちで背筋を正して……ヴィクーニャちゃんとリスタレットちゃんは少し頬を紅潮させて、見るからに高揚しているみたいです。

 欲を言えば全員に緊張してもらいたかった気もしますが、かといって魔法を扱うことへの憧れや楽しみがないと授業で躓いたときに立ち直れないかもしれませんので、案外ちょうどいい塩梅(あんばい)かもしれません。


 さて、それじゃあ早速。


「ボズラーさん」

「おう」


 私の指示で、ボズラーさんは教卓に用意しておいたプリントを四人へ配っていきます。

 そのプリントには、以下のようなことが書かれています。


ฎธๅ 風 ╞ ข๏ฎค ╡

 ใฉธค¯อ ฎธๅ ฬฎธคƂ

 ฬฎธค ฿ ฬฎธค - σ₀Ƃ

 โ€ๅษโธ ฬฎธคƂ


 まずこれを見たお兄ちゃんは、かつて私がアルヒー村で魔法を教えてあげようとした際、たったの三〇分でギブアップしたことを思い出したのでしょう。すぐにしかめっ面になって頭を抱えてしまいました。

 一方、すでに少しだけ魔術の心得があるらしいメルシアくんは目を丸くすると、不思議そうにプリントを眺めています。

 ヴィクーニャちゃんはいつもの余裕の笑みを浮かべながら、悠然と呪文に視線を這わせていますが……この数週間の付き合いで、なんとなくわかります。あれは「え、なにこれ全然わからん……」という表情です。

 そしてリスタレットちゃんは呪文に目を向けたのはほんの一瞬で、またすぐに私の顔に視線を戻しました。……あれれ、呪文にはあんまり興味はないの?


 ボズラーさんが教室前方の壁に大きめのプリントを貼ってくれたのを横目で見ながら、私はみんなに笑顔で向き直りました。


「はい、これは『右の手のひらに触れている空気の物質量を一として、そこに五〇を加算する』という魔術です」


 私の言葉にわずかながらでも理解を示していそうなのは、メルシアくんだけみたいでした。他のみんなは完全にポカンです。

 うーんと、まずは呪文の解説をしていった方がいいかな?


「はじめに、この呪文をざっくりと説明していきます。さいしょはわからなくてもだいちょうぶなので、気楽にきいてください」


 そう前置きした上で、私は持参した指示棒を使って呪文の先頭を示しました。


「まず、一行目のこれ(ฎธๅ)ですが、この三文字で“支配対象が整数である”こと表します。整数っていうのは、一、二、三、とかの数字のことですね。続いて“風”と書いてあるところには、代わりに好きな文字を入れてください。何でもいいですよ。ここは魔法の名称ですので、実際にこの魔法を発動するときには、ここに入れた文字を口にすることになります。次のこの部分(╞ ข๏ฎค ╡)は、この魔法を発動するにあたって外部から入力する数値はありません、という意味です。今回はあまり関係ありませんので、深く考えなくてもかまいません。そして……」

「ちょ、ちょっと待て待て!」


 私がつらつらと呪文の説明をしていると、ボズラーさんが何やら困惑した表情で口を挟んできました。


「うん? どーしたの、ボズラーさん?」

「いや、どうしたもこうしたも……見ろ、あの子たちの顔を!」


 ボズラーさんに言われて、生徒たちの顔を見ると……全員、口をポカンと開けて固まっちゃってます。どう見ても理解できてる顔じゃありません。

 でも最初はかなり大雑把に概要を説明してるだけだから、今の時点ではわからなくても良いんだってば。少しずつ詳しいことを掘り下げて説明していくんだから。


 すると困った顔をしたボズラーさんが、身振り手振りを交えながら懸命に訴えてきました。


「今の説明、ぶっちゃけ俺でもわからなかったぞ!? 一に五〇を加算ってなんだ!? 整数を支配って!? 魔法名が何でもいいってどういうことだ!? “外部から入力する数値”って何を言ってんだ!?」

「は? なんで魔術師のボズラーさんが、そんなこともしらないの?」

「悪かったな!! っつーか、じゃあお前は初めて呪文を見てからすぐに読めたのかよ!?」

「うん」


 私のあっけらかんとした返答に、ボズラーさんは完全にピシリと固まってしまいました。

 そして彼は“ギギギ……”とぎこちなく首を回してお兄ちゃんの方を見ると、その視線を受けたお兄ちゃんは気まずそうに目を逸らすと、


「……セフィは魔導書を眺めてると思ったら、いきなり『読める』とか言いだして、魔法を発動させたんだよ……」


 お兄ちゃんの言葉に、ボズラーさんとメルシアくんはなぜか絶句してしまいます。

 ヴィクーニャちゃんも珍しく露骨に動揺しているような反応を見せていて、唯一リスタレットちゃんだけは私をキラキラした瞳で見つめていましたが……


 そしてボズラーさんはゆっくりと床に崩れ落ちると、「くそ……バケモノめ……」と悲壮な声を漏らしていました。なにさバケモノって、失敬な。


 っていうかほとんどの魔術師は、あの三人の魔導師様のうちの誰かから教えを受けているんですよね?

 となると、ボズラーさんがこの体たらくであることを鑑みるに、もしかすると魔導師様クラスでも呪文の細かい部分とか、正確な意味は理解していなかったりするのでしょうか?

 そういえばルルーさんが、呪文のタイプで得手不得手が存在するみたいなことを言っていたような気がしますし、自分の専門分野とかじゃないと詳しくは知らないのかもしれません。


 そもそもこの世界の教育水準は低いわけですし、その辺りのことも考慮しなくちゃいけないわけですか。

 日本では幼児期から教育を受けられて、それから洗練された義務教育を九年、ほとんどは続けて三年もの高等教育、臨めばさらなる教育だって受けられます。

 しかしこの世界では、読み書きと加減乗除ができればそこそこ良い育ち、というレベル……正直比較にもなりません。


 なるほど、陛下がボズラーさんを私に付けたのは、もちろん監視の意味合いもあるのでしょうが……もしかすると、私に不足している『この世界の常識』を補うために派遣されたという側面もあるのかもしれませんね。



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