1歳5ヶ月 7 ―――はじめての授業
我らが逆鱗邸から徒歩五分。
つい最近まではまったく手入れのされていなかった物件が、ベオラント城付きメイド軍団の手により華麗なるビフォーアフターを遂げ、見事『帝都魔術学園(仮)』として生まれ変わりました。何ということでしょう。
一週間前、私とボズラーさん、それからお兄ちゃんとメルシアくんの四人で下見に行った時は、「こんな廃墟で大丈夫か……?」と青ざめたものでしたが、さすがは一流のメイドさんたちです。良いお仕事をしてくれました。これなら大丈夫です、問題ありません。
と、そんなわけで無事開校に漕ぎつけた私の教室なのですが……
「はーい。それではまず みなさんに、どんな魔術師になりたいかを聞いていきたいとおもいます!」
そこそこの広さの教室には、前方に設置された教卓に腰掛ける私と、その傍らに立つボズラーさん。そして対面に並んだ四つの机に、お兄ちゃん、メルシアくん、ヴィクーニャちゃん、リスタレットちゃんが着席しています。
……もしかしたらクルセア司教やヴェルハザード皇帝陛下が教室に押しかけてや来ないものかと私は危惧していたのですが、さすがに彼らもそこまで暇ではなかったようです。
私が四人に問うた『どんな魔術師になりたいか』という質問には、重要な意図があります。
それはズバリ、彼らのモチベーションを知ることです!
最終的にどうなりたいかという目標を掲げることは成長に不可欠な要素ですし、それがなければただ漫然と目の前のタスクをこなすだけの無為な授業となってしまいます。
逆に、どんな自分になりたいかを明確に思い描くことができてさえいれば、多少授業で躓いたくらいでは挫けることなく、目標に向かって全力で邁進することができるはずです。
……そして万が一、あまりにも高望みした目標を設定していたり、逆に保守的な低い目標を設定していたりする子がいた場合、早めに対処する必要もありますからね。
そんなわけで、私は五分ほどみんなに考える時間を与えてから、一人ずつ順番に発表してもらいました。
「よし、じゃあ左からいきますよ? まずはログナくん、立って発表してください」
「はい」
あくまで授業中は公私の分別をつけるために、私とお兄ちゃんは兄と弟ではなく、教師と生徒という立場で接することに決めていました。というか、お兄ちゃんがそうしろって言ったから従ってるだけですけど。
お兄ちゃんは緊張のためかちょっぴりそわそわしつつ、普段より少しだけちっちゃな声で発表を始めました。
「……最低でも、うちの家族とか、村のみんなを守れるような力を手に入れたい……です。そのためにも、きちんと戦える魔術師になるのが目標だ。……です」
敬語に慣れていない感じのお兄ちゃんは不器用な口調でしたが、それでもその想いは十分伝わってきました。
……もう、あの夜みたいなことは嫌だもんね。
でも実戦に臨むことができるくらいの戦闘能力を得るとなると、それこそボズラーさんと同じくらいの実力は必要なんじゃないでしょうか? 六歳児が抱く夢としては、なかなかハードルは高そうですね。
……まぁ、私が魔導具を開発して与えてあげれば事足りるんですけど……それじゃあきっとお兄ちゃんは納得しませんよね。
お兄ちゃんが実際に戦うようなことは絶対にあってはいけませんが、それでも自衛の術を身につけてもらうことは私にとっても嬉しいことです。全力でサポートするからね、お兄ちゃん。
「はい、ありがとうございます。りっぱな目標ですね。それでは次に、メルシアくん」
「は、はい!」
ちょっと上擦った声を出しながら立ち上がったメルシアくんは、露骨に緊張しながらも大きな声で語り出しました。
「ぼくも、その、身近な人たちを守れるように……悲しい思いをしなくてすむように、戦える力が欲しいです! あの、でもぼく、身体が弱いから騎士とかはダメで……魔術師なら、もしかしたらって……ですから、えっと、が、がんばりますっ!」
なんというか、必死な感じが伝わってきてじつにグッドな発表ですね。私の傍らでそれを聞いていたボズラーさんも、なんだか感じ入ったように穏やかな表情で何度も頷いています。……まるで初めてのお使いを見守る親みたいな目線ですね。
「はい、けっこうです。いっしょにがんばりましょうね! それじゃあ次、ヴィクーニャちゃん」
ヴィクーニャちゃんは仮にも皇族なので、最初は様付けで呼んでいたのですが……ヴィクーニャちゃん本人の希望により、他の子と同じように扱うことになりました。
彼女は鷹揚に一つ頷くと、腕と足を組んで座ったままの姿勢でゆったりと語りだしました。……うん、せめて立とうか?
「ククク……高貴さに伴う使命。富める者は貧しきを救済し、有事には最前線にてその身を挺するものよ。しかしそれは義務ではなく使命……強制されるものではなく、喜んで立ち上がる精神性こそが貴族に必要とされる条件なの」
ヴィクーニャちゃんは勝手に教室に持ち込んだ紅茶を優雅に一口飲んでから、
「有する権力と責任の範囲は常に比例するわ。なればこそ、偉大なる血を引いてこの世に生まれし私は、相応の力でもって多くの民を救済しなければならないのよ。そのためならば、他人に教えを乞うことも吝かでないわ。私の求めるのは、ヴェリシオン帝国に暮らす全ての民の平穏を取り戻し、守るだけの力よ」
……あ、あれ? この子、意外と真面目な子なんですか? いや、意外っていうのは失礼ですけど……
これが帝国の帝王学なんでしょうか? 十歳そこらの女の子が辿り着いていていい境地じゃないような気がしますが……
もしかしたら、この四人の中で一番志が高いのは彼女なのかもしれませんね。ただ、帝国民全員を守るだなんて、個人では私や魔導師様たちでもちょっと無理だと思いますが……
でもそれだけ高い目標とモチベーションを抱えているのなら、彼女の授業態度と才能次第では、いずれ魔導師様クラスにだってなれるかもしれません。
しかしまずは、彼女がどう戦争に貢献したいのかを聞き取って、それに特化した授業を受けさせてあげるのがいいでしょうか。少なくとも、私のような戦闘特化にはなってほしくありませんが。
「ええっと、ありがとうございます。すばらしい心構えですね。それじゃあ最後に、リスタレットちゃん」
私に促されたリスタレットちゃんは、待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がります。
ちなみに彼女は私に指名されるまで、他の子たちが発表している間もず~~~っと私の顔を見つめ続けていました。……わ、私の顔に何かついてるのかな……?
リスタレットちゃんは明るい髪色の茶髪を揺らしながら机に身を乗り出して、とても元気いっぱいに発表を始めます。
「私は、魔術師になりたいですっ!!」
「…………うん?」
いや、それはわかってるよ? この教室に通う大前提だからね?
私が微妙な表情を浮かべてしまったのでしょう、彼女は「しまった!」みたいな顔になると、慌てて手をブンブンと振りながら、
「あ、間違えました! いや間違えてないです! 魔術師と認められる魔術師になりたいです!!」
「……ええっと?」
よ、余計わからなくなったよ? 魔術師と認められる……? 誰に?
私が曖昧な笑顔のまま小首を傾げると、リスタレットちゃんは「あわわ……!」と頬っぺたを赤くさせて、
「えっと、えっと……! ヴェルハザード陛下に魔術師と認められるような魔術師になりたい……ですっ! それですっ!」
あ、ああ、なるほど。陛下にね。陛下に認められば、男爵になれるもんね。
リスタレットちゃんはかつての私みたいに、貴族になりたいのでしょうか? 何をもって魔術師認定をされるのかは私もちょっとわからないのでなんとも言えませんが……
というかリスタレットちゃん、ちょっと口下手なのかな? あるいは緊張で、話すべきことがとっ散らかっちゃってるのでしょうか?
もしかしてクルセア司教がリスタレットちゃんに喋らせなかったのって、これが理由?
いや、でもこれくらい私は全然気にしませんけど……うーん……
私はリスタレットちゃんに「はい、ありがとうございます。りっぱな魔術師になりましょうね」と微笑むと、彼女はなぜかとても嬉しそうに、蕩けるような笑顔を浮かべました。……もしかしてこの子、狂信者系?
まぁ、なにはともあれ、これで四人の大体の目標や指針の取っ掛かりを得ることができました。
私は隣でボズラーさんがスラスラとメモを残してくれていることを確認しつつ、
「はい、みなさんありがとうございます。授業はたいへんかもしれませんけど、いっしょにがんばっていきましょう!」
私の言葉に、生徒の四人は「はい!」と声を揃えて返事をしてくれました。わぁ~、みんな可愛いなぁ!
さて……最初の授業は自己紹介とかで終わっても良いんですけど、せっかくなので何か実のある初回授業にしたいものです。
というわけで!
「それじゃあさっそくですけど、ここでひとつ、みんなでレクリエーションをしましょう!」
私の言葉に、四人は目をぱちくりと瞬かせます。
そんな彼らの反応に構わず、私は指を一本立てながら、パチリとウインクを決めました。
「名付けて、『工程追跡・クッキング』!」




