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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳5ヶ月 6



 帝都魔術学園(予定地)があるのは、我らが逆鱗邸から歩いて約五分ほどの場所でした。

 そもそも逆鱗邸が『人気(ひとけ)のない場所』をあてがわれたわけで、その近くにある建物もまた幽霊屋敷や廃墟、訳あり物件の多いこと……。


 私とボズラーさん、ログナお兄ちゃんとメルシアくんの四人が下見に訪れた帝都魔術学園(予定地)もまた、その例に漏れず……


「……ねぇ、ボズラーさん。ほんとにここなの……?」

「あ、あぁ。ここで間違いないはずだ……」


 私たちの目の前に建ちそびえるのは、嵐の夜に訪れれば百パーセント怪現象に遭遇できること請け合いって感じの洋館でした。

 そこまで古びた雰囲気ではありませんが、少なくとも数年は人の手による管理を離れていると思しき外観は、見る者を悪い意味で圧倒するものがあります。


「へぇ、おっきい家だな。イイとこじゃん」


 唯一この雰囲気に気圧されていないのは、生まれが貧乏村であるお兄ちゃんだけでした。たしかにうちの村のボロ屋に比べれば、まだマシかもしれないけどさぁ……

 お兄ちゃんの言葉に、貴族暮らしの私とボズラーさん、そして育ちの良さそうなメルシアくんが、一斉に表情を引きつらせます。

 そして何の気負いもなくさっさと屋敷に向かって足を踏み出すお兄ちゃんを先頭に、私たち三人も恐る恐る追従しました。


 窓の雨戸が閉ざされているせいで、屋敷の内部は昼でも不気味に薄暗くなっています。

 もしかしたら床に穴が空いてたり、そうでなくても釘とか尖った木片が転がっているかもしれないので非常に危険ですね。


 私はネルヴィアさんに貰った『翼を模した金色の首飾り』の、左から一枚目の羽根を下方向へ三〇度くらい回転させます。

 すると私の周囲が仄かに光を帯びて、屋敷をぼんやりと照らし出しました。


「わぁ、すごい! セフィリア様、それって光の魔法ですか!?」


 メルシアくんが瞳を輝かせて私に駆け寄ってきたので、私は「うん、暗くてあぶないから」と言って微笑みます。

 それから褒められて気を良くした私は調子に乗って、先ほど回した羽根をさらに下方向に回しながら、


「これの角度で、あかるさを調節できるんだよ」

「ええっ、呪文がいらないんですか!?」

「うん、いらないの」

「す、すごいっ! すごいですセフィリア様!」


 えへへ、そう? そんなにすごい? でへへ。

 身内以外にこんなに褒められることはあんまりないので、私は思わずデレっとした表情になっちゃいます。


 ネルヴィアさんに貰ったこの首飾りはなかなか凝った意匠をしていて、広げられた一対の翼から生えている四十八枚すべての小さな羽根が一枚ずつ角度を調整できるようになっているのです。

 そのギミックに目を付けた私が、また声を発せなくなるような事態になった時のために、微調整可能な四十八種類の魔法を生み出す魔導兵器へと魔改造を加えたのです。

 私はこれを、人知れず『神器シリーズ』と名付けています。


「ねぇ、お兄ちゃん! セフィリア様ってやっぱりすごいねっ!」


 興奮気味に頬を紅潮させたメルシアくんの呼びかけに、ボズラーさんは面白くなさそうに目を細めて、


「そーだな、すごいな。ほら、さっさと先行くぞ」

「あ、待ってよお兄ちゃん!」


 ふっふっふ。ボズラーさんめ、可愛い弟くんの関心を奪われて面白くないようです。


 あっ、お兄ちゃん! なんでどんどん先に進んじゃってるの!? なんのために私が光ってると思ってるのさ!

 私は小走りで追いかけて、お兄ちゃんの隣に並びました。


 それから私たちは一階を一通り見て回ると、今度は二階へ移動しようかということになりました。

 そしてお兄ちゃんズの二人がどんどん先へ進んでいく中、メルシアくんの「けほっ!」という咳き込む声に私は振り返りました。


「メルシアくん、だいちょうぶ?」

「あ、はい! 大丈夫です!」


 そのやり取りを聞いていたボズラーさんは立ち止まると、メルシアくんの傍まで引き返してきて、彼と目線を合わせるようにしてしゃがみこみました。


「無理するな。ここは空気が悪いしな。ちょっと休んでいくか」

「大丈夫だよ! ぜんぜん平気だもん!」


 メルシアくんはちょっとムキになったようにそう言うと、私の顔をチラリと窺いました。

 ……もしかして、自分のためだけに休憩をするのは迷惑がかかると思っているのでしょうか?

 メルシアくんって見るからに線が細くてか弱い感じだし、もしかして喘息持ちとかだったりするのかもしれません。あるいは風邪気味とか。


 なんにしても、貴重な常識人枠である彼に倒れられてしまっては、私の胃が保ちません。

 私は大袈裟に肩を竦めて見せると、


「じつは、わたしもつかれちゃった。メルシアくん、二階は二人に任せて、わたしといっしょに休も?」

「え……?」


 目を丸くするメルシアくんの答えは待たず、私はボズラーさんを振り返って、


「いい? ボズラーさん」

「ああ、悪いなセフィリア。弟を頼む」

「うん。ボズラーさんも、おにーちゃんをよろしくね」


 ボズラーさんは薄く微笑しながら頷くと、ちょっと離れたところで立ち止まっていたお兄ちゃんに「離れるなよログナくん。キミに何かあったら俺が殺されるんだ」と言って、手を繋いでいました。良くわかってるじゃないですか。


 そして私は、窓が開きっぱなしになっていて比較的空気の良さそうな部屋に移動すると、そこにあった安楽椅子をハンカチで拭いてから、メルシアくんを座らせます。

 するとメルシアくんが「セフィリア様もどうぞ!」なんて言いながら私を膝の上に乗っけてくれたので、私は笑顔でお礼を言いました。


 そのまま安楽椅子に揺られる私たちは、「はふぅ……」と溜息をついてゆったりと休みます。

 このお部屋は窓が大きくて明るいから、教室にするにはいいかもしれませんね。

 私は首輪の羽根を回して、身体の微発光を止めました。するとそれに気が付いたメルシアくんが、


「セフィリア様は、魔法でなんでもできるんですね」

「なんでもじゃないよ? 指定子がわかってて、数値がめいかくにそんざいするものしかあやつれないもん」

「……してーし? すうち?」


 あ、まずそこから教えなきゃいけないんでした。

 私は苦笑しながら、


「くわしいことは、授業でおしえてあげるね?」

「はいっ! よろしくお願いします、セフィリア様!」


 私の言葉に、メルシアくんは ふにゃっと笑いながら頷きました。

 メルシアくんは素直で良い子だなぁ。初対面でいきなり突っかかってくるくらい好戦的なボズラーさんとは、正反対の性格です。

 それに……


「ボズラーさんのこと、ケガさせちゃってごめんね?」


 お兄ちゃんを魔法で吹っ飛ばして病院送りにした私にここまで好意的なメルシアくんは、逆に心配になるくらい温厚すぎると思います。まぁ、そこは吹っ飛ばされた本人にも共通するところではありますけど。

 すると私のそんな言葉に、メルシアくんは慌てたように首を横に振りました。


「いえ、そんな! 御前試合はうちのお兄ちゃんから言いだしたことですから!」

「でも……」

「それに、あれはお兄ちゃんの逆恨みっていうか……本当なら、ぼくたちはセフィリア様にすっごく感謝しなきゃいけない立場なんですから」

「……え?」


 ニコニコと嬉しそうに微笑んでいるメルシアくんの言葉に、私は疑問を感じて思わず聞き返してしまいました。

 私に感謝? ボズラーさんとメルシアくんが?

 それに“逆恨み”って……? ボズラーさんが私に御前試合を申し込んだのは、私の実力に疑問を呈したからだったはずでは……


「それって、どういうこと?」

「……え? お兄ちゃんから何も聞いてないんですか?」

「う、うん」


 メルシアくんは意外そうに目を丸くさせていますが、こっちだって同じくらい驚いています。いったいどういう事なのでしょうか。

 するとメルシアくんは申し訳なさそうな表情になりながら、


「ごめんなさい。てっきりお兄ちゃんから話を聞いてるものかと……。でも、そうですね。うちのお兄ちゃんの性格からしたら、自分から言いだすってことはないかも……」

「えっと……?」

「セフィリア様、じつはですね。以前セフィリア様が―――」


 私をお膝の上に乗っけて抱いていたメルシアくんが、言葉を紡いでいる途中でピシリと固まって動かなくなってしまいました。

 不思議に思って、彼が震えながら見つめている方向へ私も目を向けると……


 ―――そこに、“ヤツ”がいたのです。


「ゴっ…………ゴ、ゴっ……!?」

「せ、セフィ、セフィリア様ぁ……!」

「お、おおおおちついてメルシアくん!?」

「いやでも、あっちにももう一匹!」

「ひぃぃぃ!?」


 安楽椅子に腰かけている私たちの足元に、黒くてテカテカしていてすばしっこくてヌメっとしてて意外と大きくて世界で最も気持ち悪い生命体が、カサカサと走り回っていたのです!!


 ぎゃああああっ!! 許されざる忌まわしくも冒涜的な生命体が這いずり回ってるぅぅぅ!!

 私の正気度が、一時的発狂も辞さない勢いでゴリっと減少しました!!


 メルシアくんは即座に両足を椅子の上にあげると、私をぎゅっと抱きしめます。その判断はじつに的確です。もしもヤツらが足を伝って登って来たりなんてしたら……!!


「せ、セフィリア様ぁ! 魔法で何とかなりませんか!?」

「いや、ええと、わたし、魔法で命はうばわないってきめてるからぁ……!」

「じゃあ、えっと、逃げたり、防御したりとか!」


 そ、そそ、そうだ、防御!!

 共和国での旅でお世話になった『絶対領域(アイアンメイデン)』なら、やつらの侵攻を防げます!

 私は震える手で首飾りに触れて、『絶対領域(アイアンメイデン)』が設定してある羽根をひねろうとしたところで……


 なんと名状しがたき不浄にして邪悪なる生命体が、その羽根を広げてフライアウェイ! 私たちのすぐ横を高速で飛行していきました。


「ひゃあああああああっ!?」

「わぁぁああああああっ!?」


 私たちの悲鳴がシンクロすると同時、二階の方からドタドタと激しい足音が聞こえてきて、十秒と経たないうちに部屋の扉が激しく開け放たれました。


「メルシア!!」

「セフィ!!」


 そして鬼気迫る表情の二人が、安楽椅子で抱き合って震える私たちと、それからその周囲に這い寄る悪しき深淵より出ずるが如き生命体を見た途端……彼らは同時に気の抜けた溜息を漏らしました。

 それからお兄ちゃんとボズラーさんが淡々とそれらを処理するのを、部屋の隅っこで震えながら見ていた私たち。


 どうやらちょうど二階部屋の確認は終わっていたようなので、それから私とメルシアくんは二人の背中を押して直ちに館の外に脱出すると、荒い息を吐きました。


「……セ、セフィリア様……大丈夫ですか……?」

「う、うん……メルシアくんこそ……」


 ボズラーさん曰く、この館は私たちが使う前にベオラント城のメイドさん達がお掃除してくれるそうなので心配は要らないとのことですが……

 しかしそれでも私は心配なので、メルシアくんと話し合って、私の魔法によりこの建物内部の気温を五度くらいに設定することにしました。これで奴らがどこかに行ってくれれば良いのですが……


 はぁ……まったく、寿命が縮んじゃいましたよ……


 ……あれ? さっき何か重要なお話をしていたような気がするんですけど……なんだっけ?



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