0歳9ヵ月 3 ―――泣き虫騎士ネルヴィア
私は現在、自宅の壁に背中を預けて親指を咥えながら、いかにも幼児ですと言わんばかりのアピールをしていました。
村の人たちにとっては、私が喋ったり歩いたりするのは日常茶飯事です。
うちの家族にとっては、私が魔導書を解読したり魔法を発動したりするのは日常茶飯事です。
しかし帝都から来たばかりの人にとっては、喋って歩けて魔法も使える赤ん坊というのはホラーでしかありません。
そう、帝都からはるばるうちの村を訪れた騎士様は、現在 私の家でご飯を食べていました。
「うちの村は男手がいなくなってから、余計に貧しくなってしまっていて……こんなものしかお出しできなくて、すみません」
「い、いいえ! とっても美味しいです! き、貴重な食材を、こんな、私ごときゴミカスに恵んでいただいて、もうしわけありませんっ!!」
お母さんの卑下に対して、光の速度でテーブルに額をこすり付けて陳謝する、自称ゴミカス騎士様ー――もといネルヴィアさん。
一体何があったんですかあなた……
ネルヴィアさんは今年で十六歳らしく、一応は成人しています。けれども、おっとり垂れ目が可愛らしい、まだ幼さの残る顔立ちをしていました。
信じられないくらい艶やかで眩しい金色の髪は、さながら金属と見まごうばかりの光沢です。……帝都にはシャンプーとかが売ってるのでしょうか?
ネルヴィアさんは村に到着してから一度も鈍色の甲冑を脱がず、腰に剣も差したままでいます。
お母さんが脱ぐように勧めても、激しく狼狽しながら頑なに拒否するばかりでした。
とはいえ、手甲とか肘当てがテーブルにぶつかってガンガン鳴ってるところを見ると、普段からこんな格好で生活しているわけではなさそうです。
この村に来てからずっと泣きそうな顔でおどおどしていることといい、どうやら彼女は何か『訳アリ』のようですね。
こんなに気弱で流されやすそうな性格の子ですから、バシュハル村長に会わせなくて正解でしたね。何を吹き込まれるかわかったものではありません。
本当ならネルヴィアさんは、村長の家で預かることになっていたそうです。
しかし残念なことに、現在 村長はまだ寝込んだままだそうなので、うちで預かることになったのです。
村長、大丈夫でしょうか。とてもとても心配です。
最初は騎士修道会の人間ということで警戒していましたが、どうにも悪事や奸計を働けるような性格には見えませんでした、
それならということで、私がお母さんに耳打ちして寄宿先として立候補してもらったのです。
……まぁ、もしもネルヴィアさんが油断ならない“裏”を持っていたとして、それならそれで手元に置いて動向を監視しておきたかったという狙いもありました。
赤ちゃんが相手なら油断しそうですしね。
それに、もし何かを企んでいるようなら、戦闘訓練を積んでいるであろう騎士様を始末できるのは私だけでしょうし。
私は魔法を習得してから、日々研究と研鑽を欠かしていません。
基本的に時間が有り余っている私が一ヶ月もの間、隠した爪を研ぎ澄まし続けているのです。
……と言っても、先日お兄ちゃんに『くれぐれも魔法で人は殺すな』と言われて、不殺の誓いを立ててはいますが。
どのみち私に人を傷つけるような勇気なんてありませんし、ですので攻撃魔法の練習もしたことはありません。
しかし、それも大切な人たちの危機となれば、話は変わってくるでしょうけどね。
なのでネルヴィアさんが本当に信用に足るかという見極めは、厳正に行わなければなりません。
私があどけない赤ん坊の表情を装った裏でネルヴィアさんを油断なく監視していると、不意に家の外から声がかかりました。
「ねぇ、マーシア~、ちょっと畑手伝って~!」
メリアーヌさんの声みたいです。どうやら以前、お母さんが畑を手伝ってあげてから味をしめたようですね。
お母さんは小さく溜息を吐くと「もう、わかったわよ」と言いながら玄関に向かいました。
そして一瞬私の方を見てから、ネルヴィアさんへと目を向けて、
「ごめんなさい、ちょっと外に出てきますね。何かあったら、向こうの畑か、近所の人に声をかけてください」
「えっ!? あ、あの、でも……!」
ネルヴィアさんは、当たり前みたいに出かけようとするお母さんと、親指を咥えてボーっとしてる私の顔を交互に見ます。
ああ、なるほど。私もお母さんも感覚が鈍っていましたが、よく考えたら乳児を置いて出かけるとか普通じゃないですね。
でもうちの村は結構いっぱいいっぱいなので、みんなで協力しながら食い繋いでいかないといけません。
私が普通じゃないというのは村公認の事実らしいので、お母さんも私を理由にサボるわけにはいきません。
帝都から派遣されてきた騎士様をほったらかして出かけるのはどうかと思いますが、じつを言うとお母さんには「折を見て彼女と二人っきりしてほしい」と言ってあります。
このメリアーヌさんからの呼び出しは、ちょうど良いと考えたのかもしれませんね。
「えっと……ごめんなさい、ネルヴィア様。ちょっとセフィのこと、よろしくお願いします」
「は、はい!? そ、それは困ります! 私、子供とか良くわかりませんし……! 何かあったら、せ、責任とれませんし……!」
「セフィは普通の子供じゃないので、大丈夫ですよ」
普通じゃないとか言いよったで、このお母さん。
いや、まぁ、事実ですけどね。
それにお母さんの親ばかっぷりも村公認レベルなので、この「普通じゃない」っていうのも良い意味で言っているというのはわかってますけど。
そして狼狽するネルヴィアさんを置いてけぼりにして、お母さんはメリアーヌさんに引きずられて行ってしまいました。
ちなみにお兄ちゃんはここ一ヶ月ほど、昼間は外で男の子たちと遊んでいるみたいなので家にはいません。
……家にいても私目当ての女の子たちが集まってきて居心地が悪いでしょうしね。
そのため、誰かがうちに遊びに来るまでのあいだ、この家にはネルヴィアさんと私の二人っきりとなります。
さて、ネルヴィアさん……あなたの人間性、見せてもらいましょうか。




