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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
159/284

1歳5ヶ月 3



 愕然とする私の反応なんてどこ吹く風といった感じに、お兄ちゃんとお母さんは何食わぬ顔で私の対面のソファに腰掛けました。いや、えっと、この世界ではどうか知らないけど、面接では座ってくださいと言われてから座るのがマナーだよ……?


 って、そんなこと言ってる場合じゃない!!


「なっ、なに!? なにやってるのおにーちゃん!? おかーさんまで!!」


 私がソファの上に立ち上がって叫ぶと、そんな私の反応など見越していたかのように、お兄ちゃんは淡々と口を開きました。


「なにか問題か?」

「問題ありまくりだよ! むしろ問題しかないよ!! おにーちゃん、まだ六歳なんだよ!?」

「セフィだってまだ一歳だろ」

「!?」


 一歳……? 一歳児が面接官!? 改めて他人の口からきくとすごいね!?

 私は前世で生きてきた年数も加算すると、余裕でお母さんよりも年上です。だから感覚的に、いくら身体が小さくても自分は“大人”なんだという気分が抜けないのかもしれません。


「お、おにーちゃん……騎士様になりたいんでしょ? だったら魔法なんていらないよ!」

「騎士にはなりたいけど、それじゃおそいんだ。もたもたしてたら、セフィがまたムチャをしちゃうだろ」

「え?」


 お兄ちゃんの言葉に、私は先月、約一ヶ月ぶりに帝都に帰ってきた時のことを思い出します。

 私たちが戻ると、帝都はそれはそれはもう大騒ぎになりました。帝都中の人たちが駆けつけてくれたんじゃないかってくらいの群衆に囲まれて、口々に「無事で良かった」とか「お帰りなさい」みたいな言葉をかけてもらったのです。嬉しいのとビックリしたので、ちょっと泣きそうになっちゃいました。

 そしてそんな中、お母さんとお兄ちゃんは人の波をかき分けるようにして私に駆け寄ってくると、苦しいくらいに私を抱きしめました。


 お母さんは何を言っているのかわからないくらいに泣いちゃっていて、そして珍しく、お兄ちゃんも涙ぐみながら私を抱きしめてくれました。

 魔法封じの首輪を嵌められた状態で、小さな馬車に子供四人だけで片道一ヶ月にもわたる異国への旅……そんなのに一歳児が出かけてしまったら、心配させてしまうのも無理ありません。

 それからというもの、お母さんもお兄ちゃんも、過度に私を心配するようになってしまい、まるで私を見張るかのように逆鱗邸に居着いてしまったのです。


 曰く、「セフィは放っておいたらどんな無茶をするかわからない」と。


 私は頭を抱えながら、なにやら決意に燃えているお兄ちゃんとお母さんに向き直ります。


「で、でも魔法のせんせいになれば、あんぜんなんだよ?」

「首輪を嵌められたのは帝都の中だったんでしょ?」


 すかさずお母さんが放った鋭い指摘に、私は「うぐっ」と言葉に詰まります。

 こ、今度は油断しないもん! みんなに秘密で行っている『神器』の開発も順調だし!!


 私がどうやって二人を言いくるめようかと必死に思考を巡らせていると、それまで沈黙を貫いていたボズラーさんが不意に、


「べつにいいんじゃねぇか? 魔法くらい教えてやってもよ」

「はぁ!?」


 その言葉に、私は思わずどすの効いた声を発してしまいました。

 ボズラーさんはかつての『湖割りの刑』を思い出したのかちょっと肩をビクリと震わせますが、


「お前の弟子には戦争で戦わせないって、陛下も仰ってたじゃねぇか」

「で、でも……魔法のおべんきょうをしてるときに、事故がおこっちゃうかもしれないし……」

「それは俺たちが気をつけてやれば防げるだろ。っつーか、それはつまりうちの弟だったら事故で吹っ飛んでも構わねぇってことか……?」


 ボズラーさんの怖い視線に、私は慌てて首を横に振りました。この人、目がマジだよ……。やだやだ、これだからブラコンは。


 私はお兄ちゃんとお母さんの表情をチラリと窺います。二人の目には決して譲るつもりのない決意が滲み出ているように思えて、これを覆すのは相当に難儀だと感じました。きっと私が何を言ったって、余計頑なになってしまうに違いありません。


 ……今から必死に勉強したって、お兄ちゃんが私より強くなるとは思えません。それは、アルヒー村で何度かお兄ちゃんやお母さんに魔法を教えようとしてダメだった経験から、二人も分かっていることでしょう。

 つまり魔法を操ったり、強くなることが二人の目的じゃなくって……単純に、私から目を離さないためという線が濃厚だと思います。

 だとするなら……


「もう、わかったよぉ……」


 私は不承不承、諦め混じりの溜息をついて頷きました。私のその言葉に、二人は目に見えて表情を明るくさせます。

 はぁ……せっかく二人の身を守るために、“家族離れ”を決意したのに……


 面接が終わってお兄ちゃんとお母さんが退室すると、私はぐったりとソファに横たわりました。

 そんな私を見たボズラーさんは愉快そうな表情を浮かべています。……なに笑ってんですか、また吹っ飛ばしますよ。


 私はしばらく休憩したいような気分でしたが、しかしすぐに扉がノックされる音が響き、その願いは無残に打ち砕かれることとなります。

 もっと平和的な面接になると思っていたのに、蓋を開けてみれば、面接に訪れたのは大司教様と謎の少女、ボズラーさんの弟、そして私のお兄ちゃんとお母さん……とんでもないメンツです。


 ゆっくりと開かれた応接室の扉を見つめる私は、「もう何が来ても驚きそうにないな……」などと考えていて……




 だからこそ、随分と育ちの良さそうな黒髪の少女を連れた“皇帝陛下”が入室してきた瞬間、心臓が口から飛び出さんばかりに驚愕したものでした。




「……? ……!? ……ッッッ!!!??」


 完全に石と化した私とボズラーさんに構わず、黒髪の少女と、それからなぜかいつもと髪型や服装がちょっと違うヴェルハザード皇帝陛下が、私たちの対面に着席しました。

 そして陛下は、非常に真面目くさった表情で、


「お初にお目にかかる。余はサードヴェル・ラントベオ。通りすがりの商人だ」


 ……は?


「いえ、その……陛下ですよね? ヴェルハザード皇帝陛下……」

「違う。余はそのような男ではない。通りすがりの商人、名はサードヴェルだ」


 いや、通りすがりの商人は“余”とか言わないし……名前も超適当だし……


 私は困り果てて、傍らのボズラーさんに視線で助けを求めます。

 しかしボズラーさんも顔色を真っ青にさせて私に困惑の表情を向けるだけで、この状況を打破できる手札を持ち合わせているようには見えません。


 私は再び陛下に視線を戻して……うわっ! なにその「まったく変装に気づかぬであろ?」みたいな得意げなドヤ顔!? 超ムカつくんですけどっ!! バレバレですってのー!!

 ああもう! お忍びで来るつもりなら、せめてもっと本気でお忍んでくださいよ!! お目付け役のセルラード宰相はなにをやっているんですか!?


 私が内心で悶々としている間に、自称・通りすがりの商人さんの傍らで静かに微笑みを湛えていた少女が、ゆったりとソファの背もたれに体重を預けて、子供らしからぬ妖艶な仕草で足を組みました。


「ククク……こうも早く叔父上の正体に勘づくとは、なかなかやるようね……」


 見た目には十歳前後にしか見えないその少女は、しかし年齢に不相応な落ち着き払った声色と口調でした。

 ……そして陛下のガバガバ変装に違和感を抱いていない辺り、この娘もなかなかのド天然さんみたいです。


 って、そんなことよりも重大なことを言いませんでしたか、この子!?


「お、おじうえ……?」


 私が動揺も露わに呟いたその言葉に、少女は黒く艶やかなショートヘアをさらりと耳にかけながら微笑みました。


「ええ。私の名は、ヴィクーニャ・ベスタ・ベオラント。皇位継承権第一位にして、大公女……」

「おい、ヴィーニャ」

「……というのはもちろんジョークで、本当は通りすがりの商人の娘、ヴィクーニャ・ラントベオよ」


 うっわー今ちょっとドギツいジョークが聞こえた気がするなー皇族(ロイヤリティ)ジョークかなー?


 私はもう一度ボズラーさんの表情を窺うと、すでに彼は真っ白に燃え尽きていました。うん、気持ちはわかるよ。でもお願いだから私を一人にしないで?

 自称・通りすがりの商人の娘さんに、私は引き攣った笑みを浮かべました。


「ええっとぉ……ヴィクーニャさん……様は、どうして、その、こちらへ?」

「無論、勇者である貴方に魔術の教えを乞うためよ。クク……喜びなさい。この偉大なる通りすがりの私に教えることができるなんて、とても名誉なことよ」


 そんな名誉は通りすがってほしくなかったなぁー! お願いだからそのまま通り過ぎてってくれないかなぁー!!


 しかしこの傍迷惑なロイヤル通りすがり共は、ばっちりこの場に居座るつもりのようです。面接官を目の前にして二人とも足を組んでふんぞり返ってるのが良い証拠……

 こいつらの辞書に“謙譲”の二文字は無いみたいです。


「さて、叔父上。顔見せもしたし、そろそろ帰るとしましょう」

「うむ。面接は十分にしたことだしな」


 は? いやいやいや! なに言ってるんですかこの人達!?

 私はごく一般的な社会人の観点から思いっきりツッコんでやりたい衝動に駆られましたが、そんな私の腕をボズラーさんが密かに掴んで止めたことで、我に返りました。

 そ、そうです。このまま帰ってくれるなら万々歳じゃないですか。是非ともお帰り下さい、通りすがりの商人さんとその娘さん。

 いやぁ、もしも皇帝陛下と大公女(プリンセス)だったら合否判定に迷うところですけど、通りすがりの人たちだしなー。この傲岸不遜で常識外れな面接態度を見て、公平な審判の下に不合格を言い渡しても仕方ないですよねー?


 私は立ち上がる二人に、「さぁ帰れ すぐ帰れ 速やかに帰れ」と念を送ります。

 するとそんな私の邪な想念に気が付いたのか、ヴェルハザード陛下……もとい、通りすがりのサードヴェル商人は去り際にチラリと振り返ると、


「わかっているな、セフィリア?」

「……え?」


 な、なんですか……? わかりません、ちっともわかりませんよ。私と陛下は以心伝心できるような親しい間柄じゃありませんからね? 全然ちっとも、陛下が何を期待しているのかなんてわかりません。


 あっ! じつは今回の面接は、この困った姪っ子ちゃんの我儘で仕方なく付き添っただけで、大公女に魔法を教えさせるわけにはいかないので『絶対に落とせ』という意味の「わかっているな」でしょうか?

 お任せください陛下! 不肖セフィリア、必ず姪御(めいご)様を不合格にしてみせます!


 ふふん、皇帝だからって、なんでもかんでも思い通りに事が運ぶと思ったら大間違いですよ!


 皇帝なんかに絶対負けたりしない!




わかっているな(・・・・・・・)?」

「…………は、はい……」




 皇帝には勝てなかったよ……


 力無くうな垂れる私を満足げに見やった陛下は、姪のヴィクーニャ姫を引き連れて部屋を去っていきました。

 後に残された私とボズラーさんは、半ば放心状態で嵐の余韻を噛みしめながら、


「……どうするの、これ……」


 切実な呟きを漏らすことしか、できないのでした。


 どう足掻いても、全員に合格を言い渡すことを強いられているような絶望的な面接……




 ……セフィ知ってるよ。こういうの、圧迫面接って言うんでしょ……?





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[一言] 圧迫面接(逆方向)(≧▽≦)
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