1歳5ヶ月 2 ―――悪夢の面接
陛下のお話によると、今回私に師事したいなどと申し出てきた物好きな希望者は四人とのことです。
まぁ、ただでさえ一般の人にとって魔術師っていうのは超エリート……前世の日本で言ったら弁護士みたいな職業ですからね。いきなり募集をかけられたって、素人がおいそれと冒険気分で飛び込んでいける業界じゃありません。しかも軍人ですし。
それに加えて、教師がこの“逆鱗卿”となってはハードルが高すぎるというものでしょう。
むしろ、よくもまぁ四人も希望者が集まったものだと感心してしまうくらいです。
というわけで、その四人を私が面接して、魔法を教えても大丈夫だと判断した人を弟子として取ることになるわけです。
面接室は、逆鱗邸の談話室。そこで私とボズラーさんが腰掛けて待つところへ、保護者同伴の魔術師志願者がやってくる運びとなっています。
わぁ~、前世では人事に関わったことなんてないから、面接官なんて初体験です。どきどき。
「それでは、さいしょのかた、どうぞ~」
私が扉の外へ呼びかけると、ご丁寧にも扉がノックされてからゆっくりと開きました。
扉の向こうから姿を現したのは、セミロングの明るい茶髪をした可愛らしい女の子でした。
見た目は小学校高学年か、あるいは中学生くらい。見覚えのある修道服に身を包んだ姿から、彼女が勇者教の騎士修道会に所属している修道士であることが窺えます。
彼女はなぜか私の顔を見た瞬間、なんと言えばいいのか……恍惚といった感じの、どうしようもなく嬉しそうな表情になりました。……なんで?
そして、その少女の背後から現れた保護者というのが……
「失礼いたします。ご無沙汰しております、勇者様」
「ク、クルセア司教!?」
女性的な体つきを修道服で覆い、金髪を短く切りそろえた若い女性。
騎士修道会 強硬派『明星の百合園』の最高指導者にして、現在では穏健派の『待ちわびぬ久遠の宿』の最高指導者も兼任する、騎士修道会における実質の最高権力者……クルセア・リリーダ・ズスタック大司教です。
今日は教会部外者がいるためか、普段のおっとりぽわぽわした口調は引っ込めて、指導者然とした威厳のある口調でした。
ご無沙汰してるって言ったって、イースベルク共和国への旅から帰ってきてからもクルセア司教のところには顔を見せに行っているので、そんなに久しぶりって感じはしませんけども。
とはいえ普通の人はなかなか接点のない権力者であることには違いないわけで、私は隣に座るボズラーさんの表情を盗み見ると、彼はあんぐりと口を開けて驚愕を露わにしていました。
女の子を引き連れたクルセア司教が私たちの対面に移動してきたので、私は「おかけください」と促して彼女たちをソファへ着席させます。
そして私が、恐らくは今回の参加希望者であろう少女に目を向けると同時に……なぜかクルセア司教が、
「この子は最近帝都に越してきた修道士で、名前をリスタレット・プリスタッシュと申します」
え、ああ、そうですか。自己紹介は本人にしてほしかったんですけど……
クルセア司教に紹介された少女・リスタレットちゃんは、なぜかずっと私の顔を、瞬きすらせずにひたすらジーっと見つめ続けていました。この部屋に入ってからずっとなので、もしかして私の隣にボズラーさんがいることにすら気が付いてないんじゃないでしょうか?
え、えっと、緊張してるのかな……?
私はリスタレットちゃんと目を合わせながら質問をします。
「ではプリスタッシュさん。あなたはどうして魔術師になりたいんですか?」
「彼女はあまり荒事には向かない性質なのですが、それでも人族の危機に際して帝国のお役に立ちたいと考え、魔術師を志願しているのです」
思いっきりリスタレットちゃんに向けた質問だったのに、またもクルセア司教が代わりに答えてしまいました。
「……えっと……じゃあ、魔術師になれるなら、どんな魔法をつかいたいですか? プリスタッシュさん」
「彼女は常々、勇者様の『敵を殺さずに無力化する』という姿勢に強い感動を示しておりますので―――」
「ちょ、ちょっとまって! なんでさっきから、クルセア司教がぜんぶこたえちゃうんですか!? わたし、プリスタッシュさんにしつもんしてるんですけど!!」
私はついに我慢しきれずに口を挟んでしまいました。
そしてそんな私の言葉を受けたクルセア司教は悪びれもせずに、
「申し訳ございません。どうにも彼女は口下手でして、彼女の人柄が誤解なく勇者様に伝わるものか不安なのです。この子は昔から誤解されやすいことで悩んでおりますので、私が彼女の言葉を代弁させていただいております」
な、なんかクルセア司教がニコニコしながらそれっぽいこと言ってるけど、すっごい胡散臭い……
私はリスタレットちゃんがどんな人物かを知りたいのに、それをクルセア司教が全部代弁しちゃったら、口下手だという彼女が喋るよりもさらに彼女のことがわからなくなってしまいます。
な、なんとかしてリスタレットちゃんに喋ってもらわないと。
「あの、プリスタッシュさん? あなたのゆめはなんですか?」
「彼女の夢は、やはり勇者様のお役に―――」
「クルセア司教!? おねがいですからちょっとだまっててもらっていいですか!?」
とまぁ、リスタレットちゃんとの面接は終始こんな感じで、彼女が喋るべき内容をすべてクルセア司教が代弁してしまいました。おかげでリスタレットちゃんに関する情報は数多く手に入りましたが、リスタレットちゃんの人柄とか性格は、まったくわからずじまいです……
結局そうこうしているうちに時間が来てしまい、私が最後に「……ではさいごに、しつもんはありますか……?」と訊くと、当たり前みたいな顔をしてクルセア司教が挙手しました。もう好きにしてください。
私に「……どうぞ」と促されたクルセア司教は、にっこりと微笑んだまま、
「以前、道の真ん中で勇者様が泥をぶつけられたことは記憶に新しいですね」
「え……? は、はぁ……」
え、何? いきなり何ですか? 質問は?
「思えば勇者様が正式に『勇者』という立場となったきっかけも、あの一件から端を発したわけです。あれがあったからこそ、今や勇者様は帝都において絶大な人気を誇り、盤石の地位を確保していると言っても過言ではありません。私も騎士修道会の一員として、その記念すべき素晴らしい瞬間に立ち会い、そして協力できたことを嬉しく思います」
…………。
えっ、これってもしかして「あの時協力してやったんだから借りを返せや」って言ってますか!?
ちょ、ええっ!? そんな堂々と言ってきますか!? コネ入学ってレベルじゃねぇ! それはちょっと力ずくにも程があるでしょうに!?
人を操ることの得意なリルルでさえ操れなかったクルセア司教が、そこまでして私に押し付けようとしてくるリスタレットちゃんって何者なんですか!? 超怖いんですけど!!
しかもそんな非合法ギリギリみたいな、限りなく黒に近いグレーな手段を使ってくるってことは、この子が普通に面接したら間違いなく落とされるって確信してるからですよね!? やだやだ! 絶対弟子に取りたくないっ!!
私に演技指導を施して勇者に仕立てあげてみせたこともあるクルセア司教が、リスタレットちゃんには『一切喋らず座ってろ』と指示を出して強引に黙らせてるんですよね!?
あなた全然この子を制御できてないじゃないですか! そんな子を私に押し付けないでくださいよー!!
しかし青ざめる私に対して、クルセア司教はにっこりと柔らかく微笑んだまま、意味深な視線を私に向けてきています。
私は助けを求めるように隣のボズラーさんに目を向けますが、彼はクルセア司教が仕掛けてきた半分脅迫じみたアプローチには気が付いていないようでした。使えない!
私は悩んだ末に、思いっきり視線を泳がせながら「そ、そのせつは、どうも……」とだけ呟きます。
クルセア司教は「いえいえ、勇者様のお役に立てたこと、光栄に思います」とか恩着せがましい追撃を仕掛けてきました。逃げ場がなーい!!
その後、私は面接修了を告げて、クルセア司教とリスタレットちゃんをなんとか部屋から追い出しました。
私はドッと疲れてソファに横たわると、口から出て行っちゃいそうな魂を辛うじて肉体に繋ぎ留めます……
やだぁ~……あの子絶対取りたくなーい……
しかし現実は非常です。もしもあれだけ猛プッシュされたリスタレットちゃんを不合格にしようものなら、クルセア司教にあとで何を言われるかわかったものではありません。あの人は、帝都において敵に回しちゃいけない人ランキングの上位に食い込むような女性なのです。
それに私がお世話になったというのも本当ですし、彼女が助けてくれなかったら私は今も帝都中から敵視されていたかもしれませんし、リルルの謀略も上手くいって、私は帝都から追い出されていたかもしれません。
……クルセア司教のことは普通に好きだし、これくらいの『お願い』は聞いてあげたいところですけど……でもなんか怖い! “見えてる地雷”どころか、地雷に可愛らしいデコレーションまで施されて「さぁ、踏んでどうぞ★」とでも言われているかのような状況!
一気にげっそりしちゃった私に、ボズラーさんが「なぁ、今の……」と何かを言いかけたところで、続いて入り口の扉がコンコンとノックされる音が響きました。
ぎゃー! ケイリスくん、もう次の人案内しちゃったの!?
私は慌てて姿勢を正して「ど、どうぞ!」と上擦った声を発すると、扉がゆっくりと開いて、その隙間から“ちょこん”と可愛らしい顔が覗きました。
「あれ……? もしかして、メルシアくん?」
私が思わず訊ねると、扉から半分だけ顔を出していた小学校低学年くらいの少年は、パッと表情を明るくさせて室内に足を踏み入れました。
柔らかそうなふわふわとした銀髪に、人懐っこそうなクリッとした青い瞳。
色白で線が細く、触れたら壊れてしまいそうな儚さを感じさせるその少年は、目を丸くする私と、それから私の隣に座るボズラーさんを見ると、安心したように ふにゃっと表情を綻ばせました。
「えへへ……覚えててくれたんですねっ、セフィリア様!」
「うん、もちろん!」
私はチラリとボズラーさんに視線を向けると、彼はおもむろに立ち上がってテーブルを回り込むと、ちょこちょこ歩いてきたメルシアくんと一緒に並んで、私の対面に腰を下ろしました。
まぁ、そりゃそうでしょうね……メルシアくんの保護者は、ボズラーさんなのですから。
「えっと、あらためて自己紹介しますね。ぼくは“メルシア・トロンスター”。騎士修道会で、修道士をやってます。あと、いつも兄がお世話になってます」
ご丁寧にぺこりと頭を下げたメルシアくんに、ボズラーさんは不機嫌そうな表情で「べつに世話にはなってねぇよ」とぼやきました。
……そう、彼―――メルシアくんこそ、このボズラーさんの唯一の肉親にして、実の弟なのです。
そんなメルシアくんと私がなぜ面識があるのかと言うと、それは以前、私がボズラーさんの病室に何度か足を運んだ際、兄のお見舞いに来ていたメルシアくんと偶然鉢合わせたことがあったためです。
ボズラーさんを病院送りにした張本人である私は非常に気まずい思いをしながら挨拶をしたのですが、そんな私にメルシアくんは気を悪くするでもなく、笑顔で挨拶を返してくれました。
思えばボズラーさんの私に対する態度が軟化したのも、その頃からだったように思います。もしかしてメルシアくんがお兄さんに口添えでもしてくれたのでしょうか?
メルシアくんはちょっと前のめりになるような勢いで、
「ぼく、お兄ちゃんに教わって、ちょっとだけなら魔法も使えます! ……ほ、ほんとに、ちょっとだけですけど……」
途中から勢いが失速して、後半は消え入りそうな声色でしたが……しかし彼の言葉に、私はとても驚きました。
まだ小学生低学年ほどの年齢で、少しとはいえ魔法を使えるとは大したものです。私の知る限り、転生者である私や年齢操作されたクリヲトちゃんを除けば、最年少の魔術師であると言えましょう。
まぁ、現時点では本人の言うように、使える魔法の効果も微々たるものなのでしょう。メルシアくんが男爵位を叙爵したという話は聞きませんからね。
しかし基本がある程度できているとなれば、伸びしろも十分に期待できます。何度かプライベートでお話しもしているのでメルシアくんの温厚で素直な人柄も知っていますし、才能も十分。言う事なしですね。
一つだけ気がかりなことと言えば……
「メルシアくんが魔術師になるのは、ボズラーさんとしてはいいの?」
「本人がなりたいって言ってんだ、好きにさせるさ」
わりと冷たい感じに言い放ったボズラーさんですが、しかし彼らの兄弟仲は決して悪くありません。むしろかなり良好なくらいです。
先ほどメルシアくんが、訊いてもいないのに魔術の心得があると言い出したのも、きっとボズラーさんの入れ知恵でしょう。私が魔術師を育成する『成果』を欲しているのを知っているボズラーさんが、ならばとメルシアくんに「少しでも魔術を使えると言っておけば得だ」とでも吹き込んだに違いありません。つまり、この件はボズラーさん公認ということでしょう。
面接官である私の事情を知っているボズラーさんの入れ知恵っていうのは、若干ズルいような気もしますが……まぁ、それがなくてもメルシアくんなら大歓迎です。きっと彼なら、間違ったことに魔術を使ったりはしないでしょうし、他人の命を奪うなんてことも絶対にしないでしょう。
私は、ちょっと緊張の色が見えるメルシアくんに微笑むと、
「ふふっ。メルシアくんは合格だから、あんしんしていいよ」
「えっ! ほんとですか!?」
パァっと表情を明るくさせるメルシアくんとは対照的に、ボズラーさんはちょっと眉を顰めて、
「おい、合否通知は後日じゃねぇのか?」
「うん。だから、みんなにはナイショだよ?」
私がそう言ってウインクしてみせると、メルシアくんは「はぁい」と返事をしながら ふにゃっと微笑みました。
それから時間まで軽く雑談してから、メルシアくんにはお帰りいただきました。
あーもう今回の合格者はメルシアくんだけでいいんじゃないかなぁー。一組目の人たちは無かったことにできないかなぁー。できませんよねぇー。
っていうか、ヴェルハザード陛下はどうやって募集をかけたんでしょう? 大々的に募集をかけたってことはなさそうですし、めぼしい人だけに声をかけたのでしょうか?
となると、次なる三人目はどんな人になることやら。
お願いですからまともな人を……と私は神頼みしてみますが、良く考えたら私こそが勇者教の現人神みたいなものでした。夢も希望もありません。
打ちひしがれる私をよそに、扉をノックする音が響きました。次の人が来たようです。
気を取り直して、しっかりしなくちゃ……! と、私が自分の頬っぺたをぺちぺち叩いて喝を入れたところで、応接室の扉が開きます。
そしてその奥から現れた人物を見て、私はあまりの衝撃に凍り付いてしまいました。
蜂蜜のように濃厚な金髪に、厭世的な鋭い目つき。
小学校上がりたてくらいの姿をしたその男の子は、女子中学生のような少女を引き連れて、ぺこりと頭を下げました。
「しつれいします。アルヒー村からきました、ログナです」
何やってんのお兄ちゃぁぁああああああああんっ!!?




