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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳5ヶ月 1 ―――新たな任務



 エルフ族の問題児・リルルの謀略によって呪いの首輪を嵌められた私が、自らの“声”を取り戻す旅に出たのが二ヶ月とちょっと前。

 つまり一ヶ月以上にも及ぶ長旅から帰ってきて、今日で三週間ほどが経っていました。


 帝都に戻った私は、ヴェルハザード陛下に長旅を(ねぎら)われ、しばらくの休暇を頂いていました。聞くところによると、どうやら私がプラザトス防衛戦で派手に暴れたせいで、魔族たちの間で『人族ヤベェ』という風潮が広まったらしく、戦線が一時的に鎮静化しているのだとか。

 まぁ元々私の任務は帝都の防衛ですから、魔族の侵攻が無ければほとんど仕事なんてないわけで、休暇なんてあってないようなものですけどね~。


 そんなわけで私はこの三週間、ネルヴィアさんのためにとあるアイテムを設計したり、レジィといっぱい遊んであげたり、ケイリスくんのために魔導家電シリーズを造ってあげたり、ルローラちゃんに帝都を案内してあげたりといろいろしていました。ちなみにエルフ族を帝都に入れるのは、意外とスムーズでした。もうずっと獣人を引き連れてますからね……エルフ族くらい今更でしょう。

 前世の私は仕事しかしてなかった時期が長かったので、『働かない』をモットーに生きていても、仕事が無いと落ち着かないんですよねぇ……。私は仮にも軍人なので、仕事が無いのは良いことなんですけど。


 しかし休暇を終えた私は本日、ベオラント城へ呼び出しを受けていました。


 いつものようにネルヴィアさんに抱っこされながらお城の前まで運んでもらって、そこからは私一人で歩いて行きます。

 かつては苦労したお城の階段も、体重減算の魔法がある今となってはさしたる脅威でもありません。ふっふっふ、私は常に成長し続けているのだよ。

 ぴょんぴょんと階段を軽やかに飛び越えると、私はすぐに目的の部屋の前へと辿り着きました。


「陛下、セフィリアです。よろしいですか?」


 私が扉をノックしながら声をかけると、室内から厳かな声色で「ああ。入れ」と聞こえてきます。

 それと同時に、目の前の扉が勝手にガチャリと開くと、内側に向かってゆっくりと開きました。見るとそこには、赤みがかった金髪と端正な顔立ちを備えた青年が立っています。


「あれ、ボズラーさん?」

「おら、さっさと入れ」


 ボズラーさんは綺麗な青い瞳を細めると、キザっぽい仕草で髪をかき上げました。

 いつぞやの御前試合で私と戦った彼は、魔法で吹き飛ばされて湖を縦断するという憂き目に遭って負傷。全治四ヶ月を言い渡されて、最近までずっと入院していたのです。

 さすがに申し訳ないと思った私は、何度か彼の病室にお見舞いに行ったりしていました。最初はかなり警戒されたり追い返されたりしていましたが、今ではそこそこ話をしてくれる程度には和解しました。


 でも、どうしてボズラーさんがここに? 今日のお話に、ボズラーさんも関係あるのでしょうか?


 私はとりあえずボズラーさんが開けてくれた扉から室内に入ると、執務机に腰掛けていた黒髪の男性―――ヴェルハザード皇帝陛下に跪きました。


「『逆鱗(シャータン)』のセフィリア。参上しました」


 私の名乗りを聞いて、陛下は「む……」と小さく声を漏らしました。

 何かと思って私が勝手に顔を上げると、陛下は少し驚いたような表情で、


「……貴様が『二つ名』を名乗ったのは、初めてだな」


 あー、言われてみれば確かに、帝国で『二つ名』を名乗ったのは初めてかもしれません。

 私はちょっと照れくさいような気分になって目を逸らしながら、


「クルセア司教に『シャータンドラゴン』について聞いたので……」


 当初、私はこの二つ名に“荒れ狂う激怒”みたいな意味しかないと思っていました。だから私のちょっぴり怒りっぽい性格を揶揄(やゆ)した二つ名なのだと思って、反発していたのです。

 しかし勇者教の伝説の中で、シャータンドラゴンは理由もなく暴虐の限りを尽くすようなドラゴンではなかったということを知ってからは、認識を改めました。

 ……それでも、仮にも勇者ということになっている私に付けるべき名前ではないと思いますけど。

 陛下は静かに頷くと、


「唯一、人族に味方をし……そして唯一、涙を流したとされる魔竜だな」


 心なしか穏やかな表情になった陛下が、そんなことを呟きます。

 ……まぁ、その優しさが神話の最終局面で、惨劇の引き金となったのですが。


「無論、『逆鱗(シャータン)』が持つ意味は“逆上”などが一般的だ。貴様は自分個人に対する悪意に無頓着だからな。それに侮られやすい外見ということもあった。この恐ろしい名が、貴様を守ってくれることを期待したのだ。……結果としては、裏目に出てしまったようだが」

「いえ。そのお気持ちだけで、うれしいです」


 それに実際、この恐ろしい二つ名のおかげで恐れられて、守られていた面もあると思いますしね。結果論では何とでも言えますし、どうしたほうが最善だったのかなんてわかりません。

 私が素直な気持ちで感謝を述べると、陛下は目を伏せながら腕を組んで、咳払いを一つしました。


「さて、では本題に入るとしよう。貴様に与える新たな任務についてだ」


 ……新たな任務?

 私が目を丸くして首を傾げると、陛下は狼のように鋭い黄金の瞳で私を射抜きました。


「セフィリア……貴様には、魔術師の育成を行ってもらう」


 えっ!? 魔術師の育成!? なにそれ! なんで!?

 いえ、前線送りとかじゃなければ万々歳ではあるんですけど……もしかして前線で魔術師として戦う事で、他の魔術師に戦い方を教えてやれとか言うんじゃありませんよね!?


「あの……それって、どこで……?」

「基本的に場所は指定しない。貴様が最適と思う場所で構わん。それこそ、貴様に与えた屋敷や、アルヒー村でもな」


 ええーっ!? ま、まじですか!?

 じゃあ完璧に安全な環境で、生徒にじっくり魔法を教えてあげればいいんですか? なにそれ天国じゃないですか。こちとら前世では死にそうな激務を抱えながら新人教育も平行してこなしてたんですよ? 教育だけに専念できるとかチョロすぎですよ!


 あっ……でも社会人として、絶対に聞いておかなければならないことがあります。


「えっと、いつまでに?」

「教育の期限も特に定めてはいない。というより、現状魔術師の育成は非常に困難を極めている。実戦レベルの魔法を多彩に使いこなす魔術師というのがそもそも圧倒的に少ないのでな」


 うーん、そういえばボズラーさんも、風魔法が得意とか言いながら、そんなに大した威力じゃありませんでしたしね。

 私がボズラーさんを横目で盗み見ると、彼は「……なんだよ」と目を細めました。べっつにー?


 あれ? そういえば……


「あの、『魔導師』になる条件って……」

「うむ。魔術師を育成することができ、かつ実績のある魔術師を、魔導師と定めている」

「……ということは」

「そうだ。貴様は実績も十分すぎることだし、この任務で一定以上の成果を残せば、貴様を正式に『魔導師』として認定するつもりだ」


 おおっ!! ついに私が四人目の魔導師様に!?

 いえ、まぁ私の当初の目的からすれば今の地位でも十分すぎるくらいなのですが、それでも爵位の中で最上位である公爵位を持っていれば、何かと便利なことも多いはずです。……面倒事も増えるかもしれませんが。

 なによりお母さんが超喜びそうですしね。絶対一ヶ月くらいは会う人みんなに自慢しますよ。


「ちなみに、それがおわったら……?」

「この任務が終わったら……というより、この任務の間も継続して、帝都防衛に専念してもらう。貴様の教育や指導能力が優れていれば、引き続き帝都で魔術師の育成に携わってもらうことになるだろう」


 つまり、立派な魔術師を育てられれば、私は帝都で魔法先生としてずっと引き籠っていられるってことですか!?

 え、なんで急にそんな美味しい話が持ちかけられるんですか!? 何かの罠!? 何を企んでるんですか陛下! くっそぅルローラちゃんについて来てもらえば良かった!


 う~ん……働きたくはないですけど、生徒さんには基礎さえ教えちゃえば あとは勝手に研究してもらえばいいし、そしたら私はほとんど働かなくて済むはずです。

 なんせ前世で私が受けた新人研修なんて、ボロボロのテキストをポンと渡されて「ま、わかんなかったらテキトーにググって」でしたからね。現実なんてそんなもんですよ。

 つまり一度テキストを作成してしまえば、それを何年も使いまわしてしまえばいいわけです。なんてチョロ素晴らしい!

 ……あ、でもそれだと教えるのが私じゃなくても良くなっちゃうのか……じゃあテキストは「秘伝のタレ」みたいに隠しておかないと。企業秘密は大事。


 ほとんどの面において、この任務は私にとって都合の良すぎるものでした。

 ただし、どうしても私にとって譲れない一線は提示しておく必要があります。


「へいか。ふたつだけ、約束してくれますか?」

「なんだ?」

「ひとつは、おしえる人は、わたしがえらぶということ。もうひとつは、わたしのそだてた魔術師に“殺し”はさせないということです」


 魔法というのは、形のない兵器のようなものです。

 しかも不思議なもので、“簡単な魔法ほど殺傷能力が高い”という特性があります。


 わざわざ長ったらしく呪文(プログラム)を構築しなくたって、物質量をゼロにして消滅させてしまえばどんな生物だって即死させることができます。それこそ、あれだけ私たちが手こずったドラゴンでさえも。

 まぁ、普通の魔術師にとってはそう簡単な話ではないのでしょうが……それでも危険な力には違いありません。


 すぐ頭に血がのぼる私が言えたことではありませんが、こんな凶悪な力が身体検査にも引っかからないとなれば、それが敵に回った時には恐ろしい惨劇が引き起こされることでしょう。

 だからこそ魔法を教える相手は生い立ちや人柄を吟味して、慎重に選ばなければなりません。


 そして私はお兄ちゃんと、魔法で人は殺さないと約束しています。

 厳密に言えばその約束に抵触はしないのですが、それでも私が教えた魔法で誰かの命が奪われるのは良い気持ちがするものではありません。

 たとえ間接的にでもなるべく命は奪いたくありませんし、私の教育によって普通の人間を殺戮兵器にしてしまいたくはありません。

 だから私の育てた魔術師には戦争に参加してほしくありませんし、最悪でも後方支援に留めてほしいのです。


 と、そういった私の思いなど最初からわかりきっていたかのように、ヴェルハザード陛下は薄く笑いながら頷いて、


「貴様ならばそう言うと思っていた。案ずるな、悪いようにはしない。その二つの約束、必ず守ると誓おう」

「へいか……」

「じつは既に魔術師候補は何人か見繕っている。その中から、貴様が適当だと思う者を一人以上選ぶがよい」


 なるほど。まぁさすがに街中を歩いている人にいきなり魔術師になれなんて言えるわけありませんし、あらかじめ募集をかけていたのでしょう。

 私の事情や人柄を知っている陛下の人選なら不安はありません。この狼のような皇帝陛下はドSですけど、信頼できる良い人ですからね。


「そう遠くないうちに希望者を集め、面接を行うとしよう。選定方法や基準、それから教育開始の日程などはすべて貴様に一任する」

「ありがとうございますっ!」


 何から何まで私に裁量権をくださるなんて……そんなに私を信用しちゃって大丈夫なんでしょうか?

 いえ、その信頼に応えてやるぞって意気込みじゃないと! よぉし、頑張るぞ!


 ……あれ?


「あの、ところで……どうしてボズラーさんが、ここに?」


 ここまで全く私たちの話に参加せずに、私の斜め後ろで突っ立っているだけのボズラーさんを私は振り返ります。

 すると陛下は「うむ、そのことだが……」と前置きした上で、


「今回の任務には、そのボズラーを貴様の目付け役とすることにした。教育を行う場所はどこでも構わないと言ったが、どこで行うにしてももれなくボズラーがついて来るものだと理解せよ」

「えええーっ!?」


 私は叫びながらも、ボズラーさんに非難がましい視線を送ります。

 どこにでもついて来るってことは、もし私の屋敷を教室にしちゃったら、ボズラーさんがずっと私の家に常駐しちゃうってこと!? そんなのヤダー! 絶対落ち着かないもん!


「セフィリア。貴様は何かと余の想定外の行動をするからな。今回、病み上がりでしばらく前線復帰ができないボズラーに監視させることにしたのだ」

「そ、それならほかの人でも……たとえば、ケイリスくんとか」

「セルラードの奴に聞いたが、今のケイリスは貴様に対して非常に好意的だそうではないか。貴様の他の仲間もそうだが、あまり貴様に好意的な者では監視役としては不適格だろう」


 うぅ……反論の余地がない……

 それに多分、私の教育風景をボズラーさんに見させて、あわよくばボズラーさんのスキルアップとかも狙ってるんだろうなぁ。だとすればここでゴネても心証を悪くさせるだけか。


 むぅ、仕方ないなぁ。まぁボズラーさんのこと嫌いってわけじゃありませんし、彼はプライドが高いだけで基本的には良い人です。

 実質無期限で帝都にいられるという最高の機会を得たんですから、多少のことは我慢しましょう。


「わかりました。この任務、わたしにおまかせください」

「うむ。期待しているぞ」


 私は陛下に深々と一礼すると、陛下の執務室を後にしました。


 私に続いて部屋を後にしたボズラーさんを伴ってしばらく廊下を歩いていると、階段の前に来たところでボズラーさんがいきなり私の身体を抱え上げました。


「ひゃっ!? ……な、なに?」

「あ? 階段がキツイとか言ってなかったか?」


 あ、あぁ……。そういえば以前、このベオラント城の階段を登るのが辛くって、ボズラーさんにお願いして運んでもらったことがありましたっけ。

 今は体重減算の魔法を使えるので、正直ぜんぜん辛くはないのですが……せっかくの親切ですし、お言葉に甘えちゃいましょう。


「あ、ありがと……」

「ん」


 ボズラーさんは私の顔を見もせずに、整った顔立ちを仏頂面にして、黙々と階段を下って行きました。

 んー、基本的には良い人なんですよねぇ。時々ちょっと子供っぽいところはありますけど。

 やっぱり感情に任せて吹っ飛ばすなんて、悪いことしちゃったよなぁ……


「ボズラーさん。御前試合では、ごめんね?」

「ばーか、べつに気にしてねぇよ。それに次は負けねぇ」


 そう言って、ボズラーさんは私のおでこを ぴんっ と弾きました。いてっ。

 何度かお見舞いに行ったり、プラザトス土産を快気祝いに届けに行ったりしているうちに、ちょっとは許してくれたのでしょうか?


 それから私たちは、今回の任務について軽く意見交換をしながらベオラント城を後にしました。


 ……しかしその後、うっかり私を抱えたままベオラント城を出てしまったボズラーさんは、外で待っていたネルヴィアさんの突き刺すような嫉妬の視線を頂戴することになってしまいました。

 な、なんかごめん、ボズラーさん……



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