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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳4ヶ月 16



 魔族の軍勢を追い払ってから数時間後の、すっかり陽も落ちた夜のプラザトス。

 もうほとんど平時の雰囲気を取り戻しつつある逞しい街並みの中で、ネルヴィアさんとレジィ、そしてケイリスくんがショッピングをしているところに、私とルローラちゃんは合流しました。


「あ、セフィ様、ルローラちゃん。お帰りなさい」

「うん。ただいま、おねーちゃん」


 私の首輪を外すという目的は達しましたし、この国の腐敗も叩き潰しました。それに魔族の軍勢がちゃんと魔族領まで帰って行ったことも、『リバリー魔導隊』という部隊が確認して報告をくれたそうです。

 つまり、もう私たちがイースベルクでやるべきことは何もありません。明日、陽が昇ったらすぐにでもここを発つつもりの私は、村のみんなへのお土産購入に余念がありませんでした。

 私が魔法を使えるようになった現在、もうお金の心配は要りません。それに重量を支配できる私にとって、買いすぎという概念もありません。


 ……ところで魔族の軍勢との戦いは、私としては『天使の降臨』を意識して演出したつもりだったのですが、プラザトスへ戻ってくると街の人たちは「ルグラスさんが契約して呼び出した悪魔がお戻りになられた……」とか「魔王の凱旋だ……」とか囁いているのが聞こえてきました。なんでだよっ! 勇者だっつってんだろっ!!

 私だって「疾風」とか「心眼」とか「竜騎士」とか、そういうポジティブな異名が欲しいのに!!


 おかげさまで、私が買い物をしようとすると商品がほとんど十割引きになります……わぁいうれしいなぁ……魔王への供物だぁ……


 ……もう、気にしたら負けです。完全にボランティアで首都防衛に貢献したんですから、これらは厚意だと割り切って、ありがたく享受しましょう。

 畏怖の視線も無視。ひそひそ声も無視無視。……あっ、誰ですか今「魔界へのお土産かな?」って言ったの! 怒らないから出てきなさい!


 ……お土産購入に集中しましょう。くすん。

 えーっと、お兄ちゃんとお母さんにはもちろん、村のみんなと、それから帝都の親しい人たちにも買って行こうかな。

 陛下にお土産は……えっと、失礼とかじゃないかな? まぁ、あのヴェルハザード陛下ならそんなこと気にしないですよね。あとはケイリスくんと一緒に、セルラード宰相とかベオラント城の使用人たちへのお土産も買っていきましょう。それから魔導師様たちにも何か買って行こうかな。リュミーフォートさんはもちろん食べ物で、マグカルオさんにはおしゃれな小物かな?

 ルルーさんへのお土産は……ルローラちゃんと選ぼうかな。いやもうルローラちゃん本人がお土産みたいなものですけど。……と思ったら、エルフの里へのお土産を適当に選んだルローラちゃんは、さっさとネルヴィアさんの背中で寝ちゃってました。昨日からほとんど寝てないもんね。


 バシュハル村長とクルセア司教へのお土産は、宗教街(ルーンペディ)とかで買った方がいいかな?

 あ、そろそろボズラーさんも退院する頃だったはずだし、快気祝いに何か買っていってあげよっと。

 獣人族のみんなにはレジィが選んでくれたけど、食べ物ばっかりでした。私からもなにかあげようかなぁ。みんな戦いから離れて暇だろうし、オモチャ的なものとかどうかな?

 ネルヴィアさんの実家へのお土産はネルヴィアさん本人が選んだみたいですけど、何より『竜騎士』の称号が一番のお土産だと言っていました。ふーん、そうなんだ?


 お土産選びも終わって、それぞれ袋に詰めて馬車へ運んでいると……私は見覚えのない袋が馬車に置いてあることに気が付きます。

 多分、私がミールラクスに“面会”しに行っていた時にネルヴィアさんたちが買ったものでしょう。


「これ、なにを買ったの?」


 私がネルヴィアさんに訊ねると、彼女は思いっきり目を逸らしながら「ご、ご近所さんへのお土産です」と答えました。え、ご近所さんって、逆鱗邸の? あの辺りって廃屋とか幽霊屋敷しか無くない? 魔除けのお札でも買ったの?

 私がさらに突っ込んで訊こうとすると、そこへケイリスくんが口を挟んできました。


「お嬢様、ちょっといいですか?」

「うん? なぁに、ケイリスくん?」


 ケイリスくんはちょっぴり言いにくそうに視線を泳がせながら、声のトーンを落として呟きました。


「……ボクが昔 住んでいた家に、行ってきても良いですか?」


 ケイリスくんが住んでた家って……五年前、惨劇の舞台になったお屋敷?

 何をしに行くのか知りませんが、まぁ、もちろんダメだなんてことは言いません。

 しかし、もしかしたらまだミールラクスの手の者が街に潜んでいないとも言い切れませんし、戦闘能力のないケイリスくんを、陽の暮れたこんな時間に一人で出歩かせるわけにはいきません。

 ……でも、さっきのケイリスくんの言い方からして、私たちみんなで行きたいというわけではなさそうです。うーん……


「じゃあ、わたしもついていっていい?」

「え……あ、はい。大丈夫です」


 私はネルヴィアさんとレジィに宿で待っているように言いつけておきます。

 ルローラちゃんは相変わらず、ネルヴィアさんの背中で熟睡中。今日はお疲れ様、ぐっすり休んでね。


「じゃ、いこっか」

「はい」


 私はケイリスくんに抱っこされながら移動を開始しました。

 途中、野次馬たちの様々な種類の視線に晒されてなんとなく落ち着かない気分になりつつも、しばらくすると私たちは目的の場所に辿り着きます。


 かなりの敷地面積を誇るトリルパット邸は、この世界にしてはなかなか前衛的なデザインというか……割とオシャレな造りをしていました。ケイリスくん曰く、グラトスさんは意外と凝り性で、家を建てる時も積極的に建築家たちに口出しをしていたそうです。

 そういえばケイリスくんって、絵画の習い事とかもしてたんだっけ? お父さんの美的センスを引き継いだのかもしれませんね。


 しかしトリルパット邸は現在、ミールラクスとゴルザスが住んでいたようです。ミールラクスの陰謀が露見した影響で、プラザトスの兵たちが次々と出入りしては、余罪の洗い出しのためか証拠品らしきものを次々と運び出していくのが見えます。


 きっとミールラクスやゴルザスが家の中も勝手に改造しちゃったりしてるでしょうし、こんな状況じゃケイリスくんが昔を懐かしむことはできないんじゃ……と心配したのですが、しかしケイリスくんは顔色一つ変えずにトリルパット邸の門をくぐると、迷いのない足取りで歩きだしました。


 一体どこへ行くのだろう、と私が不思議に思っていると、やがて辿り着いたのは邸宅の庭園の中心にひっそりと佇む石碑でした。


「これって、もしかして……」

「はい。ボクのお母様のお墓です」


 私をそっと地面に降ろしたケイリスくんは、手入れもされずに放置されていたらしい石碑を一撫でして、寂しそうに微笑みました。


「最後に、挨拶をしていきたかったんです。五年も顔を出さないで、心配させちゃったかもしれませんから」

「……そっか」


 これからは“前”を向いて生きていくって、決めたんだもんね……。


 広い庭園は庭師が手入れをしているのか、それなりに五年前の面影を残しているそうです。

 そんな中で、ロクな手入れもされずに雨風に晒されるままとなっていた、ケイリスくんのお母様の石碑。せっかくなのでトリルパット邸から掃除用具を借りて、石碑をピカピカに磨き上げることにしました。

 私が手伝うと言うと、ケイリスくんはすごく恐縮しながら遠慮しましたけど……私は頑として譲らずに、ちっちゃな手でお掃除を手伝いました。もちろん、魔法は使いません。

 やがて掃除を終えると、私はケイリスくんの横顔にチラリと目を向けます。


 ……未来に向かって歩き出すためには、ほんの少しだって心残りがあってはだめだよね?


「ルグラスさんにおねがいして、グラトスさんのお墓も、ここにうつさない?」

「え……」

「だって、お墓とはいえ、はなればなれはかわいそうだもん」


 どうせなら、夫婦のお墓は隣同士にあったほうがいいもんね?

 そんな私の申し出に対して、ケイリスくんは表情をゆっくりと破顔させて、


「は、はいっ!」


 とっても嬉しそうな笑顔を見せてくれました。




「お嬢様。人は死んだら、どこへ行くんでしょうか?」


 トリルパット邸からの帰り道。

 私を抱いて歩くケイリスくんがポツリとこぼした問いに、私はちょっと考えてから、


「わるいことをしないで、がんばって生きた人は……もっとステキな世界に、あたらしく生まれかわるんだよ」


 私の答えを聞いたケイリスくんは「ふふっ」と上品に笑います。


「お嬢様は、ロマンチストですね」


 いえいえ、現実主義者(リアリスト)ですよ?



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