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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳4ヶ月 15 ―――後始末



「わたしの声をきくのは、はじめてだよね? ミールラクス」


 ひんやりとした黴臭い空気が満ちる独房には、たった数時間ですっかりやつれたように見えるミールラクスがうな垂れていました。

 そんな彼は、暗がりにひっそりと佇む私を見て、「ひぃっ!」と喉を引きつらせて後ずさりします。


 私はミールラクスの独房には近づかず、数メートルほど離れた暗がりから、囁くように静かな声色で語り掛けます。


「こんばんは。あなたが反省しているかどうか、見にきたよ」


 その言葉に、ミールラクスはハッとしたように飛び上がり、独房の鉄格子に縋りつくようにしながら叫びました。


「は、反省している! なんと馬鹿なことをしてしまったものかと……!」

「そっかそっか。それはよかったよ」


 私は暗がりの中からにっこりと微笑みながら、


「どうやったら減刑できるかとか、どうやったらにげられるかとか、そんなこと……かんがえてないよね?」

「もちろんだ! 自らの犯した罪はきちんと償う! たとえ何十年かかっても!!」

「そう。もしかしたら死刑になっちゃうかもしれないよ?」

「それが私への罰だと言うのなら、受け入れよう……それでプラザトスの民が納得するのなら」


 ミールラクスは悲壮な決意を表情に宿らせて、私をまっすぐに見つめてきました。

 そんな彼の目を、私もまっすぐに見つめ返します。


「よかった。すっかり心をいれかえたんだね」


 私は柔らかく微笑みながら、ふと後ろを振り返りました。



「それで、ルローラちゃん……本当は?」

「ぜーんぶ嘘。ちっとも反省なんてしてないね」



 私のすぐ後ろの闇に、ぼんやりと翡翠色の瞳が浮かび上がっていました。


 ルローラちゃんの言葉に、ミールラクスはひどく取り乱しながら取り繕います。


「う、嘘だと? そんなことはない! 私は心の底から反省している!」

「へ~、そうなんだ。あたしエルフだから、人間の常識には疎くってさ。……心の中で相手に罵詈雑言を浴びせかけながら上っ面だけの言葉を垂れ流すことが、人間の言う“反省”なんだ。知らなかったよ」


 目を丸くして言葉を失うミールラクスに、私はにっこりと笑顔を向けました。


「この子は、エルフ族のルローラちゃん。ひとの心をよめるんだよ。すごいでしょ?」

「こっ……心を読む、だと!? そんな、バカなことが……」

「『国の上層部の弱みはあらかた握っておるのだ。どんな手を使ってでも裁判で優位に立ちまわってやる』、『見ていろ糞餓鬼め、あの忌まわしい(グラトス)の|息子共々、必ず葬ってやるぞ』」


 ルローラちゃんが棒読みで唱えた文言に、ミールラクスは顔色を真っ青にして絶句してしまいます。


「ありがと、ルローラちゃん。もういいよ。さっきのドアのそとでまっててくれる?」

「ん、りょーかい」


 金色の髪をなびかせて、一歳児ほどの背丈となったルローラちゃんがよちよちと暗闇の向こうに消えていきました。


 やがて、夜の薄暗い独房には、ミールラクスと私だけが残されます。

 私は先ほどからずっと表情を変えずに、笑顔を貼りつけたまま静かに呟きました。


「ケイリスくんともども、かならず葬られちゃうんだぁ。こわいなー」

「い、いや、そんなことは考えていない! あんなものはデタラメだ!!」


 ミールラクスは必死に弁解しますが、私はそれに取り合いません。

 ニコニコと笑顔を浮かべた私は、端的に結論を述べました。



「死刑」



 突き刺すように冷え込んだ声色が、石造りの古めかしい独房に響き渡ります。

 決して暗がりから出ない私に、ミールラクスが大量の汗を流しながら叫びました。


「な、なにを言っている!? あんな裁判はデタラメだ! なんの法的な効力も持ち合わせてはいない!!」

「うん」

「正式な裁判は一週間後だ! そ、それまで、この私に手出しをすることは、イースベルクの法が許さん!!」

「へぇ」

「今ここで私に手を出せば、貴様も犯罪者だ! そんなことは、決して許されんぞ!!」

「だれに?」


 ゼェゼェと肩で息をしながら叫んでいたミールラクスが、私の問いに黙りこみました。

 私は畳みかけるようにして、ゆっくりと、聞き分けのない子供に言い聞かせるようにして囁きました。


「だれが、ゆるさないの? ……このわたしを」


 そう言って私が微笑みかけると、ミールラクスは口を間抜けに大きく開いたまま固まってしまいます。


 そもそも私はここへ、誰にも目撃されずに辿り着いています。

 そして何の証拠も残さずに人間を一人消すくらい、魔術師ならできて当然なのです。


「ルっ……ルグラスと……約束したと、言っていただろう……この私を、法で裁くのだと……」

「そうだね。約束したよ」

「ケイリスの慈悲のおかげで、私を生かしておくと……言っていたではないか……」

「うん。たしかに言ったよ」


 私は満面の笑みのまましっかりと頷くと、それから声のトーンを変えずに続けました。


「 それがなに? 」


 いよいよミールラクスの顔色が真っ青になり、目に見えて身体が震えだしているのが見えます。

 追い詰められた彼は表情をくしゃくしゃに歪めながら、黄色い歯を剥き出しにしながら叫びました。


「お、俺を騙したのか……!? ふざけるなァ!!」

「……」

「こんなことは許されない! この俺を殺すなんて絶対、絶対に!!」

「……」

「このっ、俺を誰だと……!! 俺はっ、大統領なんだぞッ!?」




「五年前、その大統領を騙して殺したのは……どこのだれだっけ?」




 今度こそ、ミールラクスは言葉を失って、完全に黙り込みました。


 ひたり、と私が一歩踏み出すと、ミールラクスは聞き苦しい悲鳴をあげながら独房の奥に這いずって逃げます。

 私は構わずに歩みを進めて、暗がりから姿を現し、鉄格子の目の前に立ちました。


 惨めに独房の隅で身体を丸めて、看守に助けを求める叫び声を上げ続けるミールラクスを、私は笑顔のまま見つめながら物思い(ふけ)っていました。


 実の兄に殺されたグラトスさん。幼い息子の成長を見届けることもできずに死ぬのは、どれほど無念だったことでしょうか。汚名を着せられ、毒で徐々に衰弱しながら、息子の背中で息絶えた彼は、どんな気持ちだったのでしょうか。

 グラトスさんとケイリスくんを逃がしてくれた家政婦長さんは、どんな風に殺されたのでしょうか。その前からすでに全身がボロボロだったという彼女は、一体どんな目に遭わされていたのでしょうか。

 お母さんを病気で亡くして、お父さんも目の前で殺されて、故郷を追い出されたケイリスくんの心の傷はどれほどだったでしょうか。ことごとく肉親を失い、数少ない血縁である伯父と兄にも裏切られたケイリスくんはどれだけ悲しんだでしょうか。


 そのすべての元凶が、目の前の男だ。


 ……それでも、ケイリスくんの決意に水を差さないために。ルグラスさんへの義理を果たすために。お兄ちゃんとの約束を守るために。こいつを殺しはしない。



 ―――ただし、殺す以外のことは、なんでもやってやる。



 私は笑みを浮かべていた口をさらに凄惨に引き裂いて嗤うと、みっともなく泣きわめくミールラクスに向かってまっすぐに指を向けました。




「 『誅戮の槍(ロンギヌス)』 」





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