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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳4ヶ月 13 ―――復活



 首輪の鍵が保管されているのだという刑務所に着くと、ルグラスさんは正門の警備に立っていたおじさんに事の経緯を簡潔に説明します。

 今回のことは事前に各方面へ話を通してありますから、ここでルグラスさんが多くを語る必要はありませんでした。

 そもそもミールラクスの支持率というのは、暴力と陰謀によって手に入れた仮初めのものに過ぎません。ミールラクスの権威を失墜させる計画なんて、その暴力と陰謀を私たちが取り除くという前提さえ成立すれば、この国のほとんどの人間が喜んで加担してくれるものなのですから。


 警備のおじさんが首輪の鍵を取りに行っている間、私たちはここまで送ってくれた馬車の御者さんにお金を払ったりしておきました。

 あ。裁判所での騒ぎを聞きつけたのか、野次馬っぽい人たちが増えてきちゃってますね。見世物じゃないよ! しっ、しっ!


 野次馬は近づいてくる気配がないため気にしないように自分に言い聞かせた私は、暗い空を見上げてからケイリスくんを振り返りました。


『……雲がまっ黒だね。まだお昼なのに夜みたいに暗いし、今にも雨が降り出しそう』

「そうですね。プラザトスの雨は大降りになることが多いので、戦場が心配です」

「えー。あたし雨ってきらいだなー。さっさと終わらせて宿に帰ろ?」


 私たちがそんなことを言い合っていると、こちらに戻ってきたルグラスさんが、改めて私たちに頭を下げました。


「我々の不手際で魔導桎梏(しっこく)を奪われ、セフィリア殿に迷惑をかけてしまったこと、改めてお詫びします。そして父の暴走を止めてくれたことも、どれだけ感謝してもしきれない」

『いえ、私たちだってグラトスさんの汚名を返上するっていう目的もありましたから、お互い様です。協力してくれてありがとうございました』


 そう、あのミールラクスやゴルザスに報いを与えるということも目的の一つではありましたが、あくまでそれは私にとって“ついで”でしかありません。

 真の目的は グラトスさんの汚名を返上して、その名誉を回復することだったのですから。


 ケイリスくんは私の顔を見ながら『そうだったんですか!?』みたいな顔をして驚いています。

 当たり前じゃないですか! ケイリスくんの尊敬するお父さんが、いつまでも犯罪者扱いなんて我慢なりません!

 それにミールラクスやゴルザスへ報いを与えるだけなら、裁判なんかに付き合わないで、もっと直接的なヤり方をしてますし。


 これでケイリスくんのお父さんやお母さん、そして命を賭してケイリスくんを逃がしてくれた家政婦長さんも、少しは報われたでしょうか……?


 今回の一件は、ケイリスくんが過去ではなく未来に目を向けるきっかけになってくれたのではないかと思います。しかし、それでこれからの人生を幸せに生きられるかは別の話です。

 正直、前世で幸せを感じた経験がとても少ない私なんかが誰かを幸せにできるのか、いつも不安に思っています。野球のコーチになるのなら、野球経験者が適任に決まっています。きっと人生も、それと同じでしょう。

 大切な仲間たちと接していても、他の人の方がよっぽど幸せにしてあげられるんじゃないかという思いが、常に頭をよぎってしまうのです。


 ……それでも私は、いつかケイリスくんを幸せにしてくれる人が現れるまで、彼が幸せを感じてくれるように全力を尽くします。

 それが、グラトスさんの墓前で約束した、私の責任なのですから。


 私が無意識に険しい顔をしていたのか、そんな私の顔を覗き込んだケイリスくんが不思議そうな表情で小首を傾げたところで……


「あ、ゆーしゃ様。さっきのおじさんが戻ってきたよ」


 ルローラちゃんの言葉通り、先ほど刑務所の中へ入って行った警備のおじさんが、手に小さな木箱を携えて戻ってきました。

 おじさんは私たちの方へと歩み寄ってくると、「こちらが魔導桎梏の鍵です。首輪に触れさせれば開錠されます」と言いながらルグラスさんに木箱を渡します。

 ルグラスさんはそれを受け取ると、木箱の蓋を外してケイリスくんへと差し出しました。


「ケイリスくん。キミが外してあげたらどうかな」

「えっ……」


 木箱を差し出されたケイリスくんは一瞬戸惑いつつも、すぐに嬉しそうな表情になって頷きました。

 それから彼は木箱に収められていた鍵を手に取ると、私のそばに歩み寄ってから膝をついて屈み込みます。


 見ると、魔導桎梏の鍵というのは装飾を施された綺麗な宝石みたいでした。いえ、宝石ではなく色硝子(ガラス)か何かかもしれませんが。

 この首輪には鍵穴らしきものが見当たらなかったので、一体どうやって開錠するのかと思っていたのですが……私が親指と他の指をくっつけることを魔法発動のキーにしているように、首輪とこの宝石が接触することが開錠のキーに設定してあるのでしょう。


 首輪の鍵を大切そうに右手で握りしめたケイリスくんは、反対側の手で私の首輪にそっと触れます。

 私は首輪を外しやすいようにそっと顔を上にあげると、私にゆっくりと顔を近づけたケイリスくんと間近でまっすぐに目が合います。


「エルフの里のことも、ドラゴンのことも、父のことも、プラザトスのことも……本当に、本当にありがとうございます。お嬢様」


 ケイリスくんはちょっぴり涙で瞳を潤ませながら微笑んで、


「お嬢様にお仕えできて、ボクは幸せ(・・)です」


 優しい声でそう言いながら、そっと首輪に鍵を接触させました。


 カチンッ、という呆気ない音と共に、外れた首輪がケイリスくんの手に受け止められます。


 私は自分の手で首に触れて、ここ一ヶ月ほどずっと感じていた硬い感触が消えていることを確認しました。

 さらに浮き足立ち(ムーンウォーク)で相殺していた体重増算も消えて、身体がスッと軽くなるのを感じます。


 そして私は大きく息を吸い込むと、さっきのお返しとばかりに とびっきりの笑顔を浮かべて、




「ありがとっ、ケイリスくん!」




 一ヶ月ぶりに、自分の気持ちを自分の言葉で伝えたのでした。




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