1歳4ヶ月 8
「この男は、今日捕えたのか?」
『ううん、昨日だよ。ルグラス・トリルパットさんの家に行った帰りに、レジィが捕まえてくれたの』
まぁ、尾けられてるのはもっと前から知ってましたけどね。
どれくらい泳がせておこうか迷ってたんですが、さすがにルグラスさんと接触したことをミールラクスにチクられたら面倒なので、宿の近くでレジィに指示を出して捕まえてもらいました。
それからは簡単で、私とケイリスくんが宿の主人の気を引いている間に、ネルヴィアさんとレジィで男を部屋に運び込んだのです。
心を読めるルローラちゃんが私の仲間に加わっていたことは、この男にとっては最高の幸運だったと言えるでしょう。あまり酷い目に遭わずに済んだのですからね。
男の心を読んだ結果、どうやらミールラクスが私たちを監視していたのは、ゴルザスが騒ぎ立てていたからみたいです。彼はネルヴィアさんに恥をかかされてますからね。あの男の性格からして、このまま引き下がるとは思えません。
とはいえ、そのおかげでミールラクスの手の内が読めたというのは皮肉なものです。
『隊長さんが言ってた首輪の件っていうのは、私を臨時裁判にかけようって話でしょ?』
私の問いに、ダンディ隊長が申し訳なさそうに目を伏せながら頷きます。
「その首輪……『魔導桎梏』」は、本来であれば犯罪者にかけられるべきものだ。だからこそ、首輪をかけられたことが本当に手違いであるのかを、裁判にて厳密に精査する必要がある……と」
『そういう“建前”なんだ?』
「……うむ」
そう、そんなものは建前です。
むしろリルルという外部の敵性に、警察・司法の機関が備品をパクられるなんてことは、本来あってはならないことでしょう。それも、その備品が悪用されて帝国の勇者に使われるだなんて……国際問題も良いところです。
ですからイースベルク側としては、この落ち度をなんとしても認めるわけにはいきません。この事は、ルグラスさんが苦渋の表情で説明してくれたことです。……まぁ、ルグラスさんは私に平謝りしてくれましたけど。
だから私を裁判にかけて、適当な理由を付けて拘留してしまおうというのがミールラクスの算段というわけです。
「……本当に、申し訳ない」
『隊長さんが謝ることじゃないよ』
「……ごめんね、ゆーしゃ様」
『い、いやルローラちゃんが謝ることでもなくって……』
ダンディ隊長が頭を下げるのに続いて、いつの間にか起きていたルローラちゃんまで私に頭を下げました。
そりゃまぁ、元をただせば全部リルルが悪いんだけどさ……
私は『こほん』と咳ばらいを一つして、
『いいよ。私とお話がしたいのなら、叶えてあげる。裁判に出頭するよ』
「セフィ様!」
その宣言に、私の隣に座っていたネルヴィアさんが真っ先に声を荒げます。
「敵の狙いはセフィ様の身柄を拘束することなんですよね……!? でしたら、裁判なんて形だけで……」
『そうだね。それこそ“魔女裁判”みたいなものだよ』
私の口にした“魔女裁判”という言葉に、他の全員が不思議そうに首を傾げます。
ありゃ、そういえばこれは前世用語でしたか。いけないいけない。
『隊長さん。魔族の群れは、今どのあたりまで来てるかわかりますか?』
「む? 聞くところによると、すでにプラザトスより馬車で五日ほどのところまで来ているようだ」
『迎撃態勢は?』
「予定通り、騎士団はプラザトス周辺で迎え撃つことになっている。あまり前方に兵を配備したせいで、魔族が左右に散らばってしまってはマズイからな。言い方は悪いが、首都を“餌”にする。それにプラザトスの外周防壁を利用できるのは戦略的にかなり大きい」
『勝算は?』
「……事がうまく運べば、前線の『リバリー魔導隊』が魔族たちの背後から挟撃を加えてくれる算段となっているが……それが無かったと仮定すれば、騎士団の大損害を覚悟して八割……いや七割ほどだろうか。首都外周にも多少なりとも被害が出るかもしれん」
そうですか、そうですか、そいつは重畳。
私は意識的にニヤリと悪い笑みを浮かべながら、隊長さんの目をまっすぐに見据えます。
『イースベルク共和国の命運を握る戦いの勝算が“七割”っていうのは、不安だよねぇ?』
そこまで言うと、私が何を言いたいのか、ダンディ隊長は察したみたいでした。
「まさか……」
『ミールラクスがどう出るか、それにもよるけど……何も無策で“魔女裁判”に臨もうってわけじゃないよ』
不安げに私を見つめるネルヴィアさんの手を握りながら、私は自分の白金色の三つ編みを軽く撫でます。
魔女裁判にかけられた魔女が生き残る方法は二つ。
一つは、誰も手出しができないほどに、“圧倒的な魔女”であること。
そしてもう一つは……“より疑わしい魔女”を民衆に提示することです。




