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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
145/284

1歳4ヶ月 6



 私はにわかに衝撃を受けつつも、すぐに気を取り直してケイリスくんに視線で合図を送ります。“本題を切り出そう”という合図を。

 ケイリスくんは真剣な面持ちで頷きながら、


「ボクたちは近日中に、ミールラクスがあの夜に企てた陰謀を暴き出し、あの男を大統領の座から引きずり下ろすつもりです」

「そうか、わかった。それで私は何をすればいいんだい?」

「え?」


 私とケイリスくんは目を丸くさせながら顔を見合わせて、それから再びルグラスさんの真面目くさった顔に視線を戻しました。


「……ええっと、静観してくれればそれでいいんですけど」

「なんだって!? キミたちだけで行動を起こすつもりかい!?」

「一応、リルマンジー隊長の協力は取りつけましたけど……」

「父は危険な男だ! キミたちがどんな計画を立てているかは知らないが 奴は他者の命を奪うことさえなんとも思っていないんだ……それこそ実の弟でさえも! 甘く見てはいけない!」


 別に甘く見ているつもりはありませんが、こちらが先手を取れれば簡単にミールラクスの立場を脅かすことができると思うんですけどね。

 いえ、そもそも“先手を取れれば”という前提が、ミールラクスを軽んじているということなんでしょうか?

 確かにそう考えると楽観的だったかもしれません。すでに私たちの計画はある程度向こうも把握し始めている、くらいの慎重さで動いたほうが良いかもしれませんね。


 何よりこの行動は、単純に私の憂さ晴らしというわけではありません。

 ケイリスくんのお父さんの汚名を(すす)ぎ、汚職に塗れたイースベルクの政治を一度洗い流し、この国を……ケイリスくんの故郷を救うための行動なのです。

 失敗は許されない以上、より注意深く、最善を尽くして、利用できるものはなんでも利用するくらいの心持ちが求められるのではないでしょうか。


 ……それにしても、他者の命を奪うことをなんとも思っていない……ですか。


『じゃあ、ケイリスくんを逃がしてくれたっていう、家政婦長さんは……?』

「……すまない。彼女を助けることはできなかったんだ」


 やっぱり……。

 ほとんどわかりきっていたことではありますが、それでもケイリスくんは悲痛な表情で顔を俯かせてしまいました。


 ……もう二度と、彼にこんな思いをさせるわけにはいきません。


 私は計画を見直し、認識を改めて、それから口を開きました。


『ではお言葉に甘えて、ルグラスさんにも協力してもらいましょう。……でも、良いんですか? 仮にも自分の父親を陥れることになりますよ』


 私が一応念を押してみると、ルグラスさんは穏やかな瞳に強い意志を滾らせながら、


「当然です。本来あんな愚物が国のトップに立って良いはずがありません」


 ぐ、愚物とな。

 今まで、よっぽど反面教師にしてきたのでしょうか。


「ケイリスくんの味わった陰惨な過去を思えば、私を連座で処断してもらっても構いません。アレの暴虐を止められなかった私にも大きな責任があります。……あの男は私を全く信用せず、近づけようとはしないのです。お互い様ですがね」


 親子でありながら、最大の政敵でもあるようですからね。無理はありません。

 ルグラスさんはテーブル越しに、再び深々と頭を下げます。


「どうか父を……ミールラクスを止めるために、力を貸していただきたい……!!」


 私はチラリと、同じくソファに腰掛ける仲間たちに視線を走らせました。

 ネルヴィアさんは酷く同情的で痛ましげな表情を浮かべています。かつて父親と仲違いの末に和解した彼女の目には、実の父を全く信用できず、ついには討つ覚悟を決めたルグラスさんの姿はどう映っているのでしょうか。

 レジィはあまり興味が無いだろうと思っていたのですが、彼は薄っすらと目を細めた瞳に憐みの色を滲ませています。どうすることもできない弱者の葛藤に耳を傾けられるようになったことは、彼の保護者として本当に嬉しい限りです。

 ルローラちゃんは目を伏せて、どこか居心地が悪そうにしていました。身内のしでかした悪行に苦しむ彼の様子は、彼女にとって決して他人事ではないはずです。だからルグラスさんに会いに行くと聞いたとき、眠いとか面倒だと泣き言を漏らさなかったのでしょうか。


 そしてケイリスくんは……


「ルグラスさん、ボクは貴方に責任があるとは思いません。だからそんなに思い詰めないでください」


 とても冷静な表情で、落ち着いた声で、ケイリスくんはルグラスさんに慰めの言葉をかけました。

 もしも私が彼の立場だったなら、こんな大人な言葉をルグラスさんにかけられたでしょうか? ……きっと無理だったような気がします。

 こんなにも強い子に育ってくれて、さぞやケイリスくんのお父さんお母さんは誇らしいことでしょう。


 ルグラスさんはその言葉を聞くと、表情をくしゃりと歪めながら俯いて、「……ありがとう」と弱弱しい声を漏らしました。

 ……もしかして彼の性格からすると、罰してもらいたかったのでしょうか?


『ケイリスくんやグラトスさんに申し訳がないと思うのなら、私たちへの協力という“行動”で示してください。……ただし、くれぐれも無茶はしないように、ですけど』


 私の言葉に、ルグラスさんはどこかホッとしたような表情になりました。やっぱり罪の意識の捌け口を求めていたのでしょうか。

 それなら存分に働いてもらうとしましょう。ミールラクスのやり口や恐ろしさは、彼が最も知り尽くしているでしょうからね。


 その後、私たちはしばらく情報交換をしてから、また明日の夕方ごろに会う約束をしました。

 今日は夜も遅いですし……かといって、いきなり押しかけておいて泊まって行こうだなんて図々しさは持ち合わせてはいませんので、宿に戻ることにします。

 こうして私たちと関わった以上、ルグラスさんにも危険が及ばないものかと心配したのですが、ルグラスさんは気軽に「大丈夫さ」と言ってのけました。曰く、先ほどのメイドさんは“戦える人”なのだそうです。


 私たちを玄関まで見送りに来たルグラスさんは、そこでケイリスくんを見つめながらしみじみと、


「それにしても、あの可愛らしかった“お嬢様”が、こんなに立派になっているとは」


 そんな風に言われたケイリスくんは、照れくさそうに唇を尖らせました。

 え~! なにその仕草!? 超あざといんですけどっ!!


 それからルグラスさんは私に視線を移すと、


「それにあんな経験をしながらも、ケイリスくんがこんなにも優しい子に育ってくれたのは、もしかしてキミのおかげなのでしょうか?」


 ルグラスさんの買い被りに、私は苦笑交じりに首を横に振りました。

 私がケイリスくんと出会ったのは、つい数ヶ月前のことです。そんな私がケイリスくんの心の根幹に関っているはずがありません。

 彼がこんなにも優しい子に育ったのは、彼のお父さんとお母さん、それから帝都のセルラード宰相を始めとした温かい人々に囲まれて育ったためです。


 と、私がそんなようなことをルグラスさんに伝えると、私の口元を見ていたケイリスくんが何とも言えない顔つきになりました。

 ……え? ど、どうしたのケイリスくん?

 私が困惑していると、なぜかルグラスさんは声を発さずに口パクで言葉を紡ぎ始めました。そしてケイリスくんもそれに応じて、口パクで返答をし始めてしまいます。

 二人が目の前で喋っているのにまったく何を言っているかわからない、読唇術の使い手同士の会話……なんか怖い! ちょ、ちょっとやめてよ! 二人ともチラチラ私を見ながら呆れた感じの表情っていうのがさらに怖いよ!!


 結局二人が何を喋っていたのかはわからないまま、私たちはルグラスさんのお宅を後にしました。


 くそぅ、あとでルローラちゃんをお菓子で釣って訊き出してやるっ!!



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