表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
144/284

1歳4ヶ月 5 ―――ルグラスの悔恨



『ええ~~~っとぉ……』


 潔いといいますか、迷いがないといいますか。

 しかしまぁ、私たちの立場からすれば当然の反応と切って捨てることもできるわけですが……いっそここまで対応が迅速だと、感情を荒立てる暇さえありませんでした。




 現在、私たちの目の前では、件のルグラス・トリルパットが地面に膝をついて、深々と(こうべ)を垂れていました。




 場所は、ルグラスさんが自分の名義で所有しているという、それなりの大きさの一軒家でした。

 この国での政治家というのはほとんど貴族のような存在ですが、それにしては嫌味なところがないというか……たしかに大きいといえば大きいですが、その辺に建っている家とそこまで大差ありません。私の与えられている逆鱗屋敷の方がよっぽど立派に見えます。


 とはいえ相手は仮にも大統領の御子息です。目撃情報とケイリスくんの記憶を頼りにルグラスさんの自宅を特定したまでは良かったものの、夜更けにアポなしで突撃して良いものかと悩んだりもしたのですが……

 いざこうして接見が叶ってみると、ケイリスくんの正体を明かした瞬間にルグラスさんは血相を変えて、このように土下座紛いの謝罪を敢行したのです。

 ……お茶を運んできてくれたらしいメイドさんが目を丸くして立ち尽くしているんですけど……これ、あとで問題になったりしませんか?


「ルグラスさん、顔を上げてください」


 ケイリスくんも少し困惑気味に声をかけますが、ルグラスさんは激情を抑え込んだような声色で、


「いや、そういうわけにはいかない……! キミにはいくら謝っても足りないくらいなんだ!!」


 地面に額をこすり付けそうな勢いでひたすらに謝罪の姿勢を取り続けるルグラスさんを見て、私は少し気の毒になりました。

 きっと彼はあの夜の陰謀に関わってはいないのでしょうから、あれは父親がやらかしたことで自分には関係が無いのだと割り切ってしまえれば、どれだけ楽でしょう。

 それができないのが彼の性格なのだとすれば、ミールラクスを父親に持つルグラスさんは、これまでどれほどの罪悪感と向き合ってきたのでしょうか。


 私は念のためにルローラちゃんを振り返ると……彼女は眼帯をめくって翡翠色の瞳を露出させ、それから数秒後、左手の人差し指と中指を立てて軽く左右に振ります。

 これは、『こいつはシロ』という合図です。やはり彼は陰謀に関わってはいないようでした。


 それを確認した私は、今度はケイリスくんを振り返ります。

 ルグラスさんの気持ちはわかりますが、私たちはべつに彼に謝らせるためにここを訪ねたわけではありません。


「ルグラスさん。貴方とお話がしたいと……お嬢様が仰っています」


 ケイリスくんのその言葉に、ルグラスさんは恐る恐るといった風にしながら、ゆっくりと顔を上げました。人好きしそうな甘いマスクに、清潔感のある栗色の短髪。とても優しそうな垂れ目が印象的な顔が、こちらに向けられます。

 私たちの見た目からすれば“お嬢様”の候補は何人かいますが、ルグラスさんは五人の中で先頭に立っていた私へと真っ先に視線を向けました。……中学生くらいになっても、迷わずお嬢様認定される悲しさよ……。


 それからどうにかルグラスさんを立たせた私たちは、ようやく話し合いの場に着くことができました。

 ただ、ソファに座ってから、出されたお茶に私が手を付けようとした瞬間……ケイリスくんがそんな私の手を慌てて掴んだのを見て、ルグラスさんが何とも言えない寂しそうな表情を浮かべていましたが……


「話というのは、父に関することでしょうか?」


 おもむろにそう切り出してきたルグラスさんに、私は静かに首肯(しゅこう)します。

 流石にケイリスくんを連れてルグラスさんに会いに来たら、他に話すこともないでしょう。


 ルローラちゃんの能力によって、ルグラスさんが陰謀に関わっていた可能性は消えています。

 私は彼を全面的に信用するという前提で、単刀直入に要件を切り出しました。


『ミールラクスは、大統領の器ではありません』

「ええ、その通りですね」


 まるで「今日は良い天気ですね」に対して「そうですね」と相槌を打つような気軽さで、ルグラスさんは当たり前のようにノータイムで同意しました。

 しかし返答の内容や速度に驚いたのもそうですが、私が驚いたのはもう一つの事実です。


 彼は今、“ケイリスくんが通訳してくれる前に”返答をしたのです。


 私は説明を求めるようにケイリスくんへ視線を向けると、彼は私の耳元で「ボクに読唇術を教えてくれたのは、ルグラスさんなんです」と囁きました。


「教えたと言っても、基礎をほんの少しだけですがね。昔、私が彼女と話しているのを見たケイリスくんが興味を持ったみたいで」


 ルグラスさんはそう言いながら、傍らに控えているメイドさんに視線を向けました。歳はルグラスさんと同じくらいでしょうか。

 これは後で聞いた話なのですが、彼女は生まれつき耳が不自由なのだそうで……そのせいでいろいろと酷い目に遭っていた彼女を、幼馴染であるルグラスさんが救い出したのです。読唇術は、その際に身につけたのだとか。

 な、なんてドラマティックな人生を送っているんでしょう……


 余談はさておき。仮にも父親を貶すような発言を彼がどう受け止めるか試してみたのですが、彼の心にミールラクスを政治家として尊敬する心は微塵もないようです。

 彼は穏やかな青い瞳を憎らしげに細めて、


「父は、結局今日まで叔父(グラトス)さんを陥れたことを私に打ち明けることはありませんでしたが……しかし状況的に、父が裏で手を回したことは誰の目にも明らかでしょう」


 いえ、五年経ってもクーデターとかが起きていないところを見るに、誰の目にも明らかというほど明らかではないようですけど。

 けれどもルグラスさんのお宅に来る最中、ついでに現大統領の評判を聞き込みしてみましたが、ミールラクスはどうにも胡散臭い、きな臭いという声がよく聞かれました。あと無能だと。……そして、前大統領(グラトスさん)が罪を犯したなどという話は、どうにも信じられないという嬉しい声も。

 それでもグラトスさんが息子と一緒にプラザトスを去り、そして二度と戻らなかったということは事実です。ミールラクスが用意した“動かぬ証拠”のこともあり、状況的にはミールラクスが、心情的にはグラトスさんが支持されているようでした。


 ……ならば、その“動かぬ証拠”とやらを突き崩してやれば、民衆の心は一気にこちらへと傾きます。

 ミールラクスが今も大統領として国のトップに居座っていられるのは、捏造した“動かぬ証拠”と、そして裏社会を牛耳っているが故の“暴力”があるためです。まったく、こんな恐怖政治を敷いておいて、なにが“共和国”ですか。

 しかしミールラクスが持つ二枚の手札は、私たち五人がいれば容易に切り崩すことができてしまいます。

 “動かぬ証拠”はケイリスくんとルローラちゃん、“暴力”はネルヴィアさんとレジィがいれば、容易に封じることが……

 ……って、あれ!? 私は!? ドラゴン退治の時も思ったけど、じつは私っていらない子っ!?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ