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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳4ヶ月 3



 それから私たちが勝手に退室したのに続いて、他の人たちもぞろぞろと師団長室から出てきました。

 部屋の扉が閉ざされる直前、なにやらゴルザスが喚き散らしていたような気がしますが……まぁ、それはどうでもいいですね。


 いきなり自分たちの上司に剣を向けたネルヴィアさんに、騎士の皆さんがどのような反応をするものかと私は少し不安に思っていたのですが、


「さすがですな、竜騎士殿。剣筋がまるで見えませんでした」

「よくぞあの無能に一泡吹かせてくれました! 胸が()く思いです!」

「カッコよかったです、ネルヴィア殿!!」


 わりと格式や上下関係にうるさいイメージの騎士にしては、なかなか俗っぽい称賛が送られました。

 うんうん。やっぱりあんな上司が好かれるわけないですよねぇ。


「しかしまさか、普段あんなにも温厚なネルヴィア殿があそこまでお怒りになるとは」


 分隊長の一人が何気なく放った一言に、ネルヴィアさんはまだ目つきを鋭くさせたまま振り返ります。


「心から敬愛する主君に仕えることは、騎士にとって最上の誇りです。その誇りと、あまつさえ主君を傷つけられて剣を抜けないなんて、そんなのは騎士ではありません」


 迷いも(てら)いもなく、まっすぐにそう言い放ったネルヴィアさんに、彼ら騎士の面々は感激したように頬を紅潮させて激しく頷きました。

 どうやら今のは騎士的にすごくポイントの高い発言だったみたいです。もちろん私もそんな風に想ってもらえてすごく嬉しいのですが、しかし下手したら私よりも彼らの方がテンション上がってるように見えます。

 いつも紳士的に感情を抑えているダンディ隊長も、この時ばかりは深く頷きながら目を伏せて、ネルヴィアさんの言葉に感じ入っているようでした。



 ……しかしその後、ネルヴィアさんは仲間たちが待っている馬車に戻ってくるなり、


「あああああっ、大変なことをしてしまいました! 勢いに任せて他国の師団長に剣を抜いてしまうだなんて! いえもちろんセフィ様を傷つけた蛮行に対し鉄槌を下したこと自体にはなんら後悔すべき点は無いのですがしかし帝国騎士としてあまりに浅慮な振る舞いでしたごめんなさいぃぃ……!!」


 気を許している仲間たちの輪に戻ってきたことで緊張が解けたためか、どうやら冷静になって自分の行動を思い返してみたら、わりと過激なことをしてしまっていたことに気が付いたようでした。

 確かにこれは、今後の対応を間違えたら国際問題に発展しかねない事件かもしれません。……“普通だったら”、ですけどね。にやり。


 馬車の座席で頭を抱えているネルヴィアさんの隣で、私は彼女の肩に手を置きながら優しく呼びかけます。


『大丈夫だよ、おねーちゃん。所詮はゴルザスなんて傀儡(かいらい)なんだから、大したことはできないよ。もしも何か面倒なことになったって、私がどうとでもしてあげるし……それに―――』


 涙目で私を振り返った彼女に、私は精一杯の笑顔を向けて、正直な気持ちを告白しました。


『おねーちゃんが私のために怒ってくれたの、とっても嬉しかったよ。ありがとね』


 そんな私の言葉を受けたネルヴィアさんは、真っ青だった顔色を見る見るうちに真っ赤に染めあげると、「はいっ!!」と元気な声を響かせてくれました。


 ちなみに対面の席では、レジィが「そんなヤツ、オレ様が一緒に行ってりゃぶっ殺してやったのに」と言って唇を尖らせています。……連れて行かなくてよかった。

 その隣では、待っている間に眠くなっちゃったのか、ルローラちゃんが可愛らしい寝息を立てて転がっていました。


「……すみません、お嬢様」


 そして、同じく馬車の中で待っていてくれたケイリスくんが、思い詰めたような表情でいきなり謝罪してきました。

 私は驚きながらも慌てて首を横に振って、


『ケイリスくんが謝ることなんて、何もないじゃない』

「……ですけど、仮にもボクの家族が……」

『家族じゃないよ。家族は、相手の命を狙ったりはしないもの。そんなのは家族とは言わないよ』


 私が厳しい表情でそう言い切ると、ケイリスくんは少し沈んだ表情を浮かべました。改めて、常軌を逸した自身の家庭環境を再認識してしまったためでしょうか。

 私のせいでケイリスくんが落ち込んじゃったかもしれないことに焦った私は、一転して殊更(ことさら)に明るい表情で、


『それに、今のケイリスくんは私の(・・)家族だしね! あ、異論は認めないからっ!』


 私が満面の笑みで言い放った宣言に、ケイリスくんは一瞬、呆気にとられたように目を丸くして……


 それから彼は、自分の三つ編みを撫でているのとは反対側の手で口元を覆うと、


「異論なんて……あるはずないです」


 ちっちゃな声で、そう呟きました。



 その後 私は、ゴルザスのせいで乱れてしまった髪をケイリスくんに()かしてもらうことにしました。

 ふふん、あの発言や反応を見るに、どうやらゴルザスは三つ編みを本能的に忌避しているようなので、今後も会うたびに毎回ばっちり三つ編みにしてやります。あ、今度はネルヴィアさんも三つ編みにさせちゃおっかな。むふふ。


 そんな性格の悪いことを私が考えていると、そこへ騎士団への指示が終わったらしいダンディ隊長がやってきました。


「遅くなってすまない。これから私は中央法務所へ向かい、セフィリア殿の首輪の件を交渉して来よう」

『私も行ったほうがいい?』

「いや、こちらでやっておけることはすべて済ませてから呼びに行こう。どうせ煩雑な手続きのせいで、長く待たされることになるだろうからな。今日はゆっくりしていてくれ」


 おお、さすがは騎士様。ジェントルマンです。

 お給料の発生しない待ち時間なんて、余命の無駄遣いでしかありませんからね。お気遣いにはしっかりと甘えて、久々に羽を伸ばすとしましょう。

 せっかく共和国首都まで来たんです、みんなで観光とかしちゃいますよ。


 ……あ、でもついでに、ダンディ隊長に一つ聞いておきましょう。


『ゴルザスは、どうして師団長なんてポストに収まっていられるの?』


 私の問いに、ダンディ隊長は苦笑いを浮かべました。


「大統領閣下の推薦と、数々の勲功のおかげだな」

『勲功? へぇ……あんなのでも、ちゃんと活躍してるんだね』

「いや、どれもこれも現場に居合わせた者たちに言わせれば、他者の功績を横取りしているようだ。そしてそれを大統領閣下が一も二もなく承認して、無理やり重要なポストに登り詰めたのだ」


 ……うっわぁ。もはや隠す気さえないほどの身内贔屓(びいき)じゃないですか。

 おそらくゴルザスは、ミールラクスの陰謀に加担することを条件に、師団長の立場を要求したのでしょう。いえ、あるいは逆に……ミールラクスの方から話を持ち掛けて、師団長のポストを餌にして陰謀に加担させたのかもしれません。

 だから部下からまったく信用も尊敬もされていないんですね。


 そしてダンディ隊長は、おそらくゴルザスが自分にドラゴン討伐の任務を与えたのは、騎士団から信頼の厚い自分を排除したかったためだろうと説明しました。

 しかしどの道ドラゴンを放置することはできなかったので従ったが、まさかゴルザスが本当にノープランで、自分たちの抜けた穴から前線がぶち抜かれるとは想定外だったと頭を抱えるダンディ隊長。せめて自分たちが戻ってくるまでの二週間程度はもたせてくれるだろうと、ゴルザスを買い被っていたそうです。


『……何とかしようとは思わないんですか? あんなのを放置してたら、組織が腐る一方ですよ』

「大統領閣下という後ろ盾がある以上、まともな手段では取り除けまい」

『じゃあ、不信任決議とかでミールラクスを大統領の座から引きずり下ろすとか!』

「それも難しいな。何せあの男は裏社会と密接につながり、その金と武力で政界に莫大な影響力を持っていると聞く。アレの相手をするには相当な労力と時間がかかってしまうだろう。平時ならともかく、戦時中にそんなことをしている余裕は誰にもないのだ」


 ……内輪揉めをしている間に、魔族たちに漁夫の利を得られてはたまりませんからね。

 それに話を聞く限りでは、下手にミールラクスを敵に回せば命が危ないようですし、明確な悪意によって自分たちの暮らしが(おびや)かされでもしない限りは動きたくないという民衆の気持ちも理解できます。


 ダンディ隊長はチラリとケイリスくんの顔色を窺うように視線を向けてから、険しい顔つきで口を開きました。


「だが、それもここまでだ。言い訳ばかりして問題を先送りにするのは、もう終わりにする。この国をあるべき姿に戻すため、今こそ騎士の誇りにかけて剣を抜こう」


 そう宣言したダンディ隊長は、落ち着いた青い瞳の奥で、静かに炎を燃え上がらせていました。



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