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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳4ヶ月 2



 かなりの敷地面積を誇る第三騎士団本部といえど、さすがに数百人規模のドラゴン討伐隊全員が一斉に入るというわけにはいかないみたいです。

 数人の分隊長と、彼らを率いるダンディ隊長が先陣を切って本部の玄関を潜りました。そしてそのすぐ後ろにネルヴィアさんと、中学生くらいの外見となった私が続きます。


 建物に入ってすぐのロビーには受付のような場所があって、そこには二十代半ばくらいの綺麗な女性が立っていました。受付嬢でしょうか?

 ダンディ隊長が近づいて行くと、受付の女性は深々と頭を下げます。


「リルマンジー様。よくぞご無事で」

「うむ。早速だがゴルザス第三師団長に任務完遂の報告がしたい。こちらにいらっしゃるか?」

「はい。どうぞ、ご案内いたします」


 そう言って受付嬢は、楚々(そそ)とした足運びで私たちを先導し始めました。

 ……そういえばダンディ隊長の本名って、クロット・リルマンジーさんでしたっけ。いっつも誰かが言うたびに思い出しては、すぐに忘れちゃってる気がします。ちゃんと覚えなきゃ。


 受付嬢の後ろをついて行って、長い廊下を歩いたり階段を上ったりしているうちに、やがて目の前に両開きの扉が見えてきました。いかにも偉い人が待ってますといった感じの豪奢な扉です。


 扉の前に着くと受付嬢が横に退いたので、ダンディ隊長は堂々と一歩踏み出すと、扉をノックしました。


「クロット・リルマンジー大隊長、入室いたします」


 すると中から『入れ』という野太い声が聞こえてきたので、ダンディ隊長は臆することなく扉を開きました。


 扉の向こうは、執務室っぽい内装です。そしてその中央では、ゴツい顔立ちをした色黒な男が椅子にふんぞり返っていました。

 彼の年齢は三十歳前後のはずですが、その割には随分と老けて見えます。中途半端に伸ばされたヒゲが清潔感を損なわせるのに一役買っている感じ。

 それなりに鍛えてはいるのか体格はガッチリとしたものですが、これじゃあ騎士っていうより小汚い猟師みたいですね。


 仮にもケイリスくんのお兄さんというくらいですから、勝手に中性的なイケメンを想像していたのですが……いやはや、なんという格差社会。遺伝子の暴力ですね。


 と、初対面の私に内心でこっぴどくき下ろされているなどとは夢にも思っていないであろう目の前の男―――ゴルザスは、椅子にふんぞり返ったままこちらに三白眼を向けています。

 そんな彼に、ダンディ隊長は気を悪くするでもなく淡々と報告を述べました。


「三日前にお送りした手紙でも報告しました通り、ドラゴン討伐を完遂いたしました。こちらの犠牲はゼロ、騎士団からは怪我人も出ておりません」


 改めて聞くとすごい内容ですね。本来『三百人級』であるはずのドラゴンを、怪我人さえ出さずに討伐しただなんて。

 まぁ、騎士団の構成員ではありませんが、一応ネルヴィアさんが怪我しちゃってましたけど……でもこの子、あれだけドラゴンの攻撃を受けてたのに、その数日後には騎士たちの稽古に付き合ってあげちゃうくらいピンピンしてたんですよね……


 ダンディ隊長の報告を受けたゴルザスは、そのゴツい顔を不快そうに歪めると、


「手紙には、ルーンペディを訪れていた巡礼者が討伐に協力したと書いてあったが?」

「はい。勇者様の後見人による強い勧めによって、四名を作戦に同行させました」

「それはまさか、そこの娘たちだ……などと寝言は抜かさないだろうな?」

「そのまさかです」


 ダンディ隊長がそう言うと、彼やその他の分隊長たちが道を開けるかのように左右へ退きました。

 するとゴルザスの視線に晒されたネルヴィアさんが、小さく肩を震わせるのが視界の端に見えます。

 うーん、私が喋れたら前に出てあげるんですけど、そうもいきませんからね。ゴルザスが私たちに話しかけて来たら、ネルヴィアさんが応対するしかありません。


 そしてゴルザスはネルヴィアさんをジッと睨み付けながら、


「その腰の剣……お前が手紙にあった、ドラゴンを斬った騎士とやらか?」

「え、えっと、その、斬ったというか、叩いたというか……」

「は?」

「あ、いえっ……!? その、はい、そうです……私が、やっつけました……」


 ネルヴィアさんのおどおどした反応に、ゴルザスは「ふん」と鼻で笑いました。

 そしてダンディ隊長へ視線を向けると、


「……やれやれ。お前も地に落ちたな、クロット・リルマンジー」


 ゴルザスはそう言いながら、そのずんぐりむっくりした身体を椅子から起こして立ち上がりました。

 そしてまっすぐにダンディ隊長へと歩み寄りながら、


「ドラゴンと戦うことに臆して逃げ帰ってきたばかりか、こんな小娘を“竜騎士”扱いか。やはり腕っぷしだけしか取り柄のない叩き上げの騎士というのは、誇りがなくて敵わないな」

「竜鱗と爪は持ち帰ってきましたが」

「俺はドラゴンの首を持ち帰って来いと命じたんだ。その意味が分かるか? 間抜けな騎士共が、森で見つけた『変わった形の石ころ』を持って帰ってこないようにするためだ」


 ゴルザスのあんまりな物言いに、他の分隊長たちが殺気立つのがわかります。

 しかしその言葉を受け止めているダンディ隊長が眉ひとつ動かさないのを見て、ゴルザスはますます付け上がったことを言いだしました。


「それに、お前たちが石ころ集めに精を出している間に、本来お前たちが守っているはずだった前線の一部が魔族に突破されたのだ。魔族の軍勢はこのプラザトスへと向かっているらしい……この落とし前をどうつけてくれるつもりだ!」


 ゴルザスのその言葉に、分隊長の一人が即座に反論します。


「我々が前線を離れれば防衛線が薄くなり、突破されるリスクが高まると大隊長が進言した際に、師団長殿は「策があるので任せろ」と―――」

「そんなことを言った覚えはない!! 自分たちの不手際を俺に擦り付けるな、愚か者が!!」


 反論を一方的に遮ったゴルザスは、顔を真っ赤にして叫びながらその分隊長を乱暴に突き飛ばしました。

 ……まぁ、他の分隊長の反応を見る限り、正しいことを言っているのは突き飛ばされた彼なのでしょう。


 こういう無責任な責任転嫁野郎は、前世の奴隷時代で見慣れたものです。腹が立つどころか、懐かしささえ感じちゃってる辺り私も末期ですかね。

 あるいは、自分の会社の人間じゃないから安心して見てられるのかもしれませんけど。


 しかし内心ではそう思っていたものの、よっぽど私がゴミでも見るかのような目をしていたのか、ゴルザスに目を付けられてしまいました。


「おい、そこの小娘……なんだその目は? 言いたいことがあるなら言ってみろ」


 ゴルザスはそう言いながら、私の目の前までずかずかと近づいて来ました。

 ……生憎ですけど、言いたいことが言えるなら、はるばる共和国の首都くんだりまで来てないんですよね。

 それにもし私が喋れたとしたら、私の第一声は『風の槍(クリアランス)』だと思います。


 しかし私が黙っていることをどう解釈したのか、ゴルザスはニヤニヤと口元を歪めて、


「……ふん。こんな髪型をしてるヤツに、ロクなのは居ないな」


 そう言って、ゴルザスは私の白金色の三つ編みを乱暴に掴んで引っ張り上げました。


 ()ッ……たいなぁ……! せっかくケイリスくんがセットしてくれた髪が乱れるじゃんか!

 っていうか、その発言は聞き捨てなりません。それはケイリスくんと、彼の愛するお父さんお母さんへの侮辱です。

 魔法……で吹っ飛ばすのは、今はまだマズイでしょうか。こいつを消すにしても、首輪を外した後ですね。


 ……でもやっぱり我慢できないから、殺気(まりょく)を飛ばして黙らせるか。


 三つ編みを引っ張られた一瞬でそこまで考えた私が、即座に反撃しようとした……その時。




「その薄汚い手を離せ」




 内臓を鷲掴みにするような、底冷えする声が室内に響きました。

 気が付くと、ゴルザスの太い首にはロングソードの刃があてがわれています。一瞬たりともゴルザスから目を離さなかった私でさえ、いつ剣が振るわれたのか全くわかりませんでした。

 私はゆっくりと首を横に向けてネルヴィアさんの顔を窺うと……ああ、いつもレジィと喧嘩してる時みたいな、冗談っぽい怒りの表情なんかじゃありません。これ、マジのヤツです。

 しかも魔術師(わたし)の“魔力当て”みたいに間接的な殺気ではなく、本物の殺気……


 ダンディ隊長や分隊長たちでさえ一歩も動けないほど張りつめた空気の中で、その殺気に当てられているゴルザスが上擦うわずった声を辛うじて絞り出します。


「お、お前……誰に剣を向けてるのか分かって―――!?」

「離すのか、離さないのか……どっちだ」


 ついさっきまでおどおどびくびくしていたネルヴィアさんの豹変に、ゴルザスは冷や汗を流しながら、ゆっくりと私の髪から手を放しました。

 そしてネルヴィアさんはゴルザスの首を剣で押すようにして数歩後退させると、何事もなかったかのように殺気を引っ込めて剣を納めました。


「不愉快です。行きましょう、セフィ様」


 ネルヴィアさんは私の手を優しく握ると、他の人になんて目もくれずに退室しちゃいます。


 いろいろと国交的にマズイことを行うネルヴィアさんを、けれどもその場で咎めようなんて輩はついに現れませんでした。



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