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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 64 ―――ケイリスの秘密



 ランタンと私を両手に抱えながら歩いて行くケイリスくんは、どこか物憂げな表情でした。

 地面はこれといった凹凸もなく、比較的歩きやすい山道です。しかし墨を流し込んだような闇が揺れる様は不気味で、どうにも居心地悪さを感じてしまいます。


 そうして私たちは無言のまましばらく進んでいると、次第にケイリスくんが周囲を見回す頻度が増えていっていることに気が付きました。

 人気ひとけがなければどこでも良いというわけではなく、何かこの山の中で見せたいものが具体的に存在しているみたいですね。

 やがて、人が通るために草木が伐採してある山道を外れたケイリスくんは、背の低い茂みをまたいで草むらへ入って行きます。

 途中、ランタンの光に釣られて飛んできた羽虫に驚いたケイリスくんが「ひうっ」と小さく悲鳴を上げますが、虫は私が魔法で弾き飛ばしてあげました。……ほんとは私もすごい苦手なんですけどね。


 十メートルほど草むらを進むと、やがて私たちは少しひらけた場所に出ました。

 雑草の背も低く、木々もまばらなその場所に着いた途端、ケイリスくんは思わずといった感じに「あ……」と声を漏らして立ち止まりました。

 どうしたの、と訊こうとした私は、そこで彼の手が震えていることに気が付きます。


 再び歩き出したケイリスくんは、そこで斜面から突き出した一本の細い木に近づいて行きました。

 その木の側面、地上から一.五メートルくらいのところから伸びている枝には、錆びてボロボロになった銀色の腕輪が引っかかっています。


 ケイリスくんは私を地面に降ろし、ランタンを傍らに置くと、その木の根元にしゃがみこみました。


「これを……この場所を、お嬢様に見せたかったんです……」

『え?』


 震える声で紡がれたその言葉の意味がわからず、私はこの後に続くであろう彼の言葉を待ちます。

 するとケイリスくんは俯いてその表情を隠しながら、消え入りそうな声で呟きました。




「五年前、ボクがこの場所に…………お父様を埋めた(・・・)んです……」




 ………………は?


 私は頭の中が一瞬で真っ白になってしまい、どんな反応も返すことができませんでした。


 う、埋めた? お父様って、つまり、ケイリスくんのお父さん? なんで? こんな山の中に? え?


 まったく事情が呑み込めない私は、うずくまって嗚咽を漏らし始めたケイリスくんを、ただ呆然と見つめることしかできませんでした。

 しかし私はひとまず思考を放棄することにして、今はとにかく泣き崩れてしまったケイリスくんに寄り添ってあげることが先決だと結論します。

 とはいえ今の私にできることと言えば、小さな身体と短い腕で彼を抱きしめてあげることくらいでしたが。


 ……それからしばらくして。


 少しくらいは私の慰めも効果があったのか、徐々にケイリスくんの嗚咽は収まっていって、やがて鼻をすんすんと鳴らす程度にまで落ち着いてくれました。

 その頃になると、ケイリスくんは濡れたまつ毛にランタンの光を反射させながら、恐る恐るといった風に私へ視線を向けてきます。


「すみません……取り乱しちゃって」

『ううん、大丈夫だよ。それよりも、その……どういうこと?』

「……はい。順を追って、お話しします」


 ケイリスくんはそう言うと、こっそり深呼吸をしながら目を伏せました。

 それから私がケイリスくんに触れていた手に、彼はそっと自分の手を重ねてきます。


「お嬢様も、もうなんとなく察しはついていると思いますけど……ボクが生まれ育ったのは、帝都じゃありません。……今まで嘘をついていて、ごめんなさい」


 いつかのケイリスくんは、自分は帝都で生まれ育った使用人の家系だ、と言っていました。

 しかしそれにしては、どうにも腑に落ちない言動が多く見られたのも事実です。


 当たり前のように共和国の地理や内情に精通していたり、街中の……それも教会の中でさえ帽子やマフラーを外さなかったり、初めて訪れたはずの(トーレット)のためにエルフの里へ命がけで突入していったり……

 ケイリスくんの口から直接言われるまでは、敢えて考えないようにしていましたが……それらの事実をまとめていけば、さすがに察しも付こうというものです。


「ボクが生まれた場所は、“プラザトス”……このイースベルク共和国の首都でした」


 ケイリスくんの告白したその事実を、私は自分でも意外なほど冷静に受け止めることができました。

 驚きというよりは、納得の気持ちが大きかったためでしょう。


 けれども、続けて彼が口にした事実に関しては、同じようにはいきませんでした。


「そしてボクの本当の名前は、“ケイリス・トリルパット”……五年前まで、共和国の大統領だった父の元に生まれました」


 だっ……大統領!? イースベルクの!? そ、それってつまりケイリスくんは、えっと、共和国の王子様みたいなものじゃないですか!

 いえ、もちろん世襲制ではないので、ケイリスくんが血筋として偉いとかそういうことは無いんですけど……でもそういう偉い人たちの中では、“二世”っていうのは珍しくないでしょう。

 それにこの世界の教育水準で考えると、まずそれなりのお金持ちじゃないとまともな教育を受けることさえ困難なのです。ですからその時点で、大統領になれる人間というのは、元々良い家柄に生まれたほんの一握りの人間だけです。

 ……そう考えると、なんて腐りやすそうな環境なのでしょう。真夏の食パンみたい。


 え? でもちょっと待ってください。

 ケイリスくんのお父さんが、元大統領だったというのなら……


 私がほとんど反射的に、彼が“埋められている”という目の前の地面に視線を落とします。


「……現在の共和国大統領は、ミールラクス・トリルパット……ボクの伯父です」

『えっと……ケイリスくんのお父さんの、お兄さん?』

「はい、そうなります」


 再び私がケイリスくんへと視線を戻した時、私は思わずびくりと肩を震わせました。

 普段は冷ややかで淡白な彼の瞳には、今やはっきりと憎悪の炎が燃え上がっていたのです。


 軋むほどに歯を食いしばっていたケイリスくんは、心底から忌まわしげに……その事実を吐き捨てました。




「そしてその男こそ……ボクのお父様を陥れて、死に追いやった張本人なんです……!!」





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