1歳3ヶ月 63
プラザトスまでの道のりも、残り三日ほどといった頃。
夕暮れ時の気持ちいい風が吹き抜ける丘を進む馬車の中で、私は遠くの岩山の麓あたりに不思議な街を見つけました。
なんというか、前世の古代ギリシャを連想するような、石で造られた結構な広さのある街です。ところどころに神殿のようなものが見えたりと、なにやら遺跡チックな建物が散見できます。
私が窓に張り付いて その石造りの街に視線を注いでいると、ダンディ隊長がガイド役を買って出てくれました。
「あれは、鉱山都市レグペリュムだな。質の良い鉱石や金属が採掘され、さらにそれを高い加工技術によって細工し輸出している街だ」
へぇ~。じゃあ職人さんの街なんですね。
もしかしたら綺麗なペンダントとかあるのかな? お母さんにお土産として買って行ったら喜ぶかも……と思いワクワクしていると、しかしダンディ隊長は「ただ……」と声を低くします。
「あそこに住む者たちは全員が排他的で、よそ者の侵入を絶対に許さない。我々が手にすることのできる商品は、彼らが“輸出”したものだけとなっている」
ふーん。あそこで直接買うことはできないんですね。じゃあ元値から価格を釣り上げ放題ってことじゃないですか。有名ブランドっぽいし、ボロい商売ですね。
もしかしたら商店街でよく探してみれば、そういうお店もあったのかもしれません。
私は『じぁあ、商品はトーレットとかに?』と、隣に座るケイリスくんに向けて唇を動かしました。
しかしケイリスくんは反対側の窓から遠くの山を眺めていたみたいで、私が服をちょいちょいと引っ張ると、「あ、すみません……」と いつものちょっと無愛想な表情で謝罪しました。
『商品はトーレットとかに?』
「そうだな。それに首都にも、レグペリュム製の商品を専門に取り扱っている店がある。興味があれば訪ねてみるといい」
よし、時間があったら見に行ってみよっと。いえ、帰りに寄るとかでも良いかもしれません。
でもお金が足りるかな……? ここまでの旅費で、陛下から貰ったお小遣いも結構使っちゃってると思いますし。
まぁいっか。着いてから考えましょう。
「レグペリュムに住む人間は、総じて肌が浅黒く、並はずれた筋力を持ち、そして背が低いのが特徴だな。身体のサイズに比例して手が小さいおかげか、細かな造形に適性があるらしい」
ダンディ隊長の挙げていったその特徴を聞いていると、私はリュミーフォートさんを連想してしまいました。
彼女は褐色肌ですし、あの筋肉の塊であるマグカルオさんを蹴り飛ばす力を持ち、そして鍛冶職人なので手先もきっと器用でしょう。
するとネルヴィアさんが、「あ、あの……背が低いというのは、大人でもそうなんでしょうか?」と遠慮がちに質問を挟みました。
すると隊長さんは「ああ」と頷いて、
「どんなに背が高くとも、せいぜい常人の半分ほどしかないらしい。その分、子供がある程度まで成長する速度は早いと聞くが」
つまり、大人の男性でも身長八〇~九〇センチくらいってことですか。
だったらリュミーフォートさんは関係なさそうですね。彼女は足がすっごい長いですから、身長は一七〇センチを余裕で超えていたと思います。
それだけ排他的な街なら混血ってこともなさそうですし、背丈の特性が無くなるくらい血が薄まっていたら、他の特徴だって無くなっていてもおかしくありません。
するとレジィも興味が湧いたのか、その赤銅色の瞳を細めて、
「あのでっかい建物はなんだ? 右の奥にある、柱が手前に十六本あるやつ」
……そんな具体的な指定をされても、人間の視力だとそこまではっきりとは見えません。
しかし隊長さんは大体どれのことを言っているのかわかったらしく、
「おそらく、ヨグペジャロト遺跡のことだな。かつて古代の人類が建てたとされている神殿のようだ。もちろん、詳しいことは街の人間しか知らないわけだが」
古代……っていうと、もしかして勇者教で語られているような時代でしょうか?
私や魔導師様たちの“二つ名”の元ネタにもなっているような怪物たちが跋扈する時代から遺されている建造物なら、相当な歴史的価値がありそうですね。
「遺跡はまだ発掘作業が進んでいるらしく、こうしてたまに遠くから見ていると、遺跡の露出している範囲が前回よりも広がっていることがある。恐らくは同時に遺跡内部も発掘されて、古代の遺物が発見されているのかもしれないな」
なるほど。それじゃあ古代に使われていた武器とか、工芸品とか、今の時代には失われている物質とか、古代人のミイラとかがあったりするのでしょうか。それはなかなかロマン溢れてますね。
けれどもわざわざそんな街に寄り道をするような理由もなく、私たちは丘を越えてその先を目指します。
そしてそろそろ陽も沈みかけてきた頃。ちょうど大きな山の麓に辿り着いた私たちは、山越えを明日に回すことにして、この場所で野営をすることにしました。
騎士団の人たちは数百人規模なので、野営の準備も結構大がかりにやっています。
一方私たちは保存食を齧って馬車で雑魚寝するだけなので、そんな彼らを手持ち無沙汰に眺めているだけでしたけど。
やがて野営の準備を終えた騎士団の人たちは、たき火を囲んで談笑していた私たちの元に集まってきました。
そして開口一番、
「竜騎士殿! 是非我々にもご指南頂きたく!!」
騎士の中でもとりわけ若い人たちが、ネルヴィアさんに向かってビシッと敬礼しました。
ネルヴィアさんは魔剣を使わなくても普通の獣人くらいならタイマンで勝てるほどの実力なので、こうして経験の浅い騎士たちが彼女に手ほどきしてもらうというのが最近のブームみたいでした。
たしかにネルヴィアさんは、有名な盗賊団の団長に手加減を見破らせなかった上に、手加減をやめたら瞬殺してしまうほどの実力ですからね……まさに才能の塊です。
つまり相手の実力に合わせてあげることも上手いわけで、指南役としてはもってこいなのでしょう。
……でもね、キミたちがネルヴィアさんに鼻の下を伸ばしてることはわかってるし、一部の人に至っては、視線が彼女の豊満な胸部に釘付けになってることなんてお見通しなんだよ? ルローラちゃんが据わった目で「殺るなら手伝うよ」ってボソッと耳打ちしてきたくらいだからね。
うちの可愛い娘に色目を使いやがったら即、○○○を△△△るからね……?
ネルヴィアさんがあたふたしながら「え、えっと……」と私の方を見てきたので、私は笑って頷きます。
まぁ、たまには私たち以外の人とも交流しないと、人見知りが治らないですしね。
するとそこで、騎士の集団がもう一グループやってくると、
「レジィ殿! 我々にもご指南頂けないでしょうか!!」
と、同じような言葉をレジィにもかけました。
レジィは剣なんて使いませんし、ネルヴィアさんと違って思いっきり手加減したりはしないので、より実践的な稽古が行えます。
レジィが獣人であるということを明かしてはいませんが、ドラゴンとの戦いを見ていた騎士たちは、レジィが只者ではないということは察しているでしょう。
これだけの実力者に稽古をつけてもらえる貴重な機会を逃したくはないという心構えは、国家を守護する騎士としては感心なものです。
レジィは私が頷くのを確認してから面倒くさそうに立ち上がると、
「しょーがねぇな。ただし模擬刀なんかじゃ練習にならねぇから、真剣でかかって来い。どうせ当たりゃしないからな」
そう言うと、レジィはさっさと私たちから離れて行っちゃいました。
基本的に獣人は狩猟本能が強いので、戦いは大好きです。普段私と一緒にいる時は戦いなんて滅多にないので、そのストレスをこういった場で発散するつもりなのかもしれません。
それに騎士たちが自分の強さを見込んで慕ってくれるというのは、レジィにとっても気分の良いものでしょうしね。
この調子なら、獣人族が人族に受け入れられる未来も、そう遠くないのではと思えるような光景です。
首輪の件が片付いたら、騎士団の人たちには秘密を明かしてもいいかもしれません。
……なんて考えていると、そこでルローラちゃんが「じゃ、あたしはちょっと」と言いながら立ち上がり、馬車に戻って行っちゃいました。もう寝るのかな?
んー、じゃあやることもないし、二人の稽古風景でも見に行こっかなぁ……と私が立ち上がると、そこで隣に座っていたケイリスくんが、そっと私の手を握って引き止めました。
『……ケイリスくん?』
「あの、お嬢様……ちょっと良いですか?」
『どうしたの?』
なんだか言い辛そうに目を伏せるケイリスくんは、一瞬だけルローラちゃんが入って行った馬車にチラリと視線をやって、
「その……見せたいものがあるんです。というより、話したいことというか……えっと……」
珍しく歯切れの悪い物言いをするケイリスくんに、私は何となく彼の意図を察しました。
『それは、ここで?』
「いえ、そっちの山の中です。できれば、二人っきりで……」
不安げな光を瞳に宿したケイリスくんは、縋るような目つきで私を見つめてきます。私の腕を掴んでいる彼の手に、ぎゅっと力がこもりました。
くっ……そんな風にお願いされたら私が絶対に断れないって知っててやってるんですか!? あざとい!
私はケイリスくんのほうに身体を向け直すと、彼の首に腕を回して身体を預けました。
するとケイリスくんはホッとしたような表情を浮かべながら、私の身体に腕を回して抱き上げてくれます。
それからランタンを手にしたケイリスくんは、竜騎士や獣人との手合わせで盛り上がっている騎士団を尻目に、夜の山へと歩いて行きました。




