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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 62 ―――『貧者同盟』と“お嬢様”



『ところでさ、どうしてルローラちゃんは私たちについて来てくれるの?』

「……はぁ?」


 ルーンペディを出て、早二日。

 エルフの里を出てからずっと行動を共にしてきて、もう一緒にいることに違和感がなかったために、そんな当たり前の疑問さえ浮かびませんでした。


 現在はお昼休憩のために、ネルヴィアさんとレジィが馬車の外に出ていました。どうやら騎士団の人に頼まれて、手合わせしてあげてるみたいです。

 そして馬車の中に残っている組のルローラちゃんが、クッションを抱いて寝っ転がっていた身体をごろんと寝返り打たせて、ケイリスくんの膝で仰向けに寝ている私に顔を向けます。

 そしてダンディ隊長が馬車の窓から外を眺めている隣で、ルローラちゃんは私をジトッとした目で睨んできました。


「……その質問、今更すぎない?」

『そうだけどさ。べつにルローラちゃんはルーンペディで待ってても良かったんじゃない?』


 ルローラちゃんの目的は、あくまでリルルとルルーさんに会うことです。

 今回は惜しくもリルルには逃げられてしまいましたが、しかし私が帝都に戻る際にはルルーさんと会うことができます。

 さすがのリルルも、あれだけ痛い目を見た直後に、私たちが目指してると知っているプラザトスになんて行くはずないでしょうから、ルローラちゃんにとっては無駄足も良いところです。


 ドラゴン討伐に貢献したルローラちゃんなら、頼めばルーンペディのどこかで泊めてもらえたと思いますし。

 エルフ族が絡まないことに関してはどこまでも面倒くさがりのルローラちゃんのことですから、こうしてずっと馬車で揺られたり、共和国の首都をフラフラするなんて嫌に違いありません。


 しかしそんな私の気遣いに、ルローラちゃんはジトっとした視線を向けてきます。


「なーんかさぁ。ゆーしゃ様って、身内以外には冷たいよねぇ」

『え?』


 ルローラちゃんの意外な言葉に、私は驚いてドキッとしてしまいました。

 私が、冷たい?


「多分、ネルヴィアとかレジィとか、ケイリスがルーンペディに残るって言ったら、無理やりは止めないだろうけど、どうにかついて来てくれるように説得するでしょ?」

『えっと……それは、まぁ』


 あんなに慕ってくれるネルヴィアさん、懐いてくれてるレジィ、それに最近ようやく心を開いてくれるようになったケイリスくん。三人のうち誰が私から離れていっても、多分かなりのショックを受けると思います。

 ……それが本当にあの子たちのためだと思ったなら、血の涙を流しながら見送りますけどね。


「知っての通り、あたしはめんどくさがりだけどさ……そこまで薄情ではないつもりだよ? 妹の尻拭いを命がけで手伝ってくれたゆーしゃ様には、これでもかなり感謝してるんだ」

『ルローラちゃん……』

「お世話になってるって気持ちも、ちゃんとあるんだよ。だから、そんな大したことはできないと思うけど、ゆーしゃ様の手伝いくらいさせてよ」


 ルローラちゃんのその言葉に、私は激しく衝撃を受けました。

 確かに私は、心のどこかでルローラちゃんと他の子たちを区別していたように思います。

 ルローラちゃんにはルローラちゃんの目的があって、今は利害の一致から行動を共にしているけれど、目的を果たしたらお別れになっちゃいます。

 一方、帝都では一緒の家に住んでいたあの三人とは、これからも一緒にいられる可能性が高いです。

 その違いが、きっと私の中で優先順位として現れたのでしょう。


 それにじつは、ルローラちゃんは私にこれといった感情を抱いてはいないと思っていました。せいぜいが、ただ同じ馬車に乗って同行している人っていうか……

 ルローラちゃんっていつもダラーっとしているせいで、ケイリスくんとは違った意味で感情が読み取りづらいのです、

 もっと言えば、きっと私はお別れの時に辛い思いをしないために、彼女に深入りしないようにしていたような気がします。落下の痛みは、高い場所に登るほど強くなるのですから。


 けれどもそれらの考えがルローラちゃんのことを傷つけていたのだとしたら、大いに反省しなければなりません。

 たとえ、そう遠くない未来にお別れが来るのだとしても、たった今 同じ時間を過ごしている仲間なのですから、きちんと彼女と向き合わなければなりません。


『……ごめんね、ルローラちゃんの気持ちも知らずに……』

「ううん、ゆーしゃ様が優しいのは知ってるからさ。ま、同盟の仲間なんだし仲良くしようよ」


 ルローラちゃんの口にした“同盟”という言葉に、これまで窓の外を眺めていたダンディ隊長が振り返りました。


「同盟? それはセフィリア殿と、エルフ族との同盟か?」

「あー、いやいや、そんな大袈裟で公式っぽいやつじゃなくってさ。女子として悲しい宿命を背負いし者たちによる同盟だよ」


 ルローラちゃんの返答に、首を傾げるダンディ隊長。

 あー、要するに貧者同盟ってことですか。まだそんなこと言ってたんですね。


 というか、女子ってなんですか……勝手に女子認定しないでいただきたいのですが。

 私は苦笑しながら、


『まぁ、私は女子じゃないけどね』


 と、当たり前の事実を、当たり前に告げました。


「………………」

「………………」


 そして訪れる静寂。


 直後、


「えええええええええええええええええええええええっ!!?」


 ルローラちゃんは座席に横たえていた身体を、弾かれるような勢いで起こして絶叫しました。

 ダンディ隊長も叫びこそしなかったものの、口をあんぐりと開けて絶句しています。


 え、えっ? 知らなかったの? っていうか、言ってなかったっけ?


 飛び起きたルローラちゃんは座席から飛び降り、今や四歳児くらいになった身体で猛然と私の傍に近づいてきました。

 そして息がかかりそうな距離にまで顔を近づけてくると、彼女は血走った眼を見開きます。


「お、お、女じゃない!? つまり、男ってこと!?」

『そうだけど』

「そうだけど、じゃないよっ!! で、でも、十数年後の姿、完全に女子だったじゃん!!」

『それは私にもよくわからないけど』

「一人称、“私”じゃん!!」

『隊長さんだって、私って言ってるよ?』

「髪だってこんなに長いじゃん!」

『髪を切ったら、お母さんが悲しんじゃうから。それに私の髪、なぜかすぐ伸びちゃうんだよ』

「“セフィリア”って、なんか女子っぽい名前じゃん!!」

『古代語で“叡智えいちの源”っていう意味らしくって、普通に男子にも使われる名前だよ』

「ケイリスが“お嬢様”とか呼んでたじゃん!!」


 ルローラちゃんの指摘に、ケイリスくんはギクリとしたような表情になって、慌てて顔を逸らしました。

 私とルローラちゃんがその反応をいぶかしんでいると、不意に隣で呆然としていたダンディ隊長が、


「いや、共和国(イースベルク)の都会の方、特に富裕層の間では、男子に対しても“お嬢様”と呼ぶことがあると聞く。いわゆるスラングというヤツだな」


 ダンディ隊長としては助け舟を出したつもりだったのかもしれませんが、それを聞いたケイリスくんは、むしろ絶望的な表情になり、珍しく冷や汗すら流していました。

 隊長さんはそんなケイリスくんの反応に構わず、解説を続けてくれます。


「その呼称の意味は大まかに二つあり、一つは情けない男、特に男子に対して、その女々しさを小馬鹿にしたり侮ったりするような意図がある時に使われる」



 …………ふーん。



 ………………へぇー?



 私は、自分の視線の温度が一気に氷点下まで冷え込むのを感じました。

 その視線を受けたケイリスくんは表情を凍りつかせて、「あ、あぅ……」と声にならない声を漏らしながらガクガクと震えだします。

 ルローラちゃんが私からそっと距離を取ったので、先日隊長さんが言っていた魔力漏れが起こっているのかもしれません。


 いえ、べつに良いですけどね? ぜ~~~んぜん、気にしてませんけど?

 最近めっきり私に心を許してくれてると思ってたケイリスくんが、じつは帝国民の知らないスラングで堂々と侮辱していたとしても、全然気にしませんけどね?


 ただ、特に意味はないですけど、私はケイリスくんの膝に乗っけていた頭を持ち上げると、身体を起こして普通に座りました。

 ケイリスくんはちょっと泣きそうになっています。


 そして私はダンディ隊長を睨み付けることで、暗に『……で、もう一つの意味は?』と説明を促します。

 私に睨まれた隊長さんはゴクリと唾を飲み込み、その先を続けました。


「もう一つの意味は、“愛しいキミ”という意味だ。仲の良い家族や、恋人の間で用いられた場合はこちらの意味になる。特に父親が幼い我が子に対して呼びかけたり、兄が年の離れた弟妹に呼びかけたり……あるいは、男性が年下の恋人に用いる場合が多いな」



 …………ふーん?



 ………………へぇー!



 私がケイリスくんの顔を覗き込むと、彼は両手で顔を覆って、私から顔を背けます。

 でも耳まで真っ赤になっているので、意味はないですけど。


 えっと、つまり共和国での“お嬢様”っていうのは、地球で言うところの“ハニー”に近い使われ方をされているわけですね。あれってたしか、男にも女にも子供にも使われる愛称だったはずです。

 多分ケイリスくんは、歳の離れた弟に対する感じで使ってるのでしょう。つまりケイリスくんも、私を家族だと認識してくれているというわけです! テンション上がってきた!


 私は再びケイリスくんのお膝に頭を乗せると、一気に上機嫌になりながら彼の服をくいくい引っ張って呼びかけます。


『で、ケイリスくん。いつからなの?』

「……え?」

『前者の意味から、後者の意味になったのは……いつからなの?』

「!!」


 そう、ここは聞いておかなければならないところです。

 下手をすれば、今でも前者の意味で使われている可能性もありますしね。


 ケイリスくんは潤んだ目を思いっきり逸らしながら、


「……さ、最初からですよ?」

『それは嘘だよね?』


 出会った当初の……というか、帝都で一緒に暮らしてた頃の、ケイリスくんの私に対する無関心具合はハンパなかったですからね。呼びかけても、こっちを振り向きすらしなかったですから。

 私がじーっと見つめていると、ケイリスくんはやがて観念したように俯きながら、


「……エルフの里、です」


 んー、たしかにあの辺りからケイリスくんの態度が軟化し始めたような気がします。

 ルローラちゃんに聞けば、それが真実かどうかはわかりますけど……さすがにそれはやめておきましょう。


『ふふふ、そっかそっか。じゃあ私も、ケイリスくんのこと“お嬢様”って呼んじゃおっかな?』

「そ、それはやめてください……」


 ケイリスくんは自分の三つ編みをしきりに撫でながら、赤くなった顔を逸らしました。


 いやぁ、良いものが見れました。それに良いことを聞きました。

 これだけでも、騎士団と一緒にプラザトスを目指した甲斐があったというものです。


 ……あれ? でも何か、忘れているような……

 するとムスッとしたルローラちゃんが、再び顔を近づけてきました。


「……で、ゆーしゃ様? あたしの話は終わってないんだけど?」


 あ、そうでした……。


 それからもルローラちゃんの質問責めは続きましたが、私は普通に男の子として生まれているわけで、そしてそれをわざわざ隠したりはしていないわけで、べつにボロが出るようなこともなく……

 数分後、唯一の同志だと思っていた私が男であるとようやく認めたルローラちゃんは、しばらく不貞寝してしまいました。


 ええっと……その、なんかごめんなさい……



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