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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
132/284

1歳3ヶ月 59



「お嬢様!!」


 騎士団の馬車でルーンペディまで送り届けられた私たちは、どうやら街の関所で長いこと待っていてくれたらしいケイリスくんに出迎えられました。

 いつもクールなケイリスくんは珍しく表情を喜びに破顔させながら、馬車を降りた私たちへと小走りで駆け寄ってきます。


 そしてケイリスくんはちょっぴり瞳を潤ませながら、私たちに恭しく一礼しました。


「お帰りなさいませ」

『うん……! ただいま!』


 それから私たちは、すぐに自分たちで借りている宿へと向かう運びとなりました。だって樹海から馬車で数時間の道のりのおかげで、空はすっかり赤く染まる時刻です。

 お昼は騎士団の人に分けてもらった味気ないサンドイッチみたいなやつだけでしたし、いっぱい動いたからお腹がもうペコペコです。

 そして今夜の晩ご飯は、久しぶりにケイリスくんが腕によりをかけて作ってくれる絶品料理だと言うのですから、他のなにを差し置いてでもありつかなければなりません!


 どうやら騎士団の人たちも今夜はルーンペディに滞在し、祝勝会を行うみたいです。

 騎士団は数百人もいてかなりの大所帯ですが、命を賭してドラゴンを討伐してくれた彼らのために、街の人々は多少無理をしてでも彼らを受け入れ、もてなしてくれるそうです。


 ……でも命を賭した割には、誰一人怪我をしていないことはどう説明するつもりなのでしょうか?

 一応、私やネルヴィアさんがへし折った竜鱗や爪なんかをたくさん持ち帰ってきてますから、戦わずして逃げ帰ってきたと疑われることは無いと思いますけどね。


 ちなみに彼ら騎士団を率いた隊長さんが「今回の戦いの主役であるキミたちにも、是非祝勝会に顔を出してほしい」みたいなことを言っていましたが、余裕で無視しました。

 貴方たちのつまらないどんちゃん騒ぎに、ケイリスくんの手料理以上の価値があるとでも思ってるんですか? 片腹痛し。

 そもそも私、前世から飲み会とか大嫌いでしたしね。


 そんなわけで私たちはクリヲトちゃんを孤児院に送り届けて一旦別れると、すぐさま宿へと直行します。

 街中が大騒ぎしていることなんて一切構わず、私たちはケイリスくんが宿屋の厨房を借りて作ってくれたのだという絶品料理の数々にありつきました。

 ちなみに、現在も私は中学生くらいの外見のままです。だって、せっかくのご馳走なのに胃が小さいせいでちょっとしか食べられないなんて、あんまりじゃないですか!

 私はくるくる鳴いているお腹を押さえながら、待ちきれないとばかりに両手を合わせます。


 さて、それでは……いただきます!

 ぱくっ。



 んん~~~!! 美味しい~~~っ!!



 前世ではインスタント食品やコンビニ弁当を栄養ドリンクで流し込むような食生活に慣れ親しみ、こっちの世界に来てからの一年間を母乳のみで育った私は、その反動によって食への関心とこだわりが非常に強いという自覚があります。

 そこにきて、ここ最近の馬車生活のおかげで保存食ばかりを貪る日々……


 そのため、ついに我慢から解き放たれた私が、一心不乱に料理を口に運ぶことは無理からぬことなのですっ! むしろ必然!

 これが少年誌の料理漫画だったら、リアクションに三ページは使っている自信があります!


 かつてのルルーさんの料理もかなり美味しそうではありましたが、しかしこのケイリスくんの料理は、きっとあれさえも上回っているという確信がありました。

 だって、愛情は極上のスパイスだって言うじゃありませんか! きっとこの料理には、その極上のスパイスが隠し味として使われているに違いありませんそうに決まっていますおそらく絶対!


 ふと視線を感じて顔を上げると、料理に手も付けずに隣で私をジッと見つめていたケイリスくんと目が合います。

 すると彼は、普段の感情を読ませないポーカーフェイスからは信じられないような、穏やかで幸せそうな微笑みを浮かべていました。

 そしてポケットからハンカチを取り出すと、優しく私の口元を拭ってくれます。


 えっ!? く、口元、汚れてた……!?

 つい子供っぽいところを見せてしまった私はにわかに赤面しつつ、もうちょっと落ち着いて食事をしなくてはと反省……。

 と同時に、私たちの正面の席で美味しそうに食事をしているネルヴィアさん、レジィ、ルローラちゃんの食事風景が目に入りました。


 読心や黒焔(ドラゴンブレス)の連発で二歳児くらいまで若返ってしまったルローラちゃんは現在、ネルヴィアさんに食事を手伝ってもらっています。

 しかしそのためにネルヴィアさんの胸に抱かれる形となった彼女は、その豊かな双丘を後頭部に押し付けられて、瞳がよどみきっていますが……。

 ……ごめん、ルローラちゃん。人選ミスだったよ……。


 そしてその隣では、食器を不器用に操りながらモリモリ食事をしているレジィ。

 いつもは私に関すること以外にはほとんど反応せず、自分の食事に没頭している彼でしたが、しかし今日はちょっとだけ違いました。

 ルローラちゃんの食事を手伝っていたネルヴィアさんに、レジィはちょっと遠いところにあるお皿をさりげなく近づけてあげたのです。


「あ……ありがとうございます」

「ん」


 以前はネルヴィアさんを雑魚呼ばわりしたり、格下として見下すような態度を取ったりしていたものですが……レジィも少しずつ変わってきているようです。

 単純に今日のネルヴィアさんの活躍を見て、彼女の強さを見直したというのも もちろんあると思います。

 しかしそれだけではなく、レジィの中で確実に、弱者や他人に対する思いやりの心が芽生えているに違いないと私は感じているのです。


 今日、レジィがドラゴンに対して語った内容を聞いた限りでは、その変化に彼自身も戸惑いを覚えているようですけど……それはこれから少しずつでも慣れていけばいいのだと思います。

 そして彼の中で起こっているその変化は決して悪いものではないのだということを、保護者である私がきちんと教えてあげなければなりません。


 こうしてみんなで平和な時間を過ごしていると、つい数時間前までドラゴンと戦っていたことを忘れそうになっちゃいますね。

 今日はネルヴィアさんもレジィも本当によく頑張ってくれましたから、何かしらの形でご褒美をあげたいものです。本人が望むならルローラちゃんにも。

 それから今日は、ケイリスくんの不在がどれだけしんどいかも思い知りましたから、ケイリスくんにも何かしらの形で普段のお礼をしてあげたいなぁ。


『みんな、今日はほんとにお疲れ様。すてきな仲間たちに恵まれて、私はほんとに幸せ者だよ』


 ケイリスくんが通訳してくれた言葉を聞いたみんなは、動かしていた手を止めて嬉しそうに微笑みます。ああ、なんて穏やかな幸せ空間……


 しかしその表情や雰囲気は、続けて私が口にした言葉をケイリスくんが通訳した瞬間、あっさりと崩壊してしまいました。



『だから、みんなのお願いを、なんでも一つ聞いてあげるね! 遠慮なくなんでも言って!』



 その言葉を聞いた瞬間、まずルローラちゃんが目を見開いてから、大きく溜息をつきました。それから彼女は額に手を当てると、首を左右に振ります。

 えっ、なにその「こいつ分かってないわ……」みたいな反応は!?

 ルローラちゃんはネルヴィアさんの膝から飛び降りると、さっさとベッドの方へと避難していきました。


 するとそこで、ポカンとしていたネルヴィアさんとレジィが同時に立ち上がり、声を揃えて「「じゃあ……!!」」と何かを言いかけます。

 しかしその直後、二人は恨めしげに、疎ましげに睨み合うと、火花をバチバチと散らしました。


「私が先です!」

「いいやオレ様だね!」

「私!!」

「オレ様!!」

「私のお願いは、最初(・・)じゃないと意味がないんです!!」

「オレ様のもそうだっつーの! 引っ込んでろ!!」

「引っ込むのは貴方でしょう! このご褒美は今日の活躍に対するものです!」

「ご主人やオレ様がいなきゃとっくにくたばってた騎士がほざくな!」

「貴方の方こそ、ろくにダメージすら与えられてなかったじゃないですか!」

「ご主人とオレ様の合体技なら瞬殺だったっつーの! 調子乗んなボケコラ!」

「私とセフィ様の合体技の方が早くケリが付いてましたよ! 絆の力の差で!!」

「はぁああああ!? おまっ……お前っ!! 言っちゃいけないことを言ったな! 表出ろ!!」

「望むところです! 前々から貴方には身の程を思い知らせなければならないと思っていましたしね!」

「二度とそんな口きけないように、ボロカスにしてやるから覚悟しろコラァ!!」


 一瞬でヒートアップして沸点を突破したらしい二人は理性を蒸発させて、鼻がくっつきそうな距離で睨み合いながら立ち上がりました。

 ちょ、ちょっと! なんでそこで喧嘩になっちゃうの!? どっちが先にお願いするかがそんなに大事なの!?


 単騎で最強生物(ドラゴン)を圧倒する二人がぶつかりあったら、それはもうちょっとした災害です。

 二人の喧嘩を止めるために、私はケイリスくんを通じて二人を落ち着かせようとしたのですが……


「な、なんでも(・・・・)……!? ど、どうしよう、お願いは一つだけだし、あ、そうだもうすぐあの場所に着くからお願いはその時のために取っておかないと、ああでもこんな機会滅多にないし、うわぁどうしよう……!!」


 赤く染めた顔を両手で覆いながら、ケイリスくんはよく聞き取れない早口な小声でなにやらぶつぶつと捲くし立てていました。肩を叩いても顔の前で手を振ってみても、一向に反応がありません。

 あの、ケイリスくん!? もう二人が決戦の準備を始めちゃってるんですけど!!


 そんな私たちの狂乱具合を冷静に遠くから眺めていたルローラちゃんが、深々と溜息をつきながら呟きました。


「はぁ……。やっぱりこうなった」



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