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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
131/284

1歳3ヶ月 58



 私が半分以上本気でリルルの捕縛を検討していると……不意に、薄暗い樹海に艶やかな声が響きました。


「あら、面白そうなことしてるじゃない。私も混ぜなさいよ」


 全員が一斉に声のした方へと振り向くと、そこには地面から頭半分だけを出した人物がいました。

 最初は地面に埋まっているのかと思いましたが、“彼女”は見る見るうちにニョキニョキと地面から生えてきて、やがて美しい黒髪を生やしたグラマラスな美女が姿を現しました。

 真っ赤なドレスに、真っ赤な唇。青白いを通り越して真っ青な肌を除けば、一見して普通の人間のようにも見えます。


 突如として地面から生えてきた美女に対して、露骨に不機嫌そうな顔を向けたオークキングが、ポツリと「……アペリーラ」と呟きました。

 オークキングと双璧を為すという、“吸血女帝アペリーラ”。

 この樹海を取り仕切る二大勢力の長が、よりによってここに集結してしまったみたいです。……なんて嬉しくない夢の共演でしょう。


 そしてリルルが「アペリーラ様ぁ!」と表情を輝かせながら彼女へ駆け寄ろうとして……


「あらあら。また会えて嬉しいわ、可愛いリルル。……敵と内通していた裏切り者は、剥製にしなくてはね」


 速やかにUターンしたリルルは、すぐに私の隣へと戻って来ました。


「くっ……敵は強大だね。だけどみんなの力を合わせれば、乗り越えられない壁は無いよ!」


 どこかに縄とかありませんかね? 人を縛るのに使えそうなやつ。

 私がリルルをなにで縛ろうかと考えていると、オークキングとアペリーラは顔を合わせて早々に、二人で勝手に話を始めました。


「なんか用か? 雑魚はお呼びじゃないんだが」

「少なくとも、貴方の醜い顔を拝みに来たわけではなくてよ」

「なんならおめぇをもっと醜い顔にしてほしいか? かくれんぼしか取り柄のない下等生物が」

「あら、自分に何ひとつ取り柄がないことを卑下する必要はないわ。無能は必要悪ですもの」

「おいおい大丈夫か? あんまり頭を高くしてると踏まれちまうぞ。雑魚はコソコソ生きなきゃな」

「中身が空っぽだと、頭の位置が高くても重心が低いからさぞやバランスがよさそうね。羨ましいわ」


 表情だけはにこやかに話を進めている二人ですが、その内容はなんとも険悪極まるものでした。

 まるでトゲの付いた鉄球でキャッチボールをしているかのような有様です。


 そして二人が話しているうちに、リルルがこっそりと私に耳打ちしてきました。


「……オークは短い距離をまっすぐ走るのは得意ですけど、長い距離を走ったりカーブは苦手ですから、そこに気をつけて馬を操れば簡単に振り切れますよ。オークキング様はほとんど移動能力はありませんし、それからアペリーラ様は強い光には近づけないという弱点があります」


 それが真実かどうかはさておき、あっさりと元主人の弱点をバラすリルル。忠誠心の欠片もないようです。


 しかし逃げ切ること自体は容易だとしても、ここで私たちが逃げてしまうと最寄りの街であるルーンペディが襲撃されたりはしないでしょうか?

 あ、でもオークキングとアペリーラは樹海から一切出てこないんでしたっけ。

 一応先ほど、私たちがドラゴンを退治したことに感謝をしているみたいな雰囲気でしたし、樹海が多少燃えたこと自体には怒っていないようなので大丈夫だとは思うのですが……


 ただ、ここで私たちが撤退することを“魔族に恐れをなして逃げた”と解釈されるのは、絶対にマズイということは間違いありません。

 ほぼ損害無しでドラゴンを倒す実力を示せているのですから、私たちは意味のない戦いを避けただけなのだということを印象付ける必要があります。


 私はダンディ隊長を振り返って、「しっ、しっ」と追い払うようなジェスチャーをしました。

 対する隊長さんは、少し躊躇うような反応を見せたものの……私の意図に気が付いたのか、わざと大きな声で「ドラゴン討伐完了! これより帰還する!」と叫びました。


 陰湿な言い合いをしていた二体の魔族はその声に振り返りますが、彼らが何かを言う前に、私は引き返していく騎士団を守るように立ち塞がり、なるべく余裕に見えるような表情で睨み付けました。

 つまり、「ここを通りたくば、私を倒してからにしろ」というやつです。


 するとそんな私を見たオークキングは、楽しそうに目を細めました。


「……おめぇがリルルの言ってた、あの忌まわしい『裏切りの竜(シャータンドラゴン)』の名を冠する勇者様か」


 シャータンドラゴン……ヴェルハザード皇帝陛下が仰るには、人族にとっては“愛と激怒”、魔族にとっては“恐怖と裏切り”の象徴だとされ、大昔に存在したと言われる最強の魔竜です。

 勇者教の伝説でも度々その姿を現すのですが、最終的に三日三晩暴れ狂い、国を九つ滅ぼしたところで勇者に殺されたとされています。

 どう考えても勇者に付ける二つ名ではありません本当にありがとうございました!!


 そしてアペリーラもあらかじめ同様の話を聞いていたのか、彼女も黙って私を観察していました。

 ここでオークキングとアペリーラが一時的に手を組んで私を打倒しようとしてきたら非常に面倒なのですが……しかし幸いにも、私が思うよりも彼らの間に横たわる溝は深かったようです。


 オークキングは名残惜しそうに私へ背中を向けると、ひらひら手を振って歩きだしました。


「……“首輪”が外れたら、また樹海(ここ)に来な。一族総出で歓迎するぜ」


 そう言い残したオークキングは、まだドラゴンに群がっていたオークたちに命じて死骸を運ばせながら、薄暗い樹海の奥深くへと姿を消しました。


 その後ろ姿を冷めた目で見送ったアペリーラも、私たちへ熱い視線を送りながら、足をズブリと地面に沈み込ませます。


「うふふ、いつでも遊びに来てちょうだいね。……ただし、あの下等生物たちとは付き合わないことね。品性を損なってしまうもの」


 アペリーラはそう言い残すと、やがて完全にその姿を闇に溶かして、消えてしまいました。


 それからしばらくは周囲を警戒していた私たちでしたが、どうやら本当に彼らが退却したらしいことがわかると、安堵の息を吐きました。

 そして遠くの木陰に隠れて私たちの様子を見守ってくれていたらしいダンディ隊長が、黒馬を駆って引き返して来てくれます。

 これでやっと帰れる……と思い、私が気を抜いた瞬間。


「それじゃあ、リルちゃんはこの辺で!!」


 言うが早いか、リルルは投げるようにクリヲトちゃんを私に押し付けると、そのまま猛然と駆け出して、オークキングたちが消えていったのと反対方向へ向かいました。


「リルル! 待ちなさいっ!!」


 そんな彼女の背中に投げかけられたルローラちゃんの叫びにも、リルルは「あっかんべー」と聞く耳を持ちません。


 するとそこでダンディ隊長が、「待て、リルル殿!!」と迫力のある声で叫びました。

 しかしそれでもリルルは止まる様子を見せず、むしろ加速する勢いでどんどん遠くへ走り去っていきます。そして鬱蒼と茂る藪を身軽な身のこなしで飛び越えながら、


「あははっ! バカですねぇ! 止まれと言われて止まる人がどこに……―――ぁぁあああああああああああああっ!!?」


 突然、リルルの勝ち誇ったような声が一転して、悲鳴へと変わりました。

 しかも悲鳴は急激に遠ざかっていってるようで、もっと言えば声はやけに反響して聞こえてきます。


 その声を聞いたルローラちゃんとダンディ隊長は、揃って溜息をつきました。


「だから待てって言ったのに……」


 呆れたようなルローラちゃんの呟きに、私は首を傾げます。なんとなく何が起こったのかは察しがついていましたが、ダンディ隊長がその予想の裏付けをしてくれました。


「あちらには急勾配(こうばい)……というより、崖があるのだ。それも、底が見えないほどのな」


 そう言って駆け出そうとする隊長さんに、けれどもルローラちゃんは肩を竦めながら、


「あー、助けはいいよ、大変だし。それにあの子はちょっと潰れたり(ひしゃ)げたりしたくらいじゃ死にはしないしさ。そういう体質だから」


 あっけらかんと語るルローラちゃんに、むしろ私のほうが戸惑ってしまいます。

 が、崖から落ちたんですよ……? 本当に無事なんでしょうか?


 しかし誰よりもリルルを大切に思っているであろうルローラちゃんがそう言うのなら、きっと間違いはないのでしょう。まぁ、べつに私はリルルがどうなろうと知ったことではないですし。

 次にまた彼女を見かけたら、今度こそ牢屋に叩きこんでやるとしましょう。生きていたらね。


 私は押し付けられたクリヲトちゃんの不安げな顔を見て、彼女の燃えるように赤い髪を一撫でします。

 唯一の心の支えだったであろうリルルと、復讐という目的、そして勇者という特性を同時に失ってしまった彼女が、これからどう生きていくのか……それは今後の大きな課題となりそうです。


 けれど、今はとにかく全員の無事を喜びましょう。

 ドラゴン退治を無事に終えることのできた私達は樹海を発ち、そしてようやくケイリスくんの待つルーンペディへと帰還することができたのでした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴン編、終わってみれば上手くまとまってた。 リルルは懲らしめられても変わらない バイキンマンか、ねずみ男 ポジションと思う事にした。 セフィリアの対応は甘すぎるが。
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