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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 57



 レジィやネルヴィアさんの反応を皮切りに、ダンディ隊長や騎士団の面々もすぐに臨戦態勢へと突入します。

 そして私がどのように動くか思案しているうちに、樹海の暗がりから大きな影が一つ、姿を現しました。


 それはまるでスーツのようにフォーマルな服をぴっちりと着こみ、手足がひょろりと長いシルエット。

 それでいて毛深い体は痩せ細った猿のようでありながら、その顔は上向きの鼻と突き出した牙のせいか豚のようにも見えます。

 身長は三メートルをゆうに超えているであろうその生物は、頭頂部に不格好な金色の冠を戴いていました。


 顔のバランスから考えるとやけに大きな目をギョロギョロと動かした豚猿ブタザルは、ある一点で目を止めると、高音で耳障りなしゃがれた声を陽気に響かせました。


「いよぉ、リルルちゃん! 無事みたいで何よりだぜ!」


 すると名前を呼ばれたリルルは、クリヲトちゃんを抱いたまま軽い足取りでその生物へと近づいて行きます。


「お待ちしておりましたぁ、オークキング様!」


 オークキング……? それって確か、このボボロザ樹海を取り仕切っている二大勢力の片割れだったはず……


「いやぁ、派手に暴れてたみたいだから心配したぜ?」

「このドラゴン、思ったよりしぶとくって。樹海も結構燃えちゃいましたし、大丈夫でしたかぁ?」

「今、オレっち様の下僕共が火消しに走り回ってるところだぜ。けどまぁ、ここの木は特別だから心配いらねぇさ」


 さも当然のように魔族と親しげに会話をしているリルルに、事情を知らない騎士団の人たちは呆気に取られています。


 そしてオークキングだというその魔族は、横たわっているドラゴンに目を向けると、ひょろ長い足を踏み出して近づいてきました。

 当然、ドラゴンの近くにいた私たちとの距離も近づくことになりますが、私はネルヴィアさんとレジィに守られながら後退させられて、オークキングから距離を取ります。


 するとオークキングは、身動きの取れないドラゴンの頭をぺちぺちと叩きながら、


「おーおー、派手に暴れてくれちゃいやがって。にしても、天下のドラゴン様が人族相手にこのザマたぁ悲しいぜ」

『……貴様』


 ドラゴンがしゃがれた声を発して睨み付けるのも意に介さず、オークキングはドラゴンから数歩離れると、良く通る高い声で呟きました。


やれ(・・)


 その言葉と同時に、四方八方からたくさんの生物が飛び出してきました。

 その姿は豚とゴリラを足して二で割ったようなもので、オークキングよりも背は低いものの、筋骨隆々の身体にボロ布を纏い、棍棒などを担いでいました。

 いわゆる典型的なオークといった姿の彼らは、私達には目もくれずにドラゴンへ群がると、そのまま手足や棍棒を使ってドラゴンに一斉攻撃を仕掛けます。

 金属を打ち鳴らすような音に混じって、時折グチャリという水っぽい音が響き、薄暗い中で何かの破片が飛び散るのが微かに見えましたが……ドラゴンは蟻に(たか)られたネズミのように、あっという間に見えなくなってしまいました。


 私たちや騎士団が騒然とする中、オークキングは大仰に手を広げると、私達に向かって言い放ちます。


「諸君! オレっち様の庭ではしゃいでいた“害虫”退治に取り組んでくれたようで、ご苦労だった! 褒めて遣わすぜ!」


 なんとなく語調はフレンドリーですが、微塵も友好的ではない傲岸不遜な物言い。(キング)を自称するだけあって、私たちのことなんて遥かに格下と認識しているみたいです。


 しかし実際、あれだけの軍勢を相手に戦えば、こちらも決して無事では済みそうにありません。

 ……無論、私が心配しているのは騎士団の人たちのことですけれど。


 せっかくドラゴンとの戦いが終わって無事に生き残ったというのに、こんな余計な戦いで命を落とすなんて馬鹿らしいにも程があります。

 私たちの目的はドラゴンの討伐。それを果たした今、余計な血を流すような愚は犯せません。


 どうやら樹海が少し燃えたことはそこまで怒っていない感じですが、内心ではどうだかわかったものではありません。

 私はダンディ隊長に目配せをします。すると彼も私と同意見のようで、オークキングへと注意を払いつつも騎士団にこっそり撤退合図を出します。


 私たちがそそくさと退却の準備をしていると、オークキングの傍らにいるリルルが私を指さして、「あちらにいる白金の少女が、以前お話しした帝国の勇者です」と告げ口しました。

 その声が聞こえたらしい騎士団が密かにざわめく中、オークキングは「ほぉ」と息を漏らします。


「……確かに、あんな素晴らしい“素材”は滅多に見かけねぇ。是非とも“コレクション”に加えたいもんだ」


 そう言い放ったオークキングは私を見つめながら、ちろりと舌なめずりをしていました。コ、コレクションって何!?

 リルル曰く“ド変態で有名”だというオークキングが口にした不穏な言葉に、私は背筋を凍らせます。


 騎士団が水面下で退路の確保を進めているあいだに、私はルローラちゃんへ目を向けました。

 彼女が里を出た理由の一つであるリルルは、現在オークキングの傍らに控えています。このどさくさで、彼女はこのまま私たちから逃れるつもりなのでしょう。

 オークキングはどうやらリルルに友好的みたいなので、この場で彼女を捕獲するには戦闘が不可欠となりそうです。

 先ほど私たちがドラゴンと戦っている間に逃げてしまわなかったのは、この後ろ盾があったためでしょう。


 すると、ここまでリルルに抱かれたまま呆然としていたクリヲトちゃんが ようやく我に返って、震える声を発しました。


「あ、あの……リルルおねえさま……こ、これはいったい……? どうして、おねえさまが、魔族なんかと……」

「え? ああ、もしかしてまだ自分が利用されてたことに気が付いてないんですかぁ? さすがにもう説明は不要だと思いましたけど」

「り、利用……?」

「毎度ご贔屓にしていただいてるオークキング様への、ドラゴン討伐サービスですよぉ♪ そのために利用できそうだから、貴女の年齢を下げたり、勇者として祭りあげたり、いろいろ協力してあげたんです」


 リルルの口から告げられた衝撃の内容に、クリヲトちゃんは見るからに絶望的な表情を浮かべます。

 その顔を見たリルルは一瞬だけ無表情になりますが、それからすぐに元の邪悪な笑みを貼りつけて、


「ですけど、とっても役に立ってくれましたからねぇ。貴女だけは見逃してあげますよ。……けれど、他の人たちは別です」


 リルルは私たちを指さして、より一層あくどい表情になると、


「ふふ……どうせ貴女たちのことですから、この戦いが終わって用済みになった途端、リルちゃんを捕まえてしまおうとでも考えてたんですよねぇ? あはは、残念でしたぁ! さぁ、オークキング様! 幸いにも彼女たちはこの戦いで弱っていますし、騎士団も寄せ集めの有象無象です! 魔族として名を挙げ、アペリーラに大きく差をつける絶好の機会ですよ!! ここで全員滅ぼしてしまいましょう!!」


 リルルは私たちを潰し合わせようと、オークキングを思いっきり煽ります。

 オークキングの後方では、いまだにオークたちがドラゴンを執拗に攻撃し続けていました。まだドラゴンが辛うじて生きているのか、はたまた樹海を焼かれた腹いせに死体蹴りをしているのかはわかりませんが、ある意味で好都合です。

 群れの首魁(ボス)を先に潰すのは集団戦の常套(じょうとう)。オークキングの守りが薄いうちに、一気に片を付けてしまいましょう。


 ……と、私がレジィに目配せをして戦いの合図を出そうとしていると、そこでオークキングは相変わらず不気味に陽気な調子で、


「そうだなぁ。けどよ、その前にリルルちゃんの立場ってのを明確にしとく必要があると思うんだよ」

「……え?」

「確かにアペリーラの奴は出し抜いてやりたいけどな、だからこそアペリーラの手駒を放っておくわけにもいかねぇだろ? なぁ、リルルちゃん」


 するとオークキングの纏っていた軽薄な雰囲気が一気に変質し、その大きな目でリルルをぎょろりと睨み付けました。


「……お前がアペリーラとも繋がってることは調べがついてんだ。よくもこのオークキング様をコケにしてくれたな」


 ビリビリと空気を震わせるような怒気が、少し離れたところにいる私たちにまで伝わってきます。


 その威圧を間近で受けたリルルは一瞬で青ざめて、そぉ~っと後ずさり。

 静かにオークキングの傍から離れると、なぜか私たちの隣に並びました。


 そして「ふっ……」と少年漫画チックに好戦的な笑みを浮かべると、


「勇者様……貴女たちを倒すのは、このリルちゃんだよ。あんな奴に負けるなんて許せないからね……ここは手を貸してあげるよ」


『…………。』


 いや無理だから。そんなノリで誤魔化されないから。

 え、なに急に かつて死闘を演じたライバル面してるの? キミそんなポジションじゃないでしょ?


 ほら見てよ、オークキングのあの顔を。白けてるってレベルじゃないよ。

 キミの手のひら返しが高速過ぎて、クリヲトちゃんもかなり混乱してるじゃないですか。

 実の姉であるルローラちゃんに至っては、呆れを通り越したような目をしてるし……


 もうこの問題児を縛り上げて献上すれば、オークキングも私たちを見逃してくれそうな気がしてきました。



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― 新着の感想 ―
[一言] 監獄送りでも生ぬるい気がしてきた
[良い点] リルルの行動にリアリティが無い、と感想文してた事に 謝罪します。 登場初期どうりのクズで安心しました。 善意の欠片もなくて安心しました。 ただ、心を読んだ姉はなぜ騙された? それも作者の計…
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