1歳3ヶ月 56 ―――決着
『グゥゥ……!? 貴様ラ……貴様ラァァアアアアアッ!!』
悲痛な絶叫を響かせるドラゴンは、先ほどの撃ち合いのあと、驚いて足を止めてしまっていました。
そのため、すでに私たちはドラゴンのすぐ後ろまで迫っています。
私はネルヴィアさんとレジィに最後の“合図”を出しながら、黒馬の背中から飛び降りました。今回は隊長さんが減速してくれたので、魔法で体重が半分の私は一人でも無事に着地……
……ぎゃんっ!?
ダ、ダメだったー! すごい良いところだったのに転んじゃった! 恥ずかしいっ!! 帰りたい!!
私は痛みと恥ずかしさをこらえながら駆け出すと、そのまま体重半分の強みを生かし、ドラゴンの尻尾に向かってジャンプしました。
そして尻尾を踏み台に、さらにジャンプ! ドラゴンの背中に着地すると、消滅魔法『立崩体』を発動させます。
そして手のひらに生み出された漆黒の立方体を叩きつけ、ドラゴンの背中表面の一部を削り取りました。
『グォァアアアッ!?』
竜鱗どころか肉の表面まで削れたことで、ドラゴンは激痛に身をよじって暴れ出しました。
私はすぐに背中から飛び降りると、ドラゴンの目の前に着地します。
……うん、良い位置ですね。とても良い感じの位置です。
そして目の前の私へと、その凶悪な爪を振り下ろすドラゴンでしたが……当然ながら私の防御魔法に激突すると弾かれて、それどころか爪が中ほどで折れて飛んでいってしまいました。うわ、痛そう……
それでも狂ったように私へ攻撃を続けるドラゴンは、直後に真横から襲いかかった闇色の奔流に呑まれました。
見れば、騎士団を守るように立つルローラちゃんが、再び黒炎を放ったみたいでした。
あの、今の攻撃、余裕で私も巻き込まれたんですけど……
『グギャァァアアアアアアッ!?』
自分自身の黒炎に焼かれたドラゴンは のたうち回り、断末魔の叫びをあげています。
そしてその隙に、私はドラゴンの足元に近づくと、その巨体の胸元を絶対領域に巻き込むことで固定して身動きを封じました。……結局これだけ炎を撒き散らされるって知ってたら、最初からこれやってたのに。
そして速度を封じる結界に身体を巻き込まれたドラゴンが、必死で逃れようと地面を掻きむしっているところで……
ドラゴンの肩越しに、私が真上へと視線をやると―――そこでは準備万端の二人が、今まさに動き出そうとしているところでした。
昨晩、堅固なドラゴンの装甲を破るために考え出した、ネルヴィアさんとレジィの合体技です!
やっちゃえ二人とも!
樹海の木々を伝ってドラゴンの真上へと移動した二人。
レジィがネルヴィアさんの腰に手を回した状態で、二人同時に枝を激しく蹴って飛び出しました。
レジィの開眼を使った超加速の中で、ネルヴィアさんは全力で迅重猛剣を振り下ろし……
私が背中に穿った穴に目がけて、限界まで加速して重量を増した魔剣が炸裂しました!
ドラゴンはその一撃を受けると、大量の血反吐を吐きながら倒れ込みました。
いかにネルヴィアさんの連撃に耐えきる耐久力があっても、身体が地面にめり込むほどの一撃には耐えられなかったようです。
硬いものほど壊れる時は脆いとはよく言ったもので、すでに穴を穿たれていた竜鱗は莫大な衝撃を受けると大きく亀裂が入り、粉々になって剥がれ落ちていました。
そして私は、少し離れたところまで転がって行ったネルヴィアさんとレジィへ目をやります。ネルヴィアさんは頭を押さえてぶんぶんと振っていましたが、とりあえず無事みたいで安心しました。
落下時の衝撃は、魔剣の持つ衝撃を吸収する性質によってほとんど逃がされたようですね。
あるいは、レジィが何とかしてくれたのかもしれませんが。
それから私は二人に駆け寄ると、正面から思いっきり抱きしめました! それはもう強く、激しく抱きしめました!
ドラゴンと戦って、みんな無事に生き残れた……それだけでもう、言う事はありません! 本当に、うちの自慢の子たちです!!
「セフィ様……えへへ、がんばりました」
「ご主人、その……ここはちょっと、恥ずかしいぞ」
二人はちょっとはにかみながらも、私に身を委ねてくれます。
ああもう可愛い子たちめ! 連れて帰りたい!
あっ、一緒に住んでるんだから、連れて帰っていいんでした。なにこれ、ここが桃源郷?
私が一人でハッスルしていると、すぐ近くに足音が聞こえてきます。
見れば、勇者ちゃんを胸に抱いたリルルが、ドラゴンへ歩み寄っているところでした。
虫の息になっているドラゴンの目の前まで行くと、リルルは神妙な声色でクリヲトちゃんに話しかけます。
「今にも死にそうですね。どうしますか? トドメを刺すなら、今しかありませんよ」
「……うん」
「自分で戦って倒したかったでしょうけど、どうかこれで我慢してください」
クリヲトちゃんは、口から血反吐を垂らしながら横たわるドラゴンへ虚ろな瞳を向けています。果たして彼女は今、何を思っているのでしょうか。
と、そこへ馬から降りたルローラちゃんが、私に近づいてきました。二発も黒炎を放ったせいで、もう外見年齢が二歳くらいになってしまっています。
「……ゆーしゃ様は、敵を殺さないって決めてるんだよね? あの二人を止めなくてもいいの?」
ルローラちゃんの問いに、私はゆっくりと首を振りました。
かつて盗賊たちを殺そうとした私に、復讐を止める権利なんてありません。
ドラゴンへのトドメを刺すことで彼女の心が救われるなら、それも良いでしょう。どのみち彼女がやらなくても、騎士団の誰かがやるでしょうし。
私が止めるとすれば、それは彼女がドラゴンへの復讐を終えた後も、すべての魔族に対してその恨みをぶつけようとした時です。
そのため私は、リルルとクリヲトちゃんのやり取りを黙って見守っていました。
すると、クリヲトちゃんはどこか寂しそうに乾いた笑みを浮かべて、
「なんだろう、ここにくるまでは、ぜったいにころしてやるっておもってたのに……かってにやられて、こんなにボロボロになってて……なんでかな、もう……どうでもよくなっちゃった」
そう言って彼女は、一筋の涙を零しました。
そんなクリヲトちゃんを、リルルはなんだか複雑そうな顔で見つめていました。
……どうやら私たちによって出鼻を挫かれたせいで、復讐の熱意が失われたのでしょうか。
あるいは心のどこかで、復讐自体はどうでもいいと思っていたのかもしれません。しかしドラゴンから逃げたままでは、永遠に自分の時間は止まったままになってしまいます。だから彼女は、何らかの“決着”を求めていたのかもしれません。
その答えは、これから本人がゆっくりと見つけていくことでしょう。
さて、どうやら一段落したみたいですね。決死の覚悟でここに集まった数百人の騎士団は拍子抜けかもしれませんが、一応はこれで決着です。
用が済んだなら、こんなところ早くおさらばしましょう。
そう思って立ち上がろうとしたところで、突然ネルヴィアさんとレジィが私を挟むように背中合わせになって、低い声を発しました。
「……囲まれてます」
「数は三〇……いや、もっといるな」
その言葉に驚いて、私が周囲を見渡すと……薄暗い樹海の闇の奥で、大量に蠢く影が見えました。
……やれやれ。どうやら、家に帰るまでが遠足みたいです。




