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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 53 ―――覚醒

百合紳士様にレビューをしていただきました!

ありがとうございます!



 ゆらりと立ち上がったネルヴィアさんは、まるで自宅の庭でも歩くかのような軽い足取りでドラゴンへと近づいて行きました。


 あまりにも現実離れした出来事を目撃して呆然と固まっていた私は、しかし数秒ののちに我に返って、彼女に駆け寄ろうとします。

 しかしその直前、ネルヴィアさんは振り返りもせずに、


「セフィ様は、ゆっくりとくつろいでいてくださいね。……あんな相手、セフィ様の手を煩わせるまでもありません。―――あなたの“剣”にお任せください」


 いっそ不安を覚えるほどに“冷静すぎる”声色。しかし彼女の声に聞き馴染んだ私には、その平静さの奥底に燻る感情の胎動を感じ取っていました。

 その感情とは……“歓喜”です。


 すぐにネルヴィアさんはドラゴンの目の前までたどり着くと、胸を張って堂々と向かい合います。先ほどまでとは打って変わって、臆したような気配はまったくありません。

 それどころか、早く戦いたくてうずうずしてるようにさえ見えてしまいます。


 ……本当にあれが、さっきまでびくびく怯えていたネルヴィアさん……なの……?


 ドラゴンも、ネルヴィアさんの劇的な変化に気が付いたのか、真っ赤に染まった瞳をわずかに細めました。

 けれどもそれは一瞬のことで、直後にドラゴンはその巨体を素早く突貫させ、岩石だろうと引き裂く巨大な爪をネルヴィアさんへと振り下ろします。


 その直後、地面に深々と突き刺さったドラゴンの爪は、けれども獲物を捉えることはありませんでした。

 むしろ私の目には、ネルヴィアさんが避けたというよりも、ドラゴンの爪の方がネルヴィアさんを避けたようにさえ見えました。

 けれども、いくらドラゴンが暴走気味とはいえ、あんな近距離で動かない相手への攻撃を外すなんてことはありえないでしょう。


 これまでどれほどの血を吸ってきたかわからないドラゴンの腕を全く意にも介さず、ネルヴィアさんは落ち着き払った態度でドラゴンへとまっすぐに視線を向けます。


「貴方はどうして人間を襲うのですか?」


 その端的な質問に対し、ドラゴンは地面に刺した腕をゆっくりと引き抜きながら、裂けた口をさらに愉悦に引き裂きながら嗤います。


(チカラ)ヲ示ス……ソレ以上ノ理由ナド必要アルマイ。弱者ガ泣キ叫ブ様ハ、ナントモ愉快ナモノダカラナ……至高ノ娯楽ダ』


 その身勝手な言い分に、私は腹の底がざわめくのを感じました。

 いつの間にか攻撃を中断してネルヴィアさんの動向を見守っていたレジィも、不愉快そうに目を細めます。


 しかし質問を放ったネルヴィアさんはと言うと、とても嬉しそうに弾んだ歓声を上げました。


「ああ、よかったです! やっぱり貴方は“そういう存在”なのですね、安心しました」

『……何?』

「私は、戦うことが怖いんです。剣を握ると、どうしても手足が震えて、動きが鈍ってしまいます……本気で剣を振ることができないんです」


 とても愉快そうに、陽気な声色を発していた彼女は、そこで……


「ですが、ほんの少しも同情の余地がない、完全な()。貴方が“そういう存在”であってくれたおかげで……」


 ネルヴィアさんの纏う空気が、激しく、劇的に、苛烈なものへと一瞬で変わります。




「相手を殺してしまうかもしれないという恐怖に、初めて打ちつことができました」




 ざわり、と私の腕に鳥肌が立ちました。視界の端にいたレジィも、思わずといった感じで一歩、後ずさります。

 そして何の気後れもなく、遠慮もなく、ネルヴィアさんがドラゴンへさらに一歩近づいた時……ドラゴンは凶悪な咆哮を響かせながら、再び腕を振り下ろし……


 直後、樹海中に響き渡るような轟音と共に、その腕が大きく弾かれました。

 それによってバランスを崩したドラゴンは『グォォ……!?』という唸り声をあげて、その巨体をふらつかせます。


 四方八方に何かが降り注いだと思ったら、それは黒い破片でした。考えるまでもなく、それが砕け散ったドラゴンの鱗であることは明らかです。ドラゴンの手首には、遠目からでも見えるほど大きな亀裂が走っていました。

 そして、ほんの一瞬 私が目を離していた間に、ネルヴィアさんはすでにドラゴンの懐へと潜り込んでいました。


 再びの轟音。今度はドラゴンの巨体を支えていたもう一本の腕が弾き飛ばされます。

 当然ながら、前足を両方とも弾かれたドラゴンは前方に倒れ込みますが……その先には、すでに次なる一撃を構えたネルヴィアさんが。


 二〇メートル近くも離れているにもかかわらず、私の内臓を揺さぶるほどの衝撃が空気を震わせます。

 全身をフルに使って放たれた痛烈な一撃が、倒れ込んできたドラゴンの顎を打ち上げるようにして直撃しました。前方へと倒れ込もうとしていたドラゴンの身体が、今度はのけぞるようにして真上に浮き上がります。

 そして次の瞬間には、ネルヴィアさんはすでに魔剣を振りかぶっており……


 轟音が、絶え間なく連続で響き渡りました。

 歩くだけで地面を震わせ、木々をなぎ倒すドラゴンの巨体。それが、遥かに小さな人間によって、右へ左へと踊らされています。


 常人には一度振るだけでも苦労するような、重量が常に変化し続ける特異な剣。それをまるで、手足と共に生まれつき備えていたかのように自在に振り回す彼女は、疑いようもなく天性の才覚を開花させていました。


 私は……大きな勘違いをしていたようです。

 昨晩、ネルヴィアさんがドラゴンとの戦いに怯えの色を見せていた時、てっきり私は、強大な敵と対峙することで、彼女は自分たちの命が危険に晒されることを危惧しているのだと考えました。そしてそれは、あながち大きく的を外してはいなかったはずです。


 しかしもう一つ、彼女の心を悩ませていた恐怖がありました。


 それは、敵が強大であるがゆえに、“いつものように手加減できないかもしれない”……それによって、“相手を殺してしまうかもしれない”という恐怖だったのです。


 私は、彼女の優しさを……そして彼女の秘めていた、傑出した才覚を見誤っていました。


 樹海に『グギャァァアアアアアッ!!』というドラゴンの悲鳴が響き渡ります。

 見ると、鱗がすっかり剥がれ落ちたドラゴンの腕に、魔剣ではない方のロングソードが深々と突き立てられていました。

 黒々とした血飛沫をあげる腕をドラゴンが慌てて引っ込めると、ネルヴィアさんはロングソードを納刀しながら素早くドラゴンの懐に潜り込み、そして首の付け根辺りを魔剣で強烈に打ち上げます。

 声にならない叫びをあげたドラゴンは、ぐらりとその巨体をのけぞらせました。するとそこで、ドラゴンの無防備な腹部が晒されます。


 ネルヴィアさんは より一層の深い“溜め”から、これまでで最大の威力であろう一撃を放ちました。


 耳が痛くなるほどの轟音を伴った衝撃は、周囲の木々をびりびりと震わせながら拡散していきます。

 今日まであらゆる攻撃を寄せ付けてこなかったはずの竜鱗は粉々になってごっそりと剥がれ落ち、そしてそんな一撃を無防備な腹に貰ったドラゴンの巨体は勢いよく吹っ飛ぶと、木々をなぎ倒しつつ背中から倒れ込みました。


 ……あまりにも、圧倒的。


 かつて彼女がレジィと対峙した時のように、激情で一瞬だけ恐怖を忘れているのとも違う、完全な『恐怖の克服』。

 それを成し遂げて手加減をやめたネルヴィアさんは、最強の種族と名高いドラゴンをたった一人で追いつめていました。


 私はネルヴィアさんの近くへ移動しようと、静かに足を踏み出します。するとその一歩目で、彼女はこちらを振り返りました。……今のネルヴィアさんなら、目を閉じていたって戦えてしまいそうですね。


 彼女の変貌を目の当たりにした私は、今回のことでネルヴィアさんが私の理解の及ばない存在になってしまうのではないかと不安を覚えていました。

 しかしながら、私の顔を見たネルヴィアさんが浮かべる嬉しそうな微笑みはいつも通りで、私は密かに安堵の溜息を漏らしました。


 ……まぁ、たった今ドラゴンを生身で殴り飛ばしておきながら、いつも通りの笑顔を浮かべられるというのはちょっと引っかかるものがありますが……それは良しとしておきましょう。

 初めて全力をぶつけられる敵との戦いで、いろいろとスッキリしたのかもしれませんし。

 これで戦いの楽しさとかに目覚めて、好戦的な性格にならないといいのですが……


『……オ、ノレ…………オノレェェェ……!!』


 と、その時。どす黒く塗りつぶされたような、邪悪な声が暗闇から響きました。

 ボロボロになって倒れていたはずのドラゴンはいつの間にか起き上がっており、闇の中に真っ赤な瞳を浮かべています。

 あれだけの攻撃を受けてまだ立てるなんて、さすがは最強種(ドラゴン)です。しかしあのザマではもう、共和国の騎士団でも余裕で討伐できそうですね。


 ……などと、私が楽観的な感想を抱いていると、そこでドラゴンは、その赤い双眸(そうぼう)を限界まで見開きながら、


『オノレ……虫ケラ共ガァァァアアアアアアアアアアッ!!!』


 血反吐をまき散らしながら叫んだドラゴンが、その口を大きく開きながら私たちに向けました。

 そして私が反射的に地面を踏み鳴らして“合図”を出し、レジィとネルヴィアさんが私の傍に寄り添ったのを確認して『絶対領域(アイアンメイデン)』を発動した瞬間―――


 ドラゴンの口から放たれた“闇”が、私たちの視界を塗り潰しました。



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