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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 47



 ボボロザ樹海は人族領と魔族領の境目辺りに位置した魔境で、ここに住む多くの魔族たちは非常に団結力が強く、それでいて余所者よそものには酷く排他的なのだそうです。

 その排斥はいせきの対象となるのは人族だけに限らず、彼らは他の魔族に対してさえも攻撃や捕縛をするらしく……しかもここの魔族たちは樹海から出てくることは滅多にないため、無闇に近づいたりしない限りは、ある意味で人族にとっては安全な魔境とも言えるそうです。


 そう教えてくれたリルルですが、果たして彼女はその排他的な魔族たちをどんな方法で抑え込んでいるのでしょうか。今思えば、ルローラちゃんに頼んででも訊き出しておくべきだったかもしれません。


 そしてリルルによると、現在ドラゴンは樹海のそう深くないところに生えている巨大樹を根城にしているとのこと。これはルローラちゃんによる裏付けもあるので信用できる情報ですし、その巨大樹とやらはここに来る途中で遠くから存在を確認することができました。

 しかしリルル曰く、魔族が約束を律儀に守るとは思えないから、今は全然違う場所にいる可能性も考えた方が良いそうです。

 それでも、例のドラゴンは人族の軍勢を蹴散らして実力を誇示したいそうですから、少なくともこの樹海で待ち構えてはいると思うのですが……


 樹海は昼間だというのにかなり暗く、それでいて妙な肌寒さを感じます。

 まるで競い合うように枝を伸ばして葉を茂らせる木々が頭上を覆い尽くしていて、さながら自然のトンネルのようになってしまっているからです。

 こんな状況で陽が傾けば、自分の鼻先さえも見えない暗闇に包まれてしまうことでしょう。夜どころか、夕方でも真っ暗に違いありません。


 くれぐれも迷わないようにしたい私たちは、定期的に木を斬りつけたり、赤い布きれを枝に垂らしたりしながら樹海の奥へと進んでいきます。

 しかし樹海の外からはよく見えた 目印の巨大樹も、樹海に入ってしまった今では木々のトンネルのせいでまったく見つけることができません。

 ……これ、本当に大丈夫なんですか? ドラゴン退治どころか樹海で遭難なんて、全然笑えませんよ……?


「一目見た時から、只者ただものではないと思っていた。見た目で侮ってしまった自分が恥ずかしい」


 と、そこで急に、私の前に座って馬を駆るダンディ隊長が口を開きました。ちなみにこの隊長さんの本名は“クロット・リルマンジー”というらしいです。さっき知りました。

 この黒馬以外の騎馬たちは私に近寄ろうとしないため、先頭を走る私たちと後続との距離は少し離れています。つまり彼の言葉は、私かレジィに向けられたものでしょう。


「そちらの少年と、剣士の彼女……その二人は、年齢に見合わないほどに洗練された立ち振る舞いだ。全く隙がない。よほどの才覚と見受けられる」


 私がそっとレジィを振り返ると、彼は「……ふん」と鼻を鳴らしながらも、まんざらではない表情です。

 かつてネルヴィアさんもレジィの正体を初見で見破りましたが、それと同じ芸当ができるなんて、この隊長さんも相当な実力者なのでしょう。さすがにドラゴン討伐の指揮を任されるだけのことはあります。


「そしてあの眼帯の少女は、相対あいたいしていると心がざわつくような……そんな感覚に囚われた。最初はリルル殿の紹介だったので過敏になっているのかと思ったが、あの三つ編みの少年と赤ん坊を街に置いてきて、彼女はここに連れてきたということは、私の見立ては間違いではなかったのだろう?」


 おぉ……右目とエルフ耳を除けば普通の子供と大差ないはずのルローラちゃんに脅威を感じるとは、隊長さんこそ只者ではありませんね。


 そして最後に、ダンディ隊長は一瞬だけ私を振り返って、


「何よりも恐ろしいのは、キミ(・・)だ。孤児院に連れてきていたあの赤子と、そしてキミからは、形容しがたい戦慄を覚えた。かつて戦場で、死を覚悟するほどの大軍勢を前にした時でさえ、ここまで背筋が凍ったものかはわからない。キミに比べれば、赤子でありながら魔法を扱う勇者様でさえ可愛いものだと思ったほどだ」


 ええ!? いやいや、それはさすがに過大評価も甚だしいですよ!

 今の私なんて、普通の魔術師程度の実力しかありませんし。それに今の見た目はただの少年……少年? ……うん、少年ですから、スペックを考えれば常識の範囲内のはずです。

 まさか獣たちが私に感じ取るという『死の匂い』とやらが、人間にも嗅ぎ取れるようになってきたのでしょうか? なにそれ怖い。


 そして隊長さんは、私たちが乗っている大きな黒馬に視線を向けると、


「この暴れ馬が自らの意思で人を乗せたのは、共和国の英雄と言われた伝説の騎士、ディノケリアス様ただ一人だったと聞く。もちろん、私もこの馬の背に乗せてもらうにはかなりの時間を要したものだし、今でも多少苦労するほどだ」


 ああ、だからあの時、周りの騎士さんたちはあんなに驚いていたんですね。まさかそんな曰く付きの馬だったとは。

 しかしそうなると、この馬が私を乗せてくれた理由が余計にわからなくなるのですが……


「最初こそキミたちの実力に半信半疑だったが、今となっては我々と対等以上の戦士だと確信している。キミたちがいったい何者なのかは知らない。しかしそれでも、あの邪悪な魔族(ドラゴン)を倒し、共和国(イースベルク)の民を守る手助けとなってくれるのなら追及はすまい。どうか我々に、力を貸してくれ」


 ダンディ隊長の真剣な声色に、私は少なからず感じ入るものがありました。

 というのも、こんな命を落としかねない危険な任務の、さらに危険な先遣隊を先頭きって率いる彼が、金や名声のために戦っているのではないということがひしひしと伝わってきたからです。


 そして同時に、今も戦地にいるのであろう私のお父さんも、こんな感じなのかなと……そんなことを思ったのです。

 私は彼らと違って、この戦いに命をかけようとまでは思いません。しかしそれでも、出来うる限りの助力はしてあげたいと思えるような、気持ちのいい隊長さんだと感じました。

 よぉし、やってやろうじゃありませんか!


 と、そんな風に私が、決意も新たに闘志を燃やしていた時。


「……ッ!! 何かいる! 右だっ!!」


 私のすぐ後ろで、レジィが後続の騎士たちを振り返って大きな声で叫びました。

 その声に、全員が右へ視線を集中させた、その時。




 景色が黒く溶け込んだような、寒々しく澱んだ暗がりに―――


 血走った金色の瞳が二つ、不気味に浮かび上がったのです。




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