1歳3ヶ月 40
翌日の朝早くから、私たち五人はルクサディン教会の孤児院を訪れていました。
孤児院の正門へ回ると、そこではすでにリルルが欠伸をしながら待機しており、あらかじめ教会側に話をつけてくれていたのか、私たちは速やかに建物の中へと通されます。
若いシスターさんが私たちを案内してくれようとしていたのですが、リルルはそれを甘ったるくて丁寧な口調でやんわり断り、ずかずかと先へと進んで行ってしまいました。
その道中、リルルが私たちをチラリと振り返り、
「これから会うのは勇者様だけじゃなくって、ここの院長代理と、それから今朝早めに到着したらしい、共和国首都から派遣されてきた騎士団の隊長さんね。まぁ、舐められないようにさえしてくれれば、それでいいよ」
そう言いながら、リルルが勝手知ったるといった足取りで先導してくれるのについて行くと、やがて視線の先に両開きの重厚な扉が現れます。
中へ入ると、そこはどうやら食堂のような場所で、八つほどのテーブルが並んでいる、それなりに広い部屋でした。きっとご飯の時間になったら、孤児院の子供たちで賑わう場所なのでしょう。
そして食堂の一角、窓際のテーブルにはすでに三つの人影が着席して、私たちを待ち構えていました。
一人はかなりご高齢のお婆ちゃんで、他のシスターと同じく修道服を身に纏っていました。彼女が先ほどリルルの言っていた、この孤児院の院長代理だという人なのでしょう。
そしてその隣には、なかなかいかついお顔をしたダンディなおじさまがどっかりと座っています。彼はもう見た目からして筋骨隆々の強面で、派遣されてきた騎士団の隊長さんで間違いないでしょう。
そしてもう一人……夕陽のような赤い髪の幼児が、まじまじと観察するような視線を私たちに送ってきていました。
ちなみに現在の彼女は、以前身に纏っていたような豪奢な礼服ではなく、もっと動きやすそうなワンピースに近い服装です。
“クリヲト”と名乗る勇者様は、しかしすぐに私たちからあっさり視線を外してリルルへと顔を向けると、彼女に熱い視線を送っていました。……それはなんというか、いつもネルヴィアさんが私に送っている感じの視線だったような気がします。
リルルはテーブルをぐるっと回ってクリヲトちゃんの隣に腰掛けたので、私たちは彼女たちと向かい合うような配置で腰掛けました。椅子はちょうど四つ並んでいたため、もちろん全員が着席します。……私はケイリスくんのお膝の上ですけど。
全員が着座すると同時に、リルルが余所行きの高くて甘ったるい声で穏やかに切りだします。
「いきなりムリを言っちゃってごめんなさぁい。この人たちが昨日の夜にお話しした、とってもお強い人たちなんですよ~」
ニコニコとそう語るリルルに、クリヲトちゃんとお婆ちゃんシスター、それにマッチョなおじさんが、それぞれ驚きとも困惑ともつかない表情を浮かべます。
まぁ、普通に見た目は少年少女の集まりにしか見えませんからね。この反応は仕方ありません。
しかし表向きでは勇者様が全幅の信頼を寄せているリルルが推薦するのですから、頭ごなしに疑問をさしはさむこともできず、三人とも固まっていました。……そもそも見た目で言うのなら、そこの勇者様だって十分に異常ですしね。
そんな彼らの反応に構わず、リルルは何食わぬ顔で続けます。
「見た目はこんなですけどぉ、この人たちの実力はすっごいですから頼りにしていいですよぉ? それに自主的に協力を申し出てくれてますからぁ、死んでも文句はありません。こき使っちゃってくださいねぇ」
なんか勝手なことをシレっと言われちゃってますね……。
言っときますけど、本当にピンチだと思ったら私は他人を囮に使ってでもうちの子たちの安全を確保しますからね?
しかしリルルの容赦ない物言いに、むしろ向こうの隊長さんが微妙な表情を浮かべました。
「気持ちは嬉しいが……相手はドラゴンなんだぞ? 君たち、よほど腕に自信があるのかね?」
見た目で言ったら、幼児、幼児、少年、少年、少女ですもんね。しかも武装してるのが一人だけという……
かと言って、人族じゃないレジィとルローラちゃんの二人や、私は正体を明かすわけにもいきませんから、何も反論はできないのですが。
疑惑の視線を向けてくるダンディ隊長に、そこでリルルがなだめるように口を挟みました。
「まぁ、この人たちは先遣隊といっしょに樹海へ飛び込んでくれますけどぉ、ずっといっしょに行動するわけじゃありませんからねぇ。無理に協力する必要もありませんし、完全にいないものとして扱ってくださって大丈夫ですよぉ?」
「……いや、それはあまりに危険だろう。もしもドラゴンと出会ってしまったら、犬死にとなってしまう。合流大隊と共に待機してもらうのが良いだろう」
「完全な統率の取れた軍隊によそ者をいきなり混ぜてしまったら、その統率の乱れは致命的になっちゃいますよぉ? 特に、今回相手をするのはドラゴンなんですからぁ。それでしたら、犬死にの方がずっとマシですよぉ」
「しかしだな……うぅむ。それならば、せめてドラゴンを発見するまでは我々の先遣隊と共に行動を共にしてもらおう。彼らを使うなら、それが最大限の譲歩だ」
なかなか頑固な隊長さんに、リルルは穏やかな表情のまま数秒ほど固まっていました。アレは絶対、心の中で舌打ちしてますね……




