1歳3ヶ月 39 ―――ネルヴィアの不安
//新年あけましておめでとうございます!
//今年もどうぞよろしくお願いいたします!
私たちが話を始めて、二時間ほどが過ぎた頃。
リルルとドラゴンの関係性を聞いた私たちは、その後 勇者誕生の経緯とドラゴンの能力についてもルローラちゃんに教えてもらいました。
さらにその情報を元にした作戦もいくつか考案して、ドラゴン対策をいくつも提案しました。
……さすがに情報量が多かったのか、レジィはちょっと眠そうにしていましたが。
そして全員に向けた話し合いが終わり、さてじゃあそろそろ休もうかといった空気になった頃。
私はかなりの躊躇いを覚えながらも、意を決してその決定を宣言しました。
『それから、今回……ケイリスくんは連れて行かないから』
私の言葉に、全員が私へと注目しました。
ケイリスくんが困惑気味な表情で「え……」という声を漏らしましたが、私は断固とした口調で続けます。
『本当は私の目の届くところにずっといてほしいんだけど、さすがに今回は危険すぎるからね。戦えないケイリスくんには、ルーンペディでお留守番をしていてほしいんだ』
ケイリスくんはひどく戸惑いながらも、反論の糸口がつかめなかったのか、やがてとても悲しそうにうな垂れて「……はい」と小さく呟きました。
そ、そんな悲しそうな顔しないでよ! しょうがないじゃん、危ないんだから!
私はなんだかすごい罪悪感に苛まれながら寝る準備を整えていると、そんな私にネルヴィアさんが静かに近づいてきました。……ちょっとブルーなケイリスくんの手を引いて。
どうしたのだろうとネルヴィアさんを見上げると、彼女はとても真剣な表情で周囲を見渡して、レジィやルローラちゃんが近くにいないことを確認してから、なにやら言い辛そうにしつつ口を開きました。
「セフィ様……ほ、本当に明日、ドラゴンと戦うおつもりなのですか?」
『え?』
「……そ、その、ドラゴンの強さは、まともに戦えば『三百人級』は下らないとさえ言われる、最強の種族と言われているんです。確かにセフィ様は今のままでも十分にお強いですし、レジィやルローラちゃんも強力な力を持っていますが、それにしても……」
ネルヴィアさんの言いたいことが、ようやくわかりました。
要するに、確実に勝てる根拠もないのに、本当に戦うのか? ということでしょう。
私はかつて、一度はトーレットを見捨てる判断を下しました。それは確実に勝てる根拠がなく、私たちの誰かに損失が発生する可能性があったためです。
具体的にエルフの里の全勢力とドラゴン一体がどれほどの戦力差かはわかりませんが、どちらも現状の我々の戦力で戦いを挑むには、決して楽観視できない勝算であることは確実。となれば今回も戦うことは避けて、私の首輪を外すことを最優先にした方が良いのではないかとネルヴィアさんは言いたいのでしょう。たしかに彼女の言うことにも一理あります。
今の私は全盛期と比べて一パーセント以下の強さでしょうし、里を出てしまったルローラちゃんも全盛期の何割ほどの力を発揮できるかわかったものではありません。
四人のうちの半数が大幅に弱体化している現状で、魔族の最強種とも名高いドラゴンに勝てる見込みはあるのか? と考えてしまうネルヴィアさんの懸念は、慎重であるとは思えても、臆病だなんて決して思うことはできません。
けれども、エルフの里の強さは“未知数”だったことに比べて、ドラゴンは確かに間違いなく強いとはいえ、具体的にどれほどの強さで、何が恐ろしいのかということがハッキリしていることもまた事実です。
というのも、ドラゴンが恐れられている理由は、強固な鱗による防御力、鋭利な爪や牙による攻撃力、そして単純に巨大であるということに加えて、馬を振り切るほどの速度と、広範に届く灼熱の息吹。それらが恐ろしいということがすでに判明しているのです。
ならばそれらの強みを一つ一つ潰していく戦略を組み立てれば、明確に勝率を高めることも可能でしょう。
そしてそのカギとなるのが……
『さっきの作戦会議でも言ったけど、今回の戦いで一番重要なのは、ネルヴィアおねーちゃんなんだよ?』
そう、今回私がドラゴンに“勝てる”と判断したのは、ネルヴィアさんの存在があってこそでした。
仮にネルヴィアさんがこの旅について来ていなかったとしたら、私もドラゴン退治は諦めていたことでしょう。
さっきもこの事は念入りに強調したつもりなのですが、しかしネルヴィアさんは自身がドラゴン退治における切り札であるという自覚がないようなのです。
それは例の“ボールウルフ事件”によるトラウマもそうでしょうし、今日まで夜獣盗賊団を除けば、彼女がわかりやすい戦功を挙げてこなかったことも影響しているかもしれません。
ネルヴィアさんも十分にとんでもない強さであるはずなのですが、これまで彼女が戦ったレジィやルローラちゃんは相性が悪すぎましたしね。
不安そうな表情を浮かべているネルヴィアさんの手を握ってあげながら、私は彼女が安心してくれるように穏やかな微笑みを向けました。
それから、彼女の綺麗な空色の瞳をまっすぐに覗きこんで、
『たしかに私は声が出せなくなって、ほとんどの魔法を失ってるよ。でも、だからって私の力は全然損なわれていないんだよ?』
「そ、それはもちろんです! セフィ様は魔法など使えずとも、たくさんの知恵と……」
『ううん、そうじゃなくってね。私には最強の“剣”があるから』
「……え?」
『私の力は、私の強みは、魔法だけじゃないんだよ。私のために力を尽くして“剣”となってくれるおねーちゃんがいるから、ドラゴンなんかには負けないって信じてるんだよ』
呆気にとられたような顔を赤く染めて固まってしまったネルヴィアさんに、私は精一杯の誠意を込めて言い放ちます。
『安全に、確実に勝てるなんて保証はどこにもない……それはおねーちゃんの言う通りだよ。それでも私のために、いっしょに戦ってくれる?』
私の言葉に、ネルヴィアさんは完全にとまではいかないものの、かなり怯えの色を薄くした表情となっていました。
それから彼女は決意を込めた瞳に薄っすらと涙を浮かべながら、力強く宣言しました。
「セフィ様のご期待に応えられるよう、全力を尽くします……!!」
まだ彼女が、決して『勝つ』とは言いきれていないところや、少なからず残っている怯えと躊躇いに、まったく不安がないかと嘘になります。
けれどもネルヴィアさんなら、実際に私の期待に応えてくれるだろうという思いがありましたし、最悪勝てなくとも、私が全力でみんなを守り抜くという決意がありました。だからきっと問題は無いはずだと判断したのです。
しかしこの時の私は、ある意味で酷い考え違い、計算違いをしていたことを……のちに思い知らされることとなりました。
そしてその想定外は、来たるべきドラゴンとの戦いにおいて、ネルヴィアさんを襲った『異変』という形で現れたのです。




