0歳7ヵ月 7
いやいやいや……まだ魔法が使えるわけでもないのに勇者扱いは、さすがに突飛過ぎませんかね?
いきなり勇者扱いされてしまった私は大いに困惑しましたが、しかしすぐに思い直しました。
この扱いはまったくの想定外だったとはいえ、非常に利用価値のある状況なのでは?
私が勇者であるということにしてしまえば、帝国に自分を売り込むチャンスが巡ってくるかもしれません。
乳児でありながら大人並みの知能を持っている……これは相当な話題性でしょう。
もしかしたら未来の魔術師候補として育てようだとか、そんな酔狂なお金持ちが現れる可能性だって無きにしも非ずです
仮に私が軍部の人間なら、間違いなく放ってはおきません。
それに、そこまでうまい話は無いにしたって、いずれ世界を救う英雄となることを期待されれば、村のみんながお金を出し合って、私を学校に通わせてくれたりするかもしれません。
これは決して楽観的な未来予想図などではなく、私が意図的に誘導すればあっさり達成できるという確信があります。
田舎で生まれ育った老人たちの信仰心とはそれほどまでに強烈なものなのだと、目の前で乳児相手に平伏す村長たちを見て思い知ったばかりですから。
けれども、一歩間違えれば大変なことにもなりかねません。
もしも私の思惑通りに事が運んで、私が魔術師として教育を受けられることになったとしましょう。
しかしそのタイミングで折悪く、戦争の雲行きが怪しくなったらどうなるでしょう?
焦った帝国は、魔術師候補であると同時に勇者候補でもある私に大慌てで魔法の知識を叩きこもうとするはずです。
それでもしも私が魔法を習得できなかったりしたら、期待値が高かった分、どんな仕打ちを受けるかわかったものではありません。
一番最悪なパターンは、中途半端に魔法を習得してしまった場合です。そんなことになれば、これ以上戦局が悪い方向へと傾かないうちに、私は戦場へ投入されることでしょう。
なんせ勇者である事を期待されているわけですからね。それはもう嬉々として戦場へ送り出されるに違いありません。
そうなれば私に待ち受ける未来は、特攻による名誉の戦死一択です。
そんな未来は御免こうむります。愛国心なんて犬にでも喰わせておけばいいのです。
私の目指す未来―――それは、働かずに不自由なく悠々と暮らしていくことです。
お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんに囲まれながら、幸せに暮らすことが私の夢。
魔術師になるなんていうのは、あくまで数ある手段の一つに過ぎません。今のところ最も現実的な手段だから検討しているだけで、べつにそこまでこだわりがあるわけでもないのです。
むしろ下手に魔術師になって授爵しようものなら、帝国の犬として死ぬまでこき使われかねません。
魔導師にでもなれば大事に運用されるとは思いますが、戦局が怪しくなってくれば帝国は保身のためにどんな貴重な人材でさえも投げ出すことでしょう。……王族以外は。
そんな風に考えた時、私の中での魔術師に対する執着は、あっさりと薄れてしまいました。
皮肉にも、魔術師に手が届く状況となったことが、魔術師への情熱を冷めさせてしまったのです。
まだ私は『神童』として六年ほど生きられるわけですから、もっと堅実な道を探してみるのもいいかもしれません。
なにもハイリスク・ハイリターンな道に焦って突っ走る必要もないでしょう。
少なくとも もう少し様子見をして、戦争の主導権を人族が完全に掌握したと判断できるまでは動くべきではないのかもしれません。
現代日本に生きていた私の知識を総動員すれば、上手いこと他人をこき使って私腹を肥やす方法の一つや二つ、思いつくような気がしますし。
一度お金を稼ぐことに成功すれば、そのお金を元手に新たな事業を展開できます。それを繰り返していけば、いつかは帝国にマイホームを持つことだって……荒唐無稽な夢物語ではなくなるはずです。
……とはいえ、私が勇者ではないということを、今や妄信的な信者となってしまっている村長たちに説明するのは骨が折れます。というか、納得させるのは正直無理だと思います。
それに、私が勇者である可能性を完全に潰さないでおけば、この村の中において私の家族は良い立場を保証されるはずです。
目の前で平伏すバシュハル村長の眩しい頭頂部を眺めながら、私はなんとも健全な乳児らしい思考を打ち切りました。
そして、肯定することも否定することも選択しない、という選択を下したのです。
私は、すぐ近くで心配そうにこちらを窺っていたお兄ちゃんの胸に飛び込むと、うるうるとした上目遣いをしながら甘えた声を出しました。
「おにーちゃん……わたし、こわいよぉ……」
効果は覿面。
お兄ちゃんはすぐに私をぎゅっと抱きしめると、村長たちを怒鳴りつけました。
「なにがゆーしゃだよ! セフィをこわがらせるな!!」
「ロ、ログナくん……しかしだね……」
「かえれ! セフィはまだ赤ちゃんなんだぞ! へんなことおしえるな!!」
「う、うむ……」
やはり、ああいう思い込みの激しい手合いには、理路整然と話をするよりも、お兄ちゃんのように感情任せに突き放して聞く耳を持たない姿勢を見せた方が効果的みたいです。
私が怖がっているというポーズをしていることもあり、村長たちも今日の所は引き下がってくれることになりました。
それにしても、私の見た目が女児みたいだというのは、思いのほか利用価値がありそうですね。ふっふっふ。
お兄ちゃん、利用しちゃってごめんね。将来良い暮らしさせてあげるから許してね。……でも、悪い女には騙されないようにしようね。
とりあえず魔導書の解読は暇な時にでも少しずつ続けていくとして、ひとまず当面は魔術師以外の将来を探っていくことに決めました。
決めたのですが……運命の女神は気まぐれといいますか、なんといいますか……
それから私はすぐに、『勇者』になることを世界に強いられているのではないかと思えるような経験をすることになるのです。




