1歳3ヶ月 29
勇者ちゃんに接触すると決まれば、私たちの行動は迅速でした。
次の日、陽が昇ってからすぐに宿を出た私たちは、昨日勇者ちゃんを見かけた例の教会へと向かいます。
さすがに朝から顔見せは行ってはいないようでしたが、もしかしたら教会の中にいるかもしれないと思い、私たちは教会内へと足を踏み入れてみました。
教会は外装もさることながら、内装も荘厳の一言に尽きます。さすがは共和国の宗教の中心地と言うべきか、帝都中央大教会にも見劣りしないほどの規模と装飾は見事と言う他ありません。
入ってすぐの礼拝堂にはステンドグラス越しの朝日が差し込み、美しい光景を演出しています。が、残念ながら私たちの目当てとなる人物は見当たりませんでした。
まぁ、私だって帝都にいた頃は教会に入り浸ったりなんてしてませんでしたしね。もっぱら逆鱗邸に引き籠っていたように思います。
となると、彼女も同じかもしれません。次は彼女の住居を探さなくてはなりませんか。
しかしここの修道士さんとかに、勇者ちゃんがどこに住んでいるのか知りたいと聞いたところで、そう易々と教えてもらえるかは微妙です。なんのためにそんなことを訊くんだってことになりかねませんし。
というわけで私は、修道士ではなく礼拝に訪れた街の人たちをターゲットに定めました。
私たちはちょっと離れたところで、私が用意した原稿通りに聞き込みを行うケイリスくんを観察します。
ネルヴィアさんは人見知りですし、レジィはこういうのに全く向いていませんし、ルローラちゃんは寝ちゃってます。いつものことですが、戦闘以外においてはケイリスくんが唯一の頼りとなります。
ケイリスくんは、穏やかそうなおばちゃんに狙いを定めたようです。なんというか、自分の武器ってものを良くわかってる感じの人選ですね。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい?」
「昨日、この教会の前で勇者様がお見えになられたと聞いたんですけど、それは今日も行われますか?」
「ええっと、どうだろうねぇ。そういう話は聞かなかったけど」
「勇者様は今、この街に住んでるんですか?」
「そうらしいねぇ。今は、このルクサディン教会の孤児院にいるみたいだし」
孤児院? ……もしも彼女が転生者だとしたら、自分が捨てられた時のことも……
私の村の人たちは、私が喋ろうと走ろうと魔法を使おうと、当たり前みたいに受け入れてくれていました。けれども当然ながら、そういった反応はむしろ少数派だということは明白です。
私は事前に村人たちの心を掴んでいたからこそ受け入れてもらえたわけで、それもなく いきなり喋りだしたり魔法を使い始めたりしたら、それこそ悪魔の子だと迫害されていたかもしれません。
そういった可能性を考えるにつけ、私は心優しい人たちに囲まれて生まれてくることができたことに、いくら感謝してもし足りない気持ちになるのです。
孤児院のおおまかな場所も聞きだしてくれたケイリスくんの案内に従い、私たちはすぐにルクサディン教会孤児院へと足を向けました。
しばらく近辺をうろついていると、やがて頑丈な鉄格子の向こうから幼い子供たちの喚声が聞こえてきます。どうやらここみたいですね。
鉄格子越しに見える範囲には、小さな遊具と、それに群がる子供たちの様子が窺えます。
しかし私はそんなものがみたいわけじゃありません。どこかに勇者ちゃんはいないものかとキョロキョロしていると、そんな私たちに気が付いた敷地内の修道士さんがこちらへと歩いてきました。うげっ……
「あのぅ、何か御用ですか?」
至極ごもっともな疑問を修道士さんに投げかけられて、私たちはわたわたと慌ててしまいます。
唯一ケイリスくんだけが落ち着き払った様子で一歩前へ出て、純朴な顔立ちのシスターさんに答えました。
「すみません。こちらに勇者様がいると聞いたもので」
「あ……そ、そうでしたか」
シスターさんはなぜか一瞬だけ目を泳がせてから、曖昧な笑みを浮かべました。
「えっと、申し訳ありませんが、勇者様はお取込み中でして……」
「そうですか。昨日は教会の前で何かやっていたようですが、ああいったことは今後も行われるんですか?」
「さぁ、どうでしょうか……私には何とも」
そりゃあ、ただの修道士さんが何から何まで知ってるわけもないですか。
しかしお取込み中というのは何をしているのでしょうか? ちょっと気になります。
ともあれ、どうやら勇者様と直接会うというのは難しそうですね。ここは一旦、退却することにしましょう。
私たちはルクサディン教会孤児院を後にすると、適当なお店に入って朝食をとりながらの作戦会議を始めます。
「もう強行突破でイイんじゃねーかな。孤児院の門でも吹っ飛ばせば、勝手に出てくるだろ」
「そんなことをしたら、お嬢様の首輪を平和的に外してもらうことができなくなります」
レジィの過激論をやんわりと諌めながら、ケイリスくんは自分の三つ編みを軽く撫でます。
「あのシスターさん、受け答えに違和感がありませんでしたか?」
ケイリスくんがそう言うと、テーブルに突っ伏していたルローラちゃんがちょっとだけ顔を上げて、
「あー、あれは間違いなく後ろめたい気持ちがあったね。特に「孤児院に勇者がいると聞いた」ってケイリスが言った時、明らかに動揺してたし」
「心を読んだんですか?」
「表情を読んだんだよ。んで、考えられる可能性は、私たちみたいな勇者目当てのミーハーがたくさんいて孤児院側が辟易していたか……あるいは、勇者は孤児院にいないとか、じつは勇者は孤児院出身ではないとか、シスターはあれを勇者と認めていないか……ってところかなー」
ルローラちゃん、ずっとレジィの背中で寝てると思ってたら、意外と起きてたんですね。
っていうかそこまで観察してるなら、ちょっとくらい右目を使ってくれればいいのに。そんなに幼くなるのが嫌ですか。
今の話を聞く限りでは、私は勇者様目当ての野次馬に困ってたって説が濃厚のように思えました。
勇者様が孤児院の出身だという話は知れ渡っているみたいですから、孤児院へ突撃するような人も多かったはずです。そんなのが院の周りをうろついてたら、かなり迷惑でしょうしね。
むしろ私たちに何の用かと訊ねてくれたあのシスターさんは、とても優しかったとさえ言えそうです。
あれっ!? もしかして私たちに話しかけたのって、幼児がいたからなのでしょうか!?
私、孤児院に預けられる子かと思われちゃった!? がーん!
うちの子たちはそんなことしないもん! 私を慕ってくれてるもん!
……し、慕ってくれてる……よね?
私がそんなことを考えていると、私を抱いているネルヴィアさんが顎に手を当てて真剣な顔で呟きました。
「ではまず、本命より先に騎馬を仕留めてしまいましょう。戦いの基本です」
「ってことは、孤児院を潰すってことか?」
「ち、違います! 孤児院の院長……おそらく教会の司教クラスの人間に接触するんです」
ネルヴィアさんの言葉に、ケイリスくんが「なるほど」と漏らします。
「後ろめたいことがなければ、こちらの疑問にも答えてくれるでしょう。それに司教と言っても、恐らく魔法なんて使えませんから、心を読むこともできますし」
ケイリスくんの言葉を聞いたルローラちゃんが露骨に嫌そうな顔をしていましたが、それくらいは働いてもらいましょう。
『もしかしたら、リルルが関わってるかもしれないよ』
私がそう言うと、「……はいはい、わかったよー」と言って肩を竦めるルローラちゃん。
とりあえず次なる目標を定めた私たちは席を立ち、司教様を探すべく再び街へと繰り出しました。




