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5:葛藤―まよい―

「―――今更、どう笑えって言うんだよ!」

そう泣き叫ぶ璃餡の声は(むな)しくも空に吸い込まれるように消えていき、彼は力なく座り込んでしまう。

その直後に、追いかけてきたロストの視界に璃餡りあんの姿が映ったのだが、小さく肩が震えている彼にどう話し掛ければ良いのか分からず彼の背後でオロオロするばかり。

璃餡も璃餡でロストが背後にいることに気付かないため、時間だけが静かに去っていく……。

やがてロストが意を決して話しかけようとしたその瞬間、璃餡が口を開いた。

「“笑わない”んじゃなくて、“笑えない”のかな、俺…コウタいなくなって、笑うことが無さすぎて“笑い方”自体分からなくなったのかなっ……」

独白する璃餡の頬を伝って涙が零れ落ち、ポツポツとアスファルトに染みが増えていく。

それを見たロストは、―――自分でもなぜそうしたのかは分からないのだが―――なんとなく璃餡の後ろに座り、璃餡の背中に自分の背中をトン、と当てていた。


そこでようやく璃餡は自分の近くに誰かがいたことに気づき、内心驚く。

しかし今の自分に関わろうとする者など1人くらいしか思いつかないため、泣き顔を隠すように俯いたまま、冷静に自分の後ろにいる人物―――――ロストに訊ねる。

「……何だよ」

「別に?ただ……あったかいなぁ、って」

一瞬、ロストの言ったことの意味が理解できず、思わず「は?」という間の抜けた声がでてしまった。

その反応が面白かったのか、ロストはクスクスと笑いながら璃餡のほうへと振り向き――――

「ほら」


ぴとっ、と自分の手を璃餡の頬に当てていた。

しかもその手はこの世のものではないほどに冷たく、あまりの冷たさに璃餡は悲鳴を上げる。

「ぎゃああああっ!?つ、冷たッ…!」

「でしょー?……これが、僕の“生きてない証拠”なんだって」

悲鳴を上げた璃餡をさらに面白がるロストだったが、ふいに自分の手を見つめてポツリと呟く。

その顔には、自嘲とも悲しみとも取れる表情が浮かんでいた。

手の冷たさに驚いていてロストの声は届いていなかったのか、それとも思い当たる節があったのか、璃餡は何も言葉を発さず、ロストの言葉をじっと待つ。

「僕ね、“生きている”璃餡が羨ましいよ。歴史の一部になれるんだもん」

「…どういうことだよ?」

「僕が通ってる学園……〔転生学園〕の先生が言ってたんだけどね、『過去とは人間の記憶からできている。過去があるから現在いまがあって、未来がある。歴史は、そういった記憶の積み重ねであり、その時代の人々が生きた証なんだ』って。―――ま、今の僕には歴史の一部になるなんてこと、できるわけないってワケ」

「記憶がないから……か?」

ロストはおそらく、生前の記憶―――【コウタ】としての記憶がない。

初めて【ロスト】に会った時に璃餡はそう直感したのだ。

ロストが生前の記憶を持っているのなら、璃餡を見て何も言わないはずがない。

「自分が死んだのはお前がボールを道路に出したからだ」と罵ることも。

そんなことなど気にせず「久しぶり!!」とあの無邪気な笑みを見せることも、できたはずだから。

かつてのロストを知っているからこそ思わず出てしまった言葉に、それを知らないロストは面白そうに笑う。

「へぇ、よくわかったじゃん?」

「まあ……な」

「璃餡の言った通り、僕には記憶がない。唯一、僕が“生きていた”証拠っていうと、これぐらいしか無いんだ」

そういいながらロストが取り出したのは、小さなキーホルダーだった。

サッカーボールの形をしているが、傷はほとんどついていないのを見る限り、よほど大切に持っていたのだろう。

「……もしそれがお前のだったのなら、サッカー好きだったんだろうな」

「だろうねぇ……。できるだけ、思い出したいって思ってるんだ」

ロストがそういうと、璃餡は黙り込んでしまう。

ロストはそれをどうとらえたのか、璃餡の答えを待たずに続ける。

「…でもね、思い出したら、今の僕じゃ……【ロスト】のままではいられないと思うんだ。記憶が違うってことは、性格や言動なんかも違うってことだからね。だから―――全く違う存在になってしまうかもしれないってことが、なんとなくだけど…怖いんだ」

それを聞いた瞬間、璃餡はほぼ無意識に話しかけていた。

今自分と背中合わせで座っているのは【ロスト】だが、なぜかさっきの言葉はかつての自分の親友だった【コウタ】としての彼が言っているように聞こえたのだ。

「……思い出さないほうがいいよ」

「―――――えっ?」

「別に、無理に思い出さなくてもいいと思う。…だって、もし――――もし、その『試験』とやらに合格できればさ、“生きていた”頃の記憶や『試験』を受けている間の記憶はなくなって、『新しい自分』としての記憶を作っていくんだろ?だったら、思い出してまで苦しむことなんてない」

「僕が…苦しむ……?」

「かもしれないってこと。嫌な思い出がひとつもない人間なんているわけないだろ」

もしかしたら、生前の記憶を取り戻したコウタに「お前のせいだ」と言われるのが怖かっただけかもしれない。

ロストとして自分の前に現れたコウタに再会してから、何度もロストにコウタとしての記憶を思い出して欲しいと思った。

記憶を取り戻したコウタにちゃんと謝って、そして許して欲しかった。

しかしロストは、少し考えるようなしぐさをしてから、軽く首を傾げてふわりと笑った。

「でもさ、嫌なことがひとつもない人間がいないんだったら、いいことがひとつもない人間だっていないよね?」

かつて何度も見た、あの、無邪気な笑みで。

ロストは、笑っていた。

天然というべきか能天気というべきか、相変わらずすぎる彼を見て、璃餡は思わず笑いがこみ上げてきた。

「…本当にお前は面白い奴だな」

「あ、璃餡笑った」

背中越しに伝わってきた振動で璃餡が笑ったのだと理解したロストも嬉しそうに笑う。

しかし、それと同時に疑問も生じた。

確かに、これで『試験』の合格条件をクリアしたのだから、嬉しいのは当然だと思う。

だけど―――――、

どうして、こんなにも嬉しく思うのだろう……?


この物語を読んでくださっている読者の皆様、お久しぶりです。

なんとか年を越す前に更新できて安堵している白星です。

さてさて、やっと第5話、『葛藤』を公開できたわけですが、葛藤の横に書かれている『―まよい―』というのは、『迷い』です。

一応この小説ではタイトルに意味が(ほぼ)同じである別の言葉を添えるようにしています。

ただ、3話からこの方式をとってはいるのですが、3話も4話も添える言葉はひらがな表記だったので、添える言葉はひらがな表記にしました。


今回のお話は、生前の記憶を失くしているロストの中にある葛藤についてがメインでした。

記憶を取り戻したいとは思うのだけれど、同時に記憶を取り戻すことへの恐怖もある。

当然、記憶を失くす前の自分が今の自分の性格や考え方と同じというわけではない可能性もあるわけですから、記憶を取り戻したら、今の自分―――つまり、ロストとはまったく別の存在になってしまうかもしれない。

記憶を取り戻し、自分の忘れていた過去を知るか、記憶を取り戻さずに【ロスト】のままでいるか……。

それが、ロストの抱えている葛藤……つまりは迷いなんです。

なにやら璃餡の方はロストの言葉が【コウタ】が言っているように聞こえるようですが……きっと空耳です←


さてさて、この物語もだんだんと終わりに近づいてきています。

もう少しだけ、璃餡とロストの物語に付き合ってあげてください。



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