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Angel Ring  作者: 虹鮫連牙
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Ⅶ:運命

「私、あの人のこと……セバスさんのことが……その、好きになっちゃったの。こ、これからも一緒にいたいと思うんだけど……ゼオシストはどう思うかなぁって」

 空をオレンジ色に染める陽が徐々に山の影に隠れていこうとする中で、教会の裏庭にある切り株に並んで腰を掛ける二人の天使。

 性格は違うがお互いを一番の親友と思っている姉妹は、悩みや思いを昔からこんな風に打ち明けてきた。

 クラウドが紅潮する顔を俯かせながら、横目で何度もゼオシストを見て話し続けていた。

 セバスに対する自分の熱い思い。セバスの魅力を話しながら見せるクラウドの笑顔は、本当に幸せそうだった。

「別に姉さんがそうしたいならすればいいじゃないか。まだセバスという男に私は出会っていないけれど、姉さんがそうしたいのなら私は反対しないから」

 クラウドは昔からしっかりとした女性だった。

 どんな困難でも一生懸命に向き合い、決して努力を惜しまず、全てのことにおいても愛を注ぎ込むかのように熱心だった。だから、クラウドがゼオシストに話す悩み等は、すでに彼女の中で答えが出ていることが多かった。

 それでもゼオシストに話すのは、もう少しだけ後押しが欲しい時なのだ。

 それを理解しているゼオシストは、そんな彼女に呆れつつも、可愛く思い慕っていた。

 嬉しそうに笑顔で頷くクラウド。

 その笑顔を見て、安心したかのようにゼオシストも笑顔を見せる。アリウス達はまだ見たことの無い、姉にそっくりの優しい笑顔だった。

「それでね、ちょっとまた相談なんだけど……。セバスさんにも、今回のことに協力してもらいたいって思うの」

 ゼオシストは驚いた様子でクラウドの目を見る。その目は、彼女が本気であることを示す強い眼差しだった。

「…………姉さん、まさか使命のことを話したのか?」

「ちょっとだけよ! ……本当にちょこっとだけ。そしたら彼も協力してくれるって」

「はあ……姉さんがそこまでセバスに惚れ込んでいるなんて。…………はっきり言って厳しい。ただでさえこの間、ティレンツェの同行のことでジェオルドと奴が少し事を起こしたというのに。きっとジェオルドは、また部外者の介入を拒否するぞ」

 それを聞きながらも、クラウドの目を見れば彼女も思いを変えるつもりが無いということが分った。

 ゼオシストに向けられるその視線には、「だから手伝って欲しいの」という、声には出ていない彼女の言葉が込められていた。

 ゼオシストは深くため息をついた。




 アリウスとセバスは、村の隣に広がる牧畜用動物(ミノル)の牧場を眺めながら、柵に寄りかかっていた。

 柵の中では、草を頬張るミノルや親子で並んで歩くミノルの姿があった。

 その光景が微笑ましくて、アリウスはいつまでも見ていたかった。

「君……リングが無いんだね。君がアリウス君かい?」

 アリウスは、久しぶりにリングを持たないことを指摘された気がした。

「は、はい。……何で僕の名前を?」

「ああ、ごめんごめん。実はね、クラウドさんから君たちのことを少し聞いたことがあるんだ。俺も君の力になれたらってね」

 少し慌てた様子で笑いながら言うセバス。

 アリウスは少し不安だった。今まで、オルソの村ではリングを持たないことを気味悪がられていた。ゼオシストやクラウドのように事情を知っている者あったり、ティレンツェのように最初から心を開いてくれる天使は別として、世界はそんなに優しいわけではない。アリウスは、他の天使と知り合うということに少なからず恐怖を抱いていたのだ。

 だから、セバスが味方だということを知ると、そんな不安が少し和らぐのと同時に申し訳なさが込み上げてきた。不信感を抱いて申し訳ない、と。

 そんな考えを悟られないように、アリウスは笑顔を返した。

 セバスはさらに話を続けた。

「君は確かゼオシストさんに護られているんだよね? 俺はまだ会った事が無いけどさ。それが彼女の使命だってクラウドさんに聞いたんだ。それにカレイルが襲われたことも…………」

 セバスが後半を悲しそうな表情に変えて言った。

「はい。後で是非みんなに会ってみてください。ゼオシストさんって、普段は無愛想だけど本当はすっごく優しいですから」

 アリウスはカレイルのことについてはわざと触れないで答えると、再び笑顔を取り戻したセバスは、「そうなんだ」と返した。

 柵の中のミノルの親子が突然近づいてきた。

 アリウスが近くの草をむしって差し出すと、ミノルは舌を上手く使って、アリウスの手を舐めながら草を口に運ぶ。

 それがくすぐったくて、アリウスは笑いながらまた草をむしって与えた。

 ふと、子供のミノルがセバスに近づいていった。

 セバスがアリウスの真似をして草を与えてみると、子供のミノルは親の真似をしながら草を頬張った。

「……アリウス君は、カレイルが襲われたときにずっとゼオシストさんに護られていたのかい?」

 草を与えながらセバスは聞いた。

 アリウスは、まるで子供のようにはしゃぎながら草をむしりとり、何度もミノルの口に草を運んだ。

 そのまま視線を変えることなく返事をした。

「いいえ、僕はその時オルソの村を旅立っていたと思います」

「え? 君はカレイルにいたんじゃないのかい?」

「はい。僕は元々大天使セルシルド様と一緒にオルソの村に暮らしていたんです。だから、オルソの村が襲われた後、セルシルド様の言いつけでカレイルに向かったんです」

 一度だけアリウスをちらりと見てから、再びミノルの子供に視線を移したセバス。

 隣ではいつまでもアリウスが楽しそうに草を与えていた。一つの動作に飽きもせず集中する姿は、まだ幼いような印象を与える。

 セバスは、少し間をおいてから再び尋ねた。

「すると……セルシルドさんとは村で別れたんだ。まあ、彼は禁断の聖書を護るという使命があるから。だからアリウス君を、君を護るべき者のところに向かわせたんだろうね」

「あ、聖書についても聞いていたんですか? でも、セルシルド様はその使命を僕に託したんです。だから僕も皆みたいに強くならなくちゃ」

 そこまで言いかけて、アリウスはセバスの顔を見て言葉を止めてしまった。

 酷く驚いた様子でアリウスを見つめ続ける顔。何故かその顔に恐怖を感じてしまった。

 ミノルの口元に近づけていた手をそのまま動かさないでいるセバス。むしろ驚きのあまり動かせないでいるようだった。

 ミノルの子供は、すでに草を持っていないセバスの手を何度も舐めていた。

「ど、どうしたんですか……?」

「君が……聖書を持っているのかい?」

「はい……そうですけど」

 何故かセバスが微笑みを見せて、そのまま再び草をむしってミノルに与えた。

「あの……」

「いや、ごめんごめん。君が聖書を護っているってことにちょっと驚いちゃってさ。……信頼されているんだね、君が強い証拠じゃないかな?」

 照れくさそうにしながらミノルの頭を撫でるアリウス。

 そんなアリウスを横目に、セバスは少し嬉しそうな声でアリウスに尋ねた。

「ねえ、運命って信じるかい? …………自分が何をすべきなのか、何のために生まれてきたのかって考えるとね、不思議なことにやるべき事をやる為の出来事が起こるものなんだよ」

 突然聞かれて、今度はアリウスが動きを止めてしまった。

 何か自分とセバスは、目に見えない何かで繋がれている、出会うことこそが運命の一つであるかのように感じた。

 アリウスが答えに困っていると、セバスが大きく歯を見せて笑った。

「戻ろうか?」

「……はい」

 二人は並んで教会に向かって歩き、その背後では、夕日に照らされるミノルが低い鳴き声を響かせていた。




 教会に着くと、入り口にクラウドが立っていた。

 何故か顔を赤らめながら、二人の帰りを待っていたようだ。

「アリウス君と一緒だったんですか。……セバスさん、ちょっとお話をしたいのですけれど……」

「話ですか? ええ、いいですよ。えっと……二人だけの方がいいのかな?」

 首を大きく縦に振るクラウド。そして笑いながら了承するセバス。

 二人は並んで村への下り坂を下っていった。

 アリウスが不思議そうに二人を見ながら教会に入っていくと、そこにはゼオシスト達がハーブティーを飲みながら席に着いていた。

 どうやらこちらでは、アリウスの帰りを待っていたようだ。

「遅い。そこに座れ」

 ゼオシストが静かに言い放った。

 慌てて空いている椅子を引くと、アリウスが座るのと同時にゼオシストは口を開いた。

「アリウス、これからお前に大事な話をする」

「何を?」

「……禁断の聖書について、聖書の役割とお前の役割についてだ」

 アリウスは言葉が出なかった。

 あまりにも唐突な話だ。遂に聖書の秘密が知らされるのだから。

「何でいきなり……」

 アリウスが最初に訊いたのはこれだった。

 今まで聖書を開くことを禁じられてきた。そしてその秘密も隠されてきた。しかし、アリウス自身が何も知らぬうちに話はどんどん進められていたようだ。

 ゼオシストが何を話すのか、知っているのはジェオルドだけらしい。

 ティレンツェも驚いた様子を隠すこともせずにゼオシストを見ている。

「お前にこの話を打ち明けるのは、スペイダーを一刻も早く止める為にやむを得ず決定したことだ。本当ならば打ち明けること無く解決したかったが、先ほど姉さんとジェオルドの三人で話し合って決めた」

「何で打ち明けたくないんだよ」

 しばらく黙っていたティレンツェが口を挟んだ。

 彼の性格を考えると、この後も何度も横から話に割り込んできそうだった。

 本当ならば、ティレンツェも一緒に話を聞くことに対してジェオルドが大きく反対しそうなのだが、もはやそれは無駄であると理解しているのであろう。

 ある意味でティレンツェはたいした男だと、全員が思っていた。

「この話は、本来知る必要がない、知らないほうがいいことなのだ」

 その場の空気に緊張が走った。

 心臓が高鳴りを始めているのが分かる。その音は骨を伝い、血管を伝い、はっきりと自分の耳に届いている。

 アリウスは胸を軽く押さえた。

 周りにも聞えているかと思うほどの鼓動。少し体が熱い。

「禁断の聖書は、“マスターリング”を使う為に必要なのだ」

 ゼオシストの口から最初の一言が発せられた。

 遂に聖書の、そして自らの秘密が語られる。

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