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Angel Ring  作者: 虹鮫連牙
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Ⅵ:迫る者

 天界で最長の標高を誇るモルテス山。その山の麓に小さな村がある。

 数日前、その村はスペイダー達の襲撃を受けた。

 しかし、その被害はオルソの村やカレイルとは違い、ごく僅かに食い止めることが出来た。

 それは、二人の天使の活躍があったからだった。

 一人は大天使クラウド。彼女の暮らす教会は、村から少し山を登ったところにあり、そこに村人を避難させることによって、奇跡的にも死者は無く、怪我をした者も命に別状は無い者ばかりだった。

 そしてもう一人の男、セバス。襲撃を受ける前日に、突如教会に転がり込んできた天使。偶然にもスペイダー達の村の襲撃計画を知ってしまい、スペイダー達に追われながらも何とか逃げてきたという。彼の指揮により、教会に立て篭もった村人達でスペイダー達を迎え撃ち、追い払うことも出来た。

 二人は村人に称えられ、特にセバスに至っては突如現れた英雄として感謝された。

 それからの数日間、セバスは村人達の勧めもあって、教会を寝床として村に留まっていた。

「村にはどのくらい居てくださるのですか?」

 朝早くから薪割りをするセバスの元へ、パンとベリージャムを抱えたクラウドが近づきながら尋ねた。

 その声を聞いて、額の汗を袖で拭いながらセバスは振り向いた。

 朝日に照らされながら佇む金色の長髪が美しい女性は、優しい微笑を浮かべながらセバスの答えを待っていた。

「おはようございます、クラウドさん」

「おはようございます、セバスさん」

 爽やかな笑顔で挨拶するセバスに、嬉しそうに返事をしながら歩み寄るクラウド。

 二人は薪割り台として使っている切り株に並んで腰掛け、パンとジャムを分け合って頬張った。

 クラウドの小さな手の平程のパンに、ジャムをたっぷり塗り付けて、少しかじってからセバスは言った。

「この村は本当に素敵な所ですね。暮らしてまだ数日だけど、俺はすごく気に入っちゃいました。クラウドさんも村人も皆優しくて、強くて、元気があって。俺が元々暮らしていた村はもう無いんですけど、それで自由気ままに旅してきたから……。そろそろ落ち着いてもいいかなぁって思ってるんですけど…………って、ちょっと図々しいかな?」

 クラウドは頬を赤らめながら、にっこりと笑って言った。

「セバスさんがこの村で暮らしてくれるのであれば、村の人々達はとても喜びます。もちろん……私もです」

 二人の楽しい朝食の時間は、あっという間に過ぎ去った。

 教会内に戻ると、セバスはすぐに出かける準備を始めた。クラウドが何処に行くのかと尋ねると、山の中にベリーを取りに行くと答えた。

「昨日、村の子供達と約束したんです」

 そう答えるなり、はりきって支度をする姿が微笑ましかった。

 クラウドは、昼に食べるようにとジャムとパンを包み、セバスに手渡した。

 セバスは嬉しそうに受け取ると、クラウドの姿が見えなくなるまで何度も教会を振り返っては、手を振って村に下りて行った。

 それからすぐのことだった。反対側の登り道から、四人の天使が教会の方に向かってくる姿が見えた。

 クラウドはその四人が誰なのかを認識すると、満面の笑みを浮かべながら小走りで近づいた。

「ゼオシスト! それにジェオルドも久しぶりね、よく来たわ!」

 ジェオルドのいたバルシオからの道のりがきつかったのか、四人の姿は泥と汗にまみれて、全身から疲れが溢れ出ていた。

 ジェオルドの口からこれまでの経緯が簡単に説明されると、クラウドはアリウスのことをまじまじと見てから、四人に再び柔らかな笑顔を向けてくれた。

 挨拶も済ませた後、教会の中に案内されるなり四人はぐったりとあちらこちらに倒れ込み、何もしようとしない、できないような有様だった。

「遠い所から大変だったでしょう。今おいしいハーブティーを持ってくるからね」

 四人は無言で頷いた。

 それから順番に、体の汚れと疲労を落とそうと浴場に入っていく。そしてさっぱりした者から順に、回復の喜びとともに言葉を発していた。

「っはー! 気持ちよかったぁ」

 伸びをしながら翼を思いっきり広げてアリウスは言った。

 最後に浴場から戻ってきたのはゼオシストだった。柔らかな毛並みなのに水分をほとんど寄せ付けない翼とは違い、まだ乾ききっていない栗色の髪は彼女を少し艶かしく見せていた。

「あんたもやっぱ女なんだなぁ」

 ティレンツェの失言を、笑いを必死に堪えるジェオルドを横目で見ながら、ゼオシストは完全に無視をした。

「お前達、ちゃんと姉さんに礼を言ったのか?」

「姉さん!? 誰が!?」

 アリウスとティレンツェは声を揃えて驚いた。そしてクラウドとゼオシストの顔を何度もまじまじと見比べた。

 見比べればそれ程似ていないわけではない。だが、普段の態度や初めて会ったときの印象は、その人物像をある程度定めてしまうものである。

 ティレンツェが小声で「信じられねえ」と呟くものだから、ゼオシストは固く握り締めた拳を小刻みに震わせていた。

 そんな彼らを見て、クラウドはまた優しい微笑みを浮かべていた。

 五人は改めて挨拶を済ませ、さっそく本題に入ることにした。

 禁断の聖書に関する使命を持った大天使は三人。セルシルド、ゼオシスト、クラウド。

 アリウスの持つ禁断の聖書をスペイダーから守る為にも、強い信頼で結ばれた仲間の協力が必要と考えての、クラウドとの合流だった。

 しかし、数日前にスペイダーの襲撃を受けていることを知らされたアリウスたちは驚いた。

 もし、まだ近くにスペイダー達が潜んでいようものなら、ここへ来たのは危険なことだったかも知れない。

 そんな不安が頭を過ぎらずにはいられなかったが、同時に驚くべきことは、村の被害が極めて小さいことであった。

「それはセバスさんのお陰なの」

 クラウドがゆっくりと当時の出来事の詳細を語りだした。

 それは数日前の出来事だった。




 その日は激しい雨が降っていた。

 灰色の雲が広がり、部屋にいても騒々しい程に窓を叩く雨の音。

 クラウドは祭壇に向かって祈りを捧げていた。

 その時、突然聞こえた正面入り口の開く音。何事かと走って向かえば、そこにはずぶ濡れになりながら倒れこむ男がいた。

 呼吸は速くて短い。歯を、ガチガチと音を立てながら小刻みに震わせていた。

 クラウドは傍によって起こそうと、男の左腕を自分の肩に回した。その手は酷く冷たかった。

 暖炉の前まで連れて行こうと、男の体重の半分を支えながら廊下を歩く。

 その間、男は何かを小声で呟いていた。

「大丈夫ですか? しかっりしてください」

 暖炉の前までやってくると、すぐに男の衣服を脱がせ、毛布を纏わせて暖炉の前で休ませた。

 男は全身を震わせながらも、クラウドの方をじっと見つめて一生懸命に唇を動かしていた。

 目は、まるで母親から離れるのを恐れる幼児のように寂しそうな、そして悲しそうな目だった。

 クラウドが傍に腰を下ろし、男の口に耳を近づけると、僅かながらも回復した男は小さく告げた。

「……うすぐ、もう……すぐで村が……お、襲われます」

「え?」

 クラウドは怪訝そうな顔で男の顔を見たが、男は何度も同じ事を繰り返して呟くだけだった。

 とにかく男の回復を待つことにしたクラウドは、少しだけ雨がおとなしくなったのを見計らって村長の家へと走った。

 それから村長とクラウドを含めた数人の天使で、男の回復を待ってから事情を聞いた。

「一昨日、偶然聞いちまったんです。旅の途中で森の中を歩いていたら、スペイダーっていう男がこの村を襲う計画を立てているのを。俺は盗み聞きしているのを見つかっちまって、無我夢中で逃げ回って何とか振り切りましたが……。たかが旅人に計画を知られたからといって、計画を断念するとは思えません。明日、奴らは必ずここにやってきます」

 セバスの必死の説明も、大きな事件に見舞われたことのない村人達にとっては未だに半信半疑だった。

 そんな村人達の反応をしばらく黙って見ていたクラウドは、突然声を張り上げて言った。

「何をしているのです! すぐに村人達をこの教会に避難させなさい! 一人の犠牲だって出させません!」

 大天使クラウドに言われると、村の最高権力者であろうとも頭が上がるはずも無く、ただその言葉に従うだけだった。

 村人達が納得してくれていないのは分かったが、納得してくれなくてもいい。何事もなければそれはそれでいい。

 クラウドがセバスを信じた理由には、先のカレイル襲撃事件の事を知っていた為、スペイダーという名前に大きな危機感を持っていたからという理由もある。だが、だからと言って何故見ず知らずの男の言葉をすんなりと信じたのか。そう問われると、クラウドには他者を納得させるだけの理由は無かった。

 ただ、彼女は誰よりも優しいだけだった。村人を護りたい、命懸けで危機を知らせてくれた男を信じたい、そして彼の努力を無にしたくない、取り越し苦労で済むならそれでいいじゃないか。彼女は、見ず知らずの者にすら村人達と同じだけの信頼を置いてしまうほどのお人好しなのだ。目に映る全ての者達を大切にしたいのだ。

 教会を訪れる者達が神に祈りを捧げる場とする大広間。

 そこに綺麗に並べられていた長椅子は全てどかされ、村人が各々に不安と恐怖を抱えながら身を寄せ合っていた。村人達にはセバスではなく、クラウドの口から事情が説明された。その方が村人達も信じてくれるから。

 そして村の代表数人とクラウドとセバスは、別室にて話し合いを始めていた。

 近いうちに攻め込んでくると思われる野蛮な集団へ、対抗しようというセバス。

 そしてその意見に反対する村人側。

 クラウドは真剣な表情を浮かべて黙っていた。

 村の意見としては、犠牲を出さない為にも下手に手を出さず、スペイダー達の退却を辛抱強く待つというものだった。おそらくはセバスの言葉をまだ信じられないから、という理由があるのだろう。

 しかし、セバスは言った。

「何も抵抗しないのでは、奴らに必ず皆殺しにされます。だいたいあいつらが何でこの村を襲うのかが分からないんだ。もし村人の全滅を狙っているなら、俺達を生かして撤退することは無いでしょう」

 しばらく双方の言い合いが続いたが、セバスがクラウドに意見を求めると、彼女は固く閉ざしていた口をようやく開いた。

「……狙いは分かっています。先日、カレイルが襲われたと妹から知らせが来ました。次の標的がこの村であるのは私が狙いです。それと、彼らは殺戮そのものを快楽にしています。これでは何もしないわけにはいかないでしょう」

 セバスの肩を持つ意見に、腹を立てた村人の一人が大声で怒鳴った。

「クラウドさん! あんたお人好しにも程がありますよ! だいたい他の奴らがあんた達に協力するとでも思っているんですか? 命懸けのことなんですよ?」

 そのとき、ふと立ち上がったセバスは、拳を固く握って鋭い眼光を村人に浴びせながら、「説得してみせます」と一言だけ言って部屋を出て行った。

 村人が騒ぎながら集まる大広間にやってくると、セバスが集団の前に立ち、大声を張り上げて注目させた

 突然現れた素性の知らぬ男の出現によって、全員が一言も発することなくセバスの方を見る。

 それを確認すると、声のよく響く大広間を利用し、セバスは自分の言葉を空気に乗せて様々な角度から村人達にぶつけた。

「皆さん、これから大事な話をします。しっかりと聞いてください。……これから皆さんは、スペイダーという男と、彼の引き連れる者達に命を狙われます。これは避けられない事実です。このままでは皆さんは、一人残らず命を奪われるでしょう」

 集団からは何の反応もなかった。

 後に続いていたクラウド達はその様子を黙って見ていたが、村長の傍に佇む二人は、わざとらしく大きなため息をついた。

 セバスはさらに続けた。

「皆さんは死にたいですか? そんなことあるはずないですよね? 俺は死にたくありません。やりたいこともあります。だから戦います。あいつらに好きなようにさせて笑われてやるつもりはまったくありません! 絶対に打ち勝ってみせます!」

 まだ何の反応も無かった。そんなことは当たり前だった。あまりにも唐突で無謀だ。

 嘲笑し始める男の横から、クラウドが前に進み出た。

 セバスの横に並んで立つと、大きく深呼吸をしてから言った。

「私も戦います。彼の言うとおり、奴らの好きなようにはさせません。自分を守る為、そして大切な皆さんを守る為に戦います!」

 すると、集団の先頭に立っていた少女がゆっくりと歩み寄ってきた。その子は、よく教会に遊びに来る子供達の内の一人だった。いつも小さな人形を抱えているのだ。

 その子がゼオシストの傍までやってきて、彼女の服を、短い腕を一生懸命に伸ばして引っ張った。

 ゼオシストが屈んで彼女に顔を近づけると、その子は満面の笑みで人形を指し示しながら言った。

「あたしはこの子を守るわ。だって大事なお友達だもん!」

 ゼオシストは優しい笑顔を浮かべながら答えた。

「そう……。じゃあ、私はあなたを守ってあげます」

 セバスはすぐに大声で言った。

「なら、俺はゼオシストさんを守ります!」

 それを聞いて、今まで静かだった集団が徐々に騒ぎ出した。

 不安と恐怖で震えてばかりだった彼らが、強い思いを口々に発する。もちろん、恐怖が払拭されたわけではない。また、村の襲撃を信じていない者達がいきなり彼等を信じたわけでもない。ただ、セバスの警告の真偽は別にして、目の前での少女の勇気とクラウドの決意、そしてセバスの頼もしさ、それらの連鎖が大切なものを刺激して、村人達の気持ちを昂ぶらせただけのことだ。

 ある者は母を守ると、ある者は妻を、ある者は友を、娘を、息子を。それぞれが守るべきものを宣言し、次第に彼らの気持ちは沸いていった。先程までセバスを笑っていた者達も、もはや先程のことは忘れ、守るべきものを一緒に宣言している。

 クラウドがこの村を好く理由がここにある。村人達の、まるで一体の生物のような、一個の命のような、一つの心のような団結がこの村にはある。

 誰も自らの死を望んでいない、誰もが大切なものを失いたくない。一人一人のその気持ちは同調し、増幅し、今この場で大きな力となっていた。

 そうしてセバスの的確な指揮により、それぞれの役割等が割り振られる。

 教会を拠点として、スペイダー達を攻撃する作戦だ。

 彼らの闘気は沸点にまで達していた。

 そして夜、セバスの言うとおり、野蛮な声を上げながら村へと押し入る者達の姿を確認した。嬉々として家屋の壁やドアを突き破り、突入する天使達。

 しかし、村人の姿を確認できないことに気がつくと、全員が一瞬おとなしくなった。

 そしてすぐに教会への道を登り始めると、その動きに気がついた監視係が教会中に声を轟かせた。

 それを合図に、村人達の緊張と恐怖、そしてそれらに負けない強い闘争心が、彼らを突き動かした。

 襲撃する天使達も少し戸惑いを見せたが、すぐに教会へと攻撃を始めた。村人は決して教会の入り口を開くことなく、投石、弓矢等で一定の距離をおいての攻撃によって抵抗した。

 弱々しくも見えるこの抵抗も、万全の準備と体制によって、お互い一歩も譲らない攻防を展開した。

 やがて、スペイダーと思われる黒髪の長髪の男が撤退を命じた。

 悔しそうな声を上げながら撤退する彼らの姿を見て、勝利を確認した村人は大きな歓声を上げた。

 彼らは、自らの手で村を守り抜いたことに、言い表せない心地良さを感じていた。

 それからのセバスは、村人に英雄として慕われた。




「セバスさんは本当に素晴らしい方だわ。彼がいなかったら、私はこうしてゼオシストや皆と話をすることも出来なかったのだから」

 クラウドはハーブティーを飲んで一服した。

 そして、アリウスと聖書を護ることについてもセバスに協力を頼むつもりでいると話した。

 ゼオシストとジェオルドは、これ以上の部外者の介入を良くは思っていなかったが、ティレンツェとアリウスは大いに賛成の意思を示した。

 しばらくそのことでの話し合いが続いたものの、なかなか答えが出ないのと、アリウス達の旅の疲れを理由に、話し合いは中断された。

 ゼオシストがハーブティーの残りを飲んでいると、突然クラウドが近寄ってきた。

「ちょっと……話を聞いてもらいたいの。いいかしら?」

「……別に構わないけど」

 二人は静かに教会を出て行った。

 アリウス達は教会でそれぞれ自由に体を休めていたが、散歩をしようと思い立ったアリウスは、一人で教会を出た。

 入り口を出ると、左右に分かれた下り坂がある。

 どちらも村に通じる道で、途中で山に入る為の登り道とも繋がっている。

 右の坂を下っていると、向かいから大量のベリーを籠に積んだ男に出会った。

 アリウスは、セバスはベリー摘みに出掛けているとクラウドが言っていたのを思い出してピンと来た。

「もしかして、セバスさんですか?」

「君は?」

 これが、アリウスとセバス、初めての出会いだった。

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