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Angel Ring  作者: 虹鮫連牙
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Ⅴ:あなたを護る為に

「ジェオルドの持つ力は“悪意に対する制裁心”だ。直接的な戦闘にも長けているから、彼の力を借りる」

 穏やかに揺れ進む馬車の上で、進行方向を向いたままゼオシストが説明した。

 アリウスと禁断の聖書を守る為に、三人は大天使ジェオルドのもとへと向かっている最中だった。

 アリウスの胸にはずっと不安があった。ジェオルドの暮らす街“バルシオ”に着いても、またスペイダーの襲撃を受けているのではないかという考えがずっと浮かんでくる。

 多くの死体、焼かれる家屋。見続けて慣れるようなものではない。アリウスは体を少し震わせていた。

「大丈夫だっつーの! びびんなよ!」

 突然ティレンツェが大口を開けて笑いながらアリウスの背中をバシバシ叩いた。

 その力の強さに前傾してつんのめりながらも、アリウスはティレンツェなりの思いやりが嬉しかった。

 しばらくして馬車は街の入り口に辿り着いた。

 オルソの村に似た、木造の建物が多く隣接している街だった。

 買い物をする主婦、駆けずり回る子供達、仕事を終えて帰宅中の男。バルシオには平和な時間が流れていた。

 アリウスは緊張が一気に解けて、小さく息を吐いた。

 ゼオシストを先頭に街の中を歩いていくと、とても古びた小屋にたどり着いた。

 風が吹けば吹き飛んでしまいそうなほどに頼りない壁と屋根。ゼオシストがドアノブに手をかけると、ドサッという音とともにドアノブが地面に転がった。

「入れない……」

 三人が硬直していると、後ろから三人に歩み寄ってくる人物がいた。

 ぼさぼさの茶髪を揺らしながら、少々膨れた腹を掻く中年の男。

 ゼオシストはため息をつきながらその男にゆっくりと視線を向けた。その視線は少し鋭かった。

「相変わらずのズボラさだな、ジェオルド」

「ついに取れちゃったか……今日は外で寝るか、はははっ! よく来たな、ゼオシスト一行」

 その日の晩は、ジェオルドの家の横で焚き火を囲んだ。

 ティレンツェとゼオシストは、本当に外で寝るつもりのジェオルドに言いたいことが山程あるのだが、それすらも言えない程に呆れていた。

 だが、アリウスは仲間と焚き火を囲むこの状況を嬉しく思っていた。

 少々の酒の肴となるのは、籠に詰まれたベリーと、陽気な性格のジェオルドが語る面白可笑しい雑談。

 屋外にいるはずなのに温かさに包まれている感じがするのは、まさに今の状況が楽しいからであろう。

 楽しい時間はどんどん過ぎ去り、街からも明かりが消えかけてきた。

 ジェオルドが唐突に話を切り替えた。表情は先程までの笑顔より、少し引き締まったように見えた。

「……ところで、我々の今後のことについてだが」

 いきなりのことだったので、アリウスとティレンツェは何のことなのかを理解するのに手間取った。

 そんな二人を気にする様子も見せずに、ジェオルドはさらに言葉を続けた。

「君達にはクラウドに会いに行くことを薦めるね。もちろん私も同行はするが、彼女はセルシルドとゼオシスト同様に“禁断の聖書”に関する使命を受けている。こうなってしまった現状では、早いうちにクラウドとも合流するべきだろう」

「そうだな。明日にでも向かった方がいいかもしれない」

 すぐに返事を返すゼオシスト。

 アリウスは口を挟めずにいたが、分かることは、近いうちにもう一人の大天使に出会うということだった。

 さらにジェオルドは話を続けた。クラウドの所までは少し道のりが険しいこと。その間のスペイダーの襲撃も考えられること。そしてセルシルドのいたオルソの村やゼオシストのいたカレイル、どちらもスペイダーの襲撃を受けて壊滅したということは、スペイダーは禁断の聖書に関する使命を持つ大天使が誰であるかを知っている可能性があるということ。

 それらから考えられるのは、アリウスの存在も知られている可能性があるということだ。

 アリウスは、刻々と迫る旅立ちが怖くなってきた。そんなアリウスを見て、ティレンツェが言った。

「だからびびんなっての! 俺が護ってやるからよ、がっはっはっは!」

「そのことなんだが…………」

 ジェオルドが口を挟んだ。

 高々と響かせた笑い声を止めたティレンツェと、笑顔で答えていたアリウスが同時に視線を移した。

 ゼオシストは違う方向を見ながらも、話しだけはしっかり聞いているようだった。

 ジェオルドは顔色を変えることも無く、淡々と言い始めた。

「君……ティレンツェ君にはここからの同行はご遠慮願いたい」

「な、何でだよ!?」

 思わず声を張り上げたティレンツェは、ゼオシストが制していなければジェオルドの胸倉を掴みにかかっていただろう。

 ジェオルドはまったく動じずに言った。

「この件は、本来君のような一般の天使が介入すべきことではないのだよ。直接的な戦闘による護衛なら私で充分だ。それに、アリウスの保護はゼオシストの使命。君が入り込む余地は最初から無いのだよ」

 軋む音が聞こえてきそうなほどに歯を食いしばっているティレンツェ。その目は真っ直ぐにジェオルドを睨みつけていた。

 アリウスはどうしようもできない歯がゆさを感じていた。

 ゼオシストはずっと話を聞き入るだけで目を閉じていた。まるでジェオルドの意見に同意しているかのようだった。

「俺は親友の力になってやりてえんだよ! ちゃんとアルの力になってやることは出来るぞ! 半端な覚悟で言ってるんじゃねえんだ。もしアルが危なくなっても俺が命懸けで」

「そう、その命懸けというのが問題なんだ」

 ジェオルドはティレンツェの言葉を途絶えさせた。

 ティレンツェは、目の前の中年の天使を睨みつけながらも、訳がわからないといった表情を浮かべていた。

「アリウスの為なら命を捨てる。それがまずいんだよ。私の使命を知っているか? “天界の邪を裁き、正を守護する”ことだ。すでにスペイダーの襲撃で多くの天使が殺された。奴絡みでの犠牲は見過ごせない。私はこれ以上の犠牲を生み出すことは許せないのだ」

 ティレンツェは血走った目でジェオルドを見据えたまま、ゆっくりと歩み寄った。

 じっとしていたジェオルドもついに立ち上がり、ティレンツェの目の前に歩み出た。

 ゼオシストはまだ目をつぶったままだ。

 アリウスは止めたかった。だが、初めて見るティレンツェの怒りに満ちた顔と、真っ向から挑もうとするジェオルドの気迫に体が震えた。言葉が出ない。

 それでも何とかしなければという思いで、アリウスはゆっくりと立ち上がろうとした。

 しかし、そのアリウスを再び地面に座らせようと引っ張る者がいた。ゼオシストであった。

「やらせておけ」

 そう言って彼女は再び目を閉じた。アリウスの服を掴んだ左手を緩めようとはしない。

 二人は小屋から少し離れて、お互いに向かい合ったまま立ち尽くしている。

 ジェオルドは力を抜いたような、まるで何も考えていないかのような表情でティレンツェを見ながら言った。

「俺を倒してみろ。それができればアリウスを護ることができると認めてやる」

 ティレンツェは眉間に思いっきりしわを寄せて、獣のように吠えながら走り出した。

 大きく振りかぶった拳は、空気を裂きながら一直線にジェオルドへと進んだ。

 固く握られた拳の猛襲をひらりとかわし、すかさずティレンツェの腹に鋭い下突きが決まる。

 変な声を発して前傾になるティレンツェ。そこに間髪入れず、顎目掛けて強烈なストレートが飛んでくる。ティレンツェの下顎が一瞬横にずれたように見えた。

 人形のように倒れこむティレンツェ。

 アリウスは声を発する間もなくティレンツェに駆け寄っていた。

 後ろでは、振り切られた左手を伸ばしながらゼオシストが何か言っていた。

 しかし、アリウスの耳には届いていなかった。

「来るな!」

 顎を打たれた為か、上手く発音が出来ていないが、ティレンツェがそう言ったのを聞いた。

 力の入らない足をがくがくと震わせて、ティレンツェがゆっくりと起き上がる。あれだけ綺麗に顎を打たれて、すぐに立ち上がらせるものは気力以外の何でもないだろう。

 ジェオルドは表情を変えないままで、両拳を顔の前に持ってきて構えをとった。

「お前がやる気ならばずっと続ける。死なない程度にお前を痛めるだろう。言ってもきかないのだからな」

 ティレンツェは、うっすらと笑みを見せながら舌を出して見せた。

 小さくジェオルドのため息が聞こえた気がした。

 その後は一方的な暴力だった。手は出すもののまったく歯が立たずに、惨めなほどにジェオルドの攻撃がティレンツェを襲った。

 口の中を切って血が出てくる、青痣が出来た体をさらに容赦なく叩かれる、胃の中の酒とベリーが混じった吐しゃ物が流れる。

 アリウスはじっと見ていることしかできなかった。途中で何度も「止めよう!」と叫んでみたが、返事は一切返ってこなかった。代わりにティレンツェの体を打つ音が聞こえてくるだけだ。

 時間はひどくゆっくりと流れているようで、それでもジェオルドの勢いは止まることなくティレンツェを追い詰めていった。

 ついにティレンツェが地面に突っ伏したまま、起き上がれなくなった。

 小刻みに震える体を必死に動かして立ち上がろうともがくものの、体はティレンツェの意思にまったく従おうとしなかった。

 アリウスはその光景を黙って見ていられなくなった。

 二人の間まで行き、這いつくばるティレンツェの方を向いて言った。

「もうやめてよ。このままじゃティレンツェが死んじゃうよ。絶対またティレンツェに会いに行くから……ジェオルドさんの言うことを聞いて」

 息を切らせながらやっとの思いで上半身だけ起こしたティレンツェは、アリウスを睨みつけて言った。喋る度に血の混じった唾が飛ぶ。

「アル、お前は引っ込んでろ。お前が決めることじゃねえんだよ」

 二人の会話を聞いていたジェオルドが、ゆっくりと近づいてきた。

「お前がそこまでアリウスを護ろうとする気持ちは充分に伝わった。もういいじゃないか、諦めろ」

 ティレンツェはまだ立ち上がろうとする。

 ジェオルドが再び拳を構えた。すでに起き上がれないでいる者をさらに叩こうとする。

 アリウスが止めさせようとジェオルドの目の前に向き直ると、突然後ろから引っ張られて転んだ。

「邪魔すんな!」

 いつの間にか立ち上がっていたティレンツェが一声怒鳴ると、すぐに飛んできたジェオルドの拳をまともに受けた。

 しかし、今度はそれでも倒れなかった。ジェオルドが驚いた顔でティレンツェを見た。

「護りたい気持ちが伝わったって、護れなきゃ意味ねえんだよ! ……大事な奴を失っちゃあ意味がねえんだよ!」

 次の瞬間、ティレンツェの大きな拳がジェオルドの顔面を打ち抜いた。

 鼻血を噴き出して転げるジェオルド。

 すぐに起き上がるが、もう反撃をしようともしなかった。ただ驚いた顔でティレンツェを見るだけだった。アリウスも言葉が出なかった。

 指で流れ出る鼻血を拭い、二人に背を向けるジェオルド。彼は、焚き火の前に座ったままのゼオシストの方に歩きながら言った。

「すぐに手当てをしろ。傷の完治を待ってはいられないからな。朝にはすぐに出発だ」

 それを聞き終えて、ティレンツェはすぐにまた倒れこんだ。

 真っ黒な空を見上げたまま仰向けに寝転がり、指先一つ動かさなかった。

 アリウスもすぐ傍に腰を下ろして、ティレンツェに笑顔で言った。

「よかったね。僕もティレンツェが一緒でうれ」

 そう言いかけて、アリウスは言葉を詰まらせた。

 血の混じった赤い鼻水を流しながら、右掌で両目を覆うティレンツェ。

 思いっきり歯を食いしばっている様子は、こみ上げてくる感情を必死に出さないようにしていた。

 アリウスは何も言わぬまま目を閉じた。これもまた初めて見るティレンツェの姿だった。

「俺……絶対お前を護ってやるから。アルマートのような目には絶対遭わせねえから……」

 ティレンツェは震える声でそう言った。

 アルマートが誰なのかは知らないし、聞くこともしなかった。兄弟なのか友達なのか恋人なのかさえも分からないが、ティレンツェの大切な人であることは分かった。

 アリウスは小さく、そして優しく、「よろしく」とだけ呟いた。

「止めなかったな」

 ジェオルドが言った。

 隣で黙っていたゼオシストが、閉ざしていた口を開いた。

「まあな。短い時間だが、一緒にいてティレンツェがどういう奴なのかも少し理解した。だから止めなかった。アリウスがティレンツェに少々甘え過ぎなのは気になるが、アリウスは我々が思うほど弱くもないと思う。いいんじゃないか?」

「そうか」

 ジェオルドは歯を見せて笑った。

 そして、静かな夜に聞こえる音は、オレンジ色に燃え盛る焚き火の薪が爆ぜる音だけだった。

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