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Angel Ring  作者: 虹鮫連牙
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Ⅲ:馬車と期待と滅びた街と……

「カレイルに行くのかい? この町から馬車が出ているから、それで行きな」

 毎夜荒れる酒飲み達で溢れる飲み屋、『暴れ堕天使』。その店の主人が教えてくれた馬車の停留所にアリウスは来ていた。

 街の入り口から少し離れた場所に、馬車の姿を模った看板が立っており、そこで馬車が来るのを待っているのはアリウス。そしてティレンツェだった。

 ベンチに腰掛けながら腕を組み、とろんとした目で黙っているティレンツェ。昨夜の酒がまだ抜けていないようだ。

「ティレンツェ大丈夫? 少し休んでいく?」

「ああ!? 平気だよこんぐらい。いつものことだ。それより俺がせっかく一緒に行ってやるんだから、カレイルに着いたら晩酌の相手しろよ」

 アリウスは少し困った顔で笑い返したが、ティレンツェが一緒に来てくれることは嬉しかった。

 本人が言うには、最近カレイルから酒の入荷が無いという。その為、大好きな『ゴールドスマッシュ』が飲めないので直接乗り込む為にアリウスに同行するのだそうだ。しかし、店の主人の話では、ティレンツェはアリウスのことがよほど心配なのだという。

 それはともかくとして、最近カレイルから酒等が届かないということは事実らしい。

 実はアリウス達の待っている馬車も、数日前から突然来なくなっているということだ。店の主人も「運が良ければ乗れる」と付け加えていた。

 馬車が来ないかもしれないという不安が込み上げてきた。もしこのまま来ないならば、再び広大な草原を歩くしかない。

 一緒に待っていたティレンツェも痺れを切らしたようで、苛立ちながら立ち上がって歩き出した。

「どこに行くの?」

「ちょっと待ってろ……」

 一言だけ言って、ティレンツェは町の中へと戻っていった。

 十五分程してティレンツェが戻ってきた。後ろには太った男が付いて来ている。

「俺の飲み仲間だ! 馬車はこいつが出してくれるぜ」

「本当!? さっすがティレンツェ!」

「がっはっはっは! 将来は俺みたいな男になれよ!」

 得意げにティレンツェが言った。

 アリウスは一言礼を言った後でティレンツェと共に太った男の後に付いて行くと、男は街の入り口に用意された馬車へと導いてくれた。

 真っ白い体毛に、同じくらい白さが輝く翼を持ったペガサスが、大きな荷台を体に取り付けておとなしく待っていた。

「おおおおっ!」

 アリウスは思わず顔がにやけていた。そして、馬車を様々な角度から凝視したりペガサスを撫でてみたりした。

 幼子のようにはしゃぐアリウスを見て、ティレンツェが意地悪っぽく言った。

「…………田舎者」

「し、仕方ないじゃん。オルソの村には馬車来ないんだもん」

 顔を赤くしているアリウスとそれを見て笑っているティレンツェに向かって、太った男が馬車に乗るように促す。

 陽がちょうど真上に昇った頃、アリウスはカレイルに向けて出発した。

 馬車に揺られながら心地よい草原の風を体に受けて、アリウスは気分が良かった。

 生まれて初めて馬車に乗った嬉しさもあったのだろう。徐々に近づきつつあるカレイルの町を考えると、アリウスは早く町に足を踏み入れたくて仕方がなかった。

「ねえねえ! カレイルってどんな」

 アリウスが言いかけながらティレンツェの方に視線を向けると、彼は上半身だけ馬車の外に乗り出して、嗚咽をもらしながら吐しゃ物を草原に撒き散らしていた。

 昨日の酒が残っていた上に、馬車に揺られたせいだろう。

 アリウスはちょっと呆れてしまった。

「僕、ティレンツェのことは好きだけど、ティレンツェみたいな男にはなりたくないかも……」

「……そうだな。俺みたいにはなっちゃいけねえぜ………ううええぇぇぇっ!」

 アリウスはティレンツェから目を逸らした。

 馬車に揺られること約二時間。まだ草原以外は何も見えない。

 ようやく気分が落ち着いたティレンツェは、アリウスが先程聞こうとしていたことが分かっていたのか、カレイルについて話しだした。

「カレイルは賑やかだぞー。天界でも一、二を争う程のでっかい町だからな」

「そうなの?」

「ああ。まあ名物っていやぁ…………天界一のペガサスレース場『ベーグル』、天界の歴史丸分かり『リヴォレット歴史資料館』、神をも唸らせる名酒、俺も飲んでみてえが手が出ねえ『シルバースマッシュ』。他にもまだあるぞぉ、『シャルルー大聖堂』っていやあ」

「大聖堂!」

 アリウスは思わず大声で言った。

 自分の目指す場所だ。そこに行って、ゼオシストという天使を訪ねることが目的なのだから。

 ティレンツェは急に大声を出すアリウスに少々驚いたようだが、アリウスの目的地であると知ると、笑いながら「連れてってやる!」と言ってくれた。

 どれ程進んだのか、陽が傾いてきた。

 アリウスは前方をじっと見ていると、黒い影が小さく見えてきていることに気がついた。

 馬車を操っていた太った男に聞いてみると、あの影こそカレイルだという。

 アリウスは胸の高鳴りを感じた。あまりに嬉しくて、眠り込んでいたティレンツェを起こしてカレイルが近いことを告げた。

 大きな欠伸をしてから、ティレンツェが前方を見て言った。

「あれ? なんか明かりが付いてないんじゃねえか?」

 ティレンツェが太った男と少し話しだした。

 どうやらカレイルの様子がおかしいらしい。

 それでも馬車はスピードを緩めることなく進んでいく。

 徐々に大きくなる町の影。そして町の様子が確認できるぐらいまで迫ったとき、アリウス達は大きな衝撃を受けた。

 彼らの目の前に飛び込んできた光景は、様々な天使が行き交い賑わう町ではなく、散々なまでに荒れ果てた無残な町の姿だった。

 しばらく彼等は声を発することもできずに立ち尽くしていた。

 アリウスの頭には、オルソの村の光景が甦ってきた。同じだ、オルソの村と同じように崩壊した町。

 アリウスは拳を握り震わせていた。

 オルソの村と唯一違う点と言えば、死体を含めて天使の姿が一人も見つからないことだった。

 ティレンツェの指示で、太った男はゴウルに戻っていった。カレイルのこの状況を伝える為だ。

 アリウスとティレンツェは町の中を歩き出した。アリウスはとにかく大聖堂に行きたかった。

 ティレンツェに案内されて大聖堂を目指していると、町全体が破壊され尽していることに気が付いた。

 アリウスは辺りを見渡しながら歩き、生存者を探してみた。が、相変わらず死体も生存者も見つからない。

 黙ったまましばらく歩いていた二人だったが、ティレンツェが突然立ち止まって前方を指差した。

 アリウスはティレンツェの背後から指し示された方を見ると、街の家々と同じように酷く荒れ果てた大聖堂にたどり着いたことに気が付いた。

 ステンドグラスは割れていて、外壁はあちこちに燃えていた形跡がある。扉の外れた入り口からは、滅茶苦茶に荒らされたと分かる程に様々なものが散乱していた。

 アリウスが中に入っていくと、静かな中でアリウスの歩く足音だけが小さく響いていた。

 ティレンツェも、アリウスに続いてずかずかと入ってきた。

 辺りを見渡しても、誰かがいる気配は無い。

 二人は同時にため息をついた。

「誰だ!」

 突然の声に驚いて、二人は入り口の方に向き直った。

 そこには一人の若い女の天使が立っていた。鋭い視線から察するに、彼女は二人に対して明らかに敵意を示していた。

 細身の体で纏っている白のワンピースは、あちこち泥だらけになって汚れていた。本来は綺麗であろう栗色の長髪も、汗や泥でみすぼらしく見える。

 黙り続ける二人に彼女は、大きな歩幅で近づいてきた。

「奴等の残党ではなさそうだな」

「あ……えっと、僕アリウスっていいます。こっちは友達のティレンツェ」

「アリウス? ああ、セルシルドの所の輪無し天使だな」

 輪無し天使。アリウスは少し気落ちした。

「あなたがゼオシストさんですか?」

「そうだ。お前が私の所に来た、それだけで大体事情は飲め込める。まったく……迷惑な話だ」

 最後の一言で、ティレンツェが怒りを抑えきれなくなった。

 ゼオシストに近づくと、大聖堂中に響き渡るような声で言った。

「おい! 事情はよく知らねえが、迷惑たぁどういうことだよ! アルは遠い所からお前を頼って来たんじゃねえのかぁ!?」

 ゼオシストは怪訝な表情を浮かべてティレンツェを見た。

「お前が誰なのかは知らないが、私はアリウスが訪ねてくる様な事態に対して迷惑と言ったのだ。お前こそ、事情を知らぬなら帰っていいぞ。アリウスを送り届けてくれたことには礼を言う。後は任せろ」

「てめえみてーな奴にアルを任せられるかっつーの! こうなりゃ俺も事情を聞いてアルの力になってやる!」

 ゼオシストは「好きにしろ」と一言呟いて、アリウスの方に向き直った。

 変わらぬ鋭い目つきは、まるでアリウスを咎めているようで怖かった。

 アリウスは少し目線を逸らした。それでもまだ見ているのが分かる。

「さっきも言ったが、事情は察しが付く。だが、お前の口からもう一度話してみろ。この野蛮そうな男との繋がりも知りたい」

 ティレンツェは右手を振り上げながらも、左手でそれを止めていた。

 アリウスは傍に転がっていた椅子を起こして腰掛け、俯いたまま話しだした。

 それは、スペイダーという男とその一味に村を滅ぼされたこと。スペイダー達の狙いが『禁断の聖書』で、それは現在アリウスが所持していること。それからゴウルの町でのティレンツェとの出会いも話した。

 話しの途中で、オルソの村の出来事に驚いたティレンツェは、先程までの怒りもすっかり消え失せた様子でじっと話を聞いていた。

 話し終えると、ゼオシストは深いため息をついた。

「大方予想通りの話だった。それでセルシルドの言うとおり私の所へ来た……と」

「………はい」

「アリウス、お前が道に迷ってカレイルにすぐに辿り着かなかったのは良かった。…………この町は三日前にスペイダー達によって襲撃を受けている。外の有様を見ただろう」

 アリウスは驚いた。スペイダー達がここにやってきていた。

 まさか自分が『禁断の聖書』を持っていることを知っていたのだろうか。

 アリウスは、カバンごと『禁断の聖書』をぎゅっと握った。その掌には汗を掻いていた。

「言い遅れたが、私は“大天使ゼオシスト”。私が受けた使命は、今回のような事態になった時に“アリウスを守ること”だ。だから私の傍を離れるな、アリウス。勝手に動き回られて、もしものことがあっては迷惑だからな」

 アリウスは驚きながらも小さく頷いた。ティレンツェも、本来なら彼女の見下したような言動に怒りが湧くところだが、今の彼女の発言から察することを理解すると、ただ驚くことしかできなかった。

 “アリウスを守ること”。これが神からの使命であれば、アリウスを守ろうとするのは神の意思である。天界の創造主とされる神。一般の天使では会うことすらないであろう神に、アリウスは守られているということになる。

 ゼオシストは驚いた様子の二人に気づかぬかのように、大聖堂の外へと向かっていった。

 それからしばらくゼオシストは戻らず、深夜になって再び戻ってきた彼女は、最初に出会った頃よりも泥にまみれていた。

 疲れきった表情で彼女は、「食べておけ」と言って二人に大きなパンを投げ渡した。

 それから彼女は綺麗なローブに着替えて、気だるそうに歩きながら二人を客室へと通した。

「ここも荒らされたが、ベッドがある分マシだろう。二つあるしな。ここで寝ろ」

 そう言って部屋を出て行こうとするゼオシストを、アリウスは思い立ったように振り向いて呼び止めた。

「あ! あの……」

「なんだ?」

 ゼオシストは不機嫌そうに振り返った。

「セルシルド様が今どうしてるかって………分からないですよね?」

「知らん」

 あっさりと言い返された。

 アリウスは俯いて小さく礼を言うと、彼女はつかつかと近づいてきて、アリウスの正面に仁王立ちした。

 アリウスがゆっくり顔を上げると、彼女は静かに言い出した。

「あいつも大天使だ。大天使は神から使命を受けると同時に、それぞれ使命を守る為に必要な“力”を与えられる。年老いたセルシルドとて、そう簡単にくたばりはしない」

 言い終えるとゼオシストは、その場で反転して部屋を出ようとした。

 すると、ティレンツェが口を挟んできた。

「あんたが与えられた“力”ってのは何だよ?」

 ゼオシストは視線を向けることなく一つため息を付くと、小さな声で言った。

「『万物への強い慈しみ』だよ。………ふん、どうせ似合わんさ」

 ゼオシストが部屋を出て行くと、ティレンツェは唖然とした表情で「嘘だろ」と呟いていた。

 しかし、アリウスはあまり不思議に感じなかった。彼女がセルシルドのことを心配するアリウスに言った言葉からは、確かに彼女の優しさを感じたから。




 生を感じることの無いこのカレイルで、静寂の支配を許さぬ音が響いていた。

 それは、大聖堂の裏にある広い庭からだった。

 闇の中にたった一人でいるその人は、着替えたばかりのローブを泥だらけにして、汗だくになりながらスコップで穴を掘るゼオシストだった。

 彼女の息遣いと、スコップが土に刺さる音が暗闇の中で鳴り響く。

 月に掛かる雲が晴れると、ゼオシストの姿をほんのりと照らした。

 彼女が屈めていた体を持ち上げて大きく深呼吸すると、目の前に翼を広げて浮いている人影に気が付いた。

「誰だ!?」

「僕です。アリウスです」

 月に照らされながら微笑んで、広げた翼をたたみ、ふわりと着地するアリウスがいた。

「驚かすな」

「すいません。……何してるんですか?」

「穴を掘っている」

「なんで?」

 ゼオシストは再びスコップを構えながら、左方向を顎で示してから作業を再開した。

 アリウスは示された方に目をやると、月明かりの中、うっすらと見える何かが山積みにされている影を見た。

 それは、全て天使の死体だった。

 町の中でまったく見つからなかった天使達は、彼女が一人でここに運んだようだ。子供の死体もあれば、まるまる太った大柄な天使の死体まである。さらにその死体の山の後ろには、あちこち土が盛り上がった庭が広がっていた。

 アリウスは息を呑んだ。

 一体彼女はどれほどの穴を掘ったのか。彼女が泥だらけでいた理由はこれだった。

 華奢な体からは信じられないようなことだ。

「まだ……これでも半分も終わっていない。……この町は大きいからな」

 ゼオシストはスコップを動かす手を休めずに言った。

 アリウスはゼオシストの傍に戻ると、一緒になって穴を掘り始めた。スコップはゼオシストが持っていたので、アリウスは素手で土を掘る。

「何をしている?」

「……手伝います」

「ふん……勝手にしろ。ただし、物置からスコップを持って」

「これで足りるかい?」

 二人が声のする方を向くと、スコップを二本持ったティレンツェが歩み寄ってきた。

 その内の一本をアリウスに渡すと、ティレンツェは二人の隣で新たな穴を掘り始めた。

「強い慈しみってのを持ってると、大変なんだなぁ」

 ティレンツェは土を掘りながら言った。

 ゼオシストは顔をしかめながら言い返した。

「それでも………与えられて良かったと思っている」

 ゼオシストは顔を真っ赤にしていた。

 アリウスは、ゼオシストの強い優しさ、慈しみを改めて感じた。

 そして勢いよく穴を掘り出した。

 それを見たティレンツェは、笑いながら言った。

「体力持たねえぞ、アル」

「笑うな、ティレンツェ。死者の前で不謹慎だぞ」

 ゼオシストは赤い顔でスコップを動かしながら言った。

 暗闇の中、三人のスコップを振るう音だけがしていた。

 汗だくになりながらアリウスは思った。神がゼオシストに強い慈しみを与えたのは間違っていない。彼女はこの“力”を持つにふさわしい天使だ。

 もうすぐ夜が明けようとしている。

 三人をもっと照らしていたいかのように、月光が名残惜しそうなのは気のせいだろうか。

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